「COPD(慢性閉塞性肺疾患)」と「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」。この二つの呼吸器の病気が、一人の患者さんに同時に存在する状態を「オーバーラップ症候群」と呼びます。
それぞれ単独でも体に大きな負担をかける病気ですが、合併することでその危険性は足し算ではなく掛け算のように増大し、命に関わるリスクが著しく高まります。
この記事ではオーバーラップ症候群がなぜ危険なのか、その仕組みと正しい診断、そしてCPAPと在宅酸素療法を組み合わせた専門的な治療法について詳しく解説します。
「オーバーラップ症候群」とは何か
オーバーラップ症候群は異なる二つの呼吸器疾患が重なり合った(オーバーラップした)状態です。それぞれの病気の特徴を理解することが、この症候群の危険性を知る上で重要です。
COPDと睡眠時無呼吸症候群(SAS)の合併
COPDは主に長年の喫煙が原因で肺に炎症が起き、呼吸機能が低下する病気です。一方SASは睡眠中に上気道が塞がれて無呼吸を繰り返す病気です。
この二つを併発している状態がオーバーラップ症候群です。
なぜ「オーバーラップ」と呼ぶのか
COPDによる「持続的な酸素不足」と、SASによる「断続的な酸素不足」が特に睡眠中に重なり合うことから、この名前が付けられました。
日中から既に酸素が不足しがちな体に、夜間の無呼吸によるさらなる酸素不足が追い打ちをかける、極めて危険な状態です。
二つの病気による低酸素状態
疾患 | 低酸素の特徴 | 主な時間帯 |
---|---|---|
COPD | 持続的(常に酸素が不足気味) | 24時間 |
SAS | 間欠的(無呼吸時に急激に悪化) | 睡眠中 |
どのくらいの人が合併しているのか
COPDの患者さんのうち、約10〜20%がSASを合併していると報告されています。また、SASの患者さんの中にも喫煙歴が長い方などを中心に、一定数のCOPD合併例が存在します。
どちらの病気も有病率が高いため、決して珍しい状態ではありません。
なぜオーバーラップ症候群は危険なのか
オーバーラップ症候群はCOPDだけ、あるいはSASだけの患者さんと比較して、生命予後が著しく悪いことが知られています。その理由は夜間の深刻な低酸素状態にあります。
夜間の深刻な低酸素血症
COPDによって元々低いレベルにある血中酸素濃度が、SASによる無呼吸のたびにさらに急降下します。この酸素濃度の低下は、どちらか一方の病気だけの場合よりもはるかに深刻で、長時間にわたります。
この状態が毎晩繰り返されることが全身に甚大なダメージを与えます。
心臓や肺への甚大な負担
重度の低酸素状態は心臓や肺の血管に極めて大きな負担をかけます。
特に肺の血管の血圧が異常に高くなる「肺高血圧症」や、心臓の機能が低下する「心不全(特に右心不全)」を高率に引き起こします。
これらは命に直結する深刻な合併症です。
単独疾患とオーバーラップ症候群のリスク比較
合併症 | 単独疾患の場合 | オーバーラップ症候群の場合 |
---|---|---|
肺高血圧症 | リスクあり | リスクが著しく高い |
心不全 | リスクあり | リスクが著しく高い |
生命予後への影響
複数の研究により、オーバーラップ症候群を治療せずに放置した場合、COPD単独の患者さんと比較しても死亡率が有意に高いことが示されています。
しかし適切な治療を行うことで、そのリスクを大幅に低減できることも分かっています。
COPD(慢性閉塞性肺疾患)とはどんな病気か
オーバーラップ症候群を理解するために、まずはCOPDについて確認しましょう。
主な原因と症状
最大の原因は長期間の喫煙です。タバコの煙などの有害物質を吸い込むことで気管支や肺胞(酸素を取り込む小さな袋)に慢性的な炎症が起こります。
主な症状は体を動かした時の息切れ(労作時呼吸困難)や、慢的な咳、痰です。
肺のガス交換能力の低下
COPDでは肺胞が破壊されてガス交換の面積が減ったり、気管支が狭くなって空気の流れが悪くなったりします。
このため呼吸をしても血液中に十分な酸素を取り込み、二酸化炭素を排出する能力が低下します。
慢性的な酸素不足(持続的低酸素)
肺の機能が低下するため、COPDの患者さんは24時間を通して体が酸素不足の状態(低酸素血症)にあります。
病気が進行すると、安静にしていても酸素が足りない状態になります。
睡眠時無呼吸症候群(SAS)とはどんな病気か
次にSASの特徴を確認します。COPDとは異なる仕組みで低酸素を引き起こします。
上気道の閉塞による無呼吸
SASの主な原因は睡眠中に喉の筋肉が弛緩し、舌などが気道に落ち込んで物理的に塞がってしまうことです。
この閉塞によって、10秒以上呼吸が止まる「無呼吸」が繰り返されます。
断続的な酸素不足(間欠的低酸素)
SASにおける低酸素は無呼吸が起きている間だけ急激に悪化し、呼吸が再開すると回復するという、波のある「間欠的」なものであることが特徴です。
この急激な酸素濃度の変動が血管に大きなダメージを与えます。
COPDとSASの低酸素パターンの違い
疾患 | 低酸素のパターン | 体への主な影響 |
---|---|---|
COPD | 持続的(ベースラインが低い) | 肺機能の低下、全身の炎症 |
SAS | 間欠的(急激な低下と回復を繰り返す) | 交感神経の興奮、血管へのダメージ |
SASが体に与える影響
間欠的な低酸素は交感神経を異常に興奮させ、血圧を上昇させます。
このことが高血圧や心筋梗塞、脳卒中といった心血管系の合併症の主な原因となります。
オーバーラップ症候群の診断
オーバーラップ症候群を診断するためにはCOPDとSAS、両方の病気の存在を証明する必要があります。
どのような症状で疑うか
長年の喫煙歴があり、日中の息切れや咳・痰といったCOPDの症状に加えて、大きないびきや夜間の無呼吸、日中の強い眠気といったSASの症状がある場合にオーバーラップ症候群を強く疑います。
- 長年の喫煙歴
- 労作時の息切れ
- 習慣的ないびき、無呼吸の指摘
- 日中の強い眠気
呼吸機能検査と睡眠検査
診断のためには二つの異なる検査が必要です。
COPDの診断には、スパイロメトリーという呼吸機能検査を行い、気道の閉塞の程度を評価します。
SASの診断には自宅での簡易検査や入院での精密検査(PSG)を行い、睡眠中の無呼吸の回数や低酸素の状態を評価します。
確定診断までの流れ
まずは問診や診察で症状を確認し、胸部X線写真や呼吸機能検査でCOPDの評価を行います。
その後、睡眠検査でSASの評価を行い、両方の診断基準を満たした場合にオーバーラップ症候群と確定診断されます。
オーバーラップ症候群の治療法
オーバーラップ症候群の治療はCOPDとSASの両方に対して同時にアプローチすることが重要です。単独の治療では不十分な場合が多くあります。
CPAPと在宅酸素療法(HOT)の併用
治療の基本はCPAP療法と在宅酸素療法(HOT)の併用です。まず、CPAPでSASによる上気道の閉塞を取り除き、無呼吸をなくします。
その上でCOPDによる慢性的な低酸素状態を改善するために、HOTで高濃度の酸素を補給します。
なぜCPAPだけでは不十分なのか
CPAPはあくまで気道を開くだけでCOPDによって低下した肺のガス交換能力を改善するわけではありません。
そのためオーバーラップ症候群の患者さんにCPAPだけを使用しても、無呼吸はなくなりますが肺での酸素の取り込みが不十分なため、低酸素状態は改善しきれないのです。
治療法とそれぞれの役割
治療法 | 主な役割 |
---|---|
CPAP療法 | SASによる気道閉塞の解除 |
在宅酸素療法(HOT) | COPDによる慢性的な低酸素の改善 |
薬物療法や呼吸リハビリテーションの重要性
CPAPやHOTと並行して、COPDそのものに対する治療も重要です。気管支拡張薬などの吸入薬で気道を広げ、症状を和らげます。
また、呼吸リハビリテーションによって呼吸筋を鍛え、息切れを改善することも、生活の質を維持する上で大切です。
よくある質問
最後に、オーバーラップ症候群に関して患者さんからよく寄せられる質問にお答えします。
- Q喫煙者ですが、まず何から始めるべきですか?
- A
直ちに禁煙することが最も重要で効果的な治療の第一歩です。喫煙を続ける限りCOPDは進行し続け、どんな治療の効果も限定的になってしまいます。
禁煙外来などを利用し、専門家のサポートを受けながら禁煙に取り組むことを強くお勧めします。
- QCPAPと酸素の併用は息苦しくないですか?
- A
適切に設定されていれば息苦しさが強くなることはありません。むしろ、CPAPで呼吸が楽になり、酸素で体の息苦しさが和らぐ効果が期待できます。
もし息苦しさを感じる場合は圧や流量の設定が合っていない可能性があるので、すぐに主治医に相談してください。
- Q治療をやめるとどうなりますか?
- A
オーバーラップ症候群の治療は病気をコントロールし、深刻な合併症を防ぐために生涯にわたって継続する必要があります。
自己判断で治療をやめてしまうと夜間の深刻な低酸素状態に戻り、心不全などのリスクが再び急激に高まります。必ず医師の指示に従って治療を続けてください。
以上
参考にした論文
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