縦隔気腫(じゅうかくきしゅ)とは、縦隔という胸郭の中央部分に空気がたまってしまう病気です。
縦隔には心臓や大血管、食道、気管などの重要な臓器が存在しているため、この部分に異常な空気の溜まりができると胸痛や呼吸困難などの症状が現れます。
原因としては外傷や感染症、気胸などが考えられますが、時には特別な理由がなく突然発症することもあるようです。
縦隔気腫は比較的まれな疾患ですが、重症化すると生命に関わる危険性もはらんでいます。
縦隔気腫の主症状と注意点
縦隔気腫の主な症状は、胸痛や呼吸困難、咳、嗄声、胸部圧迫感などですが、重症化すると生命に関わる危険性もあるため、早期発見と適切な医療機関への受診が重要です。
胸痛
縦隔気腫の最も一般的な症状は胸痛であり、突然発症することが多いようです。痛みは鋭く、激しい場合もあれば、鈍く、持続的な場合もあります。
痛みの位置は胸骨の後ろや肩甲骨の間、首の付け根などに多く見られます。 呼吸や体動によって痛みが増強することもあります。
胸痛の種類 | 特徴 |
鋭い痛み | 突然発症し、激しい痛みを伴う |
鈍い痛み | 持続的で、呼吸や体動で増強 |
呼吸困難
縦隔気腫による呼吸困難は、空気が縦隔内に溜まることで肺の膨張が制限されるために起こります。息苦しさや呼吸回数の増加、浅い呼吸などの症状が見られます。
重症化すると、チアノーゼ(皮膚や粘膜が青紫色になる)や意識障害を伴うこともあります。
咳と嗄声
縦隔気腫によって気管が圧迫されると、咳や嗄声(声がれ)が生じることがあります。
咳は乾性咳嗽(からぜき)であることが多く、痰を伴わないのが特徴です。 嗄声は声のかすれや声量の低下として現れ、時には失声することもあります。
症状 | 特徴 |
咳 | 乾性咳嗽が多く、痰を伴わない |
嗄声 | 声のかすれや声量の低下、失声 |
胸部圧迫感
縦隔気腫では、胸部に圧迫感や重苦しさを感じることがあります。これは縦隔内の空気が心臓や大血管を圧迫するために生じる症状です。
圧迫感は安静時にも感じることがありますが、体動時に増強する傾向があります。
以下の症状がある場合は、速やかに医療機関を受診することが大切です。
- 突然の胸痛
- 呼吸困難や呼吸回数の増加
- 持続する咳や嗄声
- 胸部の圧迫感や重苦しさ
縦隔気腫の好発部位 | 頻度 |
胸骨後面 | 高い |
肩甲骨間 | 高い |
首の付け根 | 中等度 |
縦隔気腫の原因と発症のメカニズム
縦隔気腫(じゅうかくきしゅ)は、外傷や医原性要因、感染症などによって縦隔内に空気が貯留することで発症しますが、時には特発性に生じることもあります。
外傷性縦隔気腫
外傷性縦隔気腫は、胸部への鈍的または鋭的外傷によって生じます。
交通事故や転落事故、刺傷などが代表的な原因であり、肺や気管、食道の損傷に伴って縦隔内に空気が流入することで発症します。
外傷の種類 | 原因例 |
鈍的外傷 | 交通事故、転落事故 |
鋭的外傷 | 刺傷、銃創 |
医原性縦隔気腫
医療行為に伴って発生する縦隔気腫を医原性縦隔気腫と呼びます。
気管挿管や中心静脈カテーテル留置、経食道心エコー検査などの手技中に、気道や食道の損傷が生じることで発症します。
以下の医療行為が医原性縦隔気腫の原因となることがあります。
- 気管挿管
- 中心静脈カテーテル留置
- 経食道心エコー検査
- 気管支鏡検査
感染性縦隔気腫
縦隔内の感染症によって組織の壊死や膿瘍形成が生じ、それに伴って縦隔内にガスが貯留することで発症します。原因菌としては、連鎖球菌や嫌気性菌などが知られています。
原因菌 | 特徴 |
連鎖球菌 | 化膿性感染症の原因菌 |
嫌気性菌 | 壊死性感染症の原因菌 |
特発性縦隔気腫
明らかな外傷や医原性要因、感染症がないにもかかわらず発症する縦隔気腫を特発性縦隔気腫と呼びます。
発症機序は十分に解明されていませんが、気道の脆弱性や肺胞の破綻などが関与していると考えられています。
特発性縦隔気腫の発症要因 | 頻度 |
気道の脆弱性 | 高い |
肺胞の破綻 | 中等度 |
縦隔気腫の診察と診断の流れ
縦隔気腫(じゅうかくきしゅ)の診断には、詳細な病歴聴取と身体診察、画像検査が重要です。
病歴聴取
縦隔気腫の診察では、まず詳細な病歴聴取が行われます。胸痛や呼吸困難などの症状の有無、症状の発現時期や経過、外傷の有無、既往歴などを確認します。
また、職業や趣味、生活環境なども聴取し、発症の背景を探ります。
聴取項目 | 内容 |
症状 | 胸痛、呼吸困難、咳、嗄声など |
発症時期 | 症状の出現時期、経過 |
外傷歴 | 胸部外傷の有無、受傷機転 |
既往歴 | 呼吸器疾患、感染症、手術歴など |
身体診察
身体診察では、バイタルサインの確認と胸部の視診、触診、聴診が行われます。皮下気腫の有無、呼吸音の左右差、心音の異常などを評価し、縦隔気腫を示唆する所見の有無を確認します。
以下の身体所見が縦隔気腫を示唆します。
- 頸部や胸部の皮下気腫
- 胸部の過膨張や呼吸音の減弱
- Hamman徴候(心拍動に同期した捻髪音)
- 心音の減弱や奇異性脈
画像検査
画像検査は縦隔気腫の確定診断に不可欠です。 胸部X線検査では、縦隔の拡大や縦隔気腫に特徴的な所見を確認します。
胸部CTでは、縦隔内のガス像や気腫の広がりを詳細に評価することができます。
検査 | 所見 |
胸部X線 | 縦隔の拡大、縦隔の透亮像 |
胸部CT | 縦隔内のガス像、気腫の広がり |
鑑別診断
縦隔気腫の鑑別診断には、自然気胸や心筋梗塞、大動脈解離などがあります。病歴や身体所見、画像検査結果を総合的に判断し、適切な診断を下すことが重要です。
鑑別疾患 | 特徴 |
自然気胸 | 若年男性に多い、胸痛と呼吸困難 |
心筋梗塞 | 胸痛と冷汗、心電図変化 |
大動脈解離 | 突然の胸背部痛、血圧左右差 |
画像所見
縦隔気腫の画像診断には、胸部X線検査と胸部CT検査が不可欠です。各検査の特徴を理解し、縦隔気腫に特徴的な所見を見逃さないことが大切です。
また、画像所見から気腫の広がりや重症度を評価し、適切な治療方針を決定することが求められます。 鑑別診断にも注意を払い、総合的な診断アプローチが重要です。
胸部X線検査
胸部X線検査は、縦隔気腫の診断に欠かせない検査です。正面像と側面像を撮影し、縦隔の拡大や縦隔内の透亮像の有無を確認します。
特に側面像では、縦隔気腫に特徴的な所見を捉えやすいとされています。
胸部X線所見 | 内容 |
縦隔の拡大 | 縦隔陰影の幅が増大 |
縦隔の透亮像 | 縦隔内に透亮な領域を認める |
所見:縦隔に気腫が広がっており、頚部や鎖骨上窩にも気腫が認められる。
胸部CT検査
胸部CT検査は、縦隔気腫の詳細な評価に有用です。薄いスライス画像を撮影することで、縦隔内のガス像や気腫の広がりを明瞭に描出できます。
また、肺野や胸膜、大血管など、周囲臓器への影響も評価することができます。
以下の胸部CT所見が縦隔気腫に特徴的です。
- 縦隔内の透亮像(ガス像)
- 気管周囲や食道周囲への気腫の広がり
- 皮下気腫や気胸の合併
- 縦隔気腫の原因となる病変(外傷、感染、腫瘍など)
所見:前縦隔には広範に気腫が広がっている。
縦隔気腫の広がりと重症度
画像検査では、縦隔気腫の広がりと重症度を評価することが大切です。限局性の縦隔気腫では予後良好なことが多いですが、広範な縦隔気腫では重篤な合併症を引き起こす可能性があります。
縦隔気腫の広がり | 重症度 |
限局性 | 軽度 |
広範 | 重度 |
鑑別診断
縦隔気腫の画像所見は、他の疾患と類似することがあります。自然気胸や縦隔腫瘍、感染性疾患などとの鑑別が必要な場合があります。
画像所見と臨床所見を総合的に判断し、適切な診断を下すことが重要です。
鑑別疾患 | 画像所見 |
自然気胸 | 肺野の虚脱、胸膜線の消失 |
縦隔腫瘍 | 縦隔内の腫瘤影 |
感染性疾患 | 縦隔リンパ節腫大、膿瘍形成 |
縦隔気腫の治療方法と経過
縦隔気腫(じゅうかくきしゅ)の治療には、原因や重症度に応じたアプローチが大切です。多くの場合は安静と経過観察で改善しますが、呼吸状態が不安定な場合には酸素投与や外科的治療が必要となることがあります。
治癒までの期間は個々のケースによって異なりますが、重症度に応じて数日から数週間を要することが多いようです。適切な治療方針の決定と慎重な経過観察が、良好な予後につながると考えられます。
安静と経過観察
縦隔気腫の治療の基本は安静と経過観察です。特に軽症例では、安静のみで自然に改善することが多いとされています。
入院の上で安静を保ち、定期的な画像検査で気腫の推移を評価します。
治療方針 | 適応 |
安静 | 軽症例、合併症のない例 |
経過観察 | 全例 |
酸素投与
縦隔気腫による呼吸不全がある場合や、低酸素血症を伴う場合には酸素投与が行われます。酸素は縦隔内の窒素を置換し、気腫の吸収を促進する効果があるとされています。
通常は鼻カニュラや酸素マスクを用いて投与されます。以下の場合には酸素投与が考慮されます。
- 呼吸不全や低酸素血症の合併
- 広範な縦隔気腫
- 皮下気腫や気胸の合併
外科的治療
縦隔気腫が高度で呼吸状態が不安定な場合や、保存的治療で改善しない場合には外科的治療が検討されます。
縦隔ドレナージや開胸術などが行われ、縦隔内の空気を除去します。また、縦隔気腫の原因となる損傷部位の修復も同時に行われることがあります。
外科的治療 | 適応 |
縦隔ドレナージ | 高度な縦隔気腫、呼吸不全 |
開胸術 | 外傷性縦隔気腫、損傷部位の修復 |
治癒までの期間
縦隔気腫の治癒までの期間は、原因や重症度、合併症の有無などによって異なります。軽症例では数日で改善することもありますが、重症例では数週間を要することもあります。
また、外科的治療を要した場合には、入院期間が長引く可能性があります。
重症度 | 治癒までの期間 |
軽症 | 数日から1週間程度 |
中等症 | 1週間から2週間程度 |
重症 | 2週間から数週間 |
治療に伴う副作用とリスク
縦隔気腫(じゅうかくきしゅ)の治療では、治療の副作用やリスクを十分に理解し、適切な管理を行うことが大切です
酸素投与では副作用の監視と予防が重要であり、外科的治療では合併症のリスクを最小限に抑える努力が求められます。また、術後の合併症予防と早期発見にも注意が必要です。
酸素投与の副作用
酸素投与は縦隔気腫の治療に有効ですが、長期間の高濃度酸素投与では副作用が生じる可能性があります。酸素中毒と呼ばれる肺障害や、二酸化炭素ナルコーシスと呼ばれる高二酸化炭素血症などが知られています。
以下の副作用が酸素投与で生じることがあります。
- 酸素中毒(肺障害)
- 二酸化炭素ナルコーシス(高二酸化炭素血症)
- 鼻粘膜の乾燥や不快感
- 眼の乾燥や刺激感
副作用 | 発生機序 |
酸素中毒 | 高濃度酸素による肺の酸化ストレス |
二酸化炭素ナルコーシス | 高濃度酸素による呼吸中枢の抑制 |
外科的治療の合併症
外科的治療は、重症の縦隔気腫や保存的治療で改善しない場合に行われますが、手術に伴う合併症のリスクがあります。
感染症や出血、神経損傷などが代表的な合併症であり、時に重篤な状態を引き起こすことがあります。
合併症 | 内容 |
感染症 | 創部感染、縦隔炎など |
出血 | 術中出血、術後出血 |
神経損傷 | 反回神経麻痺、横隔神経麻痺など |
全身麻酔の副作用
外科的治療では全身麻酔が用いられますが、麻酔薬による副作用が生じる可能性があります。悪心・嘔吐や呼吸抑制、アレルギー反応などが知られており、患者の全身状態に応じた慎重な管理が必要です。
副作用 | 発生機序 |
悪心・嘔吐 | 麻酔薬による中枢神経系の抑制 |
呼吸抑制 | 麻酔薬による呼吸中枢の抑制 |
アレルギー反応 | 麻酔薬に対する過敏反応 |
術後の合併症
外科的治療後は、術後合併症のリスクに注意が必要です。
肺炎や無気肺、創部離開などが代表的な合併症であり、早期発見と適切な治療が求められます。また、疼痛管理や呼吸リハビリテーションなども重要な管理項目です。
術後の合併症には以下のようなものがあります。
- 肺炎
- 無気肺
- 創部離開
- 深部静脈血栓症
- 肺塞栓症
縦隔気腫の再発予防とセルフケア
縦隔気腫(じゅうかくきしゅ)の再発予防には、原因となる病態の管理と生活習慣の改善が重要です。
基礎疾患の適切な治療と感染症の予防、禁煙と受動喫煙の回避、バランスの取れた生活習慣が再発予防の鍵を握ります。
基礎疾患の管理
縦隔気腫の再発予防には、基礎疾患の適切な管理が不可欠です
喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの呼吸器疾患や、間質性肺炎などの肺の線維化を伴う疾患では、病態のコントロールが再発予防の鍵となります。
以下の疾患では特に注意が必要です。
- 喘息
- COPD
- 間質性肺炎
- 自己免疫性疾患(関節リウマチなど)
基礎疾患 | 管理方法 |
喘息 | 吸入ステロイド薬の使用、定期的な診察 |
COPD | 禁煙、吸入薬の使用、肺リハビリテーション |
感染症の予防
縦隔気腫の原因となる感染症を予防することも、再発予防に重要です。特に呼吸器感染症や縦隔炎などでは、適切な予防措置を講じることが求められます。
予防措置 | 内容 |
ワクチン接種 | インフルエンザワクチン、肺炎球菌ワクチンなど |
手指衛生 | こまめな手洗い、アルコール消毒 |
マスクの着用 | 感染リスクの高い環境での使用 |
禁煙と受動喫煙の回避
喫煙は縦隔気腫の重要なリスク因子であり、再発予防には禁煙が欠かせません。また、受動喫煙も気道の炎症を引き起こすため、避けるようにしましょう。
禁煙は一朝一夕にはできないことも多いですが、医療機関での禁煙支援などを活用することが有効です。
禁煙支援 | 内容 |
ニコチン代替療法 | ニコチンパッチ、ニコチンガムなど |
禁煙外来 | 医師による禁煙指導、薬物療法 |
生活習慣の改善
生活習慣の改善も、縦隔気腫の再発予防に重要な役割を果たします。
バランスの取れた食事や適度な運動、ストレス管理などが挙げられます。また、体重管理も肺機能の維持に大切な要素です。
再発予防に役立つ生活習慣には以下のようなものがあります。
- バランスの取れた食事
- 適度な運動
- ストレス管理
- 適正体重の維持
- 十分な睡眠
治療費
縦隔気腫の治療費は、重症度や治療方法によって大きく異なりますが、一般的に入院治療を要する場合が多く、高額になる傾向があります。
診療行為 | 費用 |
初診料 | 2,910円~5,410円 |
再診料 | 750円~2,660円 |
検査費と処置費
縦隔気腫の診断には、胸部X線検査や胸部CT検査などの画像検査が必要となります。
これらの検査費用は数千円から数万円程度です。また、酸素投与などの処置を行う場合にも、別途処置費が発生します。
検査・処置 | 費用 |
胸部X線検査 | 2,100円~5,620円 |
胸部CT検査 | 114,700円~20,700円 |
酸素投与 | 650円(1日あたり) |
入院費
重症の縦隔気腫では、入院治療が必要となることが多くあります。入院費は1日あたり3万円から5万円程度が一般的ですが、病室の種類や食事代などによって変動します。
現在基本的に日本の入院費は「包括評価(DPC)」にて計算されます。
各診療行為ごとに計算する今までの「出来高」計算方式とは異なり、病名・症状をもとに手術や処置などの診療内容に応じて厚生労働省が定めた『診断群分類点数表』(約1,400分類)に当てはめ、1日あたりの金額を基に入院医療費を計算する方式です。
1日あたりの金額に含まれるものは、投薬、注射、検査、画像診断、入院基本料等です。
手術、リハビリなどは、従来どおりの出来高計算となります。
(投薬、検査、画像診断、処置等でも、一部出来高計算されるものがあります。)
計算式は下記の通りです。
「1日あたりの金額」×「入院日数」×「医療機関別係数※」+「出来高計算分」
例えば、14日間入院するとした場合は下記の通りとなります。
DPC名: 気胸 手術なし 手術処置等2なし 定義副傷病名あり
日数: 14
医療機関別係数: 0.0948 (例:神戸大学医学部附属病院)
入院費: ¥384,920 +出来高計算分
手術費
外科的治療を要する場合には、手術費が発生します。 手術の内容によって費用は大きく異なりますが、例えば気管支の瘻孔から縦隔気腫が生じている場合は気管支瘻孔閉鎖術:91,300円となりますし、肺から生じている場合は 胸腔鏡下肺縫縮術:531,300円となります。
なお、上記の価格は2024年8月時点のものであり、最新の価格については随時ご確認ください。
以上
- 参考にした論文