健康診断や外来受診の場面で「血液ガス」「ABG」という言葉を見聞きした経験がある方は多いかもしれません。

動脈血ガス分析は、血液の酸素や二酸化炭素などの状態を正確に把握するために行う検査です。

呼吸器疾患や心疾患をはじめ、全身の体調を評価するうえで重要な情報が得られます。しかし、どのような仕組みで評価し、どんなときに必要なのか、疑問を感じる方もいるでしょう。

ここでは、動脈血ガス分析の基礎から検査方法、結果の見方、関連する疾患などを詳しく解説します。受診を迷っている方や情報収集をしたい方の一助になれば幸いです。

動脈血ガス分析(ABG)の基本を理解する

血液ガス分析は、血中の酸素や二酸化炭素だけでなく、pHや重炭酸イオン(HCO₃⁻)などをチェックして、身体がどのように酸塩基平衡を保っているかを調べるための検査です。

呼吸の状態や代謝の状態を多角的に知る方法として重要です。ここでは、まず動脈血ガス分析の目的や測定項目などを中心に取り上げます。

動脈血ガス分析と静脈血ガス分析の違い

動脈血ガス分析は血管から直接採血するという点でややハードルが高いと感じる方がいるかもしれません。

静脈血ガス分析と比較すると、動脈血ガス分析ではより正確に動脈血中のガス状態が分かります。静脈血は組織に酸素を渡した後の血液なので、酸素分圧が低く、正確な酸素状態を知るのが難しい面があります。

一方、動脈血は肺から取り込まれた酸素を全身に運ぶ役割を担うため、リアルタイムのガス交換の状態を把握しやすいという利点があります。

呼吸器や循環器の状態を把握するには、動脈血ガス分析が大きな役割を果たします。

どのような成分を測定するのか

動脈血ガス分析で主に測定する成分には、以下のようなものがあります。

  1. pH
    血液の酸性度やアルカリ性度を示す数値です。pHの変化は身体の代謝や呼吸の状態がどのように変化しているかを表す指標になります。
  2. PaO₂(動脈血酸素分圧)
    血液中に含まれる酸素の圧力を示します。肺がどれだけ酸素を取り込み、それを全身に供給できているかを知る大切な数値です。
  3. PaCO₂(動脈血二酸化炭素分圧)
    血液中に含まれる二酸化炭素の圧力です。肺からの二酸化炭素の排出状態を把握できます。
  4. HCO₃⁻(重炭酸イオン)
    体内の酸塩基平衡を調整する上で重要な成分です。腎臓の機能や代謝状態を知る上でも意味を持ちます。
  5. SaO₂(動脈血酸素飽和度)
    ヘモグロビンに酸素がどの程度結合しているかを示す割合です。酸素供給能力の評価に役立ちます。

これらの数値は相互に深いかかわりをもち、総合的に判断する必要があります。単一の数値だけで結論を出すのではなく、さまざまな要素を組み合わせて評価を行う点が大切です。

血液ガス分析でわかること

血液ガス分析を行うと以下のことがわかります。

  • 呼吸不全の程度
  • 肺の酸素取り込みや二酸化炭素排出能力
  • 代謝性アシドーシスや代謝性アルカローシスの有無
  • 酸素療法や人工呼吸管理の効果判定
  • 肺炎、COPD、喘息など呼吸器疾患の重症度評価

分析結果を総合的に判断することで、治療方針の決定や予後予測にも役立ちます。

動脈血ガス分析を受けたほうがよい場面

以下のような症状や病態がある場合、動脈血ガス分析を受けることが勧められます。

  • 長引く咳や息苦しさがある
  • 重度の呼吸困難をきたすような発作を繰り返している
  • 既に肺疾患や心臓疾患の治療を受けていて、効果や進行具合の評価をしたい
  • 酸塩基平衡異常が疑われるケース(糖尿病性ケトアシドーシス、腎不全など)

ただし、検査の必要性の有無や適切なタイミングは個人の症状や病気の進行度によって異なりますので、迷ったときはお近くの医療機関に相談するとよいでしょう。

表:動脈血ガス分析で主に評価する項目

項目意味正常範囲の目安
pH血液の酸度/アルカリ度7.35~7.45
PaO₂動脈血酸素分圧約80~100 mmHg
PaCO₂動脈血二酸化炭素分圧35~45 mmHg
HCO₃⁻重炭酸イオン22~26 mEq/L
SaO₂動脈血酸素飽和度95~100%程度

上の数値はあくまで目安です。個人差や測定機関の基準値の違いなども考慮する必要があります。

動脈血ガス分析が大切な理由

血液ガス分析の結果は、身体がどのように酸素と二酸化炭素をやり取りし、pHや酸塩基平衡をどのように保っているかを示す証拠となります。

肺や心臓だけでなく、腎臓や代謝系の問題を見つけるヒントにもなるため、多角的な視点で健康を判断するうえで意義があります。

呼吸状態の可視化

動脈血ガス分析の最大の特徴は、呼吸状態を数値化できることです。

「息苦しさを感じる」「呼吸が荒い気がする」といった自覚症状だけでは、呼吸の低下度合いがどの程度なのかを客観的に測定しにくい面があります。

一方、PaO₂やPaCO₂などを測定することで、どれくらい酸素を取り込めているか、どれくらい二酸化炭素を排出できているかを数字で把握しやすくなります。

酸塩基平衡の評価

pHやHCO₃⁻、PaCO₂を組み合わせて見ると、呼吸性の障害だけでなく代謝面の異常も推定できます。

呼吸器由来でpHが変化しているのか、それとも腎臓や代謝の要因でpHがずれているのかを区別するのに役立ちます。

酸塩基平衡は体内の化学反応が正常に行われるために非常に大切なため、早期に異常を把握できる意義が高いです。

重症度評価と治療方針

動脈血ガス分析の結果は、疾患の重症度を把握する際の一つの目安になります。例えば、PaO₂が低い場合には、酸素投与を検討したり、人工呼吸器の設定を見直したりといった判断材料になります。

また、pHの低下が著しい場合や二酸化炭素の蓄積が大きい場合には、早めに対処することで合併症のリスクを下げる可能性があります。

予後予測や経過観察

同じような症状に見えても、血液ガス分析の結果が異なるケースがあります。例えば、COPDの急性増悪などでは、PaO₂だけでなくPaCO₂の上昇が認められることがあります。

結果を見ながら定期的に経過観察をすることで、症状のコントロール状態や治療効果を評価しやすくなります。

酸素化と二酸化炭素排出の評価例

評価対象意義具体的な指標例
酸素化酸素の取り込み状態を数値化PaO₂、SaO₂
換気機能二酸化炭素の排出状態を数値化PaCO₂
酸塩基平衡代謝性or呼吸性の変化を推定pH、HCO₃⁻、PaCO₂の組合せ

上記の指標を用いて、どのような病態が背景にあるのかを総合的に判断します。

動脈血ガス分析の検査方法

動脈血ガス分析は、動脈から採血を行い、その血液を専用の機器で測定します。採血には少し痛みを伴うことがありますが、短時間で終わる検査です。

採血に使用する動脈は、主に手首にある橈骨動脈を選ぶことが多いですが、状態により上腕動脈や大腿動脈など別の部位を選ぶ場合もあります。

採血の準備

採血の前には、事前の問診や現状のバイタルサインなどを確認します。

特に、血液をサラサラにする薬(抗凝固薬)を内服しているかどうか、以前の採血で大きな痛みや出血があったかどうかなどをチェックすることが大切です。

また、手首周辺の血流を確認するAllenテストなどを実施して、採血後に血行障害が起きにくいことを確認します。

採血時の姿勢と注意点

採血を行うときは、基本的に手首をまっすぐに伸ばして安定させた姿勢を保ちます。リラックスして、余分な力を入れないようにすると痛みが軽減しやすくなります。

針を刺す瞬間はチクッとした痛みを感じるかもしれませんが、短時間で済むことがほとんどです。医療従事者は動脈を正確に触知し、誤刺のリスクを低減するように注意します。

採血後の管理

採血が終わった後は、針を抜いた部位を数分間しっかり圧迫します。動脈からの出血は静脈よりも多くなる可能性があるため、十分に止血を確認することが大切です。

また、採血した手首に大きな力がかからないよう、しばらく注意することで内出血の予防につながります。

検体の取り扱いと測定

採取した血液は、専用の注射器や容器に入れてすみやかに測定装置へ送り、pHやPaO₂、PaCO₂などの値を測定します。

血液が空気に触れ過ぎると、測定値が変化する可能性があるため、できるだけ迅速かつ適切な方法で分析装置にかけることが大切です。

検査時に気をつけたいポイント

  • 採血前には十分な問診と血行状態の確認を行う
  • 採血時はリラックスして身体に力を入れ過ぎない
  • 採血後は数分間しっかり圧迫して出血の様子を観察する
  • 採取した血液はすぐに分析し、空気混入をできるだけ避ける

ここまでの流れを把握するだけでも、不安をやわらげることができるかもしれません。

動脈血ガス採血の手順イメージ

手順内容
1. 前準備患者情報の確認、Allenテストなど
2. 採血部位の消毒手首や上腕など、採血する部位を清潔に保つ
3. 採血動脈を触知しながら針を刺す
4. 止血針を抜いた後、しっかり圧迫して止血
5. 測定血液をすぐに機器へ移し測定を行う

動脈血ガス分析の結果の見方

動脈血ガス分析の結果には、pH、PaO₂、PaCO₂、HCO₃⁻、SaO₂など多くのデータが含まれています。これらの値をどのように読み解き、総合的に判断すればよいのか、そのポイントを解説します。

pH(酸度・アルカリ度)の読み方

pHは7.40前後を正常範囲と考え、7.35以下なら酸性、7.45以上ならアルカリ性に傾いていると判断されます。

pHは非常に微妙な変化でも身体に大きな影響を与えるため、呼吸や代謝のどちらの要因でpHが変化しているのかを合わせて確認する必要があります。

PaO₂(動脈血酸素分圧)のポイント

PaO₂は、肺が取り込んだ酸素がどれだけ血中に取り込まれているかを示す値です。通常は80~100 mmHg程度ですが、高齢者や肺疾患がある場合には低下しやすいです。

値が60 mmHg以下になると呼吸不全の可能性が高くなるため、酸素投与などの対策を検討する目安となります。

PaO₂が低いと疑われる症状・原因

  • 肺炎や気管支炎など呼吸器感染症
  • COPDや間質性肺疾患など慢性的な肺疾患
  • 心不全など循環器系の問題
  • 高地環境による酸素分圧の低下

PaO₂だけで判断せず、他の指標との組み合わせが大切です。

PaCO₂(動脈血二酸化炭素分圧)と呼吸性変化

PaCO₂は呼吸の十分性を反映します。正常範囲は35~45 mmHgで、これより高いと呼吸抑制、低ければ過換気状態の可能性が考えられます。

呼吸性アシドーシス(PaCO₂上昇によるpH低下)や呼吸性アルカローシス(PaCO₂低下によるpH上昇)など、pHとの関連で呼吸の状態を把握することが重要です。

HCO₃⁻(重炭酸イオン)と代謝性変化

HCO₃⁻は腎臓や消化管など、体内の代謝活動を反映する指標です。22~26 mEq/Lあたりが正常範囲ですが、値が高くなると代謝性アルカローシス、低くなると代謝性アシドーシスの可能性があります。

呼吸による補正反応と合わせて考えることで、身体のバランス維持メカニズムを知る手助けになります。

表:主な酸塩基平衡異常と特徴

種類pHの変化原因・背景
呼吸性アシドーシス低下(7.35未満)PaCO₂上昇(換気低下)
呼吸性アルカローシス上昇(7.45超)PaCO₂低下(過換気)
代謝性アシドーシス低下(7.35未満)HCO₃⁻低下(代謝異常・腎障害など)
代謝性アルカローシス上昇(7.45超)HCO₃⁻上昇(嘔吐・利尿薬など)

これらの異常を鑑別するには、pHとPaCO₂、HCO₃⁻を組み合わせて総合的に判断します。

動脈血ガス分析と関連する主な疾患

動脈血ガス分析は呼吸器や循環器だけでなく、全身の代謝状態を評価する上でも重要です。ここでは代表的な疾患と動脈血ガス分析の関わりを簡単にまとめます。

呼吸器疾患(COPD、喘息、間質性肺炎など)

COPD(慢性閉塞性肺疾患)や重症喘息、間質性肺炎などの呼吸器疾患では、PaO₂が低下しやすく、PaCO₂が上昇することが特徴です。

特に慢性の呼吸器疾患では呼吸が十分にできない状態が長く続くことで、呼吸性アシドーシスに陥る場合があります。定期的に血液ガス分析を行うことで、病状の変化をいち早く察知することにつながります。

心不全や心疾患

心臓のポンプ機能が低下すると、血液の循環が悪くなり、肺の血流やガス交換にも影響が及びます。結果としてPaO₂が下がり、呼吸困難感を助長します。

心不全急性期などでは酸素化の低下が進行しやすいため、動脈血ガス分析を活用して酸素投与や利尿薬の使用など治療方針を検討します。

心不全と血液ガス異常の関係

状態起こりやすい変化
急性左心不全肺水腫によるPaO₂低下、過換気によるPaCO₂低下
慢性心不全(うっ血)ガス交換の障害でPaO₂低下が進行
ショック状態全身循環不良で乳酸蓄積、代謝性アシドーシス

上表のように、心臓の状態によって血液ガスのパターンが変わります。

代謝性疾患(糖尿病性ケトアシドーシス、腎不全など)

糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)では、重炭酸イオンが大幅に消費され、代謝性アシドーシスの状態になります。呼吸器はこれを補正するために過換気を起こし、PaCO₂が低下してpHを維持しようとします。

腎不全でも同様に酸塩基平衡が崩れやすく、pHの値が乱れることが多いです。

動脈血ガス分析を行うことで、どの程度アシドーシスが進行しているか、どのように呼吸や代謝が補正しているかを客観的に把握できます。

ショックや重症感染症

ショック状態や重症感染症(敗血症など)は、全身の代謝が高まり、組織が酸素を十分に利用できない状態に陥りやすいです。乳酸が産生されて代謝性アシドーシスを引き起こすことも少なくありません。

動脈血ガス分析を併用すると、pHの変化や酸素の取り込み具合、二酸化炭素の排出具合を多角的に判断でき、適切な治療を選択するためのヒントが得られます。

血液ガス分析結果を悪化させる要因の例

  • 肺炎や敗血症などによる呼吸機能の低下
  • 心不全やショックなどによる循環不全
  • 代謝異常(糖尿病性ケトアシドーシスなど)
  • 薬剤の副作用(鎮静剤による呼吸抑制など)

これらの要因が重なって発症するケースも多く、注意が必要です。

よくある質問(Q&A)

動脈血ガス分析に対して、「痛いのではないか」「どのくらい時間がかかるのか」「結果はどう生かせばいいのか」といった疑問を抱く方が多いです。

最後に、よくある質問をピックアップして簡潔にお答えします。

Q1:動脈採血は痛いですか?

血管の構造上、静脈よりも動脈のほうがやや深く、圧力も高いため、採血の際に痛みを感じる方は多いです。

ただし、針を刺すのは短時間で終わるため、我慢できないほどの痛みが続くケースはほとんどありません。採血中はリラックスを心がけると痛みが軽減しやすいです。

Q2:検査にかかる時間はどのくらいですか?

準備や問診を含め、採血自体は数分程度で終わることがほとんどです。分析は医療機関で使用する血液ガス分析装置によって数分から10分程度で結果が出る場合があります。

トータルでみてもあまり長時間を要しないことが多いです。

Q3:結果はすぐにわかりますか?

ほとんどの場合、その場で血液を機器にかけて分析するため、結果は当日もしくは当日のうちに確認できるケースが多いです。

緊急性が高い病態が疑われる場合は、迅速に分析して治療方針を検討することが一般的です。

Q4:結果をどう生かせばよいのでしょうか?

血液ガス分析の結果は、呼吸機能や代謝状態を見極めるための指標です。異常値が出たからといって必ずしも大きな病気があるとは限りません。

医師が総合的に診断を行う材料とし、必要に応じて追加検査や治療方針を検討します。不安な点がある場合は、遠慮なく医療機関で相談するとよいでしょう。

Q&Aまとめ

質問回答
動脈採血は痛いか短時間で終わるが、静脈よりもやや痛みを感じることがある
検査時間はどのくらいか採血数分 + 分析数分~10分程度、混雑状況によって若干変わる
結果はすぐわかるか多くの場合は当日中に判明
結果の活かし方は?総合的な診断材料として使い、必要に応じて追加検査や治療方針を決定

結論として、疑問や不安がある場合は、身近な医療機関に相談してみるとよいでしょう。


ここまで、動脈血ガス分析(血液ガス / Arterial Blood Gas / ABG)について、基本的な仕組みや測定方法、結果の見方、関連疾患などをまとめて解説しました。

呼吸器や循環器、代謝疾患など、全身の幅広い病態を総合的に評価できる手段として位置づけられています。症状や疑われる疾患によってはとても重要な検査となる可能性があります。

もし受診を迷ったり、呼吸や代謝の異常を疑うような症状がある場合は、お近くの医療機関で一度相談してみると安心です。

以上

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