大量の水を飲まずにはいられない、喉の渇きが常に気になる。それは「心因性多飲症」かもしれません。

この症状は、精神的な要因が背景にあると考えられており、単に水分摂取を我慢するだけでは解決が難しいことが多いです。放置すると「水中毒」という命に関わる状態を引き起こす可能性もあります。

この記事では、心因性多飲症の治療に関心を持ち、詳しい情報を探している方に向けて、治療の基本的な考え方から具体的な方法、日常生活での工夫までを丁寧に解説します。

心因性多飲症の治療を始める前に

治療を開始するにあたり、まずはご自身の状態を正しく把握し、治療の方向性を定めることが大切です。焦らず、一つひとつの段階を確実に進めていきましょう。

まずは正確な診断から

「多飲多尿」という症状は、心因性多飲症だけでなく、他の病気が原因で起こることもあります。そのため、治療を始める前に、原因を特定するための鑑別診断がとても重要です。

主に、糖尿病や腎性尿崩症、中枢性尿崩症といった身体的な病気ではないことを確認する必要があります。

医師は問診や血液検査、尿検査、場合によっては水制限試験などを行い、総合的に診断を下します。

鑑別診断が必要な主な病気

病名主な特徴診断のポイント
糖尿病高血糖により喉が渇き、多飲・多尿となる。血糖値やHbA1cの測定。
中枢性尿崩症抗利尿ホルモンの分泌が不足し、腎臓で水分を再吸収できない。高張食塩水負荷試験や水制限試験。
腎性尿崩症抗利尿ホルモンは分泌されるが、腎臓が反応しない。血中の抗利尿ホルモン濃度測定。

治療の目標設定の重要性

心因性多飲症の治療は、単に水分摂取量を正常範囲に戻すことだけがゴールではありません。

なぜ水を多く飲んでしまうのか、その背景にある精神的なストレスや不安と向き合い、生活の質(QOL)を向上させることが真の目的です。

治療者と相談しながら、現実的で達成可能な目標を段階的に設定することが、治療を継続する上で大きな支えとなります。

治療目標の具体例

目標の種類具体例ポイント
短期目標1日の水分摂取量を500ml減らす。就寝前2時間は飲水しない。達成しやすく、成功体験を積み重ねられる目標。
中期目標水分摂取量を1日3リットル以下に安定させる。行動の習慣化を目指す。
長期目標不安を感じた時に水以外の対処法を実践できる。根本的な問題解決と再発予防。

治療における家族や周囲の関わり方

ご本人の努力はもちろんですが、ご家族や親しい友人の理解と協力は、治療を進める上で大きな力になります。

ただし、過度な干渉や監視は、かえってご本人のストレスを増大させる可能性があります。

「水を飲むな」と頭ごなしに叱るのではなく、本人が感じているつらさに耳を傾け、治療に前向きに取り組めるような環境を整えることが大切です。

専門家と連携し、適切な関わり方を学ぶことも有効です。

治療の基本的な考え方

心因性多飲症の治療は、一つの方法だけで完結するものではなく、複数のアプローチを組み合わせながら、総合的に進めていきます。

水分摂取量の管理

治療の基本は、過剰な水分摂取をコントロールすることです。しかし、急激に水分を断つと、強い離脱症状や身体的な危険を伴うことがあります。

そのため、医師の指導のもと、計画的に水分量を減らしていくことが必要です。自己判断での極端な水分制限は絶対に避けてください。

水分摂取管理の主な方法

管理方法内容注意点
自己モニタリング飲んだ量と時間を記録し、自身の飲水パターンを把握する。客観的なデータが治療の助けになる。
時間制限飲水法決められた時間に決められた量だけ飲むようにする。医師や専門家との相談のもとで計画する。
代替行動の導入飲みたい衝動を感じた時に、別の行動(散歩、趣味など)をとる。衝動を紛らわす方法を事前に決めておく。

根本的な精神的問題へのアプローチ

多飲行動の背景には、多くの場合、孤独感、不安、ストレス、統合失調症などの精神的な問題が存在します。

水分摂取行動のコントロールと並行して、これらの根本的な原因に目を向け、心理的なサポートを受けることが治療の核となります。

カウンセリングなどを通じて、自分が何に悩み、どうして水を飲むことで安心感を得ようとするのかを理解していく作業が重要です。

身体的な合併症への対応

長期間の多飲は、体に様々な影響を及ぼします。特に注意が必要なのが「低ナトリウム血症(水中毒)」です。

体内のナトリウム濃度が異常に低下し、倦怠感や頭痛、吐き気から、重篤な場合は意識障害や痙攣を引き起こし、命に関わることもあります。

治療中は定期的に血液検査を行い、電解質バランスを注意深く監視します。

水中毒の主な初期症状

  • 全身の倦怠感
  • 頭痛やめまい
  • 吐き気や嘔吐
  • 食欲不振

多職種連携によるサポート

心因性多飲症の治療は、精神科医だけでなく、看護師、臨床心理士、作業療法士、精神保健福祉士など、様々な専門家がチームとなって関わることが理想的です。

それぞれの専門性を活かし、医学的管理、心理的サポート、生活環境の調整など、多角的な視点からご本人を支える体制を築きます。

主な治療法① 行動療法

行動療法は、問題となる行動(この場合は多飲)を具体的なターゲットとし、その行動パターンを修正していくことを目的とした心理療法の一種です。

行動療法とは何か

行動療法では、「多飲行動は、何らかのきっかけ(ストレスなど)によって引き起こされ、水を飲むことによる一時的な安心感によって維持・強化されている」と考えます。

そこで、この「きっかけ→行動→結果」の連鎖を断ち切り、より健康的な行動パターンを再学習することを目指します。

ご自身の行動を客観的に見つめ直し、具体的な対処スキルを身につける実践的なアプローチです。

具体的な手法

行動療法では、いくつかの手法を組み合わせて用いることが一般的です。ご本人の状態や生活スタイルに合わせて、治療者と一緒に計画を立てていきます。

行動療法の主な手法

手法目的具体的な内容
自己モニタリング飲水行動のパターンを把握する。いつ、どこで、どのくらい飲んだか、その時の気分などを記録する。
刺激制御法多飲につながる刺激を環境から減らす。大きな水筒を持ち歩かない、目のつく場所にペットボトルを置かないなど。
反応妨害法飲みたい衝動が起きてもすぐには飲まない練習をする。時間を少しずつ延長していくことで、衝動を乗り越える力をつける。

行動療法の利点と注意点

行動療法の利点は、具体的な目標に向かって進むため、効果が目に見えやすく、ご本人が達成感を得やすい点です。また、身につけたスキルは再発予防にもつながります。

一方で、ご本人の主体的な取り組みが求められるため、モチベーションの維持が重要になります。

時にはうまくいかないこともありますが、それを失敗と捉えず、治療者と一緒に原因を考え、次の対策を立てていく姿勢が大切です。

主な治療法② 薬物療法

心因性多飲症そのものに特効薬はありませんが、背景にある精神疾患の治療や、症状のコントロールを目的として薬物療法を行うことがあります。

薬物療法の位置づけ

薬物療法は、あくまで治療の補助的な役割を担います。

特に、背景に統合失調症やうつ病、不安障害などがある場合、それらの精神症状を安定させることが、結果的に多飲行動の改善につながることが期待されます。

薬の使用については、期待できる効果と副作用のリスクを十分に比較検討し、医師とよく相談した上で決定します。

使用を検討する薬剤の種類

使用する薬剤は、背景にある精神疾患の種類や症状の程度によって異なります。

例えば、統合失調症が背景にある場合は抗精神病薬が、強い不安や抑うつが原因の場合は抗うつ薬や抗不安薬が選択されることがあります。

心因性多飲症で検討される薬剤の例

薬剤の種類期待される作用主な注意点
非定型抗精神病薬統合失調症の症状改善、衝動性の緩和。薬剤によっては口渇の副作用があり、慎重な選択が必要。
抗うつ薬(SSRIなど)不安や抑うつ気分の改善、強迫的な飲水行動の緩和。効果発現までに時間がかかることがある。
気分安定薬衝動性のコントロール。定期的な血中濃度の測定が必要な場合がある。

薬物療法の効果と副作用

薬物療法によって精神状態が安定し、多飲の衝動が和らぐことがあります。しかし、薬には副作用が伴うことも理解しておく必要があります。

特に、副作用として「口渇(口の渇き)」が現れる薬剤は、かえって飲水量を増やしてしまう可能性があるため、注意深い観察と薬剤調整が必要です。

何か気になる症状が現れた場合は、自己判断で服薬を中止せず、必ず主治医に相談してください。

主な治療法③ 精神療法(心理療法)

精神療法は、対話を通じてご自身の内面と向き合い、問題の根本的な解決を目指す治療法です。行動療法と並行して行われることも多くあります。

精神療法が有効な場合

多飲行動が、過去のつらい体験や対人関係のストレス、自己肯定感の低さなど、深い心理的な問題と結びついている場合に特に有効です。

水を飲むという行為が、自分にとってどのような意味を持っているのかを探求し、より健康的な心の持ち方や問題への対処法を身につけていきます。

認知行動療法(CBT)の役割

認知行動療法は、精神療法の中でも特に有効性が示されているアプローチの一つです。これは、人の気分や行動が、物事の「認知(受け取り方や考え方)」に影響されるという考えに基づきます。

例えば、「少しでも喉が渇いたら、すぐに脱水症状になる」という極端な考え(認知のゆがみ)が多飲につながっている場合、その考えが本当に現実的なのかを検証し、より柔軟でバランスの取れた考え方ができるようにサポートします。

このプロセスを通じて、不適切な行動(多飲)を修正していきます。

その他の心理的アプローチ

認知行動療法の他にも、ご本人の状態に応じて様々なアプローチが用いられます。

支持的精神療法では、治療者が共感的に話を聞き、ご本人を精神的に支えることで安心感を与え、自己肯定感を高める手助けをします。

また、対人関係に問題を抱えている場合には、対人関係療法が有効なこともあります。どの治療法が適しているかは、専門家と相談しながら決めていきます。

入院治療という選択肢

多くは外来で治療を行いますが、症状が重い場合や、在宅での管理が困難な場合には、入院治療を選択することがあります。

入院が必要になるケース

入院治療は、特に水中毒のリスクが高い場合に検討されます。ご本人の安全を確保し、集中的な治療を行うことが目的です。

自己判断で水分コントロールが全くできない場合や、重度の低ナトリウム血症を起こしている場合、あるいは精神症状が著しく不安定な場合などが該当します。

入院治療を検討する主な基準

項目基準の例理由
血清ナトリウム値125 mEq/L未満など、著しい低値を示す場合。痙攣や意識障害など、生命の危険があるため。
精神症状幻覚や妄想が活発で、現実検討能力が著しく低下している。安全な環境での保護と集中的な精神科治療が必要なため。
自己管理能力飲水コントロールの試みが全くうまくいかず、悪化傾向にある。管理された環境で行動変容を促すため。

入院中の治療プログラム

入院中は、24時間管理された環境下で、安全に水分制限を行います。体重や血液データを頻繁にチェックしながら、個別の状態に合わせた水分摂取量を設定します。

並行して、薬物療法の調整や、個人・集団での精神療法、作業療法などを集中的に行い、退院後の生活に向けた準備を整えます。

規則正しい生活リズムを取り戻すことも、入院治療の重要な目的の一つです。

退院後のフォローアップ

退院は治療の終わりではありません。退院後も定期的に外来通院を続け、安定した状態を維持できているかを確認します。

入院中に身につけたセルフコントロールの技術を、実際の生活の中で実践していくことが大切です。もし状態が不安定になった場合でも、早期に対応できるよう、継続的なサポート体制を維持します。

日常生活でできること(セルフケア)

専門的な治療と並行して、ご自身で日常生活の中で取り組める工夫も、回復を後押しします。

水分摂取の記録と工夫

まずは、自分が1日にどれくらい水分を摂っているか、客観的に把握することから始めましょう。

計量カップ付きのボトルを使ったり、飲んだ量をノートに記録したり(自己モニタリング)するだけでも、意識が変わり、行動変容の第一歩になります。

また、喉の渇きを感じた時の工夫も有効です。

喉の渇きを紛らわす工夫の例

工夫具体例ポイント
冷たい刺激氷をなめる、冷たいおしぼりで口元を拭く。少量の水分で満足感を得やすい。
味覚の利用シュガーレスのガムや飴を口にする。唾液の分泌を促し、口の中の渇きを和らげる。
保湿リップクリームを塗る、加湿器を使う。唇や空気の乾燥による渇き感を軽減する。

ストレスとの付き合い方

ストレスや不安が引き金となって多飲につながることが多いため、自分なりのストレス対処法を見つけることが重要です。

何が自分のストレスになっているのかを振り返り、それを解消するための時間を作りましょう。

ストレス対処法の例

  • 軽い運動(ウォーキング、ヨガなど)
  • 趣味や好きなことに没頭する時間を作る
  • リラックスできる音楽を聴く
  • 信頼できる人に話を聞いてもらう

代替行動を見つける

「水を飲みたい」という強い衝動に駆られたときに、その代わりとなる行動(代替行動)をあらかじめ決めておくと、衝動を乗り切りやすくなります。

例えば、「水を飲みたくなったら、まず5分間ベランダで深呼吸する」「友人に電話をかける」など、自分にとって実行しやすく、気分転換になるような行動を見つけましょう。

これを繰り返すことで、飲水以外の方法で安心感を得る経験を積み重ねていきます。

心因性多飲症の治療に関するよくある質問

最後に、治療を検討する際に多くの方が抱く疑問についてお答えします。

Q
どの診療科を受診すればよいですか?
A

心因性多飲症は精神的な要因が関わっているため、基本的には精神科や心療内科が専門となります。しかし、まずは身体的な病気との鑑別のために、かかりつけの内科や、多尿を専門とする内分泌内科、腎臓内科に相談することも一つの方法です。そこで身体的な異常がないと判断された場合に、精神科を紹介してもらうという流れもスムーズです。

診療科ごとの主な役割

診療科主な役割
精神科・心療内科根本的な精神的問題へのアプローチ、心理療法、薬物療法。
内分泌内科・腎臓内科糖尿病や尿崩症など、身体疾患との鑑別診断。
Q
治療期間はどのくらいかかりますか?
A

治療期間は、ご本人の症状の重さや背景にある問題、治療への取り組み方などによって大きく異なるため、一概には言えません。

数ヶ月で改善が見られる場合もあれば、数年単位でじっくりと取り組む必要がある場合もあります。大切なのは、期間にこだわりすぎず、自分のペースで着実に回復を目指すことです。

Q
完治はしますか?
A

「完治」という言葉の定義は難しいですが、過剰な飲水行動をコントロールし、背景にある精神的な問題と上手く付き合いながら、安定した日常生活を送ることは十分に可能です。

治療の目標は、症状に振り回されることなく、自分らしい生活を取り戻すことです。

ストレスなどがきっかけで一時的に症状がぶり返すこともありますが、治療で身につけた対処法を活かして乗り越えていくことができます。

Q
治療費はどのくらいかかりますか?
A

治療費は、通院頻度、検査内容、処方される薬の種類、入院の有無などによって変動します。日本の医療保険制度が適用されるため、自己負担は通常1割から3割です。

さらに、精神科の治療には、医療費の自己負担額を軽減する「自立支援医療(精神通院医療)」という制度を利用できる場合があります。

この制度を利用すると、自己負担が原則1割に軽減されます。詳しい手続きについては、お住まいの市区町村の担当窓口や、通院先の医療機関のソーシャルワーカーなどにご相談ください。

以上

参考にした論文

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