誤嚥性肺炎とは呼吸器疾患の一種で、飲食物や胃の内容物や唾液などが誤って気道に入ってしまい、それによって引き起こされる肺の炎症を指します。

高齢者や脳神経疾患などの基礎疾患を持つ方に多く見られ、喉の機能が低下することで発症リスクが高まります。

誤嚥性肺炎は重症化すると生命に関わる危険な疾患であり、早期発見と対処が非常に肝要です。

誤嚥性肺炎における病型とそれぞれの特徴

誤嚥性肺炎は誤嚥される物質の種類によって細菌性、化学性、ウイルス性の3つの病型に分類され、それぞれ異なる特徴を有します。

細菌性誤嚥性肺炎(Bacterial Aspiration Pneumonia)

細菌性誤嚥性肺炎は、口腔内や上気道に常在する細菌が誤嚥されることによって引き起こされます。

高齢者や免疫力の低下した患者さんに多く見られ、肺炎の中でも重症化しやすい種類の一つとされています。

特徴説明
原因菌口腔内や上気道の常在菌(連鎖球菌、肺炎球菌など)
発症リスク高齢者、免疫力低下患者に多い

化学性誤嚥性肺炎(Chemical Aspiration Pneumonia)

化学性誤嚥性肺炎は、胃酸や消化酵素などの刺激性物質が誤嚥されることによって引き起こされます。

急性の経過をたどり、重篤な呼吸不全を引き起こす可能性があります。

特徴説明
原因物質胃酸、消化酵素など
症状急性の経過、重篤な呼吸不全の可能性

ウイルス性誤嚥性肺炎(Viral Aspiration Pneumonia)

ウイルス性誤嚥性肺炎は、インフルエンザウイルスやRSウイルスなどのウイルスが誤嚥されることによって引き起こされます。

免疫力の低下した患者さんや小児に多く見られ、次のような特徴を持っています。

  • 季節性が見られることがある
  • 二次的な細菌感染を合併することがある
  • 抗ウイルス薬の使用を考慮する必要がある

誤嚥性肺炎において見られる症状とその特徴

誤嚥性肺炎は飲み込んだ食べ物や唾液、胃内容物などが気管に入り込むことで発症する肺の炎症であり、咳や発熱、呼吸困難などの症状が特徴的です。

症状の重症度や経過は誤嚥された物質の種類や量、患者さんの全身状態によって異なります。

高齢者や基礎疾患を有する患者さんでは症状が非典型的であったり、急速に進行したりすることがあるため注意深い観察が重要です。

咳と喀痰

誤嚥性肺炎の初期症状として咳と喀痰がしばしば見られます。

咳は乾性咳嗽で始まり、次第に湿性咳嗽へと変化することが多く、喀痰は粘稠で膿性となる場合があります。

症状特徴
乾性咳嗽から湿性咳嗽へ変化
喀痰粘稠で膿性のことがある

発熱

誤嚥性肺炎では炎症反応に伴う発熱が認められます。発熱は急激に出現し、高熱となることもあります。ただし、高齢者や免疫力の低下した患者では発熱が軽度であったり、見られない場合もあります。

発熱の程度注意点
高熱急激な出現の可能性あり
軽度または無熱高齢者や免疫力低下患者では注意が必要

呼吸困難と低酸素血症

誤嚥性肺炎が進行すると呼吸困難や低酸素血症が生じることがあります。重症例では人工呼吸管理が必要となる場合もあります。

以下のような症状が見られる際は特に注意が必要です。

  • 呼吸数の増加
  • 呼吸補助筋の使用
  • チアノーゼ
  • SpO2の低下

全身症状

誤嚥性肺炎では炎症反応によって以下のような全身症状が見られることもあります。

重症例では敗血症やショックに至る可能性も出てきます。

  • 倦怠感
  • 食欲不振
  • 意識障害

誤嚥性肺炎を引き起こす原因と発症メカニズム

誤嚥性肺炎は飲み込んだ食べ物や唾液、胃内容物などが気管に入り込むことで引き起こされる肺の炎症であり、その原因は多岐にわたります。

なかでも嚥下機能の低下や基礎疾患、意識障害などが主な要因として挙げられます。

加齢に伴う嚥下機能の低下

加齢に伴い嚥下に関わる筋肉や神経の機能が低下することで、誤嚥のリスクが高まります。

高齢者は口腔内の食べ物や唾液を飲み込む力が弱くなり、気管に入り込みやすくなるのです。

加齢による変化誤嚥への影響
嚥下筋の萎縮食塊の送り込み力の低下
嚥下反射の遅延気管への食塊の流入

脳血管疾患などの基礎疾患

脳血管疾患や神経変性疾患、頭頸部の腫瘍などの基礎疾患は嚥下機能に障害をもたらし、誤嚥性肺炎の原因となります。

これらの疾患では嚥下に関わる神経や筋肉の協調運動が損なわれ、食べ物や唾液が気管に入り込みやすくなります。

基礎疾患嚥下機能への影響
脳梗塞嚥下反射の遅延、嚥下筋の麻痺
パーキンソン病嚥下筋の rigidity、嚥下反射の遅延

意識障害

意識障害を伴う状態では嚥下反射が抑制され、口腔内の分泌物や胃内容物が気管に流入しやすくなります。重度の意識障害では咳嗽反射も低下するため、誤嚥物質を排出することが困難となります。

特に以下のような状況では誤嚥のリスクが高まります。

  • 鎮静剤の使用
  • アルコール中毒
  • てんかん発作
  • 頭部外傷

誤嚥性肺炎の診察と診断のポイント

誤嚥性肺炎の診察では患者さんの全身状態や嚥下機能を評価し、誤嚥のリスク因子を特定することが重要です。

また、画像検査や血液検査、喀痰検査などを組み合わせて総合的に判断します。

問診と身体診察

誤嚥性肺炎の診察ではまず詳細な病歴の問診を行います。発熱や咳、呼吸困難などの呼吸器症状に加え、嚥下障害の有無や誤嚥の経験についても確認します。また、基礎疾患や服用中の薬剤、生活環境なども聴取します。

身体診察では、バイタルサインの評価や呼吸音の聴取、口腔内の観察などを行います。特に嚥下機能の評価は重要であり、水飲みテストや食事場面の観察などを行います。

病歴聴取のポイント身体診察のポイント
呼吸器症状の有無バイタルサインの評価
嚥下障害の有無呼吸音の聴取
誤嚥の経験口腔内の観察
基礎疾患や服用薬剤嚥下機能の評価

画像検査

誤嚥性肺炎の診断には胸部X線検査やCT検査が有用です。

特にCT検査では肺炎の分布や重症度、合併症の有無などを詳細に評価することができます。また、誤嚥の原因となる病変の検索にも役立ちます。

画像検査評価のポイント
胸部X線検査肺炎の有無や分布
CT検査肺炎の重症度や合併症の有無

血液検査と喀痰検査

誤嚥性肺炎では炎症反応を反映する血液検査が診断に役立ちます。白血球数やCRP値の上昇は肺炎の存在を示唆します。

また、血液ガス分析では低酸素血症の有無や重症度を評価することができます。

喀痰検査では原因菌の同定や抗菌薬感受性の評価を行います。誤嚥性肺炎では口腔内常在菌が主な原因菌となるため、複数の菌種が検出されることが多いです。

以下のような検査が、診断に有用です。

  • 白血球数
  • CRP
  • 血液ガス分析
  • 喀痰のグラム染色・培養検査

嚥下機能評価

誤嚥性肺炎の診断には嚥下機能の評価が不可欠です。嚥下造影検査や嚥下内視鏡検査などにより、嚥下の各相における障害の有無や程度を詳細に評価することができます。

また、これらの検査は誤嚥のメカニズムの解明やリハビリテーションの方針決定にも役立ちます。

誤嚥性肺炎に特徴的な画像所見

誤嚥性肺炎の画像所見は、胸部X線検査とCT検査において特徴的なパターンを示します。

胸部X線検査

誤嚥性肺炎の胸部X線所見は両側性の浸潤影が特徴的です。これは誤嚥された物質が両側の肺に分布することを反映しています。

また、斑状影や空洞形成、胸水貯留なども見られることがあります。

胸部X線所見特徴
両側性の浸潤影誤嚥物質の両側肺分布を反映
斑状影不均一な炎症分布を示唆
Case courtesy of Yaïr Glick, Radiopaedia.org. From the case rID: 53647

「左肺、特に下肺野優位にすりガラス影~浸潤影、班状影を認め、誤嚥性含めた細菌性肺炎が疑われる。」

CT検査

CT検査では重力方向に誤嚥物が移動し原因となるため、下葉に起きることが多いです。また、びまん性のすりガラス影や斑状の浸潤影が特徴的な所見です。すりガラス影は肺胞内の炎症性変化を反映しており、斑状の浸潤影は不均一な炎症分布を示唆しています。

また、気管支壁肥厚や気管支拡張、小葉中心性粒状影なども見られることがあります。

CT所見特徴
びまん性のすりガラス影肺胞内の炎症性変化を反映
斑状の浸潤影不均一な炎症分布を示唆
Case courtesy of David Cuete, Radiopaedia.org. From the case rID: 33605

「両肺にAir bronchogram伴うすりガラス影~浸潤影を認め、細菌性肺炎を疑う。」 

画像所見の経時的変化

誤嚥性肺炎の画像所見は病期によって変化します。急性期にはすりガラス影や浸潤影が主体ですが、経過とともに斑状影や空洞形成、胸水貯留などが目立つようになります。

また、適切な治療により陰影の改善が見られます。

鑑別診断

誤嚥性肺炎の画像所見は、他の肺炎や間質性肺炎との鑑別が重要です。特に、以下の疾患との鑑別を要します。

  • 細菌性肺炎
  • ウイルス性肺炎
  • 急性間質性肺炎
  • 肺胞蛋白症

誤嚥性肺炎に対する治療と治癒までの期間

誤嚥性肺炎の治療は原因となった誤嚥物質の除去と適切な抗菌薬の選択、全身管理を組み合わせて行われます。

多くの場合は2週間前後の治療で軽快しますが、重症例や合併症を有する患者さんではより長期の治療を要することがあります。

抗菌薬治療

誤嚥性肺炎の治療には広域スペクトラムの抗菌薬が第一選択となります。これは、誤嚥性肺炎が多種類の細菌による混合感染であることが多いためです。

薬剤名用法・用量
アンピシリン・スルバクタム3g/日を3回に分けて点滴静注
セフトリアキソン2g/日を1回または2回に分けて点滴静注

重症例や医療関連肺炎ではカルバペネム系抗菌薬やニューキノロン系抗菌薬の使用が考慮されます。これらの薬剤は広域スペクトラムを有し、耐性菌にも有効です。

薬剤名用法・用量
メロペネム1.5-3g/日を3回に分けて点滴静注
シプロフロキサシン600mg/日を2回に分けて点滴静注

全身管理

誤嚥性肺炎では呼吸状態の改善と合併症の予防のために以下のような全身管理が行われる場合があります。

  • 酸素投与
  • 輸液・栄養管理
  • 気道クリアランスの維持
  • 体位ドレナージ
  • 鎮咳薬・去痰薬の使用

治療期間

誤嚥性肺炎の治療期間は、患者の重症度や基礎疾患によって異なります。一般的には以下のような経過をたどることが多いです。

  • 抗菌薬投与開始後3-5日で解熱
  • 1週間程度で呼吸器症状の改善
  • 2週間前後で胸部X線上の陰影の消失

ただし、高齢者や免疫不全患者さんでは治療反応が遅延し、より長期の治療を必要とする場合があります。

治療に伴う副作用とそのリスク

誤嚥性肺炎の治療に用いられる抗菌薬や全身管理は、患者の予後改善に重要な役割を果たしますが、一方で副作用やリスクも伴います。

抗菌薬の副作用

誤嚥性肺炎の治療に用いられる抗菌薬は、消化器症状や肝機能障害、腎機能障害などの副作用を引き起こす可能性があります。

特に高齢者や基礎疾患を有する患者さんには副作用のリスクが高くなります。

副作用頻度
消化器症状(悪心、嘔吐、下痢など)比較的多い
肝機能障害まれ
腎機能障害まれ

これらの副作用は多くの場合は軽微であり、薬剤の中止により改善します。しかし、重篤な副作用が生じた場合は入院治療を必要とすることがあります。

菌交代現象と耐性菌の出現

長期の抗菌薬治療では菌交代現象や耐性菌の出現が懸念されます。菌交代現象とは抗菌薬により本来の原因菌が抑制され、代わりに別の細菌が増殖する現象です。

また、耐性菌の出現は抗菌薬の効果を低下させ、治療が困難になります。

リスク対策
菌交代現象必要最小限の抗菌薬使用、適切な治療期間の設定
耐性菌の出現抗菌薬の適正使用、感染対策の徹底

全身管理に伴うリスク

誤嚥性肺炎の治療では、酸素投与や輸液、経管栄養などの全身管理が行われますが、これらの管理にも以下のような一定のリスクが伴います。

  • 酸素投与による酸素中毒や気道粘膜の乾燥
  • 輸液によるうっ血性心不全や電解質異常
  • 経管栄養によるチューブの逸脱や誤挿入

再発の可能性とその予防方法について

誤嚥性肺炎は適切な治療により多くの場合は治癒しますが、再発のリスクも高い疾患です。特に高齢者や基礎疾患を有する患者さんでは再発を繰り返すことがあります。

再発を防ぐためには誤嚥のリスク因子を特定し、口腔ケアと栄養管理、感染予防対策などを継続的に行うことが求められます。

再発のリスク因子

誤嚥性肺炎の再発リスクは、以下のような因子によって高くなります。

リスク因子説明
高齢加齢に伴う嚥下機能の低下
脳血管疾患嚥下障害や認知機能低下による誤嚥リスク増加
神経変性疾患パーキンソン病や認知症などによる嚥下障害
口腔内衛生不良口腔内細菌の増殖と誤嚥による肺炎リスク増加

嚥下機能の評価とリハビリテーション

誤嚥性肺炎の再発予防には嚥下機能の評価とリハビリテーションが不可欠です。

嚥下造影検査や嚥下内視鏡検査などにより、嚥下の各相における障害の有無や程度を詳細に評価します。

評価方法目的
嚥下造影検査嚥下の各相の評価、誤嚥の有無の確認
嚥下内視鏡検査咽頭期の評価、声門閉鎖の確認

評価結果に基づいて個々の患者さんに適した嚥下訓練やリハビリテーションプログラムを組んでいきます。

口腔ケアと栄養管理

口腔内の衛生状態を保ち、誤嚥する細菌量を減らすことは、誤嚥性肺炎の再発予防に重要です。定期的な歯科検診や歯磨き指導、専門的な口腔ケアを行うことが推奨されます。

また、栄養状態の改善も再発予防に役立ちます。低栄養は免疫力の低下や嚥下機能の悪化につながるため、適切な栄養評価と管理が必要です。

以下のような対策が有効です。

  • 定期的な歯科検診と口腔ケア
  • 歯磨き指導と口腔体操
  • 栄養状態の評価と改善
  • 必要に応じた経管栄養や静脈栄養

感染予防対策

誤嚥性肺炎の再発予防には以下のような感染予防対策も重要です。

  • 手洗いの徹底
  • マスクの着用
  • 消毒

誤嚥性肺炎に対する治療費の概要

誤嚥性肺炎の治療費は公的医療保険の適用により自己負担額が軽減されますが、症状の重症度や治療内容によって大きく異なります。

一般的に以下のような項目で構成されています。

  • 初診料・再診料
  • 検査費(血液検査、嚥下機能検査など)
  • 処置費(気管支鏡下異物除去術、全身麻酔費など)
  • 入院費(重症例や合併症がある場合)
項目費用
初診料・再診料2,880円~5,380円・730円~2,640円程度
検査費2,000円~40,000円
処置費2,000円~30,000円
入院費100,000円~1,000,000円(通常の入院加療~長期間ICU入院)

検査費

誤嚥性肺炎の診断のために行われる血液検査や画像検査、嚥下機能検査などの目安は以下の通りです。

検査項目費用目安
血液検査1,500~5,000円
胸部CT検査14,700円~20,700円

処置費

誤嚥性肺炎の治療に使われる抗菌薬や人工呼吸管理の費用の目安は以下の通りです。

処置内容費用目安
抗菌薬投与3,000円~50,000円
人工呼吸管理2,420円~9,400円×日数+α

以上

参考にした論文