糖尿病の治療中に風邪やインフルエンザ、胃腸炎などで体調を崩してしまった経験はありませんか。こうした「シックデイ」では、血糖値が普段と大きく変動しやすくなります。

そのとき困るのが「いつもの糖尿病薬をどうすればいいのか」という判断でしょう。薬によっては飲み続けるべきものと、一時的に休薬すべきものがあり、自己判断で対応を誤ると重篤な合併症につながりかねません。

この記事では、シックデイにおける糖尿病薬ごとの休薬・継続の判断基準、血糖コントロールの具体的なルール、そして受診の目安まで、実践的な対処法をわかりやすくお伝えします。

目次

シックデイとは何か|糖尿病の方が体調を崩したときに血糖値が乱れる理由

シックデイとは、糖尿病の方が発熱・下痢・嘔吐・食欲不振などの急性疾患にかかった日を指します。普段安定している血糖値が病気のストレスで大きく乱れるため、特別な対策が求められます。

病気のときに血糖値が上がるのはストレスホルモンのせい

からだが感染症やケガと闘うとき、コルチゾールやアドレナリンといったストレスホルモンが大量に分泌されます。これらのホルモンには肝臓からの糖放出を促す作用があり、食事を減らしていても血糖値が跳ね上がることがあるのです。

加えて、ストレスホルモンはインスリンの働きを鈍らせます。通常量のインスリンや経口薬では血糖値を十分にコントロールできない状態に陥りやすくなるのです。

食事が取れないと低血糖のリスクも高まる

一方、嘔吐や下痢で食事が取れないケースでは、低血糖の危険性もあります。とくにインスリンやスルホニルウレア(SU)薬を使っている場合、食事量が減っているにもかかわらず同じ量の薬を服用すれば、血糖値が下がりすぎてしまいかねません。

症状血糖への影響注意すべき薬
発熱・感染症高血糖になりやすいインスリン増量の検討
嘔吐・下痢脱水+低血糖リスクメトホルミン・SGLT2阻害薬
食欲不振のみ低血糖のおそれSU薬・速効型インスリン

シックデイに備えた事前準備が安心につながる

体調を崩してからあわてるのではなく、元気なうちに主治医と「シックデイのときどうするか」を話し合っておくことが大切です。どの薬を休むのか、血糖値の測定頻度、受診の目安をあらかじめ決めておけば冷静に対処できます。

シックデイに休薬が必要な糖尿病薬|飲み続けると危険な薬はどれか

糖尿病薬のなかには、シックデイの脱水状態で飲み続けると重い副作用を起こすものがあります。とくにメトホルミンとSGLT2阻害薬は、多くのガイドラインで一時休薬を推奨している代表的な薬です。

メトホルミンは脱水時に乳酸アシドーシスを引き起こす

メトホルミンは2型糖尿病治療の第一選択薬として広く使われています。しかし嘔吐や下痢で脱水になり腎機能が一時的に低下すると、薬の排泄が遅れて体内に蓄積し、「乳酸アシドーシス」という深刻な代謝異常を起こすことがあります。

発症すれば死亡率が非常に高い危険な状態です。嘔吐・下痢・高熱による脱水が認められる場合は、速やかにメトホルミンの服用を中止してください。

SGLT2阻害薬は正常血糖ケトアシドーシスに要注意

SGLT2阻害薬(ダパグリフロジン、エンパグリフロジンなど)は、尿から糖を排出して血糖を下げる薬です。しかしシックデイで脱水や食事量の減少が重なると、血糖値がそれほど高くないにもかかわらずケトアシドーシスを起こす場合があります。

血糖値が正常に近いため発見が遅れやすく、気づいたときには重症化しているケースも報告されています。シックデイではSGLT2阻害薬を中止し、回復後に再開するのが安全な対応です。

SU薬と速効型インスリン分泌促進薬にも低血糖の落とし穴がある

グリメピリドやグリベンクラミドといったSU薬、あるいはナテグリニドなどの速効型インスリン分泌促進薬は、食事量が減ったシックデイでも膵臓からのインスリン分泌を促し続けます。食べられない状態でこれらの薬を通常どおり飲めば、重い低血糖に陥るおそれがあるため、食事が十分に取れない場合は減量または休薬を検討しましょう。

薬の種類シックデイのリスク対応の目安
メトホルミン乳酸アシドーシス脱水時は休薬
SGLT2阻害薬正常血糖ケトアシドーシス原則休薬
SU薬低血糖食事不可時は減量・休薬
速効型分泌促進薬低血糖食事不可時は休薬

シックデイでも継続すべき糖尿病薬|インスリンを絶対にやめてはいけない

休薬すべき薬がある一方で、シックデイでも絶対に中断してはならない薬があります。その代表がインスリンです。インスリンを自己判断で中止すると、糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)という命に関わる急性合併症を招くおそれがあります。

インスリンは「やめない」が鉄則

1型糖尿病の方にとって、インスリンは生命維持に直結する薬です。食事が取れないからといってインスリンをやめてしまうと、体内のケトン体が急増し、数時間で意識障害を起こすこともあります。

2型糖尿病の方でも、インスリン注射中の方は基礎インスリン(持効型インスリン)の自己中断は避けてください。食事量に合わせて速効型インスリンを減量する調整は必要ですが、基礎インスリンは体調が悪くても継続するのが原則です。

DPP-4阻害薬やGLP-1受容体作動薬は比較的安全に継続できる

シタグリプチンやリナグリプチンなどのDPP-4阻害薬は、低血糖のリスクが低いため、シックデイでも基本的に継続して差し支えありません。GLP-1受容体作動薬(セマグルチド、リラグルチドなど)も同様に、単独使用であれば低血糖を起こしにくい薬ですが、嘔吐がひどい場合は吸収や効果に影響が出る可能性があるため、主治医への相談をおすすめします。

  • インスリン(基礎インスリン)は原則として継続する
  • DPP-4阻害薬は低血糖リスクが低く、継続可能な場合が多い
  • GLP-1受容体作動薬は嘔吐がひどい場合に医師に相談する
  • α-グルコシダーゼ阻害薬は食事が取れなければ服用を見合わせる

薬ごとの判断を「自分だけ」でしないために

どの薬を続け、どの薬を休むかの判断は、患者さんの病状や併用薬によって変わります。あらかじめ主治医から「シックデイプラン」を受け取っておけば、体調を崩した直後でも落ち着いて行動できるでしょう。プランがない方は、次回の診察で相談してみてください。

シックデイの血糖コントロール|測定頻度と水分補給で重症化を防ぐ

シックデイには、血糖値のこまめな測定と十分な水分摂取が重症化を防ぐ二本柱です。ふだんは1日数回の血糖測定で済んでいる方も、体調不良時は2〜4時間ごとの測定が推奨されます。

血糖値は2〜4時間おきにチェックする

シックデイでは、血糖値が急激に変動しやすいため、通常より頻繁にモニタリングを行う必要があります。2〜4時間ごとの測定を目安にし、血糖値が250mg/dL以上の状態が続く場合は医療機関に連絡してください。

持続血糖モニター(CGM)をお使いの方は、アラート機能を活用して高血糖・低血糖を早期に察知できます。ただし体調不良時はセンサー値がずれることもあるため、気になるときは指先での血糖測定で確認すると安心です。

脱水を防ぐ水分補給のコツ

発熱・嘔吐・下痢のいずれもからだの水分を奪います。脱水はそれ自体が血糖値を上昇させるだけでなく、腎機能の低下を通じて薬の副作用リスクも高めます。少量ずつこまめに水分を取ることが大切です。

水や白湯を基本に、電解質を含むスポーツドリンクや経口補水液も活用しましょう。嘔吐があるときはスプーン1杯ずつ、5〜10分おきに口に含むようにすると胃への負担を軽減できます。

食べやすいもの炭水化物の目安
おかゆ(茶碗半分)約20g
りんごジュース200mL約24g
ゼリー飲料1個約15〜25g
スポーツドリンク500mL約30g

ケトン体の測定が命を守る|シックデイに見逃してはいけない危険サイン

シックデイで血糖値が250mg/dL以上に上がった場合や、吐き気・腹痛・倦怠感が強い場合は、ケトン体の測定が重要な判断材料になります。ケトン体の異常な上昇を早期に発見することが、ケトアシドーシスによる重症化を防ぐ鍵です。

ケトン体とは何か

ケトン体は、からだがブドウ糖をエネルギーとして利用できないときに脂肪を分解して作り出す物質です。少量なら正常な代謝の一部ですが、インスリンが極端に不足すると大量に産生され、血液が酸性に傾く「ケトアシドーシス」を引き起こします。

尿ケトン体と血中ケトン体、どちらで測るべきか

尿検査用のケトン体試験紙は薬局で手に入りやすく、手軽に自宅でチェックできます。一方、血中ケトン体(β-ヒドロキシ酪酸)の測定器は、より正確でリアルタイムな値を把握できるメリットがあります。

測定方法メリットデメリット
尿ケトン体検査安価で入手しやすい数時間前の状態を反映
血中ケトン体検査リアルタイムで正確専用機器が必要

こんな症状が出たらすぐに医療機関を受診する

シックデイで以下のような症状がみられたら、自宅での対処を続けずに医療機関を受診してください。とくにケトン体が中等度以上(血中β-ヒドロキシ酪酸1.5mmol/L以上、尿ケトン体2+以上)の場合は、速やかな受診が求められます。

激しい嘔吐が6時間以上続くとき、意識がもうろうとするとき、呼吸が速く深くなるとき、血糖値が300mg/dLを超えて下がらないときは緊急性の高い状態です。我慢せず、すぐに受診してください。

シックデイ後の糖尿病薬の再開タイミング|回復後も焦りは禁物

シックデイで一時休薬した糖尿病薬は、体調が回復したらできるだけ早く再開することが望ましいものの、焦って再開すると再び体調を崩すリスクもあります。回復の目安を知り、安全に薬を戻しましょう。

再開の条件は「普段どおりの食事と水分摂取」ができること

国際的な専門家パネルの合意では、休薬した薬の再開は「症状が消失し、通常の食事と水分摂取のパターンに戻ってから24〜48時間以内」が適切とされています。嘔吐や下痢が完全に治まり、少なくとも24時間は固形物を食べられる状態であることを確認してから再開してください。

SGLT2阻害薬の再開はとくに慎重に

SGLT2阻害薬は、薬の効果が体内から完全に抜けるまで数日かかることがあります。体調が回復したように見えても、脱水傾向が残っている段階で再開するとケトアシドーシスのリスクが残ります。

食事と水分が安定し、尿量が十分に回復してから再開するのが安全です。迷ったときは主治医に確認しましょう。

体調が不安定なときは無理に薬を戻さない

「もう治った」と思っても、食欲が完全に戻らなかったり微熱が続いていたりする段階では、まだ回復途中かもしれません。メトホルミンの場合は腎機能の回復が再開の判断材料です。不安があれば、主治医に血液検査を依頼してください。

  • 普段どおりの食事と水分補給が24時間以上できてから再開する
  • SGLT2阻害薬は脱水の回復を十分に確認してから戻す
  • メトホルミンは腎機能が正常に戻ったことを確認してから再開する

二度と慌てない!シックデイに備える糖尿病の自己管理チェックリスト

シックデイは予告なく訪れます。日頃からの備えがあれば、体調を崩した直後でも冷静に対応できます。以下のチェックリストで、自分の備えを確認してみてください。

主治医と「シックデイプラン」を共有しておく

シックデイプランとは、「どの薬を休むか」「血糖値の測定頻度」「受診の目安」をあらかじめ決めておく行動計画です。スマートフォンのメモに残しておくと、体調不良時に読み返して行動できます。

準備項目具体的な内容
シックデイプラン薬の休薬・継続リスト、受診基準
測定器具の予備血糖測定器のセンサー、ケトン体試験紙
備蓄食品ゼリー飲料、おかゆ、経口補水液
連絡先リスト主治医、かかりつけ薬局の電話番号

血糖測定器やケトン体試験紙の予備を常備する

体調を崩したときに限って「センサーの在庫が切れていた」ということは珍しくありません。血糖測定器のセンサー、穿刺針、ケトン体試験紙は常に予備を手元に置いておきましょう。

家族にも対処法を伝えておく

意識がもうろうとしたり、自分で判断できなくなった場合に備えて、同居のご家族にもシックデイの対応を共有しておきましょう。「血糖値がいくつ以上なら救急車を呼ぶ」「どの薬を飲ませてはいけない」といった情報を事前に伝えておくことで、いざというとき迅速に対応できます。

よくある質問

Q
シックデイにメトホルミンを飲み続けるとどのような危険がありますか?
A

メトホルミンは、からだが脱水状態にあるときに服用を続けると、腎臓からの薬の排泄が低下して体内に蓄積されやすくなります。その結果、乳酸が異常に増える「乳酸アシドーシス」という重篤な代謝異常を引き起こす可能性があります。

嘔吐、下痢、発熱による大量の発汗など、体内の水分が失われやすいシックデイでは、メトホルミンの服用を一時中止し、回復後に再開することが安全な対応です。迷った場合は主治医に電話で確認してください。

Q
シックデイにインスリン注射を自己判断で中止しても大丈夫ですか?
A

インスリンを自己判断で中止するのは非常に危険です。とくに1型糖尿病の方の場合、インスリンが途切れると短時間で血液中のケトン体が急増し、糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)という命に関わる状態に陥るおそれがあります。

食欲がないときは速効型インスリンの量を減らす調整が必要になりますが、基礎インスリン(持効型インスリン)はシックデイでも継続するのが原則です。用量の調整については、事前に主治医と取り決めておくことをおすすめします。

Q
シックデイに糖尿病薬のSGLT2阻害薬を休薬すべきタイミングはいつですか?
A

SGLT2阻害薬は、嘔吐・下痢・発熱などで脱水のリスクが高まった時点で休薬を検討してください。この薬は尿から糖を排出する作用があるため、脱水と糖の喪失が重なるとケトン体が過剰に産生され、正常血糖ケトアシドーシスを引き起こすことがあります。

体調が悪いと感じた初日から休薬し、回復して普段どおりの食事と水分補給が安定してから再開するのが望ましい対応です。再開前に主治医へ確認を取ると安心でしょう。

Q
シックデイの血糖値が300mg/dLを超えた場合はどう対処すればよいですか?
A

血糖値が300mg/dLを超えて下がらない場合は、自宅での対処だけに頼らず、医療機関に連絡することが大切です。高血糖が長引くと、ケトアシドーシスや高浸透圧高血糖状態といった急性合併症のリスクが急速に高まります。

連絡がつかない場合や、意識がはっきりしない、呼吸が荒いなどの症状があれば、ためらわず救急外来を受診してください。ケトン体が陽性の場合は緊急性が高い状態です。

Q
シックデイで休薬した糖尿病薬はいつから飲み直してよいですか?
A

休薬した糖尿病薬は、嘔吐や下痢が治まり、普段どおりの食事と水分摂取が24時間以上安定してから再開するのが一般的な目安です。回復の兆しがみえた直後に焦って再開すると、ぶり返しのリスクがあります。

メトホルミンについては腎機能が回復しているかどうか、SGLT2阻害薬については脱水が解消しているかどうかが再開の判断材料になります。不安が残る場合は、主治医に血液検査を依頼して確認してもらうとよいでしょう。

参考にした文献