食事中や飲み物を飲んだとき、あるいは何気ない瞬間に突然「ゴホッゴホッ」と激しく咳き込み、一度始まると止まらなくなる「むせ」や「むせ返り」。

誰にでも起こりうることですが、頻繁に繰り返したり、症状が強かったりすると、日常生活に支障をきたすだけでなく、何か病気が隠れているのではないかと不安になります。

この記事では、むせやむせ返りがなぜ起こるのか、その原因や考えられる病気、ご家庭でできる対策、そして医療機関を受診する目安について、詳しく解説します。

「むせる」「むせ返る」とは?症状の基本

「むせる」「むせ返る」という言葉は日常的によく使いますが、具体的にどのような状態を指すのでしょうか。まずは、これらの症状の基本的な理解を深めましょう。

むせるとはどういう状態か

「むせる」とは、飲食物や唾液などが誤って気管(空気の通り道)に入りそうになったり、実際に入ってしまったりしたときに、それらを気管から排出しようとする体の防御反応です。

気管に異物が入ると、反射的に強い咳が出て、異物を外に出そうとします。この一連の反応が「むせ」です。

通常、気管の入り口には喉頭蓋(こうとうがい)という蓋があり、飲み込む瞬間に気管を閉じて食道へ飲食物が流れるように誘導します。しかし、この仕組みがうまく働かないと、むせが起こります。

むせ返るとはどういう状態か

「むせ返る」は、「むせる」症状が特に激しかったり、連続して起こったりする状態を指すことが多いです。一度咳き込み始めると、なかなか止まらず、息苦しさや顔が赤くなるほどの強い咳が続くことがあります。

特に、飲み込む力が弱っている方や、気管が過敏になっている方に見られやすい傾向があります。むせ返るほどの激しい咳は、体力を消耗し、精神的なストレスにもつながることがあります。

症状が起こりやすい状況

むせやむせ返りは、特定の状況で起こりやすくなることがあります。どのような時に注意が必要かを知っておくことは、予防にもつながります。

むせが起こりやすい具体的な場面

  • 急いで食事をしているとき
  • 水分が少ないパサパサしたものを食べるとき
  • お茶や水などのサラサラした液体を飲むとき
  • 話しながら食事をしているとき
  • 体調が悪く、飲み込む力が弱っているとき

これらの状況では、飲み込む動作と呼吸のタイミングがずれやすくなったり、食べ物が気管に入りやすくなったりするため、注意が必要です。

一時的なむせと注意が必要なむせ

誰でもたまにむせることはありますが、その頻度や程度によっては注意が必要です。一時的なものか、医療機関への相談を検討すべきかの見極めが大切です。

見分けるためのポイント

項目一時的なむせ注意が必要なむせ
頻度ごく稀に起こる食事のたびに起こる、頻繁に起こる
程度軽い咳で治まる激しい咳が続く、息苦しさを伴う
関連症状特になし体重減少、発熱、声のかすれ、飲み込みにくさ

特に、注意が必要なむせが続く場合は、背景に何らかの原因や病気が隠れている可能性も考えられます。

むせ・むせ返りを引き起こす主な原因

むせやむせ返りは、様々な原因によって引き起こされます。加齢によるもの、生活習慣に関連するもの、そして病気が原因となるものなど、多岐にわたります。

加齢による飲み込む力の低下

年齢を重ねるとともに、飲み込む力(嚥下機能)が自然と低下してくることがあります。これは、むせの大きな原因の一つです。

嚥下機能の仕組み

食べ物や飲み物を口に入れ、認識し、喉を通り、食道へと送り込む一連の動作を嚥下(えんげ)といいます。この動作には、舌、喉、食道など多くの筋肉や神経が複雑に関与しています。

加齢によりこれらの筋力が衰えたり、神経の反射が鈍くなったりすると、嚥下機能が低下し、食べ物が気管に入りやすくなります。

高齢者に多い誤嚥

誤嚥(ごえん)とは、食べ物や飲み物、唾液などが誤って気管に入ってしまうことです。高齢者は、この誤嚥を起こしやすく、それがむせや咳の原因となります。

特に、寝ている間に唾液を誤嚥する「不顕性誤嚥(ふけんせいごえん)」も問題となることがあります。これは自覚症状がないまま誤嚥している状態で、肺炎のリスクを高めます。

嚥下に関わる主な要素

要素役割加齢による変化の例
舌の筋力食べ物をまとめ、喉に送る筋力低下により送り込みが不十分に
喉頭挙上飲み込む際に喉仏が上がり気道を閉鎖挙上不足で気道閉鎖が不完全に
咳反射異物を排出しようとする反射反射の低下で異物が残りやすい

生活習慣に潜む原因

日々の生活習慣の中にも、むせを引き起こしやすくする要因が潜んでいます。食事の仕方や内容、水分摂取、喫煙などが影響します。

食事の仕方や内容

早食いや、よく噛まずに飲み込む習慣は、食べ物が気管に入りやすくなる原因です。また、パサパサしたものや、逆にサラサラした液体も、むせやすい食べ物・飲み物として知られています。

食事中の姿勢が悪かったり、テレビを見ながらなど「ながら食べ」をしたりすることも、飲み込む動作への集中を妨げ、むせを誘発することがあります。

水分不足や乾燥

体内の水分が不足すると、唾液の分泌量が減少し、口腔内や喉が乾燥しやすくなります。これにより、食べ物がスムーズに飲み込みにくくなり、むせの原因となることがあります。

また、空気が乾燥している環境も、喉の粘膜を刺激し、咳やむせを引き起こしやすくします。

喫煙の影響

喫煙は、気道に慢性的な炎症を引き起こし、咳や痰を増加させます。また、喉の知覚を鈍らせたり、嚥下反射を弱めたりする可能性も指摘されています。

長期間の喫煙は、COPD(慢性閉塞性肺疾患)などの呼吸器疾患のリスクを高め、それがむせの原因となることもあります。

むせやすい食事習慣チェック

チェック項目はいいいえ
食事は早食いですか?
あまり噛まずに飲み込んでいませんか?
食事中に水分をあまり摂りませんか?
汁物や飲み物でよくむせますか?
パンやクッキーなどパサパサしたものでむせやすいですか?

「はい」が多い場合は、食事習慣の見直しを検討しましょう。

特定の病気が原因となる場合

むせやむせ返りは、単なる機能低下や生活習慣だけでなく、特定の病気の症状として現れることもあります。代表的なものとして、呼吸器系、消化器系、神経系の病気が挙げられます。

呼吸器系の病気

喘息、COPD(慢性閉塞性肺疾患)、気管支炎、肺炎などの呼吸器系の病気は、気道が過敏になったり、炎症を起こしたりすることで、咳やむせを引き起こしやすくなります。

特に、咳が長く続く場合や、呼吸困難を伴う場合は注意が必要です。

  • 気管支喘息
  • 慢性閉塞性肺疾患(COPD)
  • 気管支拡張症
  • 間質性肺炎

消化器系の病気(逆流性食道炎など)

胃食道逆流症(GERD)は、胃酸や胃の内容物が食道に逆流する病気です。逆流した胃酸が喉や気管を刺激すると、慢性的な咳やむせの原因となることがあります。

特に、食後や横になったときに症状が出やすいのが特徴です。胸焼けや呑酸(酸っぱいものが上がってくる感じ)などの症状を伴うこともあります。

神経系の病気

脳梗塞やパーキンソン病などの神経系の病気は、嚥下に関わる筋肉や神経のコントロールを障害し、嚥下障害を引き起こすことがあります。

これにより、食べ物や飲み物がうまく飲み込めず、むせや誤嚥が生じやすくなります。ろれつが回りにくい、手足の麻痺などの症状を伴う場合は、速やかに医療機関を受診することが重要です。

むせ・むせ返りが続く場合に考えられる病気

一時的なものではなく、むせやむせ返りが頻繁に起こる、あるいは症状が重い場合には、背景に何らかの病気が隠れている可能性があります。ここでは、代表的な病気について解説します。

誤嚥性肺炎

誤嚥性肺炎は、食べ物や飲み物、唾液などが誤って気管に入り、それに含まれる細菌が肺で炎症を引き起こす病気です。特に高齢者や寝たきりの方、嚥下機能が低下している方に多く見られます。

誤嚥性肺炎のリスク

誤嚥性肺炎は、重症化すると命に関わることもあるため、早期発見・早期治療が重要です。繰り返し誤嚥することで発症リスクが高まります。

特に、夜間の不顕性誤嚥(自覚のない唾液の誤嚥)が原因となることも少なくありません。口腔内の清潔が保たれていないと、唾液中の細菌が増殖し、誤嚥した際の肺炎リスクを高めます。

誤嚥性肺炎の主な症状

発熱、激しい咳、黄色や緑色の痰、呼吸困難、胸の痛みなどが典型的な症状です。

しかし、高齢者の場合はこれらの症状がはっきりと現れず、「なんとなく元気がない」「食欲がない」「ぼんやりしている」といった非典型的な症状で始まることもあります。

むせが頻繁にある方がこれらの症状を示した場合は、誤嚥性肺炎を疑う必要があります。

誤嚥性肺炎のサイン

症状観察ポイント
発熱37.5℃以上の熱が続く、悪寒がある
咳・痰湿った咳、色のついた痰が増える
呼吸状態呼吸が速い、息苦しそうにしている
全身状態ぐったりしている、食事を摂らない、意識がもうろうとしている

早期発見の重要性

誤嚥性肺炎は、早期に発見し適切な治療(主に抗菌薬の投与)を開始すれば、多くの場合回復が期待できます。しかし、発見が遅れたり、重症化したりすると、入院期間が長引いたり、呼吸不全に至ったりするリスクがあります。

日頃からむせが多い方や、嚥下機能の低下が疑われる方の体調変化には、特に注意深く観察することが大切です。

喘息やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)

喘息やCOPDといった慢性的な呼吸器疾患も、むせや激しい咳の原因となります。これらの病気は気道に特徴的な変化をもたらします。

喘息発作とむせ

気管支喘息は、アレルギー反応などにより気道が慢性的に炎症を起こし、様々な刺激に対して気道が過敏になる病気です。発作時には気道が狭くなり、ヒューヒュー、ゼーゼーといった喘鳴(ぜんめい)や呼吸困難、激しい咳が出現します。

この咳が、むせるような感覚や、実際に飲食物とは関係なくむせ返るような発作的な咳として現れることがあります。特に夜間や早朝に症状が出やすいのが特徴です。

COPDの症状としての咳

COPD(慢性閉塞性肺疾患)は、主に長年の喫煙が原因で肺に炎症が起こり、空気の通り道である気管支が狭くなったり、肺胞(酸素を取り込む小さな袋)が壊れたりする病気です。

主な症状は、慢性の咳や痰、労作時の息切れです。進行すると、わずかな動作でも息切れを感じるようになり、日常生活に大きな支障をきたします。

COPDの患者さんでは、気道の分泌物が増えたり、気道が過敏になったりすることで、むせやすくなることがあります。

胃食道逆流症(GERD)

胃食道逆流症(GERD)は、胃の内容物、特に胃酸が食道へ逆流することにより、様々な症状を引き起こす病気です。胸焼けが代表的な症状ですが、咳やむせの原因にもなります。

胃酸逆流と咳の関係

逆流した胃酸が食道下部を刺激するだけでなく、喉(咽頭や喉頭)まで達すると、その刺激によって反射的に咳が出ます。これを「逆流性咳嗽(ぎゃくりゅうせいがいそう)」と呼びます。

この咳は、むせるような激しい咳であったり、長く続く乾いた咳であったりします。特に食後や夜間、横になったときに症状が悪化しやすい傾向があります。

GERDの他の症状

胸焼けや呑酸(酸っぱいものが上がってくる感じ)のほか、喉の違和感、声のかすれ、胸の痛み、飲み込みにくさなどを伴うこともあります。

これらの症状があり、かつ原因不明の慢性的な咳やむせがある場合は、GERDを疑う必要があります。

胃食道逆流症のセルフチェック

症状頻度(週に1回以上など)
胸焼けがする
酸っぱいものが上がってくる感じ(呑酸)がある
食事の後、胃がもたれる
原因不明の咳やむせが続く
喉のイガイガ感や違和感がある

当てはまる項目が多い場合は、消化器内科への相談を検討しましょう。

その他注意すべき病気

上記以外にも、むせやむせ返りの原因となる病気があります。頻度は低いものの、見逃せないものもあります。

喉や食道の病気

咽頭がんや喉頭がん、食道がんなどの悪性腫瘍が、飲み込みの通り道を狭めたり、神経を圧迫したりすることで、むせや飲み込みにくさを引き起こすことがあります。

声のかすれが続く、血痰が出る、体重が急に減るなどの症状がある場合は、特に注意が必要です。

また、食道アカラシア(食道の運動異常)や好酸球性食道炎なども、飲み込みにくさやむせの原因となることがあります。

アレルギー反応

特定の食べ物や薬剤に対するアレルギー反応の一環として、喉の腫れや気道の収縮が起こり、急激なむせや呼吸困難が生じることがあります。

アナフィラキシーと呼ばれる重篤な状態に至ることもあるため、特定のものを摂取した後に急に症状が出た場合は、速やかな対応が必要です。

家庭でできるむせ・むせ返りの予防と対策

むせやむせ返りは、日常生活での工夫によって、ある程度予防したり、症状を軽減したりすることが期待できます。ここでは、家庭で取り組める対策を紹介します。

食事の工夫でむせにくくする

毎日の食事は、むせと密接に関わっています。食べ方や内容を少し工夫するだけで、むせのリスクを減らすことができます。

食事の姿勢と環境

食事をするときは、正しい姿勢を保つことが重要です。椅子に深く腰掛け、足を床につけ、少し前かがみの姿勢をとると、飲み込みやすくなります。

寝たきりの方の場合でも、可能な範囲で上半身を起こして食事をするように心がけましょう。また、食事に集中できる静かな環境を整えることも大切です。

テレビを消し、会話は控えめにするなど、食べることに意識を向けられるようにしましょう。

食べやすい食材の選び方

食材の形状や硬さも、むせやすさに影響します。パサパサしたもの(パン、クッキーなど)、サラサラした液体(水、お茶など)、バラバラになりやすいもの(ひき肉、豆など)、貼り付きやすいもの(海苔、餅など)は、むせやすい傾向があります。

これらを避けるか、調理法を工夫する(例:パサパサしたものにはあんかけをする、サラサラした液体にはとろみをつける)と良いでしょう。適度な水分を含み、まとまりやすいものが比較的食べやすいです。

よく噛んでゆっくり食べる

一口の量を少なくし、よく噛んでから飲み込むことを習慣にしましょう。食べ物を十分に噛むことで、唾液と混ざり合い、飲み込みやすい食塊(しょっかい:食べ物のかたまり)が形成されます。

また、ゆっくりと時間をかけて食べることで、飲み込む動作と呼吸のタイミングを合わせやすくなります。

食事の工夫ポイント

ポイント具体的な工夫理由
姿勢椅子に深く座り、やや前傾姿勢気道への流入を防ぎ、食道へ送り込みやすくする
一口の量ティースプーン1杯程度から口腔内で処理しやすく、誤嚥リスクを減らす
咀嚼30回以上噛むことを意識食塊を形成し、安全に飲み込めるようにする

飲み込みやすくする工夫

特に水分はむせやすいため、飲み込みやすくするための工夫が役立ちます。

水分にとろみをつける

水やお茶、ジュースなどのサラサラした液体は、喉を通過するスピードが速く、気管に入りやすいため、むせの原因になりやすいです。

市販のとろみ調整食品を利用して、液体に適度なとろみをつけると、喉をゆっくり通過するようになり、飲み込みやすくなります。とろみの強さは、個人の状態に合わせて調整することが大切です。

適切な飲み物の温度

冷たすぎる飲み物や熱すぎる飲み物は、喉を刺激し、むせを引き起こすことがあります。人肌程度の温度の飲み物が、比較的飲み込みやすいとされています。

ただし、個人の好みや状態によって適切な温度は異なるため、色々試してみると良いでしょう。

口腔ケアの重要性

口の中を清潔に保つことは、誤嚥性肺炎の予防に非常に重要です。また、口腔機能の維持にもつながります。

食後の歯磨きと舌の清掃

毎食後、丁寧に歯磨きを行い、食べ物のカスや細菌を取り除くことが基本です。歯ブラシだけでなく、歯間ブラシやデンタルフロスも活用しましょう。

また、舌の表面にも細菌が付着しやすいため、舌ブラシなどを使って優しく清掃することも大切です。これにより、誤嚥した際に肺に入る細菌の量を減らすことができます。

家庭でできる口腔ケアのポイント

  • 毎食後の歯磨きを徹底する
  • 歯間ブラシやデンタルフロスを使用する
  • 舌の清掃も行う(舌苔の除去)
  • うがいをこまめに行う
  • 入れ歯は毎食後清掃し、就寝時は外す

定期的な歯科受診

自分では落としきれない汚れの除去や、虫歯・歯周病のチェック、入れ歯の調整などのために、定期的に歯科医院を受診することも重要です。

歯科医師や歯科衛生士から、適切な口腔ケア方法について指導を受けることもできます。

日常生活での注意点

食事以外にも、日常生活で気をつけることで、むせの予防につながることがあります。

適度な加湿

空気が乾燥していると、喉の粘膜が乾燥し、刺激を受けやすくなります。特に冬場やエアコンを使用する時期は、加湿器を利用するなどして、室内の湿度を適切に保つ(目安は50~60%)よう心がけましょう。

これにより、喉の乾燥を防ぎ、咳やむせを軽減する効果が期待できます。

禁煙のすすめ

喫煙は、気道に慢性的な炎症を引き起こし、咳や痰を増やすだけでなく、嚥下機能にも悪影響を与える可能性があります。禁煙することで、これらのリスクを軽減し、むせの予防につながります。

禁煙が難しい場合は、禁煙外来などで専門家のサポートを受けることも検討しましょう。

むせ・むせ返りが気になるときの医療機関受診の目安

むせやむせ返りが続く場合や、特定の症状が見られる場合は、自己判断せずに医療機関を受診することが大切です。早期発見・早期対応が、症状の悪化や合併症の予防につながります。

こんな症状があれば早めに相談を

以下のような症状が見られる場合は、医療機関への相談を検討しましょう。

医療機関受診を検討する症状

  • 食事のたびにむせる、または頻繁にむせるようになった
  • 一度むせ始めると、激しい咳が止まらない
  • 食事に非常に時間がかかるようになった
  • 飲み込みにくい感じ(嚥下困難)がある
  • 体重が理由なく減少してきた
  • 原因不明の発熱が続く
  • 声がかすれるようになった
  • 痰が増えたり、痰の色が変わったりした
  • 息苦しさや胸の痛みを感じることがある

これらの症状は、単なる加齢による機能低下だけでなく、何らかの病気が隠れているサインである可能性があります。

何科を受診すればよいか

むせやむせ返りの症状で医療機関を受診する場合、どの診療科を選べばよいか迷うかもしれません。

まずはかかりつけ医や内科へ

まずは、日頃から健康状態を把握してくれているかかりつけ医に相談するのが良いでしょう。かかりつけ医がいない場合は、一般内科を受診します。

内科医が症状や状態を総合的に判断し、必要に応じて専門の診療科を紹介してくれます。

専門医(呼吸器内科、消化器内科、耳鼻咽喉科など)への紹介

原因として疑われる病気によって、専門の診療科が異なります。

例えば、喘息やCOPDが疑われる場合は呼吸器内科、胃食道逆流症が疑われる場合は消化器内科、喉や声の問題が考えられる場合は耳鼻咽喉科が専門となります。

嚥下機能そのものの評価やリハビリテーションについては、リハビリテーション科や嚥下外来がある医療機関が対応します。

医療機関で行う検査

医療機関では、むせの原因を特定するために、様々な検査を行います。問診や診察に加え、必要に応じて以下のような検査を実施します。

問診と診察

医師が、むせの症状(いつから、どんな時に、どの程度のむせかなど)、既往歴、服用中の薬、生活習慣などについて詳しく聞き取ります。

また、喉や胸の聴診、口腔内の状態の確認など、身体的な診察も行います。

嚥下機能検査

飲み込みの機能を評価するための検査です。

代表的なものに、反復唾液嚥下テスト(RSST:30秒間に何回唾液を飲み込めるか)、改訂水飲みテスト(MWST:少量の水を飲んでもらい、むせや呼吸状態の変化を観察する)、嚥下造影検査(VF:バリウムなどの造影剤を含んだ模擬食品を飲み込み、X線透視下で嚥下の様子を観察する)、嚥下内視鏡検査(VE:鼻から細い内視鏡を挿入し、喉の動きや食物の流れを直接観察する)などがあります。

医療機関で行う主な嚥下機能検査

検査名検査内容わかること
反復唾液嚥下テスト(RSST)30秒間の唾液嚥下回数を測定嚥下反射の起こりやすさの目安
改訂水飲みテスト(MWST)3mlの冷水を嚥下させ、むせ、呼吸変化、声質変化を評価誤嚥の有無や嚥下状態の簡易評価
嚥下造影検査(VF)造影剤入りの模擬食品をX線透視下で嚥下嚥下運動の詳細な評価、誤嚥の有無や部位の特定
嚥下内視鏡検査(VE)鼻から内視鏡を挿入し、咽喉頭を直接観察しながら嚥下声帯の動き、唾液や食物の残留、誤嚥の有無の評価

画像検査(レントゲン、CTなど)

誤嚥性肺炎やその他の肺疾患が疑われる場合には、胸部X線検査(レントゲン)や胸部CT検査を行います。これにより、肺の炎症の有無や広がり、その他の異常を確認できます。

また、頭部CTやMRI検査は、脳血管障害など神経系の病気が疑われる場合に行われることがあります。

医療機関での治療法

医療機関では、むせやむせ返りの原因を特定した上で、その原因に応じた治療を行います。治療法は多岐にわたり、薬物療法、リハビリテーション、食事指導などが組み合わせて行われることもあります。

原因に応じた治療

むせの根本的な原因となっている病気があれば、その治療を優先的に行います。

基礎疾患の治療

例えば、胃食道逆流症が原因であれば胃酸分泌抑制薬、喘息が原因であれば吸入ステロイド薬や気管支拡張薬、誤嚥性肺炎であれば抗菌薬など、それぞれの病気に対応した治療を行います。

基礎疾患が改善することで、むせの症状も軽減することが期待できます。

薬物療法

基礎疾患の治療薬以外にも、症状を和らげるための薬物が使用されることがあります。例えば、痰の切れを良くする薬(去痰薬)や、咳を鎮める薬(鎮咳薬)などです。

ただし、むせは気道に入った異物を排出しようとする防御反応でもあるため、安易に咳止め薬を使用すると、かえって誤嚥性肺炎のリスクを高める可能性もあり、慎重な判断が必要です。漢方薬が有効な場合もあります。

嚥下リハビリテーション

嚥下機能そのものが低下している場合には、飲み込む力を鍛えるためのリハビリテーション(嚥下訓練)を行います。理学療法士、作業療法士、言語聴覚士などの専門職が関わります。

飲み込む力を鍛える訓練

嚥下リハビリテーションには、大きく分けて間接訓練と直接訓練があります。間接訓練は、食べ物を使わずに行う訓練で、口や舌、喉の筋肉を鍛える体操(嚥下体操)、発声練習、呼吸訓練などがあります。

直接訓練は、実際に食べ物を使って、安全に飲み込む練習を行います。ゼリーやとろみをつけた水分など、誤嚥しにくいものから始め、段階的に食事形態を上げていきます。

嚥下リハビリテーションの主な訓練内容

訓練の種類主な内容目的
間接訓練(基礎訓練)口唇・舌・頬の運動、首や肩のストレッチ、発声訓練、呼吸訓練、アイスマッサージ嚥下に必要な筋力の強化、可動域改善、感覚刺激
直接訓練(摂食訓練)ゼリーやとろみ水などを用いた実際の嚥下練習、食事姿勢や一口量の調整安全な嚥下方法の習得、食事形態の検討

食事介助の方法

ご家族など介護者が食事介助を行う場合には、正しい知識と技術が必要です。

安全な食事姿勢の確保、一口量の調整、食べるペースへの配慮、声かけのタイミングなど、専門家から指導を受けることが推奨されます。

食事指導と栄養管理

安全に、かつ必要な栄養を摂取できるように、食事内容や形態に関する指導、栄養状態の管理も重要な治療の一環です。

安全な食事形態の提案

管理栄養士や言語聴覚士などが、個々の嚥下機能に合わせて、食べやすい食事形態(例:刻み食、ミキサー食、ソフト食など)や、とろみのつけ方などを具体的に提案します。

見た目や味にも配慮し、食べる楽しみを損なわないような工夫も大切です。

栄養状態の改善

むせやすいと食事量が減少し、低栄養や脱水に陥りやすくなります。低栄養は体力や免疫力の低下を招き、さらに嚥下機能を悪化させる悪循環につながる可能性があります。

そのため、少量でも効率よく栄養が摂れるような食事の工夫(高カロリー・高タンパクな補助食品の利用など)や、適切な水分補給を心がけることが重要です。

必要に応じて、経管栄養(鼻や胃にチューブを入れて栄養剤を投与する方法)が検討されることもあります。

むせ・むせ返りに関するよくある質問

最後に、むせやむせ返りに関して、患者さんやご家族からよく寄せられる質問とその回答をまとめました。

Q
むせやすい食べ物、飲みにくい飲み物はありますか?
A

はい、一般的にむせやすいとされるものがあります。

食べ物では、パンやカステラ、ゆで卵の黄身、クッキーなどの水分が少なくパサパサしたもの、ひき肉や刻んだ野菜など口の中でまとまりにくいもの、海苔やわかめ、餅など喉に貼り付きやすいものが挙げられます。

飲み物では、水やお茶、ジュースなどのサラサラした液体は、喉を通過するスピードが速いため、誤嚥しやすい傾向があります。

これらを避けるか、調理法を工夫する(例:あんかけにする、とろみをつける)ことで、むせにくくすることができます。

Q
ストレスでむせることはありますか?
A

直接的な原因としてストレスが嚥下機能に影響を与えるという医学的根拠は明確ではありませんが、間接的に影響する可能性は考えられます。

強いストレスや緊張状態が続くと、自律神経のバランスが乱れ、唾液の分泌量が減少したり、筋肉がこわばったりすることがあります。

これにより、飲み込みの動作がスムーズに行えなくなり、むせやすくなることはあり得ます。また、ストレスが原因で胃食道逆流症が悪化し、それが咳やむせを引き起こすこともあります。

リラックスできる時間を持つなど、ストレス管理も大切です。

Q
子供のむせも大人と同じ原因ですか?
A

子供のむせの原因は、大人とは異なる点も多くあります。乳幼児期は、嚥下機能がまだ未発達なため、授乳中や離乳食の際にむせることは比較的よく見られます。

また、食べ物を口に詰め込みすぎたり、遊び食べをしたりすることも原因になります。

しかし、頻繁にむせる、体重が増えない、呼吸がおかしいなどの症状がある場合は、先天的な喉や食道の形態異常、神経系の問題、アレルギーなどが隠れている可能性もあるため、小児科医に相談することが重要です。

風邪などで咳がひどいときに、その刺激でむせることもあります。

Q
薬の副作用でむせることはありますか?
A

はい、一部の薬の副作用として、咳や嚥下機能への影響が報告されているものがあります。例えば、ACE阻害薬という種類の降圧薬は、副作用として空咳が出やすいことが知られています。

また、眠気を誘発する薬や、筋肉の動きに影響を与える薬の中には、間接的に嚥下機能を低下させ、むせやすくなる可能性があるものもあります。

薬を飲み始めてからむせが気になるようになった場合は、自己判断で中止せず、処方した医師や薬剤師に相談してください。

薬の形状(錠剤が大きい、粉薬が飲みにくいなど)が原因でむせる場合は、剤形変更などの対応ができることもあります。

以上

参考にした論文