慢性呼吸不全とは呼吸器疾患の一種であり、長期間にわたって呼吸機能が低下し、必要な酸素を十分に取り入れたり、二酸化炭素を効率的に排出することが困難になる状態を指します。

この疾患は特定の理由により肺や呼吸筋の機能が大きく損なわれることが原因で発生します。

慢性呼吸不全に罹患すると息切れや呼吸困難、疲労感などの症状が現れ、重篤な場合には日常生活に大きな支障をきたすことになります。

慢性呼吸不全の原因と発症のメカニズム

慢性呼吸不全の主な原因は、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、間質性肺炎、神経筋疾患などの基礎疾患です。 これらの疾患によって肺の換気機能や拡散機能が低下することで慢性呼吸不全が発症します。

慢性閉塞性肺疾患(COPD)

COPDは慢性呼吸不全の最も主要な原因疾患の一つで、喫煙などの長期的な有害物質の吸入により気道や肺胞の炎症と破壊が進行することで生じる疾患です。

COPDは以下のような機序で慢性呼吸不全を引き起こします。

原因メカニズム
気道閉塞気道の炎症や狭窄によって換気が障害される
肺気腫肺胞の破壊によってガス交換面積が減少する
呼吸筋力低下呼吸筋の疲弊によって換気力が低下する

間質性肺炎

間質性肺炎は肺の間質に炎症や線維化が生じる疾患群の総称です。 間質性肺炎は以下のような機序で慢性呼吸不全を引き起こします。

  • 肺の線維化によって肺の拡散能が低下する
  • 肺の弾性が低下し換気効率が悪化する
  • 肺高血圧症を合併し右心不全を引き起こすことがある

その他にも原因不明の特発性間質性肺炎や膠原病に伴う間質性肺炎などが知られています。

神経筋疾患

神経筋疾患は神経や筋肉の障害によって呼吸筋力が低下することで慢性呼吸不全を引き起こす疾患群です。 代表的な疾患には以下のようなものが挙げられます。

疾患名原因
筋萎縮性側索硬化症(ALS)運動ニューロンの変性によって進行性の筋力低下を引き起こす
Duchenne型筋ジストロフィージストロフィン遺伝子の異常によって進行性の筋力低下を引き起こす
脊髄性筋萎縮症脊髄の運動ニューロンの変性によって進行性の筋力低下を引き起こす

その他の原因

上記以外にも、以下のような疾患や病態が慢性呼吸不全の原因となることがあります。

  • 肥満低換気症候群
  • 胸郭の変形(脊柱側弯症など)
  • 呼吸中枢の障害(脳幹部の疾患など)

慢性呼吸不全の症状と主要原因の特徴

慢性呼吸不全は呼吸器疾患の中でも重篤な病態で、日常生活に大きな影響を与える症状がしばしば現れます。

主な症状としては息切れ、チアノーゼ、倦怠感、睡眠障害があり、また慢性呼吸不全の主要な原因にもそれぞれ特徴的な症状が出てきます。

息切れ

慢性呼吸不全の最も典型的な症状は息切れです。 日常生活の中で軽い運動や活動をしただけでも呼吸困難を感じることが多く、重症になると安静時でも息苦しさを感じるようになります。

チアノーゼ

チアノーゼは慢性呼吸不全が進行した際に見られる症状の一つです。 酸素不足により皮膚や粘膜が青紫色に変色する現象で、特に口唇、爪床、耳朶などに現れやすくなります。

チアノーゼが出現している場合は重度の低酸素血症が疑われます。

倦怠感

慢性呼吸不全患者さんは全身的な倦怠感を訴えることが少なくありません。 これは慢性的な酸素不足により、体内のエネルギー産生が低下することが原因と考えられています。

全身倦怠感は日常生活動作(ADL)の低下につながり、QOLの悪化を招きます。

睡眠障害

慢性呼吸不全を患うと、しばしば睡眠障害を合併します。 これは夜間の低酸素や高炭酸ガス血症により、睡眠の質が低下することが主な原因です。

睡眠時無呼吸症候群を合併している場合もあり、日中の眠気や集中力の低下などの症状が現れることがあります。

慢性呼吸不全に至る原因疾患症状の特徴

慢性呼吸不全の主な病型に見られる特徴的な症状は以下の通りです。

慢性閉塞性肺疾患(COPD)気流制限・息切れ・呼吸困難
間質性肺疾患肺活量の低下・呼吸困難
神経筋疾患呼吸筋力の低下による呼吸困難・呼吸困難
肺血管疾患胸痛・呼吸困難
中枢性呼吸障害呼吸パターン異常・無呼吸・過剰換気

慢性呼吸不全における診察と診断

慢性呼吸不全は呼吸器疾患の中でも深刻な病態であり、その診察と診断には細心の注意が必要です。

病歴問診

慢性呼吸不全の診察において、まず重要なのは詳細な病歴の問診です。

呼吸器症状の発現時期や経過、喫煙歴、職業歴、既往歴などを丁寧に問診することで、慢性呼吸不全の原因となる基礎疾患や病態を推測することができます。

病歴問診項目内容
呼吸器症状発現時期、経過、程度
既往歴呼吸器疾患、心疾患、神経筋疾患など

また、日常生活における息切れの程度や睡眠時の呼吸状態についても確認が必要です。

身体診察

病歴問診に続いて慢性呼吸不全に特徴的な身体所見を丁寧に診察します。

ここではチアノーゼの有無、呼吸数や呼吸パターンの異常、胸郭の変形、呼吸音の異常などを確認することが主な目的です。

所見項目内容
チアノーゼ口唇、爪床、耳朶などの青紫色変色
呼吸数・パターン頻呼吸、浅呼吸、奇異呼吸など

さらに、全身状態や栄養状態のチェックも欠かせません。

検査内容

慢性呼吸不全の診断には問診、診察の他にも各種検査を組み合わせて総合的に評価することが重要です。

主な検査項目は

動脈血液ガス分析酸素分圧、二酸化炭素分圧、pH値など
呼吸機能検査肺気量分画、一秒量、肺拡散能力など
画像検査胸部X線、胸部CT、肺血流シンチグラフィなど
睡眠ポリグラフ検査睡眠時無呼吸症候群の合併を評価

これらの検査結果を総合的に判断することで慢性呼吸不全の重症度や原因疾患を特定し、適切な治療方針を立てることが可能となります。

慢性呼吸不全の画像所見における特徴

慢性呼吸不全の診断において欠かせない画像検査は胸部X線検査、胸部CT検査、肺血流シンチグラフィなどで、それぞれ以下のような特徴的があります。

胸部X線検査

胸部X線検査は慢性呼吸不全の初期評価や経過観察に広く用いられる基本的な画像検査です。

慢性呼吸不全患者さんの胸部X線画像には肺の透過性低下、横隔膜の平低化、肺血管陰影の増強などの所見が認められることが少なくありません。

また、基礎疾患に応じて肺気腫、肺線維化、胸水貯留などの特徴的な所見が観察されることもあります。

胸部X線所見内容
肺野の透過性低下気腫性変化、間質性変化など
横隔膜の平低化肺の過膨張、横隔膜の運動制限
Case courtesy of Jeremy Jones, Radiopaedia.org. From the case rID: 6410

「COPD症例:肺の過膨脹、肺底部平坦化、気管支血管陰影の明瞭化が認められる。」

胸部CT検査

胸部CT検査は慢性呼吸不全の原因疾患の評価や肺の構造的変化の詳細な観察に有用な画像検査です。

高分解能CT(HRCT)を用いることで肺の微細な変化を捉え、重症度評価に役立ちます。

慢性呼吸不全患者さんのCT画像には基礎疾患の特徴を反映する気腫性変化、間質性肺炎、気管支壁の肥厚、小葉中心性粒状影などの所見が認められることがあります。

Case courtesy of Dr Ruslan Asadov, Radiopaedia.org. From the case rID: 7887

「COPD症例:両肺に高度気腫性変化・bullaが認められる。」

肺血流シンチグラフィ

肺血流シンチグラフィは肺血栓塞栓症などの肺血管疾患の評価に用いられる核医学検査です。

肺血流シンチグラフィで肺血流の欠損像が認められた場合、肺塞栓症の合併を疑う必要があります。

また、肺高血圧症を合併している際には肺血流の不均等分布や血流欠損像が観察されることもあります。

肺血流シンチグラフィ所見内容
肺血流欠損像肺塞栓症、肺高血圧症など
肺血流の不均等分布肺高血圧症、肺血管病変など
Mortensen, Jann, and Ronan M G Berg. “Lung Scintigraphy in COPD.” Seminars in nuclear medicine vol. 49,1 (2019): 16-21.

「重度のCOPD(慢性閉塞性肺疾患)および肺気腫を有する患者に対して、Technegasおよび81mKrガスを同時に使用した換気SPECT/CTを施行している。患者はα1-アンチトリプシン欠乏症を有している。CT画像において、下葉の換気は著しく障害されており、過膨張が見られる。81mKrガスはテクネガスと比較して、末梢への浸透性が高く、より均一に分布していす。一方で、テクスガスは中心気道にいくつかのホットスポットを示しており、気腫性変化の程度に一致した広がりを認める。」

治療方法と治癒までの期間について

慢性呼吸不全の治療には包括的なアプローチが必要です。

主な治療方法としては酸素療法、呼吸リハビリテーション、薬物療法があり、治癒までの期間も様々です。

酸素療法

慢性呼吸不全に対するメイン治療となるのが酸素療法です。低酸素血症の改善を目的として鼻カニューレやマスクを用いて酸素を補充します。

酸素療法によって安静時および運動時の呼吸困難を軽減し、運動耐容能や生活の質(QOL)が向上します。

また、長期的な酸素療法は生命予後の改善にも有効です。

酸素療法の種類特徴
在宅酸素療法常時または間欠的に酸素を投与
携帯型酸素濃縮器外出時の酸素投与に便利

呼吸リハビリテーション

呼吸リハビリテーションは運動耐容能や日常生活動作(ADL)の改善を目的とした非薬物療法です。

呼吸練習、呼吸筋トレーニング、全身運動などを組み合わせることで呼吸困難の軽減や運動耐容能の向上が期待できます。

また、呼吸リハビリテーションは患者さんの心理的サポートの観点からも重要な役割を果たします。

薬物療法

慢性呼吸不全の治療において薬物療法は補助的な位置づけにありますが、症状の緩和や合併症の管理に有用です。

主な薬剤とその作用は

気管支拡張薬気道閉塞の改善、呼吸困難の軽減
去痰薬気道分泌物の排出促進、呼吸困難の軽減
吸入ステロイド薬気道炎症の抑制、増悪頻度の減少
抗菌薬細菌感染症の治療、増悪の予防

治癒までの期間

慢性呼吸不全はその名の通り慢性的な経過をたどる疾患であり、完治を期待することは難しいとされています。

しかしながら上述した治療法を適切に組み合わせることで症状の緩和や生活の質の向上、生命予後の改善が可能です。

治療効果には個人差がありますが、一般的に数週間から数ヶ月程度の期間を要します。

また、治療は長期的に継続する必要があり、定期的な診察と治療内容の調整が欠かせません。

治療法効果発現までの期間
酸素療法数日から数週間
呼吸リハビリテーション数週間から数ヶ月

治療の副作用とデメリット(リスク)

治療は症状改善と生活の質の向上を目的として行われますが、一方で様々な副作用やデメリット(リスク)が存在することも知っておく必要があります。

以下は慢性呼吸不全の各治療法に伴う副作用とデメリットです。

酸素療法の副作用とその対策

酸素療法は慢性呼吸不全患者さんにとって欠かせない治療法ですが、長期的な使用は鼻粘膜の乾燥や刺激、鼻出血、皮膚炎などの副作用が挙げられます。

また、高濃度の酸素投与を長期間行うことで二酸化炭素ナルコーシス(高炭酸ガス血症による意識障害)を引き起こす可能性もあります。

酸素療法の副作用対策
鼻粘膜の乾燥・刺激加湿器の使用、鼻カニューレのサイズ調整
二酸化炭素ナルコーシス適切な酸素濃度の設定、定期的な血液ガス分析

呼吸リハビリテーションのデメリット

呼吸リハビリテーションは患者さんの体力や呼吸状態に合わせた運動強度を正しく設定することが重要です。

設定を間違えてしまうと過度な運動負荷となり、呼吸困難の悪化や疲労の蓄積を招く恐れがあります。

また、呼吸リハビリテーションへは通院や時間的制約などの負担が伴うことも考えておきましょう。

薬物療法の副作用

慢性呼吸不全の治療に用いられる薬剤の副作用は以下の通りです。

気管支拡張薬動悸、振戦、頭痛、不整脈など
去痰薬悪心、嘔吐、下痢、口渇など
吸入ステロイド薬口腔カンジダ症、嗄声、易感染性など
抗菌薬消化器症状、アレルギー反応、耐性菌の出現など

慢性呼吸不全における再発と予防について

慢性呼吸不全は一度改善しても再発する可能性が高い疾患です。

慢性呼吸不全の再発は患者のQOLを大きく損ない予後にも影響を及ぼすため、継続的な管理と再発予防が欠かせません。

慢性呼吸不全の再発リスクと、その予防のポイントは以下の通りです。

再発のリスク因子

慢性呼吸不全の再発には様々な要因が関与します。特に以下のようなリスク因子を持つ患者さんは再発の可能性が高くなると考えられています。

リスク因子内容
喫煙喫煙の継続は呼吸機能の悪化と再発のリスクを高める
感染症呼吸器感染症は慢性呼吸不全の急性増悪と再発の引き金になる

基礎疾患の管理

慢性呼吸不全の再発を防ぐには基礎疾患の適切な管理が重要で、慢性閉塞性肺疾患(COPD)や間質性肺炎などの定期的な診察と治療の継続が不可欠です。

また、心不全や神経筋疾患など他の基礎疾患を合併している場合はそれらの疾患の管理も同時に行う必要があります。

基礎疾患管理のポイント
COPD禁煙、吸入薬の継続、呼吸リハビリテーション
間質性肺炎原因の特定と治療、禁煙、感染予防

生活習慣の改善

慢性呼吸不全の再発予防には患者さん自身による生活習慣の改善が欠かせません。

以下に主な生活習慣の改善点を示します。

禁煙完全に禁煙する
感染予防手洗いやマスク着用、予防接種などで呼吸器感染症を予防する
運動習慣呼吸リハビリテーションを継続し適度な運動を習慣づける
栄養管理適切な栄養摂取と体重管理を心がける

これらの生活習慣の改善によって患者さんのセルフマネジメント能力を高め、再発のリスクを下げることにつながります。

定期的なモニタリング

慢性呼吸不全の再発を早期に発見し対処するためには定期的なモニタリングが重要です。

患者さんは以下のような項目について自己評価と医療機関での診察を受ける必要があります。

  • 呼吸症状の変化(息切れ、咳、痰など)
  • 酸素飽和度の変化
  • 体重の変化
  • 運動耐容能の変化
  • 生活の質(QOL)の変化

定期的なモニタリングにより再発の兆候を早期に捉え、速やかな対処が可能となります。

慢性呼吸不全の治療費について

慢性呼吸不全の治療費は、患者さんの症状や治療方法によって大きく変わってきます。 公的医療保険を使うことで自己負担額を減らせますが、それでも経済的な負担は軽くありません。

初診料と再診料

初診料は、初めて医療機関を受診する際に支払う料金で、2,880円から5,380円程度が一般的です。 再診料は、2回目以降の受診時に支払う料金で、730円から2,640円程度が相場となっています。

検査費と処置費

慢性呼吸不全の診断や経過観察のために血液検査、胸部X線検査、肺機能検査などが行われます。これらの検査費用は、それぞれ数千円から数万円程度です。

また、在宅酸素療法や人工呼吸器の使用が必要な場合には月額数万円から10万円以上の費用がかかることもあります。

入院費

慢性呼吸不全が急性増悪した際などに入院治療が必要となることがあります。

入院費は1日あたり数万円から20万円以上と高額になることが多いです。 保険適応となりその1割~3割の自己負担となりますが、多くのケースで高額医療制度の対象となるため、自己負担は安くなります。しかし個室利用や付き添い費用などが加算されるとさらに費用が増えます。

参考にした論文