CO₂ナルコーシスとは呼吸器疾患の一種であり、血中の二酸化炭素濃度が異常に高くなることによって引き起こされる『二酸化炭素中毒』とも呼ばれる病態です。

この状態になると呼吸中枢が抑制され、呼吸が浅くなったり遅くなったりすることがあります。その結果体内の酸素濃度が低下し、意識障害や昏睡状態に陥ってしまうケースもでてきます。

CO₂ナルコーシスは慢性閉塞性肺疾患(COPD)や肺炎、肺水腫などの呼吸器疾患に伴って発症することが多いとされています。

CO₂ナルコーシスの主な症状

CO₂ナルコーシスの症状は多岐にわたり、患者さんの状態によってその症状は異なるでしょう。

ですが一般的にはCO₂ナルコーシスの初期症状として頭痛や眠気、集中力の低下などが挙げられます。 これらの症状は血中の二酸化炭素濃度が上昇することによって引き起こされると考えられています。

頭痛と眠気

CO₂ナルコーシスの初期症状として最も多いのが、頭痛と眠気です。

頭痛は二酸化炭素濃度の上昇によって血管が拡張することで起こると考えられており、その痛みは徐々に強くなっていきます。

眠気は二酸化炭素濃度の上昇が脳の活動を抑制することで生じると考えられています。

症状原因
頭痛二酸化炭素濃度の上昇によって血管が拡張することで起こる
眠気二酸化炭素濃度の上昇が脳の活動を抑制することで生じる

集中力・判断力の低下

CO₂ナルコーシスが進行すると、集中力の低下や判断力の低下が見られるようになります。 これらの症状は脳の活動が抑制されることによって引き起こされると考えられています。

集中力の低下は、物事に集中することが難しくなる状態を指します。 一方、判断力の低下は、適切な判断を下すことが難しくなる状態を指します。

呼吸困難と意識障害

CO₂ナルコーシスが進行すると呼吸困難や意識障害が現れることがあります。

呼吸困難の症状としては以下のようなものが挙げられます。

  • 呼吸数の増加
  • 呼吸のリズムの乱れ
  • 呼吸が浅くなる
  • 息苦しさを訴える

意識障害はを発症すると意識がもうろうとしたり、意識を失ったりする場合もでてきます。 これらの症状は重症化したCO₂ナルコーシスの兆候であり、速やかな処置が必要です。

【CO₂ナルコーシスの症状から見る重症度】

症状重症度
頭痛・眠気軽症
集中力・判断力の低下中等症
呼吸困難・意識障害重症

その他の症状

CO₂ナルコーシスでは上記の症状以外にも、様々な症状が現れる可能性があります。 例えば吐き気や嘔吐、筋肉のけいれん、不整脈などが挙げられます。

これらの症状は二酸化炭素濃度の上昇が体の様々な部位に影響を及ぼすことで引き起こされると考えられています。

CO₂ナルコーシスを引き起こす原因やきっかけ

CO₂ナルコーシスは体内の二酸化炭素濃度が異常に高くなることによって引き起こされる病態であり、その原因やきっかけは様々です。

そのなかでも以下は主要な原因として知られています。

肺疾患による換気障害

CO₂ナルコーシスの原因の一つとして、肺疾患による換気障害が挙げられます。

慢性閉塞性肺疾患(COPD)や間質性肺炎などの肺疾患では肺の換気機能が低下することで二酸化炭素の排出が困難になり、体内の二酸化炭素濃度が上昇する可能性があります。

また、肺炎や気胸など急性の肺疾患でも一時的に換気機能が低下することで二酸化炭素濃度が上昇し、CO₂ナルコーシスを引き起こすことがあります。

原因詳細
慢性閉塞性肺疾患(COPD)気流制限により換気機能が低下
間質性肺炎肺の炎症により換気機能が低下

神経筋疾患による呼吸機能低下

神経筋疾患からCO₂ナルコーシスを引き起こすことがあります。

筋萎縮性側索硬化症(ALS)やギラン・バレー症候群などの神経筋疾患では呼吸筋の機能が低下することで換気が困難となり、二酸化炭素濃度が上昇する可能性があります。

また、脊髄損傷などによって呼吸筋が麻痺した場合にも同様のメカニズムでCO₂ナルコーシスを引き起こすことがあります。

過剰な二酸化炭素吸入

CO₂ナルコーシスのもう一つの原因として、過剰な二酸化炭素吸入が挙げられます。

高濃度の二酸化炭素を含む環境に長時間暴露されることで体内の二酸化炭素濃度が急激に上昇し、CO₂ナルコーシスを引き起こす可能性があります。

例えば以下のような状況に陥り体内の二酸化炭素濃度が高まるにつれて危険度が増していきます。

  • 火災現場での長時間の活動
  • 密閉空間での作業
  • 潜水事故による長時間の水没
  • 高濃度CO₂環境での活動
環境二酸化炭素濃度
大気0.04%
許容濃度0.5%
危険濃度3%以上

その他の原因

上記の原因以外にもCO₂ナルコーシスを引き起こす可能性のある要因はいくつか存在します。

例えば、重度の肥満や睡眠時無呼吸症候群では換気機能が低下することでCO₂ナルコーシスのリスクが高まると考えられています。

また、呼吸中枢の障害や代謝性アシドーシスなどもCO₂ナルコーシスの原因となる可能性が高くなります。

CO₂ナルコーシスを診察・診断する方法

CO₂ナルコーシスは診断が遅れると重篤な合併症を引き起こす可能性があるため、適切な診察と検査によって早期に診断することが重要です。

CO₂ナルコーシスを疑った場合には以下のように患者の症状や身体所見、検査結果を総合的に評価して診断に至ります。

病歴問診と身体診察

CO₂ナルコーシスが疑われたら、まず患者の病歴問診と身体診察が行われます。

問診では呼吸器疾患の既往歴や最近の呼吸状態の変化などを確認します。また、CO₂ナルコーシスの原因となり得る環境状態についても詳しく調べます。

診察では呼吸数や呼吸パターンの異常、チアノーゼの有無などを観察します。さらに神経学的所見として、意識レベルや反射の異常なども評価します。

血液ガス分析

CO₂ナルコーシスの診断において最も重要な検査が血液ガス分析です。これは動脈血を採取し、血中の二酸化炭素分圧(PaCO₂)と酸素分圧(PaO₂)を測定します。

CO₂ナルコーシスではPaCO₂が正常上限である45mmHg以上に上昇していることが特徴的です。またはPaO₂の低下を伴う場合もあります。

血液ガス分析では酸塩基平衡の評価も行われ、呼吸性アシドーシスの有無を確認します。

画像検査

CO₂ナルコーシスの診断にあたっては以下のような画像検査が行われることもあります。これらの検査ではCO₂ナルコーシスの原因となる肺疾患の有無を評価します。

  • 胸部X線写真
  • 胸部CT検査
  • 肺機能検査

画像検査については次の項目で詳しくお話していきます。

他の検査

CO₂ナルコーシスの診断に際しては必要に応じてその他の検査も行われます。

例えば神経筋疾患が疑われる場合には筋電図や神経伝導検査などが、睡眠時無呼吸症候群が疑われる場合には終夜睡眠ポリグラフ検査が考慮されます。

また、CO₂ナルコーシスの原因となる環境下が疑われる場合には環境測定なども行われることがあります。

これらの検査結果を総合的に評価することで、CO₂ナルコーシスの正確な診断と原因の特定が可能となるのです。

CO₂ナルコーシスにおける画像所見

CO₂ナルコーシスは主に血液ガス分析によって診断されますが、胸部X線写真やCT検査などの画像検査でも特徴的な所見が認められることがあります。

画像所見と血液ガス分析の結果を総合的に判断することでCO₂ナルコーシスの正確な診断と重症度評価が可能となります。

CO₂ナルコーシスの画像所見は原因疾患によって異なるため、複数の画像検査を組み合わせて評価することが重要です。

胸部X線写真の所見

CO₂ナルコーシスでは、胸部X線写真で肺の過膨張所見が認められることがあります。

これはもともとの原因疾患である慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの肺疾患によって肺の弾性収縮力が低下し、肺が過膨張した状態になることで生じます。

過膨張した肺では横隔膜が平低化し、肺野が透過性亢進を示します。

また、COPDでは気腫性変化によるブラの形成や肺血管影の減少なども認められることがあります。

所見詳細
肺の過膨張横隔膜の平低化、肺野の透過性亢進
気腫性変化ブラの形成、肺血管影の減少
Case courtesy of Frank Gaillard, Radiopaedia.org. From the case rID: 8512

「両肺の過膨張、横隔膜の平坦化が認められ、重度の肺気腫または慢性閉塞性肺疾患(COPD)が示唆される。」

胸部CT検査の所見

胸部CT検査はCO₂ナルコーシスの原因となる肺疾患の評価に有用です。

例えばCOPDでは気腫性変化によって肺野にブラや低吸収域が多発します。また、気道壁の肥厚や気道径の不整、小葉中心性粒状影などの所見も認められることがあります。

一方、間質性肺炎ではすりガラス影や網状影、蜂巣肺などの特徴的な所見が確認されます。これらの所見は、CO₂ナルコーシスの原因疾患の鑑別に役立ちます。

疾患CT所見
COPDブラ、低吸収域、気道壁肥厚、小葉中心性粒状影
間質性肺炎すりガラス影、網状影、蜂巣肺
Case courtesy of Hani Makky Al Salam, Radiopaedia.org. From the case rID: 13199

「末梢および肺底部優位に認める蜂巣肺の存在と下葉の容積減少は、進行した間質性肺疾患(IPFや他の形態の特発性肺線維症など)が疑われる。」

肺血流シンチグラフィの所見

CO₂ナルコーシスでは肺血流シンチグラフィで特徴的な所見が認められることがあります。

COPDでは気腫性変化によって肺野の血流が減少し、不均一な血流分布を示します。

また、肺高血圧症を合併している場合には肺動脈の描出が不良となります。肺塞栓症が原因の場合には楔状の血流欠損像が認められます。

これらの所見はCO₂ナルコーシスの原因評価のなかでも特に重症度評価に対して有用です。

Wang, Meng et al. “Value of lung perfusion scintigraphy in patients with idiopathic pulmonary arterial hypertension: a patchy pattern to consider.” Pulmonary circulation vol. 9,1 (2019): 2045894018816968.

「患者Aの正常な肺灌流パターンと安定した臨床指標は、良好な予後を示しています。対照的に、患者Bはパッチ状の肺灌流パターンと重篤な臨床指標を示し、右心不全により死亡しました。これらの違いは、肺灌流パターンと臨床転帰の関連性を示唆しています。」

その他の画像検査

CO₂ナルコーシスの診断において以下のような画像検査も必要に応じて行われます。

  • 肺血管造影検査
  • 肺換気シンチグラフィ
  • 心臓超音波検査

例えば肺血管造影検査では、肺高血圧症の評価や肺動静脈瘻の検出が可能です。また、肺換気シンチグラフィでは肺の換気機能の評価が行われます。

CO₂ナルコーシスの治療方法と使用される薬剤、治癒までの期間

CO₂ナルコーシスの治療は原因となる疾患の治療と換気の改善を中心に行われます。具体的には重症度に応じて薬物療法や人工呼吸管理などが選択されます。

治癒までの期間は原因疾患や重症度によって異なりますが、早期診断と迅速で適切な治療にを行えば予後は良好です。

そして予防の観点から、慢性呼吸器疾患をお持ちの患者さんは定期的な評価と治療の継続が大切です。

原因疾患の治療

CO₂ナルコーシスの治療では、まず原因となる疾患の治療が重要です。

慢性閉塞性肺疾患(COPD)では気管支拡張薬や吸入ステロイド薬などの薬物療法が行われます。これらの薬剤によって気道の炎症や閉塞を改善し、換気機能を回復させることができます。

間質性肺炎ではステロイド薬や免疫抑制薬などが使用されることがあります。神経筋疾患では呼吸リハビリテーションや呼吸補助装置の使用が考慮されます。

原因疾患治療方法
COPD気管支拡張薬、吸入ステロイド薬
間質性肺炎ステロイド薬、免疫抑制薬
神経筋疾患呼吸リハビリテーション、呼吸補助装置

換気の改善

CO₂ナルコーシスでは以下のような換気の改善が治療の中心となります。

  • 酸素療法
  • 体位ドレナージ
  • 非侵襲的陽圧換気(NPPV)
  • 侵襲的人工呼吸管理

軽症例では酸素療法や体位ドレナージなどの保存的治療が行われます。酸素療法では低濃度の酸素を投与し、換気を促進させます。体位ドレナージは重力を利用して気道の分泌物を排出させる手技です。

中等症以上の症例では非侵襲的陽圧換気(NPPV)や侵襲的人工呼吸管理が選択されることがあります。NPPVはマスクを通して陽圧換気を行う方法で、気道の虚脱を防ぎ、換気を補助します。

侵襲的人工呼吸管理では気管挿管や気管切開によって人工呼吸器を装着し、直接的に換気を行います。

薬物療法

CO₂ナルコーシスの治療では病態に応じて様々な薬剤が使用されます。

呼吸刺激剤としてdoxapramやalmitrine、progesteroneなどが用いられることがあります。これらの薬剤は、呼吸中枢を刺激し、換気を促進させる作用があります。

また、呼吸性アシドーシスに対しては重炭酸ナトリウムの投与が行われる場合があります。重炭酸ナトリウムはアシドーシスを補正し、呼吸中枢の感受性を改善させる効果が期待できます。

鎮静薬や鎮痛薬は、人工呼吸管理中の患者に対して使用されることがあります。

薬剤作用
Doxapram呼吸中枢刺激
Almitrine呼吸中枢刺激
Progesterone呼吸中枢刺激
重炭酸ナトリウムアシドーシス補正

治癒までの期間

CO₂ナルコーシスの治癒までの期間は原因疾患や重症度によって大きく異なります。軽症例では原因の除去と適切な治療によって数日から数週間で改善することが多いです。

一方、重症例では人工呼吸管理を要する場合があり、治療に数週間から数ヶ月を要することもあります。

CO₂ナルコーシスにおける再発の可能性と予防法について

CO₂ナルコーシスは適切な治療によって改善が期待できる病態ですが、再発のリスクも軽視できません。特に慢性的な肺疾患をお持ちの患者さんの中にはCO₂ナルコーシスを繰り返す可能性も高まります。

CO₂ナルコーシスの再発は患者さんのQOLを大きく損なうがあります。

再発を防ぐためには原因となる呼吸器疾患の管理と生活習慣の改善、感染症予防、定期的な評価が欠かせません。

原因疾患の管理

CO₂ナルコーシスの再発を防ぐには、まず原因となる呼吸器疾患の適切な管理が不可欠です。

慢性閉塞性肺疾患(COPD)や間質性肺炎などの基礎疾患がある場合には定期的な診察と治療の継続が求められます。

COPDでは禁煙や薬物療法、呼吸リハビリテーションなどによって病状の進行を抑制することが重要です。間質性肺炎では原因に応じた治療と感染症予防が再発防止につながります。

原因疾患再発予防策
COPD禁煙、薬物療法、呼吸リハビリテーション
間質性肺炎原因に応じた治療、感染症予防

生活習慣の改善

CO₂ナルコーシスの再発予防には生活習慣の改善も欠かせません。具体的には

  • 禁煙
  • 適正体重の維持
  • 適度な運動習慣

喫煙は呼吸器疾患の主要な危険因子であるため禁煙が強く推奨されます。また、肥満は呼吸機能に悪影響を及ぼすため適正体重の維持が重要です。

さらに運動習慣は呼吸機能の維持・改善に役立ちます。ただし、過度な運動は呼吸状態を悪化させる可能性があるため医療従事者の指導のもと、適度な運動を心がけることが大切です。

感染症予防

CO₂ナルコーシスの再発予防において感染症予防は重要な役割を果たします。呼吸器感染症はCO₂ナルコーシスの原因となる呼吸不全を悪化させる可能性があるためです。

インフルエンザや肺炎球菌などに対するワクチン接種は感染症予防に有効です。また、手洗いやマスクの着用などの一般的な感染対策も欠かせません。

感染症予防策詳細
ワクチン接種インフルエンザ、肺炎球菌など
一般的な感染対策手洗い、マスクの着用など

定期的な受診

CO₂ナルコーシスの再発を早期に発見するためには定期的な診察が重要です。呼吸器疾患をお持ちの患者さんは症状の変化に注意を払い、定期的に医療機関を受診することが好まれます。

一定期間ごとに現在の症状や検査結果をチェックしすることで、再発の兆候を見逃すことがなくなります。

CO₂ナルコーシス治療に係る費用

CO₂ナルコーシスの治療費は診察料の他に重症度に応じて検査費、処置費、入院費など様々な項目から構成されます。

治療費の総額は患者さんの状態や治療期間によって大きく異なりますが、数十万円から数百万円に及ぶこともあります。

検査費

CO₂ナルコーシスの診断と経過観察には血液ガス分析や画像検査などが必要です。

血液ガス分析の検査費用は1回当たり数千円から1万円程度です。

画像検査費用としては胸部X線写真が数千円、CT検査が数万円から10万円程度となります。

検査項目費用
動脈血液ガス分析1,300円+α
胸部X線写真2,100円~4,000円
CT検査14,700円~20,700円

処置費

CO₂ナルコーシスの治療では酸素療法や人工呼吸管理などの処置が行われます。

酸素療法の費用は1日当たり数百円から数千円程度で、人工呼吸管理費用は1日当たり数万円から10万円以上となる場合があります。

入院費

重症のCO₂ナルコーシス患者さんは入院治療が必要となり、入院費は1日当たり数万円から10万円以上となるでしょう。

入院期間は状態によって異なりますが、数日から数週間、時には数ヶ月に及ぶこともあります。

ただし、処置費・入院費は、保険適応時上記の1割~3割の自己負担となり、また高額医療制度の対象となるため、実際の自己負担はもっと安くなります。

参考にした論文