降圧薬を何種類も飲んでいるのに、なかなか血圧が目標値まで下がらない。特に朝方の血圧が高い。

その頑固な高血圧の原因は、毎晩の睡眠中に隠れている「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」かもしれません。SASは単に眠気を引き起こすだけでなく、高血圧を悪化させる大きな要因です。

この記事ではSASが高血圧を引き起こす仕組みから治療によって血圧が改善する効果まで、両者の密接な関係を専門的な観点から詳しく解説します。

なぜ薬が効かない?「治療抵抗性高血圧」とSASの関係

生活習慣を改善し、複数の降圧薬を服用しているにもかかわらず、血圧が十分にコントロールできない状態を「治療抵抗性高血圧」と呼びます。

この背景には睡眠時無呼吸症候群が潜んでいるケースが非常に多くあります。

治療抵抗性高血圧とは

利尿薬を含む3種類以上の降圧薬を適切な量で服用しても、血圧が目標値(一般的に140/90mmHg未満)まで下がらない高血圧を指します。生活習慣の改善も行っていることが前提です。

この状態の患者さんは心筋梗塞や脳卒中などのリスクが特に高いと考えられています。

高血圧患者に隠れるSASの割合

研究によると、一般的な高血圧患者さんの約30〜40%に睡眠時無呼吸症候群が合併しているとされています。

さらに、薬が効きにくい治療抵抗性高血圧の患者さんに限ると、その割合は70〜80%にも上ると報告されており、両者の極めて強い関連性がうかがえます。

高血圧におけるSASの合併率

高血圧の種類SASの合併率(目安)特記事項
一般的な高血圧30~40%3人に1人以上が合併
治療抵抗性高血圧70~80%非常に高い確率で合併

なぜSASが見逃されやすいのか

SASの主な症状は日中の眠気やいびきですが、高血圧の診察時にこれらの症状を自覚していなかったり、医師に伝えなかったりすることが多くあります。

また、高血圧の治療は内科、SASの治療は呼吸器内科や耳鼻咽喉科など診療科が異なることも、見逃される一因となっています。

睡眠時無呼吸が血圧を上げる詳細な仕組み

なぜ睡眠中の無呼吸が日中の血圧にまで影響を及ぼすのでしょうか。その背景には夜間に繰り返される体への過酷な負担があります。

睡眠中の低酸素状態と交感神経の興奮

睡眠中に呼吸が止まると、体は酸素不足(低酸素状態)に陥ります。この生命の危機を乗り越えるため、体は心拍数を増やし、血管を収縮させて血圧を上げる「交感神経」を興奮させます。

本来、睡眠中は体をリラックスさせる「副交感神経」が働くべき時間に、体は常に緊張状態を強いられるのです。

夜間から早朝にかけての血圧上昇

無呼吸のたびに血圧が急上昇する現象が一晩に何十回、何百回と繰り返されます。このことにより夜間の血圧が下がらず、むしろ上昇する「夜間高血圧」という状態になります。

さらにこの影響は朝まで続き、起床時の血圧が最も高くなる「早朝高血圧」を引き起こします。早朝高血圧は脳卒中や心筋梗塞のリスクと強く関連することが知られています。

SASによる夜間血圧の変動

タイミング身体の状態血圧への影響
無呼吸発生時低酸素状態交感神経が興奮
呼吸再開時脳が覚醒血圧・心拍数が急上昇
夜間全体上記を繰り返す血圧が下がらず高止まりする

血管へのダメージと動脈硬化の進行

血圧の激しい変動は血管の内壁に大きなストレスを与え、傷つけます。また、慢性的な低酸素状態は血管の柔軟性を失わせる動脈硬化を促進します。

硬く、狭くなった血管の中を高い圧力で血液が流れるため、さらに血圧が上がりやすくなるという悪循環に陥ります。

あなたは大丈夫?SASが関連する高血圧の特徴

ご自身の高血圧にSASが関わっている可能性がないか以下の特徴をチェックしてみましょう。

降圧薬を飲んでも血圧が下がりにくい

3種類以上の降圧薬を服用しても血圧が目標値に達しない「治療抵抗性高血圧」は、SASを疑う最も強いサインです。

夜間に血圧を上げる根本原因が解決されていないため、日中に薬で血圧を下げても翌朝にはまた元に戻ってしまうのです。

早朝高血圧や夜間高血圧

家庭血圧を測定した際に起床後1時間以内の血圧が特に高い「早朝高血圧」や、夜間に血圧が十分に下がらない「夜間高血圧」は、SASの典型的な特徴です。

健康な人は夜間には日中より10〜20%血圧が低下します。

高血圧のタイプとSASの関連

高血圧のタイプ特徴SASとの関連
早朝高血圧起床後の血圧が特に高い非常に強い
夜間高血圧就寝中に血圧が下がらない非常に強い
仮面高血圧診察室では正常、家庭では高い関連あり

日中の強い眠気やいびき

高血圧の治療を受けている方で以下のようなSASの典型的な症状がある場合は、合併を強く疑います。

  • 家族から指摘される大きないびきや無呼吸
  • 会議中や運転中など、重要な場面での耐えがたい眠気
  • 朝起きた時の頭痛や熟睡感のなさ

SASの診断が高血圧治療の鍵となる

薬の効かない高血圧に悩んでいるなら視点を変えて睡眠の状態を評価することが、治療の突破口になります。

まずはSASを疑うことが第一歩

高血圧の主治医に、いびきや眠気などの症状を相談してみましょう。また、家庭血圧を記録し、特に早朝の血圧が高いことを示すのも有効です。

医師がSASの可能性を考え、専門の検査を勧めてくれることがあります。

自宅でできる簡易検査

SASのスクリーニングとして、まずは自宅で手軽にできる簡易検査を行います。

睡眠中の呼吸の状態や血中酸素濃度を測定し、SASの可能性やおおよその重症度を評価します。

精密検査(PSG)による確定診断

簡易検査で異常が見つかった場合、一泊入院して精密検査(PSG)を行います。脳波や心電図なども含めて詳細に調べることでSASの確定診断と正確な重症度の判定ができます。

この結果が今後の治療方針を決定する上で重要になります。

検査の流れと目的

検査目的わかること
簡易検査スクリーニングSASの可能性、重症度の推定
精密検査(PSG)確定診断正確な重症度、睡眠の質

CPAP治療による驚きの降圧効果

SASの治療を行うと血圧そのものにも良い影響が現れます。特に標準的な治療法であるCPAP療法は高い降圧効果が期待できます。

CPAP療法が血圧を下げる理由

CPAP療法は睡眠中に鼻から空気を送り込み、気道が塞がるのを防ぐ治療法です。この治療により睡眠中の無呼吸や低酸素状態が解消されます。

その結果、夜間の交感神経の異常な興奮が収まり、血圧の急上昇がなくなるため、日中の血圧も安定して低下するのです。

24時間の血圧コントロール改善

CPAP治療の効果は日中の血圧だけでなく、特にリスクが高いとされる夜間血圧や早朝血圧を著しく改善させることが多くの研究で示されています。

24時間にわたって血圧を良好にコントロールすることは心臓や脳への負担を軽減し、将来の合併症予防に直結します。

CPAP治療による血圧改善効果

血圧の種類CPAP治療による効果
24時間平均血圧有意に低下
夜間血圧著しく低下
早朝血圧著しく低下

降圧薬の減量や中止の可能性

CPAP治療によって血圧が安定し、目標値まで下がった場合は医師の判断のもとで降圧薬の種類を減らしたり、量を減らしたりできる可能性があります。

根本原因にアプローチすることで薬への依存度を下げられる可能性があるのは、患者さんにとって大きな利点です。

高血圧治療と並行して行うべき対策

SASと診断されたら、高血圧の治療とSASの治療を車の両輪として進めていくことが重要です。

CPAP治療の継続が最も重要

CPAP治療は毎晩継続して使用することで初めて効果を発揮します。自己判断で中断すれば血圧は再び上昇してしまいます。

医師の指導に従い、根気強く治療を続けることが血圧コントロールと合併症予防の鍵です。

生活習慣の改善(減塩・減量)

高血圧とSASに共通するリスク要因として肥満や塩分の多い食生活があります。

CPAP治療と並行して、これらの生活習慣を改善することは相乗的な効果をもたらします。

  • 減塩を心がける(1日6g未満が目標)
  • バランスの取れた食事で適正体重を目指す
  • 定期的な運動を習慣にする

定期的な血圧測定と記録

家庭での血圧測定を継続し、記録することは非常に重要です。CPAP治療の効果を客観的に把握し、高血圧の主治医と情報を共有することで、より適切な降圧薬の調整が可能になります。

朝と晩の2回、決まった時間に測定しましょう。

よくある質問

最後に、睡眠時無呼吸症候群と高血圧に関して患者さんからよく寄せられる質問にお答えします。

Q
CPAP治療を始めたら降圧薬はすぐにやめられますか?
A

いいえ、自己判断でやめてはいけません。

CPAP治療による降圧効果が現れるまでには数週間から数ヶ月かかる場合があります。

血圧が安定して低下したことを確認した上で高血圧の主治医が慎重に薬の調整を検討します。

必ず医師の指示に従ってください。

Q
軽症のSASでも高血圧になりますか?
A

はい、その可能性はあります。

軽症であっても夜間に繰り返し低酸素状態や覚醒反応が起きていれば交感神経が刺激され血圧に影響を及ぼします。

特に他のリスク要因(肥満、喫煙など)が重なると軽症でも高血圧を発症・悪化させる原因となります。

Q
SASの治療はどの科で受けられますか
A

睡眠時無呼吸症候群の診断・治療は主に呼吸器内科、循環器内科、耳鼻咽喉科、精神科、睡眠専門クリニックなどで行っています。

まずは高血圧でかかっている主治医に相談し、専門の医療機関を紹介してもらうのがスムーズです。

以上

参考にした論文

SHIINA, Kazuki. Obstructive sleep apnea-related hypertension: a review of the literature and clinical management strategy. Hypertension Research, 2024, 47.11: 3085-3098.

NISHIKAWA, Tetsuo, et al. The possibility of resistant hypertension during the treatment of hypertensive patients. Hypertension Research, 2013, 36.11: 924-929.

TSUJIMOTO, Tetsuro; KAJIO, Hiroshi. Intensive blood pressure treatment for resistant hypertension: secondary analysis of a randomized controlled trial. Hypertension, 2019, 73.2: 415-423.

HOSHIDE, Satoshi, et al. Characteristics of hypertension in obstructive sleep apnea: an Asian experience. The Journal of Clinical Hypertension, 2021, 23.3: 489-495.

SEKIZUKA, Hiromitsu; OSADA, Naohiko; AKASHI, Yoshihiro J. Impact of obstructive sleep apnea and hypertension on left ventricular hypertrophy in Japanese patients. Hypertension Research, 2017, 40.5: 477-482.

TOMO, Yukako, et al. The correlation between the severity of obstructive sleep apnea and Insulin Resistance in a Japanese Population. Journal of Clinical Medicine, 2024, 13.11: 3135.

SASANABE, Ryujiro, et al. Metabolic syndrome in Japanese patients with obstructive sleep apnea syndrome. Hypertension research, 2006, 29.5: 315-322.

TOKUNOU, Tomotake; ANDO, Shin-ichi. Recent advances in the management of secondary hypertension—obstructive sleep apnea. Hypertension Research, 2020, 43.12: 1338-1343.

KARIO, Kazuomi, et al. Cardiovascular prognosis in drug-resistant hypertension stratified by 24-hour ambulatory blood pressure: the JAMP study. Hypertension, 2021, 78.6: 1781-1790.

FURUKAWA, Taiji, et al. Long-term adherence to nasal continuous positive airway pressure therapy by hypertensive patients with preexisting sleep apnea. Journal of Cardiology, 2014, 63.4: 281-285.