睡眠時無呼吸症候群(SAS)の治療法の一つとして、マウスピース(口腔内装置)治療があります。

CPAP療法に比べて手軽で持ち運びしやすいというメリットがある一方で、いくつかのデメリットや注意点も存在します。

治療を選択する際にはこれらの点を十分に理解しておくことが重要です。

睡眠時無呼吸症候群(SAS)とマウスピース治療の基本

この記事では睡眠時無呼吸症候群のマウスピース治療の基本的な情報に加え、特に知っておくべきデメリット、副作用、そして治療を受ける上での注意点について詳しく解説します。

ご自身に合った治療法を選ぶための参考にしてください。

まず、睡眠時無呼吸症候群(SAS)の概要とマウスピース治療がどのようなものか基本的な知識を確認しましょう。

睡眠時無呼吸症候群(SAS)とは

睡眠時無呼吸症候群は睡眠中に呼吸が一時的に止まったり(無呼吸)、浅くなったり(低呼吸)する状態を繰り返す病気です。

この呼吸異常により体内の酸素濃度が低下し、睡眠の質が悪化します。その結果、日中の強い眠気や集中力低下、さらには高血圧や心臓病などの生活習慣病のリスクを高めることが知られています。

マウスピース治療(口腔内装置療法)の概要

マウスピース治療は主に軽症から中等症の閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)の患者さんに対して行われる治療法です。

睡眠中に専用のマウスピースを装着することで下顎や舌を前方に移動させ、気道を広げて空気の通りを良くし、無呼吸やいびきを軽減することを目的とします。スリープスプリントとも呼ばれます。

マウスピース治療の主な対象

対象となるSASのタイプ重症度の目安その他
閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)軽症~中等症CPAP療法が困難な場合など

マウスピースの主な種類と仕組み

SAS治療に用いられるマウスピースは個々の患者さんの歯型に合わせてオーダーメイドで作成されます。

一般的には上下一体型のものや上下分離型で下顎を前方に移動させる度合いを調整できるものなどがあります。

下顎を数ミリ前方に固定することで舌根の沈下を防ぎ、咽頭部の気道を広げるという仕組みです。

CPAP療法との違いと位置づけ

CPAP療法は、鼻マスクから持続的に空気を送り込むことで気道を開存させる治療法で、中等症から重症のOSASに対する標準治療です。

一方マウスピース治療は、より簡便で持ち運びが容易なため、軽症から中等症のOSASやCPAP療法が継続困難な場合の代替治療として位置づけられています。

効果の面では一般的にCPAP療法の方が高いとされています。

マウスピース治療のメリット

マウスピース治療にはCPAP療法など他の治療法と比較していくつかのメリットがあります。デメリットを理解する前に、まずは利点を確認しましょう。

装置の簡便さと携帯性

マウスピースは小型で軽量なため、装着や取り扱いが比較的簡単です。

また、旅行や出張などへの持ち運びも容易で電源も必要ありません。この携帯性の良さは活動的な方にとって大きなメリットと言えるでしょう。

CPAP療法に比べた違和感の少なさ(個人差あり)

CPAP療法では顔にマスクを装着し、空気が送り込まれる感覚に慣れが必要な場合がありますが、マウスピースは口腔内に装着するためCPAPほどの圧迫感や装置の存在感を感じにくいという方もいます。

ただし装着感には個人差があります。

マウスピースとCPAPの比較(利便性)

項目マウスピースCPAP療法
装置の大きさ・重さ小型・軽量本体・マスク・チューブがあり比較的大きい
電源不要必要
携帯性非常に良いやや劣る

いびきの改善効果

マウスピース治療は気道を広げることでいびきの音量を軽減したり、消失させたりする効果が期待できます。

いびきに悩むご本人だけでなく、ベッドパートナーの睡眠改善にも繋がることがあります。

知っておくべきマウスピース治療のデメリットと副作用

マウスピース治療はメリットがある一方で、いくつかのデメリットや副作用も報告されています。これらを事前に理解しておくことが治療を円滑に進める上で重要です。

装着時の違和感や不快感

治療開始当初は口腔内に異物を入れることによる違和感や圧迫感、吐き気などを感じることがあります。

多くの場合、数週間程度で慣れてきますが、中にはどうしても慣れずに治療を断念する方もいます。

また、朝起きた時に顎のだるさや痛みを感じることもあります。

顎関節や歯への影響

マウスピースは下顎を前方に移動させて固定するため顎関節に負担がかかり、顎関節症の症状(顎の痛み、口が開きにくい、音がするなど)が現れたり、悪化したりする可能性があります。

また、長期間の使用により、歯並びや噛み合わせに変化が生じることも報告されています。このため定期的な歯科医によるチェックが重要です。

マウスピース装着による可能性のある口腔内トラブル

  • 顎関節の痛み、開口障害
  • 歯の痛み、歯茎の圧迫感
  • 歯並び・噛み合わせの変化(長期使用時)

唾液の増加や口の渇き

マウスピースを装着することで唾液が過剰に分泌されたり、逆に口の中が乾燥したりすることがあります。

唾液の増加は不快感に繋がることがあり、口の渇きは虫歯や歯周病のリスクを高める可能性があります。こまめな水分補給や保湿剤の使用などの対策が必要になることもあります。

効果の限界と不向きなケース

マウスピース治療は全ての人に同じように効果があるわけではありません。重症のOSASや肥満度が高い方、鼻閉が強い方、中枢性の要素が強いSASなどには効果が出にくい場合があります。

また、残っている歯が少ない方や重度の歯周病がある方、顎関節に重篤な問題がある方などはマウスピース治療の適応とならないことがあります。

マウスピース治療の効果が出にくいとされるケース

要因理由
重症のOSAS (AHIが高い)気道の閉塞度が強く、マウスピースだけでは不十分な場合がある
高度な肥満首周りの脂肪が多く、気道の物理的圧迫が強い
重度の鼻閉鼻呼吸が困難で、口呼吸による気道閉塞が改善しにくい

マウスピース治療を受ける上での注意点

マウスピース治療を安全かつ効果的に行うためにはいくつかの注意点を守ることが大切です。治療開始前にしっかりと確認しましょう。

専門医による正確な診断の重要性

まず最も重要なのは睡眠時無呼吸症候群の正確な診断を受けることです。自己判断で市販のマウスピースなどを使用するのは危険です。

必ず睡眠専門医や呼吸器内科、耳鼻咽喉科などを受診し、問診や睡眠検査(簡易検査やPSG検査)を受け、SASのタイプや重症度を正しく評価してもらう必要があります。

その上でマウスピース治療が適切かどうかの判断を受けます。

歯科医との連携と適切なマウスピースの選択・調整

SAS治療用のマウスピースは専門的な知識と技術を持つ歯科医師によって作成・調整されます。睡眠専門医と連携している歯科医院を選ぶことが望ましいです。

個々の歯型や顎の状態に合わせて精密に作られたマウスピースを使用し、定期的に調整を受けることで治療効果を高め、副作用のリスクを軽減することができます。

定期的な歯科受診と口腔ケアの徹底

マウスピース治療中は顎関節や歯、歯周組織への影響をチェックするために、定期的な歯科受診が不可欠です。通常、数ヶ月に一度程度の受診が推奨されます。

また、マウスピース装着による口内環境の変化(乾燥など)も考慮し、毎日の丁寧な歯磨きやマウスピースの清掃など口腔ケアを徹底することが虫歯や歯周病の予防に繋がります。

マウスピースの日常的なお手入れ方法

タイミングお手入れ内容ポイント
毎朝(取り外し後)流水で洗い流し、柔らかい歯ブラシなどで清掃歯磨き粉は研磨剤入りのものを避ける
週に数回程度専用の洗浄剤に浸けて消毒変形・変色を防ぐため、製品の指示に従う
保管時よく乾燥させて専用ケースに入れる高温多湿を避ける

副作用や不具合が出た場合の対処

マウスピースの使用中に顎の痛み、歯の痛み、歯茎の腫れ、マウスピースの破損などの不具合や副作用が現れた場合は自己判断で我慢したり使用を中止したりせず、速やかに作成した歯科医師または処方した医師に相談してください。

早期に対処することで問題の悪化を防ぐことができます。

自己判断での使用中止は避ける

マウスピース治療は継続して使用することで効果が得られます。

多少の違和感があっても自己判断で安易に使用を中止してしまうと、SASの症状が再発・悪化する可能性があります。

使用に関して不安な点や困難な点があれば必ず医師や歯科医師に相談し、指示を仰ぐようにしましょう。

マウスピース治療の費用と保険適用について

マウスピース治療を検討する上で費用面も気になる点の一つでしょう。保険適用やおおよその費用について解説します。

保険適用の条件

睡眠時無呼吸症候群の治療としてマウスピースを作成する場合、一定の条件を満たせば健康保険が適用されます。主な条件は以下の通りです。

  • 睡眠検査(簡易検査またはPSG検査)の結果、AHI(無呼吸低呼吸指数)が一定以上の値であること(医療機関や診断基準により異なる場合がありますが、一般的にAHIが5以上で関連症状がある場合など)。
  • 医師(睡眠専門医など)からの紹介状(診療情報提供書)があること。

これらの条件を満たし、保険診療を行っている歯科医院で作成する場合に保険適用となります。

おおよその費用目安(保険適用の場合)

保険適用でマウスピースを作成する場合、自己負担額は保険の種類(通常3割負担)によって異なりますが、一般的に数万円程度(例えば、3割負担で15,000円~30,000円程度)が目安となります。

これには診察料、検査料、マウスピース本体の費用、調整料などが含まれます。

ただし医療機関やマウスピースの種類によって費用は変動するため、事前に確認することが大切です。

マウスピース治療費用の内訳例(保険適用3割負担)

項目おおよその費用感備考
初診・検査料数千円~SAS診断のための検査費用は別途
マウスピース製作費1万円~2万円台装置代、型取りなど
調整・管理料数百円~数千円/回定期的な受診時に発生

上記はあくまで目安であり、正確な費用は各医療機関にお問い合わせください。

自由診療となるケース

保険適用の条件を満たさない場合や保険診療を行っていない歯科医院で作成する場合、あるいは審美性などを重視した特殊なマウスピースを選択する場合などは自由診療(全額自己負担)となることがあります。

自由診療の場合での費用は医療機関によって大きく異なり、一般的に保険適用の場合よりも高額になります(例えば、10万円~数十万円程度)。

こんな場合は要注意!マウスピース治療が適さないケース

マウスピース治療は有効な治療法の一つですが、残念ながら全ての方に適しているわけではありません。

以下のような場合はマウスピース治療が適さない、あるいは慎重な判断が必要となることがあります。

重症の睡眠時無呼吸症候群

AHI(無呼吸低呼吸指数)が非常に高い重症のSAS(一般的にAHI30以上)の場合、マウスピース治療だけでは十分な効果が得られないことがあります。このような場合は、CPAP療法が第一選択となることが多いです。ただし、CPAP療法がどうしても使用できない場合の代替として検討されることもあります。

鼻閉が強く鼻呼吸が困難な場合

重度のアレルギー性鼻炎や鼻中隔弯曲症などで鼻閉が強く、日常的に鼻呼吸がほとんどできない状態の場合、マウスピースの効果が十分に発揮されない可能性があります。

マウスピースは主に口呼吸を抑制し鼻呼吸を促すことで気道を開存させるため、鼻の通りが悪いと治療効果が低下します。

このような場合はまず鼻の治療を優先することがあります。

残存歯が少ない、重度の歯周病がある場合

マウスピースは歯に固定して使用するため、支えとなる健康な歯が十分に残っていることが必要です。

残存歯が極端に少ない場合や重度の歯周病で歯がグラグラしている場合はマウスピースを安定して装着できなかったり、歯や歯周組織に悪影響を与えたりする可能性があるため、適応とならないことがあります。

マウスピース治療の適応が難しい主な口腔内状況

  • 多数の歯を失っている(特に臼歯部)
  • 重度の歯周病で歯の動揺が大きい
  • 未治療の大きな虫歯や根尖病巣がある
  • 重度の顎関節症

顎関節に重篤な問題がある場合

元々、顎関節症の症状が強い方や顎関節に器質的な異常がある場合は、マウスピース治療によって症状が悪化するリスクがあります。

治療開始前に顎関節の状態をしっかりと評価し、歯科医師が慎重に適応を判断する必要があります。

よくある質問(Q&A)

睡眠時無呼吸症候群のマウスピース治療に関して、患者さんからよく寄せられるご質問とその回答をまとめました。

Q
マウスピースは市販のものでも効果がありますか?
A

市販されているいびき防止用のマウスピースは個々の歯型や顎の状態に合わせて作られていないため、十分な治療効果が得られない可能性が高いです。

また、不適切なマウスピースの使用は、かえって顎関節や歯に悪影響を与えるリスクもあります。

睡眠時無呼吸症候群の治療としてマウスピースを使用する場合は必ず医師の診断のもと、歯科医師に専門的に作製してもらう必要があります。

Q
マウスピースの寿命はどのくらいですか?交換は必要ですか?
A

マウスピースの材質や使用状況、お手入れの状態によって異なりますが、一般的には数年程度(2~5年くらい)が寿命の目安とされています。

長期間使用していると摩耗したり、変形したり、破損したりすることがあります。また、歯並びや噛み合わせの変化によって適合が悪くなることもあります。

定期的な歯科受診で状態をチェックしてもらい、必要に応じて修理や再作製を行います。

Q
マウスピース治療を始めたら、すぐに効果が出ますか?
A

効果の現れ方には個人差があります。

いびきの軽減などは比較的早期に実感できる方もいますが、日中の眠気などの自覚症状の改善には数週間から数ヶ月程度かかることもあります。

また、マウスピースの調整によっても効果は変わってきます。

焦らずに歯科医師と相談しながら治療を進めていくことが大切です。

Q
マウスピース治療とCPAP療法は併用できますか?
A

基本的にマウスピース治療とCPAP療法を同時に併用することは一般的ではありません。それぞれの治療法が単独で効果を発揮するように設計されています。

ただし、非常に特殊なケースや医師の判断によっては何らかの形で組み合わせて治療効果を高めようと試みる可能性もゼロではありませんが、稀です。

どちらの治療法が適しているか、あるいは治療法を変更するかどうかは主治医とよく相談して決定します。

以上

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