最近、異常に喉が渇き、トイレの回数が増えていませんか。その症状は「高浸透圧高血糖症候群(HHS)」という、緊急性の高い状態のサインかもしれません。
特に高齢の糖尿病患者の方に多く見られますが、糖尿病と診断されていない方でも発症する可能性があります。
この記事では、HHSがどのような状態なのか、具体的な症状、原因、そして医療機関で行う治療法について詳しく解説します。
高浸透圧高血糖症候群(HHS)とはどのような状態か
高浸透圧高血糖症候群(Hyperosmolar Hyperglycemic Syndrome、略してHHS)は、著しい高血糖と、それに伴う極度の脱水が特徴の、生命に関わる緊急の状態です。
主に2型糖尿病を持つ高齢者に見られますが、これまで糖尿病と診断されていなかった人でも発症することがあります。
体内のインスリンの働きが著しく低下することで、血液中のブドウ糖(血糖)が細胞にうまく取り込まれなくなり、血糖値が異常に高くなります。
この状態が続くと、体は余分な糖を尿として排出しようとしますが、その際に大量の水分も一緒に失われ、深刻な脱水状態に陥ります。
糖尿病ケトアシドーシス(DKA)との違い
HHSとしばしば比較される状態に「糖尿病ケトアシドーシス(DKA)」があります。どちらも高血糖が原因で起こる緊急事態ですが、いくつかの重要な違いがあります。
DKAはインスリンがほぼ枯渇した状態(主に1型糖尿病)で起こりやすく、体がエネルギー源として脂肪を分解し始めるため、「ケトン体」という酸性の物質が血液中に蓄積します。
一方、HHSではインスリンが完全になくなっているわけではないため、ケトン体の産生は比較的少なく、著しい高血糖と脱水が主な問題となります。
HHSとDKAの主な相違点
| 項目 | 高浸透圧高血糖症候群(HHS) | 糖尿病ケトアシドーシス(DKA) |
|---|---|---|
| 主な対象 | 高齢の2型糖尿病患者 | 若年の1型糖尿病患者 |
| 血糖値 | 極めて高い(600mg/dL以上が多い) | 高い(250mg/dL以上) |
| ケトン体 | 軽度または認めない | 著しく増加(アシドーシス) |
なぜ緊急の対応が必要なのか
HHSを放置すると、極度の脱水によって血液が濃縮され、血栓ができやすくなります。脳梗塞や心筋梗塞のリスクが高まるほか、腎臓の機能が著しく低下することもあります。
さらに、脳の細胞が脱水状態に陥ることで、意識障害や昏睡に至ることも少なくありません。死亡率もDKAに比べて高いと報告されており、症状に気づいたら一刻も早く医療機関を受診することが重要です。
早期発見と早期治療が、重篤な合併症を防ぎ、命を救う鍵となります。
体の水分と血糖のバランス
私たちの体は、血液の濃度(浸透圧)を一定に保つことで正常に機能しています。HHSでは、血糖値が異常に高くなることで血液の浸透圧が急上昇します。
体はこの高い浸透圧を下げようとして、細胞内から血管内へ水分を移動させ、さらに腎臓から糖と共に大量の水分を排泄しようとします。
この結果、細胞レベルでの脱水が進行し、体のあらゆる機能に支障をきたします。口の渇き(口渇)や尿の増加(多尿)は、このバランスが崩れ始めていることを示す初期の重要なサインです。
高浸透圧高血糖症候群(HHS)の主な症状
HHSの症状は、数日から数週間にわたってゆっくりと進行することが特徴です。初期の段階では気づきにくいこともありますが、進行すると生命を脅かす重篤な症状が現れます。
ご自身やご家族に当てはまる症状がないか、注意深く確認してください。
初期に見られるサイン
初期症状は、高血糖によるものが中心です。これらは糖尿病の典型的な症状と重なりますが、HHSではその程度がより強くなります。
- 著しい口の渇き(口渇)
- 尿の量と回数が異常に増える(多尿)
- 全身の倦怠感や脱力感
- 原因不明の体重減少
特に高齢者の場合、これらの症状が加齢によるものだと見過ごされたり、認知機能の低下により症状をうまく伝えられなかったりすることがあります。
周囲の人が変化に気づくことが大切です。
初期症状と進行した症状
| 段階 | 主な症状 | 体の状態 |
|---|---|---|
| 初期 | 多飲、多尿、倦怠感 | 高血糖と軽度の脱水 |
| 進行期 | 意識レベルの低下、痙攣 | 著しい高血糖と重度の脱水 |
| 重篤期 | 昏睡、ショック | 極度の脱水、臓器不全 |
進行すると現れる神経症状
脱水と高浸透圧が脳に影響を及ぼすと、さまざまな神経症状が現れます。これらの症状は、脳卒中と間違われることもあります。
- 混乱、興奮、幻覚
- ろれつが回らない
- 体の片側の麻痺やしびれ
- 痙攣(けいれん)発作
意識の状態が徐々に悪化し、呼びかけに対する反応が鈍くなったり、最終的には昏睡状態に陥ったりすることもあります。これらの神経症状は、緊急治療を要する危険なサインです。
重度の脱水による身体的特徴
体から大量の水分が失われると、体に特徴的な変化が現れます。これらは重度の脱水を示しています。
脱水のサイン
| 部位 | 見られる変化 | 説明 |
|---|---|---|
| 皮膚 | 乾燥し、弾力がなくなる | 皮膚をつまんでも元に戻りにくい |
| 目 | くぼむ、涙が出ない | 眼球の水分が減少する |
| 口・舌 | 粘膜が乾燥し、ひび割れる | 唾液の分泌が極端に減少する |
その他にも、血圧の低下や頻脈(脈が速くなる)が見られます。立ち上がった際に強いめまいや立ちくらみ(起立性低血圧)が起こることも、脱水が進行している証拠です。
高浸透圧高血糖症候群(HHS)を引き起こす原因
HHSは、血糖値をコントロールする体の仕組みが破綻することで発症します。その背景には、インスリンの作用不足と、発症の引き金となる「誘因」が存在します。
インスリンの作用不足
HHSの根本的な原因は、インスリンの作用が不足することです。2型糖尿病では、インスリンの分泌量が減少したり、インスリンが効きにくくなったり(インスリン抵抗性)しています。
このような状態で、体に強いストレスがかかると、血糖値を上げるホルモン(コルチゾールやグルカゴンなど)が過剰に分泌され、インスリンの作用不足がさらに深刻化します。
その結果、肝臓での糖の産生が過剰になり、筋肉や脂肪組織での糖の利用が低下し、血糖値が急激に上昇します。
最も多い誘因は感染症
HHSの発症の引き金として最も多いのが、肺炎や尿路感染症などの感染症です。感染症にかかると、体はそれに対抗するためにストレスホルモンを分泌し、血糖値が上昇しやすくなります。
発熱による発汗や食欲不振は脱水を助長し、HHSのリスクをさらに高めます。
HHSの誘因となりやすい感染症
| 感染症の種類 | 主な症状 | 注意点 |
|---|---|---|
| 肺炎 | 発熱、咳、痰、呼吸困難 | 高齢者では典型的な症状が出にくいことも |
| 尿路感染症 | 頻尿、排尿時痛、発熱 | 特に女性や高齢者で多い |
| 皮膚感染症 | 皮膚の発赤、腫れ、痛み | 糖尿病による足の傷などが原因に |
その他の誘因となる疾患や薬剤
感染症以外にも、さまざまな要因がHHSの引き金となります。特に、心筋梗塞や脳卒中などの重大な病気は、体に極度のストレスを与え、HHSを誘発することがあります。
また、一部の薬剤は血糖値を上昇させたり、脱水を引き起こしたりすることで、HHSのリスクを高める可能性があります。
- 心筋梗塞、脳卒中
- 膵炎、消化管出血
- 手術や外傷
ステロイド薬や一部の利尿薬などは、血糖コントロールに影響を与えることが知られています。
糖尿病の治療を受けている方は、使用している薬について医師や薬剤師に確認しておくことが大切です。
HHSのリスクを高める可能性のある薬剤
| 薬剤の種類 | 作用 | 代表的な薬剤名 |
|---|---|---|
| ステロイド薬 | 血糖値を上昇させる | プレドニゾロンなど |
| 利尿薬(一部) | 脱水を引き起こす | サイアザイド系利尿薬など |
| 非定型抗精神病薬 | 血糖値を上昇させることがある | オランザピンなど |
水分摂取の不足
どのような誘因であっても、HHSの発症には水分摂取の不足が大きく関わっています。
高血糖による多尿で水分が失われているにもかかわらず、体の不調や意識レベルの低下によって十分に水分を補給できないと、脱水は急速に悪化し、HHSへと進行します。
特に、自力で水分を摂ることが難しい高齢者や寝たきりの方は、周囲のサポートが重要です。
HHSを発症しやすい人の特徴と危険因子
HHSは誰にでも起こるわけではありません。特定の条件や背景を持つ人が発症しやすい傾向にあります。ご自身が当てはまるかどうかを知ることで、早期の対策につなげることができます。
高齢の2型糖尿病患者
HHSを発症する人の多くは、60歳以上の2型糖尿病患者です。加齢に伴い、喉の渇きを感じる機能(口渇中枢)が鈍くなるため、脱水状態になっても自覚しにくい傾向があります。
また、腎臓の機能も低下していることが多く、高血糖の状態を補正する能力が弱まっています。複数の持病を抱えていたり、多くの薬を服用していたりすることも、HHSのリスクを高める一因です。
血糖コントロールが不十分な状態
日頃から血糖コントロールが良好でない人は、HHSの予備軍と言えます。
糖尿病の治療を自己判断で中断してしまったり、食事療法や運動療法がうまく実践できていなかったりすると、感染症などのわずかなきっかけで血糖値が急上昇し、HHSを発症しやすくなります。
定期的な受診と血糖測定を継続することが、リスク管理の基本です。
認知症や寝たきりの状態
認知症や脳梗塞の後遺症などにより、自ら症状を訴えたり、水分を摂取したりすることが困難な方は、HHSのリスクが非常に高くなります。
周囲の介護者が、日々の体調の変化(尿量、活気、食事摂取量など)に注意を払い、脱水の兆候を早期に察知することが重要です。訪問看護などの医療サービスを活用することも有効な手段です。
医療機関で行う検査と診断の流れ
HHSが疑われる場合、医療機関では迅速な検査と診断を行います。どのような検査が行われるのかを知っておくことで、落ち着いて受診できます。
問診と身体診察
まず、医師が症状の経過や既往歴、服用中の薬などについて詳しく聞き取ります(問診)。
いつから多飲や多尿が始まったか、意識の状態に変化はないか、最近体調を崩していなかったかなどの情報が診断の手がかりとなります。
続いて、脱水の程度を評価するために、皮膚の状態、血圧、脈拍などを確認する身体診察を行います。
血液検査と尿検査
HHSの確定診断には、血液検査が必須です。血糖値と血液の浸透圧を測定し、診断基準を満たしているかを確認します。
また、腎機能や電解質(ナトリウム、カリウムなど)のバランスも評価し、治療方針を決定します。
- 血糖値の測定
- 血清浸透圧の計算・測定
- 電解質、腎機能の評価
- ケトン体の測定
尿検査では、尿中の糖やケトン体の有無、尿路感染症の合併がないかなどを調べます。
HHSの診断基準(概要)
| 検査項目 | 基準値の目安 | 説明 |
|---|---|---|
| 血糖値 | 600mg/dL以上 | 極めて高い血糖状態 |
| 血清浸透圧 | 320mOsm/kg以上 | 血液が濃縮された状態 |
| 動脈血pH | 7.3以上 | 重篤なアシドーシスがないことを示す |
原因を特定するための追加検査
HHSの治療と並行して、その誘因となった原因を特定するための検査も行います。感染症が疑われる場合は、胸部X線検査や血液培養、尿培養検査などを実施します。
心筋梗塞や脳卒中が疑われる場合は、心電図検査や頭部CT検査などが必要になることもあります。原因を特定し、その治療を同時に行うことが、回復には重要です。
高浸透圧高血糖症候群(HHS)の治療方法
HHSの治療は、入院して集中的に行うことが原則です。治療の主な目的は、「脱水の補正」「電解質異常の是正」「高血糖の是正」の3つです。これらを慎重に進めていきます。
最優先される水分補給(輸液療法)
HHSの治療で最も重要かつ優先されるのが、失われた水分を点滴で補う「輸液療法」です。まずは生理食塩水などの輸液を大量に投与し、循環する血液量を安定させ、血圧を維持します。
脱水が補正されるだけでも、血糖値はある程度低下します。ただし、急激に水分を補給すると脳浮腫などの合併症を引き起こす危険があるため、体の状態を注意深く監視しながら、輸液の速度を調整します。
インスリン療法による血糖コントロール
輸液療法で循環動態が安定したら、次にインスリンの投与を開始して高血糖を是正します。インスリンもまた、急激に血糖値を下げすぎないように、少量から持続的に点滴で投与します。
血糖値が250~300mg/dL程度まで下がったら、ブドウ糖を含む輸液に切り替えて、低血糖になるのを防ぎながら治療を継続します。血糖値を下げるペースを適切に管理することが、安全な治療の鍵です。
電解質の補正
HHSでは、多尿によってカリウムなどの重要な電解質も体から失われています。
インスリン治療を開始すると、血液中のカリウムが細胞内に移動するため、血中のカリウム濃度がさらに低下する可能性があります。
低カリウム血症は不整脈などの原因となるため、血液検査でカリウム濃度を頻繁に確認し、必要に応じて点滴でカリウムを補充します。
誘因となった疾患の治療
HHSを引き起こした原因(感染症、心筋梗塞など)に対する治療も同時に行います。感染症があれば抗菌薬を投与し、心臓や脳の病気があれば、それぞれの専門的な治療を開始します。
根本的な原因を治療しなければ、HHSが再発する可能性があるため、この点も非常に重要です。
HHSを予防するために日常生活でできること
HHSは非常に危険な状態ですが、日頃の心がけでそのリスクを大幅に減らすことができます。特に糖尿病の診断を受けている方は、以下の点を意識して生活することが大切です。
良好な血糖コントロールの維持
HHS予防の基本は、日々の血糖コントロールを良好に保つことです。医師の指示に従って、食事療法、運動療法、薬物療法をきちんと継続しましょう。
血糖自己測定を行っている方は、定期的に血糖値をチェックし、記録する習慣をつけてください。血糖値が高い状態が続く場合は、自己判断で放置せず、かかりつけ医に相談することが重要です。
シックデイへの備え
シックデイとは、糖尿病の人が発熱、下痢、嘔吐、食欲不振などにより、体調を崩した日のことを指します。
シックデイには血糖値が乱れやすく、HHSのような急性合併症を引き起こすきっかけになりやすいです。
あらかじめ、シックデイの際の食事の摂り方や薬の調整方法、どのような場合に医療機関に連絡すべきかなどを、かかりつけ医と相談して決めておきましょう(シックデイルール)。
シックデイの対応ポイント
| 項目 | 具体的な行動 | 注意点 |
|---|---|---|
| 水分補給 | スポーツドリンクや経口補水液をこまめに摂る | 糖分の摂りすぎに注意 |
| 食事 | おかゆやうどんなど、消化の良い炭水化物を摂る | 絶食はなるべく避ける |
| 連絡 | 食事が全く摂れない、高熱が続く場合はすぐに連絡 | 事前に決めたルールに従う |
こまめな水分補給の習慣化
高齢になると喉の渇きを感じにくくなるため、意識的に水分を摂る習慣をつけることが大切です。時間を決めてコップ1杯の水を飲むなど、自分なりのルールを作ると良いでしょう。
特に夏場や暖房の効いた室内では、気づかないうちに脱水が進んでいることがあります。尿の色が濃くなったら、水分が不足しているサインです。
家族や周囲の人のサポート
高齢の糖尿病患者、特に認知症や寝たきりの方がいるご家庭では、家族や介護者のサポートが予防の鍵となります。
日頃から本人の様子をよく観察し、「いつもより元気がない」「食事をあまり食べない」「トイレの回数がおかしい」といった変化に早く気づくことが重要です。
体調が悪い時には、水分補給を促したり、かかりつけ医に連絡したりするなどの対応をお願いします。
高浸透圧高血糖症候群(HHS)に関するよくある質問
最後に、HHSに関して多くの方が疑問に思う点についてお答えします。
- QHHSが原因の多飲・多尿は、どのくらいの量から注意が必要ですか?
- A
明確に「1日に何リットル以上」という基準はありません。重要なのは、その人にとっての「普段との比較」です。
以前よりも明らかに飲む量やトイレの回数が増え、特に夜中に何度もトイレに起きるようになった場合は注意が必要です。
「水を飲んでもすぐに喉が渇く」「口の中が常に乾いてネバネバする」といった強い口渇感も重要なサインです。量だけでなく、症状の強さや持続期間に注目してください。
- QなぜHHSになると、あれほど喉が渇き、尿が増えるのですか?
- A
これは、体が高すぎる血糖値を下げようとする防御反応の結果です。血液中の糖分が一定の濃度を超えると、腎臓は糖を尿として排出し始めます。
このとき、糖は水分を強く引きつける性質があるため、尿と一緒に大量の水分も体外へ排出してしまいます(浸透圧利尿)。
その結果、体は深刻な脱水状態に陥り、それを補おうとして強烈な喉の渇き(口渇)を感じるのです。
つまり、「多尿が脱水を引き起こし、脱水が多飲を引き起こす」という悪循環に陥っています。
- Q高齢の家族が多飲多尿ですが、ただの老化現象や暑さのせいではないかと心配です。見分けるポイントはありますか?
- A
高齢になると頻尿になったり、夏場に水分摂取量が増えたりすることはありますが、HHSのサインを見分けるには他の症状と合わせてみることが大切です。
特に注意したいのは、意識状態の変化です。
「なんとなくぼーっとしている」「話が噛み合わない」「いつもより元気がない・ぐったりしている」といった様子が見られたら、単なる夏バテや老化現象ではない可能性があります。
また、皮膚の乾燥(つまんでも戻りが悪い)、極端な体重減少なども危険な兆候です。多飲多尿にこれらの症状が伴う場合は、速やかに医療機関に相談してください。
以上
