呼吸器疾患の一種であるニューモシスチス肺炎とは、ニューモシスチス・イロベチー(Pneumocystis jirovecii)という真菌の一種による日和見感染症です。

健康な人には発症しませんが、エイズ患者やがん患者、臓器移植患者など免疫力が低下した人に発症しやすく、AIDS指標疾患の一つでもあり、HIV感染症の診断の契機となることもあります。

ニューモシスチス肺炎は重症化すると致死的となるケースも出てくるほどですから注意が必要な疾患なのです。

主な症状について

ニューモシスチス肺炎の主な症状は発熱、咳嗽、呼吸困難ですが、これらの症状は非特異的であるため他の呼吸器疾患との鑑別が重要です。

発熱

ニューモシスチス肺炎では発熱が最も多い症状です。通常は38℃以上の高熱を呈し、数日から数週間続くことがあります。

症状頻度
発熱90-100%
38℃以上の高熱70-80%

発熱はニューモシスチス肺炎の初発症状であることが多く、他の症状に先行して出現するでしょう。

咳嗽

ニューモシスチス肺炎では咳嗽も高頻度に発症するのです。初期は乾性咳嗽であることが多く、次第に湿性咳嗽に変化することがあります。

咳嗽は夜間や早朝に増悪することが特徴的で、咳嗽は数週間から数ヶ月続くことが一般的です。

呼吸困難

ニューモシスチス肺炎では呼吸困難も高頻度に認められます。初期は軽度の呼吸困難であることが多く、次第に増悪するでしょう。

症状頻度
呼吸困難70-90%
安静時呼吸困難50-60%

呼吸困難は労作時に顕著となることが多く、安静時にも呼吸困難を認めることがあります。重症例では呼吸不全に至るケースも見られるのです。

その他の症状

ニューモシスチス肺炎では上記の他にも次のような症状を認めることがあります。

  • 全身倦怠感
  • 体重減少
  • 胸痛
  • チアノーゼ

発症する原因やきっかけ

ニューモシスチス肺炎は免疫力の低下した人に発症しやすい日和見感染症の一種です。

原因微生物

ニューモシスチス肺炎の原因はニューモシスチス・イロベチー(Pneumocystis jirovecii)という真菌です。

ニューモシスチス・イロベチーは健康な人の肺にも存在していますが、免疫力が低下すると増殖して肺炎を引き起こします。

原因微生物分類
ニューモシスチス・イロベチー真菌
Pneumocystis jirovecii真菌

以前はニューモシスチス・カリニ(Pneumocystis carinii)が原因微生物とされていましたが、現在はヒトに感染するのはニューモシスチス・イロベチーであることが明らかになっています。

発症のきっかけ

ニューモシスチス肺炎は以下のような免疫力が低下した状態で発症しやすいです。

発症のきっかけ頻度
HIV感染症 (エイズ)60-80%
悪性腫瘍10-20%
臓器移植後5-10%
自己免疫疾患に対する免疫抑制療法中5-10%以下
副腎皮質ステロイド療法中5-10%

特にHIV感染症(エイズ)患者さんでは、ニューモシスチス肺炎の発症リスクが高いとされています。CD4陽性リンパ球数が200/μL未満になると発症リスクが高まるのです。

感染経路

ニューモシスチス・イロベチーの感染経路は以下のように考えられています。

  • 空気感染
  • 飛沫感染
  • 接触感染

ただし健康な人が感染しても発症することはほとんどありません。免疫力が低下した状態でニューモシスチス・イロベチーが増殖することで発症する仕組みなのです。

診察と診断について

ニューモシスチス肺炎の診断には画像検査と原因微生物の検出が重要です。基礎疾患や免疫抑制状態を評価し、適切な検査を行うことが求められます。

問診と身体診察

ニューモシスチス肺炎が疑われる場合、まず問診と身体診察を行います。

ここでは発熱、咳嗽、呼吸困難などの呼吸器症状がないか、HIV感染症や悪性腫瘍などの基礎疾患の有無を確認するのです。

確認項目内容
呼吸器症状発熱、咳嗽、呼吸困難など
基礎疾患HIV感染症、悪性腫瘍など
免疫抑制状態ステロイド使用、抗がん剤治療など

画像検査

ニューモシスチス肺炎の診断には胸部X線検査とCT検査が有用になります。胸部X線検査では両側性のびまん性すりガラス影を認めることが特徴的です。

CT検査ではすりガラス影に加えて、小葉間隔壁の肥厚や小葉中心性粒状影を認めることがあります。気道に沿った分布を示すことも特徴の一つです。

以下の所見があるとニューモシスチス肺炎を強く疑います。

  • 両側性のびまん性すりガラス影
  • 小葉間隔壁の肥厚
  • 小葉中心性粒状影
  • 気道に沿った分布

原因微生物の検出

確定診断には気管支肺胞洗浄液(BAL)などの検体からの原因微生物の検出が必要です。BALを用いたPCR法やグロコット染色による顕微鏡検査が行われます。

検査方法検体
PCR法気管支肺胞洗浄液
グロコット染色気管支肺胞洗浄液

また、β-Dグルカンの上昇も補助診断として有用です。

鑑別診断

ニューモシスチス肺炎と鑑別が必要な疾患には以下のようなものがあります。

  • サイトメガロウイルス肺炎
  • 非定型肺炎
  • 間質性肺炎
  • 過敏性肺炎

画像所見や臨床所見、検査所見を総合的に判断することが重要です。

画像所見

ニューモシスチス肺炎の画像所見は特徴的であり、診断に重要な役割を果たします。

ただ、画像所見のみでの鑑別は困難なことが多く、臨床所見や検査所見を総合的に判断することが重要です。

胸部X線検査の所見

胸部X線検査では両側性のびまん性すりガラス影を認めることが特徴的です。

すりガラス影は肺野の透過性が低下し、淡い陰影を呈します。時に浸潤影や胸水を伴うこともあるでしょう。

所見頻度
両側性のびまん性すりガラス影90-100%
浸潤影50-60%
胸水10-20%

ただし初期には異常所見を認めないこともあるため、注意が必要です。

Case courtesy of Frank Gaillard, Radiopaedia.org. From the case rID: 9171

所見:両側肺野に淡いすりガラス影を散見し、PCPとして説明可能な所見である。

胸部CT検査の所見

胸部CT検査ではすりガラス影に加えて、より詳細な所見を認めることができます。小葉間隔壁の肥厚や小葉中心性粒状影を認めることが特徴的です。

以下の所見はニューモシスチス肺炎に特徴的とされています。

  • 小葉間隔壁の肥厚
  • 小葉中心性粒状影
  • 気管支血管束の肥厚
  • モザイク状の濃度分布
Kanne, Jeffrey P et al. “Pneumocystis jiroveci pneumonia: high-resolution CT findings in patients with and without HIV infection.” AJR. American journal of roentgenology vol. 198,6 (2012): W555-61.

所見:両肺に淡いすりガラス影が区域性に広がっており、小葉間隔壁の肥厚も目立ち、PCPとして説明可能な所見である。

画像所見の経時的変化

ニューモシスチス肺炎の画像所見は、経時的に変化することがあります。初期にはすりガラス影が主体ですが、治療が奏功しない場合は浸潤影やconsolidation(実質化)を伴うケースがあるでしょう。

時期主な所見
初期すりガラス影
中期浸潤影、すりガラス影
後期浸潤影、consolidation

これらは治療により改善傾向を示すことが多いですが、線維化を残すこともあります。

鑑別診断

ニューモシスチス肺炎は以下のような疾患との鑑別が必要です。

  • サイトメガロウイルス肺炎
  • 非定型肺炎
  • 間質性肺炎
  • 過敏性肺炎

治療法と使用される薬剤、治癒までの期間

ニューモシスチス肺炎の治療には抗菌薬の投与が基本となります。

第一選択薬

ニューモシスチス肺炎の第一選択薬はST合剤(スルファメトキサゾール・トリメトプリム)です。ST合剤はニューモシスチスに対して高い抗菌活性を示し、治療効果が期待できます。

薬剤名投与量投与期間
ST合剤TMP 15-20 mg/kg/日21日間
SMX 75-100 mg/kg/日

ST合剤は経口または静脈内投与が一般的です。重症例では高用量のST合剤の静脈内投与が行われることがあります。

代替薬

ST合剤が使用できない場合や副作用のために継続が困難な際は以下の代替薬が選択されるでしょう。

薬剤名投与量投与期間
ペンタミジン4 mg/kg/日21日間
アトバコン750 mg 1日2回21日間
クリンダマイシン + プリマキンCLDM 600-900 mg 1日3-4回21日間
PQ 15-30 mg/日

これらの代替薬はST合剤と比較して副作用が多いことが知られています。特にペンタミジンは腎障害や低血糖などの重篤な副作用を引き起こすことがあるため、注意が必要です。

アジュンクト治療

ニューモシスチス肺炎では抗菌薬の投与に加えて以下のようなアジュンクト治療が行われることがあります。

  • ステロイド投与
  • 人工呼吸管理
  • 予防的な抗真菌薬の投与

重症例や低酸素血症を伴う場合はステロイドの併用が推奨されています。ステロイドは炎症反応を抑制し、呼吸状態の改善を促すことが期待できるでしょう。

治癒までの期間

ニューモシスチス肺炎の治療期間は通常21日間です。ただし重症例や免疫不全の程度によっては、さらに長期の治療が必要となることがあります。

治療開始後48-72時間以内に臨床症状の改善がみられない場合は治療失敗と判断され、代替薬への変更や、治療期間の延長が検討されるでしょう。

治療に伴う副作用やデメリット(リスク)

ニューモシスチス肺炎の治療に用いられる薬剤には副作用のリスクがあります。副作用のモニタリングと早期発見が重要であり、リスクとベネフィットを考慮した薬剤選択が求められるのです。

ST合剤の副作用

ST合剤(スルファメトキサゾール・トリメトプリム)はニューモシスチス肺炎の第一選択薬ですが、報告を受けている副作用は以下の通りです。

副作用頻度
皮疹5-10%
肝機能障害1-5%
血液障害1-5%
腎機能障害1-5%

皮疹はST合剤の最も多い副作用であり、重篤な場合はスティーブンス・ジョンソン症候群や中毒性表皮壊死融解症を引き起こすこともあります。

肝機能障害や血液障害、腎機能障害などの重篤な副作用も報告されているので経過を注意深く見守らなければなりません。

ペンタミジンの副作用

ペンタミジンはST合剤が使用できない場合の代替薬ですが、可能性のある副作用は次の通りです。

副作用頻度
腎機能障害20-30%
低血糖10-20%
膵炎5-10%
肝機能障害
血液障害

ペンタミジンは腎毒性が強く、高頻度に腎機能障害を引き起こすことで知られています。低血糖や膵炎なども比較的高頻度に発症するのです。

アトバコンの副作用

アトバコンはST合剤やペンタミジンが使用できない場合の代替薬ですが、以下のような副作用を引き起こすことがあります。

  • 発疹
  • 嘔気・嘔吐
  • 下痢
  • 頭痛

アトバコンは他の薬剤と比較して副作用の頻度は低いとされていますが、それでも注意が必要です。

副作用モニタリングの重要性

ニューモシスチス肺炎の治療では副作用のモニタリングが重要となります。特にST合剤やペンタミジンを使用する際は定期的な血液検査や腎機能検査が必要です。

副作用が疑われる場合は、速やかに薬剤の変更や中止を検討してください。

ニューモシスチス肺炎の再発の可能性と予防法

ニューモシスチス肺炎は治療後も再発するリスクがあります。

再発リスクの高い患者背景

以下のような患者背景がある場合、ニューモシスチス肺炎の再発リスクが高くなります。

患者背景再発率
HIV感染症30-50%
臓器移植後20-30%
悪性腫瘍10-20%
自己免疫疾患に対する免疫抑制療法中10%以下
副腎皮質ステロイド療法中10%以下

特にHIV感染症(エイズ)患者さんでは再発リスクが高いとされています。CD4陽性リンパ球数が200/μL未満の患者さんの再発率は50%以上になることもあるので注意しなければなりません。

再発予防の方法

ニューモシスチス肺炎の再発を予防するためには、以下のような対策が大切です。

  • 免疫抑制状態の改善
  • 予防投与の継続
  • 環境因子への曝露の回避
  • 定期的な検査とモニタリング

HIV感染症患者では抗HIV療法により免疫状態を改善することが有用です。ST合剤やペンタミジンなどの予防投与を継続することも推奨されています。

予防投与薬投与量投与期間
ST合剤TMP 160mg/SMX 800mg 1日1回CD4陽性リンパ球数が200/μL以上になるまで
ペンタミジン吸入300mg 月1回CD4陽性リンパ球数が200/μL以上になるまで

臓器移植患者や悪性腫瘍患者でも免疫抑制状態が続く間は予防投与が必要となるでしょう。

環境因子への曝露の回避

ニューモシスチスは空気中に浮遊する真菌であり、環境中に広く存在しています。再発予防のためには以下のような環境因子への曝露を避けることが重要です。

  • 建築現場や土壌などの粉塵への曝露
  • 鳥類や哺乳類の糞便への接触
  • 病院内での感染対策の徹底

特に病院内での感染対策は不可欠であり、患者さん同士の隔離や医療スタッフの手指衛生などが求められます。

定期的な検査とモニタリング

ニューモシスチス肺炎の再発を早期に発見するためには定期的な検査とモニタリングが重要です。

HIV感染症患者ではCD4陽性リンパ球数と血中ニューモシスチスDNA量のモニタリングが推奨されています。

さらに胸部X線検査やCT検査により無症状の段階で再発を発見することも可能です。

治療費

ニューモシスチス肺炎の治療費は全てを含めると100万円以上になる場合もあります。治療費の負担を軽減するためには、公的医療保険の活用と早期発見・早期治療が重要です。

初診料と再診料

ニューモシスチス肺炎の診断と治療のために医療機関を受診した場合、初診料や再診料がかかります。

項目費用
初診料2,910円~5,410円
再診料750円~2,660円

検査費と処置費

ニューモシスチス肺炎の診断に必要な血液検査や画像検査、気管支鏡検査の費用はおよそ以下の通りです。

検査項目費用
血液検査8,910円+諸経費や加算
(血液一般+生化学5-7項目+βDグルカン・プロカルシトニンの場合)
胸部CT検査14,700円~20,700円
気管支鏡検査25,000円~29,000円

治療のための処置費として、さらに酸素投与や人工呼吸管理、気管支肺胞洗浄などの費用が発生することもあるでしょう。

投薬料

ニューモシスチス肺炎の治療にはST合剤(スルファメトキサゾール・トリメトプリム)やペンタミジンなどの抗菌薬が使用されます。投薬料は薬剤の種類や量によって異なりますが、数万円から十数万円程度です。

入院費

重症のニューモシスチス肺炎では入院治療が必要となります。

現在基本的に日本の入院費は「包括評価(DPC)」にて計算されます。
各診療行為ごとに計算する今までの「出来高」計算方式とは異なり、病名・症状をもとに手術や処置などの診療内容に応じて厚生労働省が定めた『診断群分類点数表』(約1,400分類)に当てはめ、1日あたりの金額を基に入院医療費を計算する方式です。
1日あたりの金額に含まれるものは、投薬、注射、検査、画像診断、入院基本料等です。
手術、リハビリなどは、従来どおりの出来高計算となります。
(投薬、検査、画像診断、処置等でも、一部出来高計算されるものがあります。)

計算式は下記の通りです。
「1日あたりの金額」×「入院日数」×「医療機関別係数※」+「出来高計算分」

例えば、14日間入院するとした場合は下記の通りとなります。

DPC名: 肺炎等(市中肺炎以外) 手術なし 手術処置等2あり
日数: 14
医療機関別係数: 0.0948 (例:神戸大学医学部附属病院)
入院費: ¥494,320 +出来高計算分

集中治療室では更にかかります。

以上

参考にした論文