睡眠時無呼吸症候群の治療でCPAPを使っているけれど、医師から「酸素も併用しましょう」と言われた。
CPAPは空気、在宅酸素療法(HOT)は酸素を送る治療ですが、一体何が違うのでしょうか。なぜ両方を一緒に使う必要があるのか、疑問に思う方も多いでしょう。
この記事ではCPAPとHOTの根本的な違いから、両方の治療を併用する目的、そして対象となる疾患について、専門的な観点から分かりやすく解説します。
治療への理解を深め、安心して取り組むための一助となれば幸いです。
CPAPと在宅酸素療法(HOT)の根本的な違い
CPAPと在宅酸素療法(HOT)は、どちらも呼吸を助ける治療法ですが、その目的と仕組みは全く異なります。
この違いを理解することが、治療を正しく知るための第一歩です。
送るものが「空気」か「高濃度酸素」か
最も大きな違いは、患者さんに送る気体の種類です。CPAP(シーパップ)は、私たちが普段吸っている部屋の「空気」を、圧力をかけて送り込みます。
一方、在宅酸素療法(HOT)は、酸素濃縮装置などによって作られた「高濃度の酸素」を供給します。
治療の目的の違い
CPAPの目的は圧力をかけた空気で「物理的に気道を開く」ことです。睡眠中に喉が塞がってしまうのを防ぎ、無呼吸そのものをなくします。
一方、HOTの目的は肺の機能低下などによって体内に十分な酸素を取り込めない状態に対し、「直接酸素を補給する」ことです。
CPAPとHOTの目的と仕組みの比較
項目 | CPAP療法 | 在宅酸素療法(HOT) |
---|---|---|
送る気体 | 室内の空気(圧力をかける) | 高濃度の酸素 |
主な目的 | 気道の閉塞を防ぐ | 体内の酸素不足を補う |
作用 | 物理的なつっかえ棒 | 酸素の直接補給 |
対象となる主な病気
この目的の違いから、対象となる病気も異なります。CPAPは主に睡眠時無呼吸症候群(SAS)の治療に用います。
一方、HOTは慢性閉塞性肺疾患(COPD)や間質性肺炎、重度の心不全など、慢性的に体内の酸素が不足する「慢性呼吸不全」の患者さんが対象となります。
CPAP療法の目的「気道を開く」
CPAP療法がなぜ睡眠時無呼吸症候群に有効なのか、その働きを詳しく見ていきましょう。
睡眠時無呼吸症候群(SAS)の仕組み
SASの多くは睡眠中に喉の筋肉が弛緩し、舌の付け根などが気道に落ち込むことで空気の通り道が塞がれてしまう「閉塞性」のタイプです。
この閉塞により呼吸が止まり、体は深刻な酸素不足に陥ります。
CPAPが物理的に気道を確保する
CPAPはマスクを介して鼻から持続的に圧力をかけた空気を送り込みます。この空気の圧力が、喉の内部から「つっかえ棒」のような役割を果たし、舌などが落ち込んでくるのを防ぎます。
このことにより睡眠中でも気道が開いた状態が保たれ、スムーズな呼吸が可能になります。
CPAPの作用イメージ
状態 | 気道の様子 |
---|---|
無呼吸発生時 | 舌などが落ち込み、気道が閉塞する |
CPAP使用時 | 空気の圧力が内側から気道を支え、開存を保つ |
CPAPが改善するのは「無呼吸」による低酸素
重要なのは、CPAPはあくまで気道の閉塞を防ぐ治療であり、酸素そのものを増やしているわけではないという点です。
無呼吸がなくなることで、結果的に体内の酸素濃度が下がらなくなる、というのがCPAPの効果です。
在宅酸素療法(HOT)の目的「酸素を補う」
次に、在宅酸素療法(HOT)がどのような治療なのかを見ていきましょう。
肺の機能低下で酸素が取り込めない状態
HOTが必要になるのは、肺の病気などによって呼吸をしても血液中に十分な酸素を取り込む能力(ガス交換能)が低下している状態です。
このような患者さんは、安静にしていても体内の酸素が不足している「慢性呼吸不全」の状態にあります。
HOTが必要になる主な病気
HOTの対象となる代表的な病気は、タバコなどが原因で肺が壊れていく慢性閉塞性肺疾患(COPD)です。
その他にも肺が硬くなる間質性肺炎や、肺高血圧症、重度の心不全、一部の神経筋疾患などが対象となります。
- 慢性閉塞性肺疾患(COPD)
- 間質性肺炎
- 肺がん
- 重度の心不全
常に続く低酸素血症を改善する
HOTは酸素濃縮装置や液体酸素タンクからチューブ(カニューラ)を通して高濃度の酸素を吸入することで、血液中の酸素不足を直接的に改善します。
これにより息切れなどの症状を和らげ、心臓への負担を軽減し、生命予後を改善する効果があります。
なぜCPAPとHOTの併用が必要になるのか
では、どのような場合に目的の異なる二つの治療を同時に行う必要があるのでしょうか。
CPAPだけでは酸素濃度が上がらないケース
SASの患者さんの中にはCPAP治療で無呼吸はなくなったにもかかわらず、睡眠中の血中酸素濃度が十分に改善しない方がいます。
これはSASに加えて、肺の機能低下など慢性的に酸素を取り込む能力が低い状態を合併していることを示唆します。
無呼吸は改善しても低酸素が残る状態
CPAPは気道を開くだけで肺のガス交換能力を改善するわけではありません。
そのため元々肺に問題がある方がSASを合併した場合、CPAPで無呼吸をなくしても、肺での酸素の取り込みが不十分なため、低酸素状態が続いてしまうのです。
この状態を放置すると、心臓への負担は軽減されません。
治療法と改善される項目
治療法 | 改善できること | 改善できないこと |
---|---|---|
CPAP単独 | 気道の閉塞、無呼吸 | 肺のガス交換能力の低下 |
HOT単独 | 慢性的な低酸素状態 | 気道の閉塞、無呼吸 |
併用療法 | 気道閉塞と慢性的な低酸素状態の両方 | – |
併用が必要かどうかの判断基準
CPAP治療中の睡眠中の血中酸素飽和度を測定し、無呼吸がなくなっているにもかかわらず、酸素飽和度が90%を下回る時間が続く場合などにHOTの併用を検討します。
最終的には呼吸器専門医が精密検査の結果などを基に総合的に判断します。
CPAPとHOTを併用する主な疾患「オーバーラップ症候群」
CPAPとHOTの併用が最も多く行われるのが、「オーバーラップ症候群」という状態です。
オーバーラップ症候群とは
オーバーラップ症候群とは、睡眠時無呼吸症候群(SAS)と慢性閉塞性肺疾患(COPD)という二つの呼吸器疾患を合併した状態を指します。
SASによる夜間の間欠的な低酸素と、COPDによる持続的な低酸素が重なり合う(オーバーラップする)ことから、この名前がついています。
なぜこの合併が危険なのか
SASとCOPDはそれぞれ単独でも心臓や血管に大きな負担をかけますが、この二つが合併するとそのリスクは足し算ではなく掛け算のように増大します。
特に夜間の低酸素状態は極めて深刻となり、肺高血圧症や心不全などを引き起こしやすく、生命予後が著しく悪化することが知られています。
オーバーラップ症候群の危険性
疾患 | 主なリスク |
---|---|
SAS単独 | 間欠的な低酸素、交感神経興奮 |
COPD単独 | 持続的な低酸素、全身の炎症 |
オーバーラップ症候群 | 極めて重度かつ持続的な低酸素、心血管系への甚大な負担 |
オーバーラップ症候群の治療戦略
この危険な状態を改善するためにはSASとCOPDの両方に対する治療が必要です。
まずCPAPで気道の閉塞を取り除き、それでも改善しない低酸素状態に対してHOTで酸素を補う、という併用療法が標準的な治療戦略となります。
併用療法の流れと注意点
実際にCPAPとHOTを併用する場合、どのように行うのでしょうか。
併用時の装置の接続方法
在宅酸素療法(HOT)で使う酸素濃縮装置からのチューブを、CPAPのマスクやチューブに接続するための専用のアダプターがあります。
このアダプターを使い、CPAPから送られる空気に酸素を混ぜてマスクから吸入します。
医師による慎重な設定調整
併用療法ではCPAPの圧設定とHOTの酸素流量の両方を、患者さん一人ひとりの状態に合わせて慎重に調整する必要があります。
酸素流量が多すぎてもCO2ナルコーシスという危険な状態を引き起こす可能性があるため、専門医による厳密な管理が大切です。
保険適用と費用について
CPAP療法と在宅酸素療法はそれぞれに保険適用の基準があります。両方の基準を満たしていれば、併用療法も健康保険が適用されます。
費用はCPAPの月額約4,500円(3割負担)に加え、HOTの費用(流量や使用時間による)が別途かかります。
よくある質問
最後に、CPAPとHOTの併用に関して患者さんからよく寄せられる質問にお答えします。
- QCPAPに酸素ボンベが付いているのですか?
- A
いいえ、異なります。CPAP装置自体は空気を作るだけで酸素を作る機能はありません。
HOTを併用する場合は、CPAP装置とは別に酸素濃縮装置や液体酸素といった酸素供給源が自宅に設置され、そこからチューブでCPAP回路に酸素を供給します。
- Q併用すると息苦しくなりませんか?
- A
適切に設定されていれば、息苦しさが強くなることはありません。むしろ、CPAPで呼吸が楽になり、酸素で体の息苦しさが和らぐ効果が期待できます。
もし息苦しさを感じる場合は圧や流量の設定が合っていない可能性があるので、すぐに主治医に相談してください。
- Q併用療法はずっと続ける必要がありますか?
- A
オーバーラップ症候群などの慢性呼吸不全が原因である場合、多くは生涯にわたる治療の継続が必要です。
CPAPとHOTは病気を根本的に治すものではなく、症状をコントロールし、安定した状態を保つための治療です。この治療を続けることが合併症を防ぎ、健康な生活を長く送るために重要です。
以上
参考にした論文
SASAYAMA, Shigetake, et al. Improvement of quality of life with nocturnal oxygen therapy in heart failure patients with central sleep apnea. Circulation Journal, 2009, 73.7: 1255-1262.
KOZUI, K. I. D. A. Home Oxygen Therapy in Japan: Clinical application and considerations for practical implementation. JMAJ Research and Reviews, 2011, 54.2: 99-104.
YATANI, Atsuhiko, et al. Randomized crossover trial of a demand oxygen delivery system in nocturnal hypoxemia. Scientific Reports, 2024, 14.1: 20505.
NAKAO, Yoko M., et al. Effects of nocturnal oxygen therapy in patients with chronic heart failure and central sleep apnea: CHF-HOT study. Heart and vessels, 2016, 31: 165-172.
SEINO, Yoshihiko, et al. Clinical efficacy and cost-benefit analysis of nocturnal home oxygen therapy in patients with central sleep apnea caused by chronic heart failure. Circulation Journal, 2007, 71.11: 1738-1743.
NAGATA, Kazuma, et al. Domiciliary high-flow nasal cannula oxygen therapy for patients with stable hypercapnic chronic obstructive pulmonary disease. A multicenter randomized crossover trial. Annals of the American Thoracic Society, 2018, 15.4: 432-439.
TOYAMA, Takuji, et al. Effectiveness of nocturnal home oxygen therapy to improve exercise capacity, cardiac function and cardiac sympathetic nerve activity in patients with chronic heart failure and central sleep apnea. Circulation Journal, 2009, 73.2: 299-304.
OKUDA, Miyuki, et al. Nasal high-flow oxygen therapy system for improving sleep-related hypoventilation in chronic obstructive pulmonary disease: a case report. Journal of Medical Case Reports, 2014, 8: 1-6.
YOSHIZAKI, Asuka, et al. Prospective study of nocturnal desaturation in patients receiving home oxygen therapy. Internal Medicine, 2021, 60.19: 3071-3079.
FUJIMOTO, Keisaku. Long-Term Oxygen Therapy (or Home Oxygen Therapy) for COPD: The Present State and Future Problems. Chronic Obstructive Pulmonary Disease: A Systemic Inflammatory Disease, 2017, 195-210.