感染症の一種である細菌性赤痢は、赤痢菌(せきりきん)という特定の細菌が引き起こす腸管感染症です。
主に汚染された水や食べ物を介して感染し、激しい腹痛、血便、発熱などの症状が現れます。
この疾患は世界中で発生していますが、衛生環境が整っていない地域でより多く見られます。
細菌性赤痢は非常に感染力が強いため、適切な予防策を講じないと集団感染のリスクがあります。
そのため、手洗いなどの基本的な衛生管理が感染予防に重要な役割を果たします。
細菌性赤痢の主症状
細菌性赤痢は深刻な腸管感染症であり、様々な症状を起こします。本記事では、主な症状について詳しく解説します。
急性の下痢
細菌性赤痢の最も顕著な症状は急性の下痢です。通常、発症後24〜48時間以内に始まり、頻繁に水様性の便を排泄するようになります。
初期段階では、大量の水分を含んだ緑がかった黄色い便が特徴的で、その頻度は1日に10回以上に及びます。
下痢の特徴 | 詳細 |
色 | 緑がかった黄色 |
性状 | 水様性 |
頻度 | 1日10回以上 |
血便と粘液便
急性期が進行すると、便に血液や粘液が混じるようになります。これは赤痢菌が腸管粘膜を傷つけ、炎症を起こすためです。血便は鮮やかな赤色から暗赤色まで様々で、便の中に筋状に混ざることが多いです。
粘液は白色または透明で、便に付着しているのが特徴的です。2009年に発表されたインドの研究では、細菌性赤痢患者の約80%で血便が確認されたとの報告があります。
腹部症状
激しい腹痛は細菌性赤痢の主要な症状の一つです。痛みは主に下腹部に集中し、間欠的にあるいは持続的に生じます。多くの患者様が「刺すような」または「けいれんするような」痛みと表現します。
腹痛に加えて、腹部膨満感、吐き気、嘔吐、食欲不振などの症状も現れます。
腹部症状 | 特徴 |
腹痛 | 下腹部に集中、激しい |
腹部膨満感 | 腹部が張った感覚 |
嘔吐 | 胃の内容物を吐き出す |
全身症状
細菌性赤痢は腸管だけでなく全身に影響を及ぼします。発熱は最も一般的な全身症状の一つで、38〜40度の高熱が続きます。体温の上昇に伴い、悪寒や戦慄を感じる方も少なくありません。
その他の全身症状には、倦怠感(だるさ)、頭痛、筋肉痛、めまいなどがあります。
全身症状 | 詳細 |
発熱 | 38〜40度の高熱 |
倦怠感 | 全身のだるさ |
頭痛 | 頭部の痛み |
脱水症状
頻回の下痢や嘔吐により体内の水分が急速に失われるため、脱水症状を呈します。脱水が進行すると、口渇(のどの渇き)が初期症状として現れやすく、多くの患者様が経験します。
尿量の減少や濃い色の尿も脱水の兆候として重要です。重度の脱水では、皮膚の弾力性が低下し、眼窩が落ち込むなどの身体的変化が生じます。
原因
細菌性赤痢は特定の細菌によって起こる深刻な感染症です。本記事では、細菌性赤痢の主な原因とリスク要因について詳しく解説いたします。
病原体:赤痢菌
細菌性赤痢の直接的な原因は、赤痢菌(せきりきん)という細菌の感染です。赤痢菌は主に4種類の菌種に分類され、それぞれ異なる特徴を持っています。
志賀菌は最も病原性が強く、ソンネ菌は先進国で多く見られます。一方、フレキシネル菌は発展途上国に多く、ボイディ菌は稀ですが重症化しやすいという特徴があります。
菌種 | 特徴 |
志賀菌 | 最も病原性が強い |
ソンネ菌 | 先進国で多く見られる |
フレキシネル菌 | 発展途上国に多い |
ボイディ菌 | 稀だが重症化しやすい |
これらの赤痢菌は人間の腸管内で増殖し、炎症を起こすことで細菌性赤痢を発症させます。赤痢菌の種類によって、症状の程度や地域的な分布が異なるため、適切な診断と治療が重要となります。
感染経路:経口感染
細菌性赤痢の主な感染経路は経口感染です。赤痢菌に汚染された食品や水を摂取することで感染します。
具体的には、汚染された水を直接飲む、汚染された水で洗浄した野菜や果物を生で食べる、赤痢菌に感染した人が調理した食品を食べるなどの経路が考えられます。
特に衛生管理が不十分な地域では、水源の汚染が大きな問題となっています。安全な水の確保と適切な食品管理が、感染予防において非常に重要です。
環境要因:衛生状態と気候
細菌性赤痢の発生には環境要因が大きく関わっています。衛生設備が整っていない地域や下水処理が不十分な場所では、赤痢菌が広がりやすい環境が形成されます。
不衛生な水は直接的な感染源となり、不適切な下水処理は菌の拡散を促進します。
環境要因 | 影響 |
不衛生な水 | 直接的な感染源となる |
不適切な下水処理 | 菌の拡散を促進する |
高温多湿な気候 | 細菌の増殖を助長する |
また、気候も細菌性赤痢の発生に影響を与えます。高温多湿な環境は赤痢菌の増殖に適しており、熱帯や亜熱帯地域で発生率が高くなる傾向があります。
気候変動による気温上昇や降水パターンの変化が、将来的に細菌性赤痢の発生動向に影響を与える可能性も指摘されています。
ヒトからヒトへの感染
細菌性赤痢は感染者から健康な人へ直接伝播します。これは主に、感染者の糞便が付着した手指を介して、感染者が調理した食品を通じて、または感染者との密接な接触により起こります。
特に乳幼児や高齢者、免疫機能が低下している人は感染のリスクが高くなります。乳幼児は免疫系が未発達であり、高齢者は免疫機能の低下が見られます。また、免疫不全者は感染に対する抵抗力が弱いため、特に注意が必要です。
リスク集団 | 理由 |
乳幼児 | 免疫系が未発達 |
高齢者 | 免疫機能の低下 |
免疫不全者 | 感染に対する抵抗力が弱い |
これらのハイリスク群に属する方々は、より慎重な衛生管理と感染予防策を講じる必要があります。
社会経済的要因
細菌性赤痢の発生には社会経済的な要因も関与しています。貧困地域や教育水準の低い地域では、適切な衛生管理の知識や実践が不足しがちです。
このような環境下では、安全な水へのアクセスの欠如、不適切な手洗い習慣、不衛生な食品管理などの問題が生じやすくなります。
これらの要因が重なり合うことで、細菌性赤痢の感染リスクが高まります。社会経済的な状況の改善と衛生教育の普及が、長期的な感染予防において重要な役割を果たします。
社会経済的要因 | 影響 |
貧困 | 衛生設備へのアクセス不足 |
低い教育水準 | 衛生知識の不足 |
インフラ未整備 | 安全な水の供給不足 |
細菌性赤痢の原因を理解することは予防において重要です。適切な衛生管理や安全な水の確保、そして感染リスクの高い状況を避けることが感染予防の鍵となります。
特に発展途上国や衛生環境の整っていない地域を訪れる際には細心の注意を払います。
診察と診断細菌性赤痢の診察と診断
初期診察と問診
医師は患者様の症状や経過を丁寧に聴取し、感染の可能性を慎重に評価します。問診では、症状の発症時期と経過、渡航歴や食事歴、周囲の人の同様の症状の有無などの項目に焦点を当てます。
これらの情報は診断の重要な手がかりとなり、医師が適切な検査計画を立てる上で不可欠な要素となります。
例えば、海外渡航歴がある場合は、その地域特有の病原体を考慮に入れた検査を行うなど、より的確な診断アプローチにつながります。
身体診察
問診に続いて、医師は綿密な身体診察を行います。主に以下のような項目を注意深くチェックします。
診察項目 | 確認内容 |
体温測定 | 発熱の有無とその程度 |
腹部触診 | 圧痛や腫瘤の存在、その位置や範囲 |
皮膚の観察 | 脱水症状の程度とその特徴 |
特に腹部の診察では、痛みの場所や程度を慎重に評価し、腸管の状態や他の腹腔内臓器への影響を推測します。また、皮膚のターゴール(弾力性)を確認することで、脱水の程度を判断することも重要です。
検便検査
細菌性赤痢の確定診断には、検便検査が必須となります。採取された便検体は、以下のような一連の検査に供されます。
検査方法 | 目的と特徴 |
顕微鏡検査 | 赤血球や白血球の有無と量を確認し、炎症の程度を評価 |
培養検査 | 赤痢菌を特殊な培地で培養し、菌種を同定 |
PCR検査 | 赤痢菌の特異的な遺伝子を検出し、高感度かつ迅速に診断 |
これらの検査を組み合わせることで、高い精度で赤痢菌を検出し、さらに菌種の同定まで行うことが可能となります。特にPCR検査は、少量の菌でも検出できる高感度な方法として注目されています。
血液検査
血液検査は患者様の全身状態を評価する上で貴重な情報を提供します。主に以下の項目が詳細にチェックされます。
- 白血球数:感染の程度や体の防御反応を反映します。通常、細菌感染では増加します。
- CRP値(C反応性蛋白):炎症の程度を示す指標で、値が高いほど強い炎症を示唆します。
- 電解質バランス:ナトリウムやカリウムなどの濃度を測定し、脱水の程度や種類を評価します。
これらの値から、感染の重症度や合併症のリスクを総合的に判断し、適切な治療方針の決定に役立てます。
画像診断
重症例や合併症が疑われる場合には、様々な画像診断技術が駆使されます。
検査方法 | 主な目的と利点 |
腹部X線 | 腸管拡張や腸管ガス像の確認、迅速かつ簡便 |
腹部CT | 腸管壁肥厚や膿瘍の詳細な検出、高解像度で全体像を把握 |
腹部エコー | 腹水の有無や量の確認、被曝なしでリアルタイム観察可能 |
これらの検査により、腸管の状態や周囲臓器への影響を詳細に評価できるだけでなく、合併症の早期発見にも寄与します。特にCTスキャンは、腸管穿孔や腹腔内膿瘍などの重篤な合併症の診断に優れています。
鑑別診断
症状が類似する他の疾患との区別も、適切な治療を行う上で極めて重要です。医師は以下のような疾患も考慮しながら、慎重に診断を進めます。
- 細菌性食中毒:サルモネラやカンピロバクターなどによる感染症
- ウイルス性胃腸炎:ノロウイルスやロタウイルスによる急性感染症
- 炎症性腸疾患:潰瘍性大腸炎やクローン病などの慢性炎症性疾患
鑑別診断を的確に行うことで、不必要な抗菌薬投与を避け、それぞれの疾患に最適な治療方針を決定することが可能となります。
画像所見細菌性赤痢の画像所見
腹部X線検査
腹部X線検査は、簡便かつ迅速に実施できる基本的な画像検査として広く用いられています。細菌性赤痢では、腸管ガス像の増加、腸管壁の肥厚、腸管拡張像などの特徴的な所見が観察されます。
これらの所見は、炎症による腸管機能の変化を如実に反映しており、診断の一助となります。例えば、ガス像の増加は腸管運動の低下を示唆し、壁肥厚は粘膜の浮腫を表します。
所見 | 意味 |
ガス像増加 | 腸管運動の低下 |
壁肥厚 | 粘膜の浮腫 |
拡張像 | 腸閉塞の可能性 |
しかしながら、腹部X線検査のみで確定診断を下すことは困難であり、他の検査結果と併せて総合的に判断することが不可欠です。
腹部CT検査
腹部CT検査は、細菌性赤痢の詳細な病態評価に非常に有用な手法です。
高解像度の断層画像により、腸管壁の肥厚と造影効果の増強、腸間膜の脂肪織濃度上昇、腹水貯留などの微細な変化を捉えることが可能です。
これらの所見は、炎症の程度や範囲を正確に把握するのに役立ち、治療方針の決定に大きく寄与します。例えば、壁肥厚の程度は炎症の深さを、脂肪織濃度の上昇は炎症の周囲組織への波及を示唆します。
CT所見 | 臨床的意義 |
壁肥厚 | 炎症の程度 |
脂肪織濃度上昇 | 炎症の波及 |
腹水 | 重症度の指標 |
さらに、CT検査は腸管穿孔や膿瘍形成などの重大な合併症の評価にも威力を発揮し、迅速な治療介入の判断材料となります。
超音波検査
超音波検査は、被曝のリスクがなく繰り返し実施できる利点を持ち、特に小児や妊婦の方々にとって有用性が高い検査法です。
細菌性赤痢では、腸管壁の肥厚と層構造の乱れ、腸管周囲の液体貯留、腸管蠕動の低下などの所見がリアルタイムで観察可能です。
これらの動的な変化を捉えられることが、超音波検査の大きな特徴と言えるでしょう。例えば、腸管蠕動の様子を直接観察することで、腸管機能の障害の程度を評価できます。
超音波所見 | 解釈 |
壁肥厚 | 粘膜浮腫の程度 |
液体貯留 | 炎症の波及範囲 |
蠕動低下 | 腸管機能障害 |
超音波検査は、ベッドサイドでも実施可能であり、患者さんの負担が少ない点も大きな利点となっています。
MRI検査
MRI検査は、放射線被曝なしに詳細な画像情報を得られる優れた手法です。
細菌性赤痢のMRI所見としては、T2強調画像での腸管壁の高信号、拡散強調画像での腸管壁の高信号、ダイナミック造影での早期濃染などが挙げられます。
これらの所見は、腸管の炎症や浮腫を鋭敏に捉えており、病態の詳細な評価を可能にします。MRIの特徴である軟部組織のコントラスト分解能の高さは、腸管壁の微細な変化の観察に非常に適しています。
MRI所見 | 病態との関連 |
T2高信号 | 粘膜浮腫 |
拡散制限 | 細胞密度上昇 |
早期濃染 | 炎症性充血 |
MRI検査は、特に若年患者や長期的な経過観察が必要な場合に、被曝の観点から選択されることが多くなっています。
内視鏡検査
内視鏡検査は、直接的に腸管粘膜を観察できる唯一の検査法であり、細菌性赤痢の診断において極めて重要な役割を果たします。
特徴的な所見としては、粘膜の発赤やびらん、偽膜形成、出血性病変などが挙げられます。
これらの所見は、病変の範囲や程度を直接的かつ詳細に評価することを可能にし、他の画像検査では得られない貴重な情報をもたらします。
さらに、内視鏡検査では同時に生検を行うことができ、病理学的診断にも大きく寄与します。
治療方法と薬、治癒までの期間
抗菌薬治療
細菌性赤痢の主な治療法は、抗菌薬の投与です。
一般的に使用される抗菌薬には、シプロフロキサシン、アジスロマイシン、セフトリアキソンなどがあり、これらは赤痢菌に対して高い効果を示します。
抗菌薬の選択は、感染している赤痢菌の種類や薬剤感受性に基づいて慎重に行われます。医師は患者さんの年齢、症状の重症度、さらには地域の薬剤耐性パターンなども考慮に入れ、最適な抗菌薬を選択します。
抗菌薬 | 投与経路 | 特徴 |
シプロフロキサシン | 経口 | 広範囲の細菌に効果 |
アジスロマイシン | 経口 | 服用回数が少ない |
セフトリアキソン | 注射 | 重症例に使用 |
補液療法
下痢による脱水を防ぐため、補液療法が極めて重要です。補液の方法は症状の程度により異なり、軽度から中等度の脱水では経口補水液の摂取、重度の脱水では静脈内輸液が選択されます。
経口補水液には、ナトリウム、ブドウ糖、カリウムなどの成分が含まれており、これらが電解質バランスの維持やエネルギー補給に寄与します。適切な補液により、脱水症状の改善と全身状態の安定化が図れます。
脱水の程度 | 補液方法 | 利点 |
軽度〜中等度 | 経口補水液 | 自宅でも可能 |
重度 | 静脈内輸液 | 迅速な水分補給 |
対症療法
患者さんの苦痛を軽減するため、対症療法も併せて行われます。主な対症療法には、制吐薬による吐き気や嘔吐の軽減、鎮痛薬による腹痛の緩和、整腸剤による腸内環境の改善などがあります。
これらの薬剤は症状に応じて適宜使用され、患者さんのQOL(生活の質)向上に大きく寄与します。医師は症状の変化を注意深く観察しながら、適切なタイミングで薬剤の調整を行います。
症状 | 対症療法 | 期待される効果 |
吐き気・嘔吐 | 制吐薬 | 消化器症状の軽減 |
腹痛 | 鎮痛薬 | 疼痛緩和 |
腸内環境悪化 | 整腸剤 | 腸内細菌叢の改善 |
食事療法
回復期には適切な食事管理が大切です。急激な食事の再開は症状を悪化させる可能性があるため、段階的な食事の再開が推奨されます。
具体的には、清澄液(お茶、ぶどう糖水など)から始め、徐々に流動食(スープ、ゼリーなど)、半固形食(おかゆなど)を経て常食へと移行していきます。
この過程では、患者さんの消化器症状や全身状態を慎重に観察しながら、個々の回復状況に合わせて食事内容を調整していきます。
食事の段階 | 具体例 | 注意点 |
清澄液 | お茶、ぶどう糖水 | 少量から開始 |
流動食 | スープ、ゼリー | 消化の良いものを選択 |
半固形食 | おかゆ、豆腐 | 腹部症状に注意 |
常食 | 通常の食事 | 徐々に量を増やす |
治癒までの期間
治療開始から症状改善までの期間は、患者さんの状態や治療への反応によって異なります。一般的な経過としては、抗菌薬投与開始後24〜48時間で症状改善が見られ、5〜7日程度で下痢症状が消失します。
2018年にインドで行われた研究では、適切な抗菌薬治療により92%の患者が7日以内に臨床的治癒に至ったと報告されています。この結果は、早期診断と適切な治療の重要性を示すものと言えるでしょう。
ただし、完全な回復には2〜3週間程度要する場合もあります。治療中は医療機関の指示に従い、服薬や食事管理を継続することが極めて重要です。
早期に治療を開始し適切な管理を行うことで、合併症のリスクを低減し、早期の回復につながります。
期間 | 臨床経過 | 留意点 |
24〜48時間 | 症状改善開始 | 水分補給を継続 |
5〜7日 | 下痢症状消失 | 食事の段階的再開 |
7〜10日 | 臨床的治癒 | 日常生活への復帰 |
2〜3週間 | 完全回復 | 再発に注意 |
細菌性赤痢は適切な治療と管理により、多くの場合良好な経過をたどります。しかし、高齢者や基礎疾患を持つ方、また小児では重症化のリスクが高いため、より慎重な管理が必要となります。
細菌性赤痢治療の影の側面:副作用とリスクを知る
細菌性赤痢の治療は多くの場合効果的ですが、副作用やリスクも伴います。
抗菌薬による副作用
抗菌薬治療は細菌性赤痢に不可欠ですが、様々な副作用を起こします。主な副作用として、消化器症状(吐き気、下痢、腹痛)、アレルギー反応(発疹、かゆみ)、抗菌薬関連下痢症などが挙げられます。
これらの副作用は患者さんの生活の質を著しく低下させる要因となり、時として治療の中断を余儀なくされるケースもあります。
抗菌薬 | 主な副作用 | 発現頻度 |
シプロフロキサシン | 腱障害、光線過敏症 | 1-10% |
アジスロマイシン | 肝機能障害、QT延長 | 0.1-1% |
セフトリアキソン | 胆石形成、血液凝固異常 | 0.01-0.1% |
副作用の発現頻度や重症度は、年齢、既往歴、併用薬などの要因によって大きく変動します。そのため、治療開始前の詳細な問診と、治療中の綿密な経過観察が極めて重要となります。
耐性菌の出現
抗菌薬の使用は耐性菌の出現リスクを高めます。
耐性菌出現のメカニズムには、突然変異による耐性遺伝子の獲得、プラスミド(細菌の染色体外遺伝因子)を介した耐性遺伝子の水平伝播、薬剤排出ポンプの過剰発現などがあります。
耐性菌の蔓延は、将来の治療オプションを著しく制限する恐れがあり、公衆衛生上の重大な脅威となっています。特に、多剤耐性菌の出現は、治療の選択肢を極端に狭め、患者さんの予後に深刻な影響を及ぼします。
耐性菌の種類 | 特徴 | 臨床的影響 |
ESBL産生菌 | セファロスポリン系に耐性 | 広域抗菌薬の無効化 |
キノロン耐性菌 | フルオロキノロン系に耐性 | 経口治療選択肢の減少 |
多剤耐性菌 | 複数の抗菌薬に耐性 | 治療の難渋化 |
耐性菌対策は、個々の医療機関の取り組みだけでなく、国際的な協調が不可欠な課題となっています。
腸内細菌叢の乱れ
抗菌薬治療は腸内細菌叢のバランスを崩します。腸内細菌叢の乱れは、二次感染(カンジダ症など)、栄養吸収障害、免疫機能の低下など、様々な問題を起こします。
これらの影響は治療後も長期にわたって持続し、患者さんの健康状態に深刻な影響を与えることがあります。
腸内細菌叢の変化 | 潜在的な影響 | 回復期間 |
善玉菌の減少 | 腸管免疫の低下 | 数週間〜数ヶ月 |
悪玉菌の増加 | 腸管透過性亢進 | 1〜3ヶ月 |
多様性の低下 | 代謝機能の変化 | 3〜6ヶ月以上 |
腸内細菌叢の回復には個人差が大きく、完全な回復まで数ヶ月を要するケースも珍しくありません。このため、抗菌薬治療後の腸内環境のケアが、患者さんの長期的な健康維持において極めて重要となります。
脱水のリスク
細菌性赤痢治療中の下痢に伴う脱水は、特に小児や高齢者において深刻な問題となります。脱水が進行すると、電解質異常、腎機能障害、循環不全などの重篤な合併症のリスクが高まります。
さらに、適切な水分補給が行われないと、抗菌薬の体内動態が変化し、治療効果が減弱する恐れもあります。
脱水の程度 | 主な症状 | 必要な対応 |
軽度 | 口渇、尿量減少 | 経口補水 |
中等度 | 皮膚弾力低下、頻脈 | 積極的な水分摂取 |
重度 | 意識障害、ショック | 入院による輸液 |
脱水の予防と適切な管理は、治療成功の鍵となるだけでなく、患者さんの生命予後にも直結する重要な要素です。
医療従事者は、患者さんの脱水状態を継続的に評価し、適切な水分・電解質補給を行うことが求められます。
薬剤相互作用
細菌性赤痢の治療に使用される薬剤は、他の薬剤と相互作用を起こします。主な相互作用として、抗凝固薬との併用による出血リスクの上昇、制酸薬との併用による抗菌薬の吸収低下、QT延長を起こす薬剤との併用による不整脈リスクの増加などが挙げられます。
これらの相互作用は、治療効果の減弱や新たな健康問題を引き起こす可能性があるため、慎重な薬剤管理が求められます。
特に、複数の疾患を抱える高齢者では、相互作用のリスクが高くなるため、より一層の注意が必要です。
薬剤 | 注意すべき相互作用 | 臨床的影響 |
シプロフロキサシン | テオフィリン、鉄剤 | 血中濃度上昇、吸収低下 |
アジスロマイシン | スタチン系薬剤、ワルファリン | 横紋筋融解症、出血リスク増加 |
メトロニダゾール | アルコール、ワルファリン | ジスルフィラム様反応、出血リスク増加 |
治療費
処方薬の薬価
抗菌薬の種類や投与期間により、薬価は変動します。一般的に使用される抗菌薬とその概算費用は以下の通りです。
- シプロフロキサシン(広範囲の細菌に効果を示す抗菌薬):500mg1日2回、3日間の投与で約1,000円
- アジスロマイシン(マクロライド系抗菌薬):500mg1日1回、3日間の投与で約2,500円
- セフトリアキソン(セフェム系抗菌薬):1g1日1回、5日間の投与で約5,000円
これらの薬価は、医療機関や薬局によって若干の違いが生じる場合があります。また、ジェネリック医薬品(後発医薬品)を選択すると、さらに費用を抑えられる可能性があります。
1週間の治療費
外来診療では、初診料、再診料、検査費用、薬剤費などが発生します。1週間の治療を想定した場合の概算費用は以下の通りです。
項目 | 概算費用 | 備考 |
初診料 | 2,820円 | 診察や医療相談等に対する基本料金 |
再診料 | 730円 | 2回目以降の診察料(1回あたり) |
検便検査 | 1,700円 | 赤痢菌の検出や薬剤感受性試験 |
薬剤費 | 2,500円 | 抗菌薬や対症療法薬の費用 |
これらを合計すると、1週間の治療費は約1万円前後になると見込まれます。ただし、追加の検査や処置が必要になった場合は、この金額を上回る可能性があります。
1か月の治療費
重症例や合併症が発生した場合、治療期間が延長することがあります。1か月の治療を要する場合の追加費用の目安は以下の通りです。
項目 | 概算費用 | 備考 |
再診料 | 2,920円 | 4回の再診を想定(730円×4回) |
追加検査 | 5,000円 | 血液検査や画像診断等 |
薬剤費 | 5,000円 | 抗菌薬の継続や追加薬剤 |
これらの追加費用を含めると、1か月の治療費総額は、約2〜3万円程度になると予想されます。しかしながら、患者さんの状態や必要な治療内容によっては、この金額を大きく上回る場合もあります。
以上
- 参考にした論文