呼吸器疾患の一種である漏斗胸とは、胸骨が後方に陥没している状態を指します。この陥没によって、胸部の外観に特徴的な漏斗状の変形が生じます。

漏斗胸は先天性の疾患であり、新生児の1000人に1人から2人程度の割合で発症すると言われています。 男女比では男性に多く見られ、4:1程度と報告されています。

漏斗胸は cosmetic(美容上)な問題だけでなく、心臓や肺の機能に影響を及ぼす可能性もあります。

漏斗胸の主症状

呼吸器疾患の一種である漏斗胸の主症状は、胸郭の変形による呼吸機能の低下と心機能への悪影響です。

胸郭の変形と呼吸機能への影響

漏斗胸患者の多くは、胸骨の陥没により胸郭が変形していることで呼吸機能に影響を受けています。

胸郭の変形は肺の膨張を妨げ、十分な換気を困難にする場合があります。これにより、運動耐容能の低下や易疲労感を引き起こす可能性があります。

胸郭の変形の程度呼吸機能への影響
軽度軽度の換気障害
中等度中等度の換気障害
重度重度の換気障害

心機能への悪影響

漏斗胸では、胸骨の陥没が心臓を圧迫し、心機能に悪影響を及ぼすことがあります。特に重度の漏斗胸の場合、以下のような心機能障害を引き起こす可能性があります。

  • 心拍出量の低下
  • 不整脈の発生
  • 右心系の負荷増大

運動耐容能の低下と日常生活への影響

呼吸機能および心機能の低下により、漏斗胸患者は運動耐容能が低下し、日常生活に支障をきたす場合があります。

学校や職場での活動制限を必要とすることもあり、患者のQOL(生活の質)に大きな影響を与えます。

運動耐容能の低下の程度日常生活への影響
軽度軽度の活動制限
中等度中等度の活動制限
重度重度の活動制限

精神的な影響

漏斗胸による胸郭の変形は、患者の身体的な健康だけでなく、精神的な健康にも影響を与える可能性があります。

胸郭の変形により外見に自信を持てず、自尊心の低下やうつ状態を引き起こすことがあります。特に思春期の患者では、外見の変化に敏感であるため、精神的なサポートが重要となります。

漏斗胸の原因やきっかけ

呼吸器疾患の一種である漏斗胸の原因やきっかけは、先天性と後天性の要因が複雑に絡み合っていると考えられています。

遺伝的要因

漏斗胸の発症には、遺伝的要因が関与していると考えられています。

家族内に漏斗胸の患者がいる場合、その子供が漏斗胸を発症する確率が高くなります。遺伝子異常が胸郭の発達に影響を及ぼし、漏斗胸を引き起こす可能性があります。

遺伝子関連する疾患
TBX5Holt-Oram症候群
FGFR2Crouzon症候群

胸郭の発達異常

漏斗胸は、胸郭の発達異常によって生じることがあります

胎児期や新生児期に、胸骨や肋骨の成長が不均等に進むことで、胸郭の変形が起こる場合があります。この胸郭の発達異常が、漏斗胸の原因となる可能性があります。

筋肉の異常

漏斗胸の発症には、胸部の筋肉の異常が関与していると考えられています。

胸部の筋肉が弱い、あるいは不均等に発達している場合、胸郭の変形を引き起こすことがあります。特に、大胸筋や小胸筋の異常が、漏斗胸の発症に関連していると考えられています。

  • 大胸筋の発達不全
  • 小胸筋の短縮や拘縮
  • 胸部の筋肉の不均衡な発達

外的要因

漏斗胸の発症には、外的要因も関与している可能性があります。 新生児期や乳児期に、胸部に強い圧力がかかる状況が続くと、胸郭の変形を引き起こすことがあります。

以下のような外的要因が、漏斗胸の発症に関連していると考えられています。

外的要因説明
仰臥位での睡眠新生児期や乳児期に、長時間仰臥位で寝ることで胸部に圧力がかかる
重いものを胸に乗せる胸部に重いものを長時間乗せることで、胸郭に変形が生じる

漏斗胸の原因やきっかけは複雑であり、先天性と後天性の要因が組み合わさって発症すると考えられています。

遺伝的要因、胸郭の発達異常、筋肉の異常、外的要因など、様々な要因が関与しているとされています。

漏斗胸の発症メカニズムについては、まだ十分に解明されていない部分もあり、今後のさらなる研究が期待されています。

医療機関での診察と診断

漏斗胸の診察と診断では、視診、触診、画像検査を組み合わせることが重要です。

視診

漏斗胸の診察では、まず視診が行われます。 胸部の変形の程度や、左右差の有無などを観察します。

胸郭の形状や、胸骨の陥没の程度を詳細に評価することが大切です。

視診項目評価内容
胸郭の形状漏斗胸の特徴的な変形の有無
胸骨の陥没陥没の程度や範囲

触診

視診に続いて、触診が行われます。 胸部の変形部位を直接触れることで、胸郭の柔軟性や、胸骨の可動性を評価します。

また、胸部の筋肉の緊張度や、圧痛の有無なども確認します。

画像検査

漏斗胸の診断には、画像検査が不可欠です。以下のような画像検査が行われることがあります。

  • 胸部X線検査
  • 胸部CT検査
  • 胸部MRI検査

これらの画像検査により、胸郭の変形の程度や、内部臓器への影響を詳細に評価することができます。

画像検査評価内容
胸部X線検査胸郭の変形の程度、心臓や肺の位置
胸部CT検査胸郭の変形の詳細、内部臓器への影響

心肺機能検査

漏斗胸の診断では、心肺機能への影響を評価することも重要です。 心電図検査や、肺機能検査などが行われることがあります。

これらの検査により、漏斗胸が心肺機能に及ぼす影響を評価し、治療方針を決定します。

漏斗胸の診察と診断では、視診、触診、画像検査を組み合わせ、総合的に評価することが重要です。

また、心肺機能検査により、漏斗胸が全身に及ぼす影響を評価することも大切です。これらの診察と検査の結果を踏まえ、患者に合った治療方針を決定していきます。

画像所見

呼吸器疾患の一種である漏斗胸の画像所見は、胸骨の陥凹を特徴とし、側面像や断層撮影で確認できます。

胸部X線写真(正面像・側面像)所見

胸部X線写真の正面像では、胸骨の陥凹が見られるものの、心陰影との重なりにより判別が難しいことが多いです。

一方、側面像においては、胸骨の陥凹が明瞭に描出され、漏斗胸の程度を評価するうえで重要な情報となります。

所見正面像側面像
胸骨陥凹
心陰影との重なり×
Case courtesy of Hani Makky Al Salam, Radiopaedia.org. From the case rID: 13265

「胸骨・前胸郭の陥凹と心などの後方への圧排が認められる。」

CT検査所見

CTでは、胸骨の変形や胸郭の非対称性をより詳細に観察することが可能です。

漏斗胸のCT所見としては以下のような特徴が見受けられます。

  • 胸骨の陥凹
  • 肋軟骨の延長・変形
  • 胸郭の非対称性

特に、胸骨と脊椎の距離(Pectus severityインデックス)を計測することで、漏斗胸の重症度を定量的に評価できるのはCT検査の大きな利点と言えるでしょう。

Case courtesy of Ammar Ashraf, Radiopaedia.org. From the case rID: 169647

「胸骨・前胸郭の陥凹が認められ、漏斗胸と考えられる。」

MRI検査所見

MRIでは、心臓や大血管への影響をより詳細に評価できる点で有用性が高いです。

漏斗胸患者では、胸骨の圧迫により心臓が偏位したり、大血管が圧排されたりすることがありますが、MRIはそれらの評価に適しています。

評価項目有用性
心臓偏位
大血管圧排
Marcovici PA, LoSasso BE, Kruk P, Dwek JR. MRI for the evaluation of pectus excavatum. Pediatr Radiol. 2011 Jun;41(6):757-8. doi: 10.1007/s00247-011-2031-5. Epub 2011 Mar 8. PMID: 21384260;

「胸骨・前胸郭の陥凹が認められ、心臓の陥凹が認められる。」

超音波検査所見

超音波検査は、簡便かつ低侵襲であり、小児の漏斗胸のスクリーニングに用いられることがあります。

超音波で胸骨の陥凹を確認できるほか、心臓への圧迫所見なども観察可能です。ただし、超音波検査では胸郭の全体像を評価することは難しく、重症度の判定にはX線やCT検査が必要となります。

漏斗胸の治療方法と薬、治癒までの期間

漏斗胸の治療法は、重症度や年齢によって異なりますが、主に理学療法と手術療法の2つのアプローチがあり、治癒までの期間は治療法により大きく変動します。

理学療法

軽症から中等症の漏斗胸に対しては、まず理学療法が選択されることが多いでしょう。

理学療法では、呼吸訓練や姿勢矯正などを行い、胸郭の柔軟性を高めることを目的とします。

治療内容期待される効果
呼吸訓練胸郭の柔軟性向上
姿勢矯正胸骨の突出改善

理学療法の治療期間は、症状の改善度合いにもよりますが、通常は数ヶ月から1年程度が目安となります。

手術療法

重症例や、理学療法で十分な改善が得られない場合には、手術療法が検討されます。

漏斗胸の手術療法には、以下のような方法があります。

  • Nuss法(胸骨挙上術)
  • Ravitch法(胸骨翻転術)
  • 胸骨吊り上げ術

これらの手術は、いずれも全身麻酔下で行われ、入院期間は1~2週間程度を要します。

Nuss法(胸骨挙上術)

Nuss法は、現在最も広く行われている漏斗胸の手術方法です。

胸腔鏡下で金属バーを胸骨の下に挿入し、胸骨を挙上する方法で、低侵襲であることが利点です。

手術方法全身麻酔入院期間
Nuss法必要1~2週間
Ravitch法必要1~2週間

挿入したバーは2~3年程度留置し、その後抜去します。

術後管理と治癒までの期間

手術後は、痛み管理や創部ケアなどの術後管理が重要となります。

治癒までの期間は、手術方法によって異なりますが、概ね以下のような経過をたどります。

  • 術後1~2週間:入院管理
  • 術後1~2ヶ月:日常生活への復帰
  • 術後2~3年:金属バーの抜去(Nuss法の場合)

完全な治癒までには、術後数年を要すると考えられています。

ただし、適切な治療とケアを行えば、多くの患者で良好な胸郭の形態と機能が得られると期待できるでしょう。

治療の副作用やデメリット(リスク)

漏斗胸の治療は、症状の改善や生活の質の向上に寄与する一方で、副作用やデメリット(リスク)も存在することを十分に理解しておく必要があります。

理学療法の副作用やデメリット(リスク)

理学療法は、非侵襲的な治療法ではあるものの、副作用やデメリットがないわけではありません。

理学療法の副作用として、以下のようなことが挙げられます。

  • 運動療法による筋肉痛や疲労感
  • 過度な呼吸訓練による息切れや頭痛
  • 姿勢矯正に伴う一時的な違和感
副作用発生頻度
筋肉痛・疲労感比較的高い
息切れ・頭痛まれ

また、理学療法のデメリットとしては、治療効果が限定的であることや、治療に長期間を要することなどが指摘されています。

手術療法の副作用やデメリット(リスク)

手術療法は、より確実な治療効果が期待できる反面、侵襲性が高く、副作用やデメリット(リスク)も少なくありません。

手術療法の副作用やリスクとしては、以下のようなものがあります。

  • 術後の疼痛
  • 創部感染
  • 肺合併症(肺炎、気胸など)
  • 金属バーの移動や脱落(Nuss法の場合)
  • 再発や胸郭変形の残存

特に、Nuss法では、金属バーの留置に伴う違和感や、バーの移動・脱落などのリスクがあることに留意が必要です。

合併症Nuss法Ravitch法
創部感染
肺合併症
バーのトラブル

金属アレルギーのリスク

漏斗胸の手術では、チタンやステンレスなどの金属製のバーやワイヤーを使用することがあります。

そのため、金属アレルギーを有する患者では、アレルギー反応を生じる可能性があります。

手術前には、金属アレルギーの有無を確認し、適切な材質の選択が重要となります。

治療後の再発リスク

漏斗胸の治療後には、一定の割合で再発が生じることが知られています。

再発リスクは、手術時の年齢や手術方法などによって異なりますが、概ね5~20%程度と報告されています。

再発を予防するためには、術後の定期的なフォローアップと、再発兆候の早期発見が大切です。また、再発に備えて、再手術の可能性についても事前に説明しておく必要があるでしょう。

再発の可能性と予防の仕方

漏斗胸の治療後は、一定の確率で再発が生じる可能性があるため、再発予防のための適切な管理と生活習慣の修正が重要となります。

再発の頻度と要因

漏斗胸の再発率は、報告によってばらつきがあるものの、概ね5~20%程度とされています。

再発のリスクは、以下のような要因によって異なると考えられています。

  • 手術時の年齢(若年ほど再発リスクが高い)
  • 手術方法(Nuss法よりもRavitch法の方が再発リスクが低い)
  • 漏斗胸の重症度(重症例ほど再発リスクが高い)
要因再発リスク
手術時年齢若年>高年
手術方法Nuss法>Ravitch法

再発予防のための管理

漏斗胸の再発を予防するためには、長期的な経過観察と適切な管理が不可欠です。

具体的には、以下のような取り組みが推奨されます。

  • 定期的な外来フォローアップ(胸部X線検査、CT検査など)
  • 胸郭の柔軟性を維持するための呼吸訓練や姿勢矯正
  • 再発兆候の早期発見と迅速な対応

特に、Nuss法で手術を受けた患者では、金属バーの抜去後も再発のリスクがあるため、バー抜去後のフォローアップも重要です。

生活習慣の修正

漏斗胸の再発予防には、日常生活における生活習慣の修正も大切な役割を果たします。

再発予防のために推奨される生活習慣としては、以下のようなものが挙げられます。

  • 適度な運動と体重管理
  • 喫煙の回避
  • 良好な姿勢の維持
  • 過度な重量物の持ち上げの制限
生活習慣再発予防効果
運動・体重管理
禁煙
良好な姿勢

これらの生活習慣を守ることで、胸郭への負担を軽減し、再発のリスクを下げることができると期待されます。

再発時の対応

漏斗胸が再発した場合には、速やかに医療機関を受診し、適切な治療方針を検討する必要があります。

再発の程度によっては、再手術が必要となることもあります。

再手術の方法としては、初回手術と同様のアプローチを取ることが多いですが、症例に応じて適切な術式を選択することが求められます。

再発例に対する手術は、初回手術に比べて難易度が高く、合併症のリスクも高いため、熟練した医師のもとで行うことが重要です。

治療費

漏斗胸の治療費は、重症度や治療方法によって大きく異なりますが、一般的に高額となる傾向があります。

初診料・再診料

漏斗胸の治療では、定期的な通院が必要となるため、初診料や再診料がかかります。

項目費用
初診料2,880円~5,380円
再診料780円~2,640円程度

検査費

漏斗胸の診断や経過観察には、胸部X線検査やCT検査などの画像検査が重要です。

検査費用
胸部X線検査2,100円~4,000円
胸部CT検査16,5014,700円~20,700円

処置費

理学療法や手術療法では、様々な処置が行われ、それぞれ処置料が発生します。

例えば、Nuss法の手術では、以下のような処置料+入院費がかかると考えられます。

  • 1回目1,000,000円~1,580,000円
  • 2回目800,000円+α

入院費

手術療法では、1~2週間程度の入院が必要となり、入院費用が発生します。

入院費用は、1日あたり約50,000円~100,000円程度と考えられ、総額では数十万円から数百万円に及ぶ場合もあります。

ただし、保険適用となると3割の自己負担となり、また小児の場合は自治体の子供医療費助成制度の対象となるため、実際の自己負担はもっと安くなります。

以上のように、漏斗胸の治療には多額の費用がかかりますが、重症度や治療内容によって大きく異なるため、実際の治療費は個々の症例に応じて見積もる必要があるでしょう。

以上

参考にした論文