痰が絡まないのに、喉がイガイガして「コンコン」「ケンケン」と乾いた咳が続いたり、何かの拍子に激しくむせたりすることはありませんか。

このような空咳(からぜき)は、多くの人が経験する症状ですが、長く続くと体力を消耗し、日常生活にも支障をきたします。

単なる喉の不調だと思っていても、背後には特定の生活習慣や、時には注意が必要な病気が隠れていることもあります。

この記事では、むせるような空咳がなぜ起こるのか、その原因からご自身でできる対処法、そして医療機関を受診するべきタイミングまで、詳しく、そして分かりやすく解説していきます。

むせるような空咳(乾性咳嗽)とは

はじめに、咳の種類とその特徴について理解を深めましょう。咳は身体の重要な防御反応ですが、その性質によって原因や対処法が異なります。

「空咳」と呼ばれるものがどのような状態を指すのか、そしてなぜ「むせる」という感覚を伴うのかを解説します。

空咳(乾性咳嗽)と湿性咳嗽の違い

咳は、痰の有無によって大きく二種類に分けられます。痰を伴わない乾いた咳を「乾性咳嗽(かんせいがいそう)」、一般的に「空咳」と呼びます。

一方で、ゴホゴホと音を立てて痰が絡む咳を「湿性咳嗽(しっせいがいそう)」と言います。この二つは音の響きだけでなく、その役割や原因も異なります。

乾性咳嗽と湿性咳嗽の比較

項目空咳(乾性咳嗽)痰の絡む咳(湿性咳嗽)
音の特徴コンコン、ケンケンゴホゴホ、ゼロゼロ
痰の有無なし、または少量あり
主な役割気道の刺激に対する反応気道の異物(痰)を排出する

なぜ「むせる」感覚が伴うのか

空咳の際に感じる「むせる」感覚は、主に喉(咽頭・喉頭)の知覚過敏が関係しています。

気道が乾燥や炎症によって敏感になっていると、冷たい空気や些細なホコリ、会話などのわずかな刺激にも過剰に反応してしまいます。

この急激な喉の収縮が、食べ物でむせた時のような突発的で苦しい咳発作を引き起こすのです。特に、喉の粘膜の潤いが不足していると、この傾向は強くなります。

空咳が長引くことの問題点

一時的な空咳は問題ないことが多いですが、長期間続くと様々な身体的・社会的な問題を引き起こします。咳が続くと、胸や背中の筋肉が痛み、体力を著しく消耗します。

夜間に咳が出ると睡眠が妨げられ、日中の集中力低下や倦怠感につながります。また、会議中や静かな場所で咳が止まらなくなることで、周囲に気を使ったり、精神的なストレスを感じたりすることもあります。

2週間以上続く場合は、背景に何らかの原因があると考え、注意深く観察することが重要です。

空咳を引き起こす日常生活の中の要因

病気が原因でなくても、日々の生活習慣や環境が空咳の引き金になることは少なくありません。ここでは、日常生活に潜む代表的な要因をいくつか紹介します。

空気の乾燥と喉への影響

特に冬場やエアコンの効いた室内では空気が乾燥しがちです。空気が乾燥すると、喉の粘膜から水分が奪われ、バリア機能が低下します。

これにより、気道が刺激に対して敏感になり、乾いた咳が出やすくなります。また、粘膜の防御機能が弱まると、ウイルスなどにも感染しやすくなるため注意が必要です。

アレルギー物質(ハウスダスト・花粉など)

アレルギー体質の方が、特定のアレルゲンを吸い込むことで空咳が誘発されることがあります。アレルゲンが気道に付着すると、身体がそれを異物と認識し、排出しようとして咳が出ます。

これはアレルギー反応の一環であり、鼻水やくしゃみ、目のかゆみなどを伴うこともあります。

主な吸入性アレルゲンと存在する場所

アレルゲンの種類主な存在場所対策のポイント
ハウスダスト寝具、カーペット、布製ソファこまめな掃除、寝具の洗濯
ダニハウスダスト中に多く生息除湿、防ダニ製品の活用
花粉屋外(スギ、ヒノキなど)マスク着用、帰宅時の除去

喫煙や受動喫煙の影響

タバコの煙には数多くの有害物質が含まれており、これらが気道を直接刺激し、慢性的な炎症を引き起こします。喫煙者本人だけでなく、副流煙を吸い込む受動喫煙でも同様の影響があり、空咳の原因となります。

長年の喫煙習慣は、後述するCOPD(慢性閉塞性肺疾患)などの重大な病気のリスクも高めます。

ストレスと咳の関係

意外に思われるかもしれませんが、精神的なストレスも咳の原因となることがあります。

これは「心因性咳嗽」と呼ばれ、強いストレスや不安が自律神経のバランスを乱し、気道を収縮させたり、喉の感覚を過敏にしたりすることで起こります。

他の原因が見当たらないのに、特定の状況下(例:仕事中など)で咳が悪化する場合、ストレスが関与している可能性を考えます。

  • 自律神経の乱れによる気道の過敏性向上
  • 喉の筋肉の無意識な緊張
  • 咳に対する過剰な意識

空咳の背景に隠れている可能性のある病気

3週間以上続く「遷延性咳嗽」や、8週間以上続く「慢性咳嗽」の場合、背景に何らかの病気が隠れている可能性が高まります。ここでは、長引く空咳の原因となる代表的な病気を紹介します。

咳喘息と気管支喘息

咳喘息は、喘鳴(ゼーゼー、ヒューヒューという呼吸音)や呼吸困難を伴わず、空咳だけが長く続く病気です。気管支喘息の前段階とも考えられており、気道が過敏になっている点は共通しています。

寒暖差、会話、運動、喫煙などが引き金となって咳が出やすいのが特徴です。放置すると本格的な気管支喘息に移行することがあるため、早期の対応が大切です。

咳喘息と気管支喘息の主な違い

項目咳喘息気管支喘息
主な症状長引く空咳のみ咳、喘鳴、呼吸困難
聴診所見異常なし喘鳴(ヒューヒュー音)
治療薬の効果気管支拡張薬が有効気管支拡張薬、吸入ステロイド薬

アトピー咳嗽

アトピー咳嗽も、咳喘息と同様に喘鳴を伴わない空咳が特徴ですが、原因が異なります。喉(咽喉頭)のアレルギー性の過敏反応によって起こり、アトピー素因(アレルギー体質)を持つ人に多く見られます。

喉のイガイガ感やかゆみを伴うことが多く、咳喘息の治療に用いる気管支拡張薬が効かないのが特徴です。抗ヒスタミン薬やステロイド薬による治療が有効です。

胃食道逆流症(GERD)

胃酸を含む胃の内容物が食道に逆流することで、食道の粘膜が炎症を起こす病気です。逆流した胃酸が喉まで達して直接刺激したり、食道下部にある咳の神経を刺激したりすることで、空咳を引き起こします。

胸やけや呑酸(酸っぱいものが上がってくる感じ)などの症状を伴うことが多いですが、咳だけの症状しか現れない場合もあります。

胃食道逆流症で症状を悪化させやすい飲食物

種類具体例理由
脂肪分の多い食事揚げ物、脂身の多い肉胃酸の分泌を促進し、胃に留まる時間が長い
酸味の強い食品柑橘類、酢の物、トマト胃酸の分泌を刺激する
カフェイン・香辛料コーヒー、チョコレート、唐辛子食道下部の筋肉を緩め、逆流しやすくなる

その他の原因(感染後咳嗽、薬剤性など)

風邪や気管支炎などの呼吸器感染症が治った後も、咳だけが数週間にわたって続くことがあります。これを「感染後咳嗽」と呼びます。感染によって気道が一時的に過敏になっていることが原因です。

また、高血圧の治療薬の一部(ACE阻害薬)の副作用として、空咳が出ることが知られています。これを「薬剤性咳嗽」といい、薬の変更で改善します。

  • マイコプラズマ
  • 百日咳菌
  • インフルエンザウイルス
  • RSウイルス

ご自身の症状を正しく把握するための観察点

医療機関を受診する際、ご自身の症状を正確に伝えることは、的確な判断の助けとなります。以下の点を意識して、咳の状態を観察してみてください。

咳の続く期間(急性・遷延性・慢性)

咳が続いている期間は、原因を推測する上で非常に重要な情報です。医学的には、咳の期間によって以下のように分類します。

咳の期間による分類と主な原因

分類期間主な原因の例
急性咳嗽3週間未満風邪などのウイルス感染症、誤嚥
遷延性咳嗽3週間以上8週間未満感染後咳嗽、咳喘息の初期
慢性咳嗽8週間以上咳喘息、アトピー咳嗽、胃食道逆流症

咳が出やすい時間帯や状況

どのような時に咳が悪化するのかを記録しておくと、診断の手がかりになります。

「朝方に特にひどい」「就寝時に横になると咳き込む」「電話で話すと咳が止まらない」「特定の場所に行くと悪化する」など、具体的な状況をメモしておきましょう。

例えば、就寝時の咳は胃食道逆流症を、朝方の咳は喘息を疑うきっかけになることがあります。

咳以外の症状の有無(発熱、胸痛、息苦しさなど)

咳だけでなく、他にどのような症状があるかも重要です。発熱や黄色い痰があれば感染症、胸やけがあれば胃食道逆流症、息苦しさや喘鳴があれば喘息の可能性があります。

体重減少や血痰など、注意が必要なサインを見逃さないようにしましょう。

  • 発熱、悪寒
  • 胸の痛み、圧迫感
  • 呼吸時のゼーゼー、ヒューヒュー音
  • 体重の明らかな減少
  • 声のかすれ(嗄声)

使用している薬の確認

現在服用している薬や、最近使い始めた薬がないかを確認しましょう。特に高血圧の治療薬や、一部の痛み止めなどが原因で咳が出ることがあります。

お薬手帳を持参すると、医療機関での確認がスムーズに進みます。

咳を和らげるために自分でできる対策(セルフケア)

長引く咳はつらいものですが、日常生活の中で少し工夫するだけで、症状を和らげることができる場合があります。

医療機関を受診する前の対策として、また治療と並行して行うケアとして試してみてください。

室内の加湿と換気

空気が乾燥すると喉の粘膜が傷つきやすくなるため、室内の湿度を適切に保つことが重要です。加湿器を使用したり、濡れたタオルを室内に干したりして、湿度を50~60%程度に保つことを心がけましょう。

また、定期的に窓を開けて換気を行い、室内のアレルゲンやホコリを外に出すことも大切です。

水分補給の重要性

喉の粘膜を潤すためには、こまめな水分補給が欠かせません。一度に大量に飲むのではなく、少量を頻繁に口に含むようにしましょう。

冷たい飲み物は気道を刺激することがあるため、常温の水や白湯、麦茶などがおすすめです。

喉を潤すのに適した飲み物

飲み物の種類特徴
水、白湯刺激がなく、身体への吸収もスムーズ
麦茶ノンカフェインで、ミネラルも補給できる
ハーブティーカモミールなどリラックス効果も期待できる

喉への刺激を避ける食事

食事の内容も咳に影響を与えることがあります。香辛料の効いた辛いもの、熱すぎるものや冷たすぎるもの、酸味の強いものは喉を直接刺激するため、咳が出ている間は控えるのが賢明です。

また、胃食道逆流症が疑われる場合は、食後すぐに横にならない、腹八分目を心がけるなどの工夫も有効です。

  • 味付けは薄めにする
  • よく噛んでゆっくり食べる
  • アルコールや炭酸飲料を控える

マスクの着用と効果

マスクの着用は、咳の症状を和らげるのに有効な手段です。自分の呼気に含まれる湿気によって喉の乾燥を防ぐだけでなく、冷たい空気やホコリ、アレルゲンなどが直接気道に入るのを防ぐ効果があります。

また、周囲への飛沫の拡散を防ぐエチケットとしても重要です。

医療機関を受診するタイミングと検査内容

セルフケアを続けても症状が改善しない場合や、特定のサインが見られる場合は、医療機関を受診することを検討しましょう。

受診を検討すべき症状のサイン

以下のような症状が見られる場合は、単なる咳と軽視せず、早めに専門医に相談することが重要です。特に、呼吸困難や血痰は緊急を要する場合もあります。

受診の目安となる危険なサイン

症状考えられるリスク
2週間以上続く咳感染症以外の病気の可能性
呼吸困難、息切れ喘息、肺炎、心不全など
血痰(痰に血が混じる)肺がん、結核、気管支拡張症など
高熱や胸の痛みを伴う肺炎、胸膜炎など

何科を受診すればよいか

長引く咳の専門は、主に「呼吸器内科」です。しかし、近くに専門科がない場合は、まずはかかりつけの内科や一般内科を受診して相談しましょう。

症状によっては、アレルギー科や耳鼻咽喉科、消化器内科など、他の専門科と連携して原因を探ることもあります。

医療機関で行う主な検査

原因を特定するために、いくつかの検査を行います。問診で得られた情報をもとに、必要な検査を組み合わせて判断します。

長引く咳の診断のために行われる主な検査

検査名内容わかること
胸部X線(レントゲン)胸部にX線を照射して撮影する肺炎、肺がん、結核などの肺の異常
呼吸機能検査息を吸ったり吐いたりして肺活量などを測定喘息やCOPDなどの気道の状態
血液検査採血して白血球や炎症反応、アレルギー項目を調べる感染症の有無、アレルギー体質の確認
喀痰検査痰を採取して細菌やがん細胞の有無を調べる感染症の種類、肺がんの可能性

これらの検査で異常が見つからない場合は、咳喘息やアトピー咳嗽、胃食道逆流症などを疑い、治療的診断(診断と治療を兼ねて薬を試してみること)を行うこともあります。

空咳に関するよくあるご質問

Q
市販の咳止めは飲んでも良いですか?
A

一時的な咳であれば、市販薬で症状が和らぐこともあります。

しかし、市販の咳止めには様々な種類があり、原因によっては効果がなかったり、かえって症状を分かりにくくしてしまったりすることもあります。

特に、3週間以上咳が続く場合は自己判断で薬を飲み続けず、一度医療機関で原因を調べることが重要です。

Q
子供の空咳で注意すべき点は何ですか?
A

子供の咳は、大人とは異なる原因(クループ症候群、マイコプラズマ肺炎など)も考えられます。

特に、ケンケンと犬が吠えるような特徴的な咳や、呼吸が苦しそうな様子(肩で息をする、顔色が悪いなど)が見られる場合は、夜間や休日でも速やかに医療機関を受診してください。

また、小さな異物を誤嚥している可能性も常に念頭に置く必要があります。

Q
空咳は他の人にうつりますか?
A

空咳そのものがうつるわけではありません。しかし、咳の原因がウイルスや細菌などの感染症である場合は、咳の飛沫を介して他の人に感染を広げてしまう可能性があります。

咳が続く間は、マスクを着用する「咳エチケット」を徹底しましょう。一方で、咳喘息やアトピー咳嗽、胃食道逆流症などが原因の咳は、感染性ではないため他人にうつる心配はありません。

Q
食後に咳が出やすくなるのはなぜですか?
A

食後に咳が悪化する場合、最も考えやすいのは胃食道逆流症(GERD)です。食事によって胃酸の分泌が増え、満腹になることで胃の内圧が上がり、胃酸が逆流しやすくなるためです。

また、食べること自体が迷走神経を刺激し、咳反射を引き起こすこともあります。食事の内容を見直したり、食後すぐに横にならないようにしたりする工夫が有効な場合があります。

以上

参考にした論文

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