「家族から『寝ている時に呼吸が止まっている』と指摘された」「いびきの後、静かになる時間が長い気がする」。
睡眠中の呼吸について何秒止まると危険なのだろうかと不安に思っていませんか。
この記事では睡眠時無呼吸症候群の医学的な定義である「10秒以上」の呼吸停止の意味と、その危険性を判断する重要な指標「AHI(無呼吸低呼吸指数)」について詳しく解説します。
ご自身の状態を正しく理解し、健康を守るための第一歩としましょう。
睡眠時無呼吸の定義「10秒以上」の意味
睡眠時無呼吸症候群(SAS)の診断において、「10秒」という時間は非常に重要な基準となります。
なぜこの時間が基準となっているのか、そして呼吸が止まる状態には種類があることを理解しましょう。
なぜ「10秒」が基準なのか
健康な人でも睡眠中に数秒間、息が浅くなることはあります。
しかし、呼吸の停止が10秒以上続くと体内の酸素濃度が意味のあるレベルで低下し始め、心臓や脳などの重要な臓器に負担がかかり始めます。
この医学的な観点から、体に影響を及ぼし始める境界線として「10秒」が国際的な診断基準として採用されています。
「無呼吸」と「低呼吸」の違い
呼吸が止まる状態には完全に停止する「無呼吸」と、換気量が著しく低下する「低呼吸」の2種類があります。どちらも10秒以上続く場合に診断上のイベントとしてカウントします。
低呼吸であっても体内の酸素濃度が低下するため、無呼吸と同様に体にダメージを与えます。
無呼吸と低呼吸の定義
種類 | 定義 | 体への影響 |
---|---|---|
無呼吸 | 10秒以上、口や鼻の気流が停止した状態 | 急激な酸素濃度の低下 |
低呼吸 | 10秒以上、換気量が50%以下に低下し、酸素濃度が3-4%以上低下した状態 | 緩やかだが確実な酸素濃度の低下 |
10秒未満の呼吸停止は問題ないのか
10秒に満たない短い呼吸の乱れは通常は生理的な範囲内と考えられ、直ちに問題となることは少ないです。
しかし、そのような短い停止が頻繁に起こる場合や、いびきがひどい場合は睡眠時無呼吸症候群の前兆であったり、軽症のSASが隠れていたりする可能性があります。
気になる症状があれば自己判断せずに専門医に相談することが重要です。
重症度を測る指標「AHI(無呼吸低呼吸指数)」とは
睡眠時無呼吸症候群の危険度は呼吸が止まる時間の長さだけでなく、その「頻度」によって決まります。
この頻度を客観的に示す数値が、AHI(Apnea Hypopnea Index:無呼吸低呼吸指数)です。
AHIの計算方法と意味
AHIは睡眠1時間あたりの「無呼吸」と「低呼吸」の合計回数を示します。
例えば7時間の睡眠中に無呼吸と低呼吸が合計で140回あった場合、AHIは「140回 ÷ 7時間 = 20回/時間」となります。この数値が高いほど重症であると判断します。
AHIで判定する重症度分類
AHIの数値によって睡眠時無呼吸症候群の重症度は「軽症」「中等症」「重症」の3段階に分類されます。
この分類は治療方針を決定する上で非常に重要な基準となります。
AHIによる重症度分類
重症度 | AHI(1時間あたりの回数) | 状態の目安 |
---|---|---|
正常 | 5回未満 | ほぼ問題なし |
軽症 | 5回以上15回未満 | 治療を検討する場合がある |
中等症 | 15回以上30回未満 | 治療が必要な場合が多い |
重症 | 30回以上 | 積極的な治療が必要 |
AHIだけでは分からない危険性
AHIは重症度を知るための中心的な指標ですが、それだけが全てではありません。
同じAHIの数値でも呼吸が止まっている間の血中酸素飽和度(SpO2)の低下が著しい場合は、より危険な状態と判断します。
精密検査ではAHIと同時に、この酸素飽和度の状態も詳細に評価して総合的に危険度を判断します。
10秒の呼吸停止が体に与える深刻な影響
わずか10秒と思うかもしれませんが、この短い時間の呼吸停止が毎晩何十回、何百回と繰り返されることで体には深刻なダメージが蓄積していきます。
脳へのダメージと覚醒反応
呼吸が止まり血中の酸素が減ると脳は生命の危機を察知します。そして呼吸を再開させるために眠っている脳を強制的に覚醒させます。
本人は覚えていないことが多いですが、この「微小覚醒」が頻繁に起こることで脳は深く休息することができず、慢性的な睡眠不足状態に陥ります。
呼吸停止が引き起こす連鎖反応
段階 | 体内で起きていること | 結果 |
---|---|---|
1. 呼吸停止 | 気道が閉塞し、空気が入らない | – |
2. 低酸素 | 血中の酸素濃度が低下 | 臓器への負担開始 |
3. 脳の覚醒 | 脳が危険を察知し、覚醒する | 睡眠の分断 |
心臓・血管への負担
脳からの指令を受け、体は酸素不足を補うために心拍数を増やして血圧を急上昇させます。
この血圧の乱高下は血管の壁を傷つけ、動脈硬化を進行させます。また、心臓は常に全力疾走しているような状態に置かれ、徐々に疲弊していきます。
このことが高血圧や心筋梗塞、脳卒中のリスクを著しく高めるのです。
全身の細胞を襲う酸化ストレス
呼吸が再開すると体内に一気に酸素が流れ込みます。この酸素濃度の急激な変化は体内で「活性酸素」を大量に発生させ、細胞を傷つける「酸化ストレス」という状態を引き起こします。
この酸化ストレスは生活習慣病やがん、老化の促進にも関与すると考えられています。
呼吸停止の長さと頻度から見る危険度
呼吸が止まる「長さ」と「頻度(AHI)」は、どちらも危険度を判断する上で重要です。ご自身の状態を客観的に見てみましょう。
無呼吸の時間が長いほど危険か
一般的に無呼吸の時間が長ければ長いほど血中酸素濃度の低下は著しくなり、体へのダメージは大きくなります。中には1分以上呼吸が止まっている重症な方もいます。
このような状態は心臓への負担が極めて大きく、夜間の突然死のリスクにもつながる非常に危険なサインです。
AHI(頻度)が示すリスクの違い
AHIの数値は合併症のリスクと強く相関します。
AHIが30を超える重症の場合、高血圧を発症するリスクは健常者の約3倍、心血管系の疾患を発症するリスクは約4倍にもなると報告されています。
頻度が多いということは、それだけ心臓や脳に負担をかける回数が多いということを意味します。
AHIと主な合併症リスク
AHI(重症度) | 高血圧リスク | 心血管疾患リスク |
---|---|---|
5未満(正常) | 基準 | 基準 |
5~14(軽症) | 約1.5倍 | 約1.5倍 |
15以上(中等症~) | 約2~3倍 | 約3~4倍 |
家族からの指摘は重要なサイン
「いびきが急に静かになって、また大きな呼吸とともに再開する」「数十秒、息をしていない時がある」。
このような家族からの指摘は、危険な無呼吸が起きている可能性を示す非常に重要な情報です。
ご自身では気づくことができないため指摘を受けたら真摯に受け止め、専門医の診察を受けることを強くお勧めします。
自分の状態を正確に知るための検査
「自分は大丈夫だろうか」と不安に思ったら、まずは検査を受けて客観的なデータを取ることが解決への第一歩です。
自宅でできる簡易検査
医療機関から検査機器を借りて帰り、自宅で睡眠中の呼吸状態や酸素飽和度を測定する検査です。手軽に行え、AHIのおおよその数値を把握することができます。
この検査で異常が見つかれば、さらに詳しい検査に進みます。
入院して行う精密検査(PSG)
睡眠時無呼吸症候群の確定診断のために行う最も精度の高い検査です。一泊入院し、脳波や心電図、呼吸、体の動きなど睡眠に関するさまざまなデータを詳細に記録します。
この検査により、AHIだけでなく睡眠の質や酸素飽g和度の低下レベルなどを正確に評価できます。
検査でわかること
- AHI(無呼吸・低呼吸の正確な回数)
- 睡眠の深さと分断の程度
- 無呼吸時の血中酸素飽和度の低下レベル
- 不整脈の有無
検査結果に基づく治療方針の決定
これらの検査結果を総合的に評価し、医師が重症度を診断します。
そしてその重症度や患者さん一人ひとりの状態に合わせて、CPAP療法やマウスピース治療といった最適な治療方針を決定します。
よくある質問
最後に、睡眠時の呼吸停止に関して、患者さんからよく寄せられる質問にお答えします。
- Q子どもの場合、何秒から危険ですか?
- A
子どもの場合、大人よりも体が小さく、呼吸停止の影響を受けやすいため、より厳しい基準が適用されます。
一般的に子どもでは「2回分の呼吸時間に相当する長さ」の無呼吸、またはAHIが1回以上で異常と判断します。
いびきや口呼吸、お漏らしなどのサインがあれば小児科や耳鼻咽喉科に相談してください。
- QAHIがいくつから治療を開始しますか?
- A
一般的にCPAP療法の保険適用はAHIが20以上とされています。
しかし、AHIが20未満の軽症や中等症であっても、高血圧などの合併症がある場合や、日中の眠気が強く生活に支障が出ている場合には積極的に治療を開始することが推奨されます。
最終的には医師が総合的に判断します。
- Q無呼吸の時間を自分で短くする方法はありますか?
- A
無呼吸の時間や頻度を直接コントロールすることはできません。
しかし、生活習慣の改善によって間接的に症状を和らげることは可能です。具体的には減量、禁煙、就寝前のアルコールを控える、横向きに寝るといった対策が有効です。
ただしこれらは根本的な解決にはならないため、必ず専門医の診断と治療を受けることが大切です。
以上
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