「たかがいびき」と軽く考えて放置していませんか。実はそのいびき、脳血管が悲鳴を上げているサインかもしれません。

睡眠時無呼吸症候群は単に眠りが浅くなるだけでなく、脳卒中(脳梗塞・脳出血)の引き金となる危険な状態です。

研究によれば、この病気を持つ人は持たない人に比べて脳梗塞のリスクが約3倍にも跳ね上がると言われています。

毎晩繰り返される呼吸の停止が血管を傷つけ、ある日突然、取り返しのつかない発作を招くのです。いびきが脳卒中につながる恐ろしい関連性と、命を守るために今すぐできる対策について解説します。

目次

無呼吸が脳血管を破壊し脳梗塞リスクを劇的に高める理由

睡眠時無呼吸症候群(SAS)が脳卒中のリスクを約3倍に高める最大の理由は、睡眠中に繰り返される低酸素状態と急激な血圧変動が、直接的に脳の血管へダメージを与え続ける点にあります。

呼吸が止まるたびに体内の酸素濃度が低下し、脳は酸欠状態に陥ります。この危機的状況を脱するために心臓は血液を送ろうと激しく拍動し、血圧が乱高下します。

この毎晩の負担が動脈硬化を加速させ、血管が詰まりやすい土壌を作り上げてしまうのです。

断続的な低酸素状態が招く酸化ストレスの恐怖

呼吸が止まると血中の酸素濃度が下がりますが、呼吸が再開すると急激に酸素が取り込まれます。この酸素濃度の激しい変動は、体内で「活性酸素」を過剰に発生させる原因となります。

活性酸素は強力な酸化力を持ち、血管の内壁にある細胞を傷つけます。これを「酸化ストレス」と呼びます。

睡眠状態と血管への負担比較

睡眠の状態体内の酸素レベル血管への影響
健常な睡眠安定している(95~99%)副交感神経が働き、血管が拡張して血圧が下がるため、血管は休息できる
軽度SASの睡眠時折低下するいびきによる振動と時折の覚醒反応により、血圧が下がりにくい状態が続く
重症SASの睡眠頻繁に危険域まで低下交感神経が常に興奮し、乱高下する血圧が血管壁を直接攻撃し続ける

鉄が錆びるのと同じように、血管も酸化ストレスにさらされ続けると弾力性を失い、脆く傷つきやすい状態へと劣化していきます。

睡眠時無呼吸症候群の患者さんの血管内では、毎晩この酸化ストレスによる破壊活動が進行しています。

傷ついた血管壁にはコレステロールなどが沈着しやすくなり、プラーク(コブ)が形成されます。これが動脈硬化の進行であり、脳梗塞の準備段階と言えます。

交感神経の暴走による夜間高血圧の常態化

本来、睡眠中は副交感神経が優位になり、心身をリラックスさせ、血圧や心拍数を下げて休息をとる時間です。

しかし、無呼吸発作が起きると、脳は「息をしていない」という緊急事態を感知し、強制的に交感神経を興奮させて覚醒を促します。交感神経が活発になると血管は収縮し、血圧が急上昇します。

これを一晩に何十回、何百回と繰り返すことで、本来下がるはずの夜間の血圧が高いまま維持される「夜間高血圧」を引き起こします。

常に高い圧力がかかり続ける血管は次第に厚く硬くなり、血液の通り道が狭くなります。

この状態が長く続けば続くほど、脳の細い血管が耐えきれなくなり、詰まったり破れたりするリスクが高まります。

血管内皮機能の障害と血栓形成の促進

健康な血管は、血管内皮細胞から一酸化窒素(NO)という物質を放出し、血管を広げて血液の流れをスムーズにする機能を持っています。

ところが、睡眠時無呼吸症候群によるストレスは、この血管内皮機能を著しく低下させます。

その結果、血管が適切に広がらなくなるだけでなく、血液自体もドロドロと固まりやすい性質へと変化します。

無呼吸による脱水傾向や赤血球の増加も重なり、血液中に血栓(血の塊)ができやすくなります。

もし心臓や太い血管でできた血栓が血流に乗って脳へ運ばれれば、脳の血管を一瞬にして塞いでしまいます。

これが脳塞栓症と呼ばれるタイプの脳梗塞であり、睡眠時無呼吸症候群の患者さんで特に警戒が必要です。

脳卒中の種類と睡眠時無呼吸症候群が及ぼす特有の影響

睡眠時無呼吸症候群は、血管が詰まる「脳梗塞」と血管が破れる「脳出血」「くも膜下出血」のすべてのタイプのリスクを高め、特に脳梗塞との関連性が極めて強いことが分かっています。

無呼吸が引き起こす血液の凝固異常や不整脈は血管を詰まりやすくし、夜間の異常な血圧上昇は血管破裂の直接的な原因となります。

脳梗塞(ラクナ梗塞・アテローム血栓性・心原性)のリスク増大

脳梗塞は脳卒中の中でも最も頻度が高い疾患です。睡眠時無呼吸症候群の人は、特に「起床時」や「早朝」に脳梗塞を発症する傾向があります。

これは、睡眠中に蓄積された血管へのダメージと、起床に伴う急激な血圧上昇が重なるためです。

微細な血管が詰まるラクナ梗塞、動脈硬化が進んで太い血管が詰まるアテローム血栓性脳梗塞のどちらもリスクが高まります。

脳卒中の分類とSASの関与

病気の種類主な原因睡眠時無呼吸症候群(SAS)による悪化要因
脳梗塞血管の閉塞・血栓血液粘度の上昇、動脈硬化の進行、心房細動による血栓形成
脳出血脳内の細い血管の破裂呼吸再開時の急激な血圧上昇(サージ血圧)による血管壁への衝撃
くも膜下出血脳動脈瘤の破裂夜間高血圧の持続による動脈瘤の増大と破裂リスクの上昇

さらに恐ろしいのが心原性脳塞栓症です。無呼吸が原因で心臓に負担がかかり、心房細動という不整脈が生じると、心臓内で大きな血栓が作られます。

これが脳に飛ぶと、広範囲の脳細胞が壊死する重篤な脳梗塞を引き起こします。いびきをかく人が不整脈を指摘された場合、このリスクは跳ね上がります。

脳出血やくも膜下出血を引き起こすサージ血圧

脳出血やくも膜下出血の最大のリスク因子は高血圧です。

睡眠時無呼吸症候群の患者さんに見られる血圧変動は、通常の高血圧とは異なり、無呼吸から呼吸再開の瞬間に「サージ血圧」と呼ばれる爆発的な血圧上昇を伴います。

老朽化した水道管に突然高圧の水を流すようなもので、脆くなった脳の血管がこの圧力に耐えきれずに破裂してしまうのです。

特にくも膜下出血は、脳動脈瘤というコブが破裂することで起こりますが、無呼吸による毎晩の圧力変動は、このコブを大きく成長させ、破裂を早める要因となり得ます。

日中の血圧が正常であっても、夜間にだけ危険な高血圧になっている「仮面高血圧」の状態にある人が多いため、健康診断の血圧測定だけでは安心できません。

一過性脳虚血発作(TIA)という警告を見逃さない

本格的な脳梗塞を起こす前に、一時的に手足の麻痺や言葉が出にくいといった症状が現れ、短時間で消えることがあります。これを一過性脳虚血発作(TIA)と呼びます。

「治ったから大丈夫」と放置するのは非常に危険です。これは「近いうちに本震が来る」という体からの最終警告です。

睡眠時無呼吸症候群の患者さんは、血液の粘度が高まっているため、このTIAを起こしやすい状態にあります。

いびきをかく習慣があり、もし一時的でもろれつが回らない、片方の手足に力が入らないといった経験をした場合は、すでに脳血管が限界に近い状態であることを示唆しています。

ただちに専門医を受診し、脳の検査とともに無呼吸の治療を開始する必要があります。

睡眠中の体内環境悪化が引き起こす負の連鎖

呼吸停止は単なる酸素不足にとどまらず、ホルモンバランスの崩れや代謝異常など、全身の体内環境を劇的に悪化させ、脳血管の健康を損ないます。

これらの要因が複雑に絡み合い、負のスパイラルを生み出しています。

胸腔内圧の変動による心臓と脳への物理的ストレス

無呼吸の間、患者さんは息を吸おうとして胸やお腹を大きく動かします。しかし、気道が塞がっているため空気は入ってきません。

この時、胸の中(胸腔)の圧力は極端な陰圧(真空に近い状態)になります。この強い陰圧は心臓を外側から引っ張り、心臓の壁に大きな負担をかけます。

同時に、心臓へ戻ってくる血液の量を無理やり増やし、心臓から脳へ送り出す血液の流れを乱します。さらに、呼吸再開時には胸腔内圧が急激に陽圧に転じます。

この激しい圧力変動が毎晩繰り返されることで、心臓のポンプ機能が疲弊し、脳への安定した血流供給が阻害されるのです。

血管ダメージを加速させる要因

  • 繰り返される低酸素血症による血管内皮細胞の深刻な損傷
  • 交感神経過緊張による血管収縮と、それに伴う持続的な高血圧
  • 胸腔内圧の激しい変動が引き起こす、脳への血流供給の乱れ
  • 脱水や代謝異常による血液凝固能の亢進と血栓形成リスクの増大
  • 活性酸素による酸化ストレスと、血管壁の慢性的な炎症

インスリン抵抗性の増大と糖尿病の悪化

睡眠不足や低酸素状態は、血糖値を下げるホルモンである「インスリン」の効き目を悪くします。

これをインスリン抵抗性と呼びます。インスリンが効きにくくなると、血糖値が高い状態が続き、糖尿病のリスクが高まります。

糖尿病は「血管の病気」と言われるほど、全身の血管をボロボロにする病気です。高血糖は血管内壁を傷つけ、動脈硬化を急速に進行させます。

睡眠時無呼吸症候群と糖尿病は合併しやすく、互いに症状を悪化させる関係にあります。この二重の負担が脳血管を蝕み、脳卒中のリスクをさらに押し上げる要因となっています。

炎症性サイトカインの増加による全身の炎症

繰り返される低酸素ストレスは、脂肪組織や血管壁から「炎症性サイトカイン」という物質を放出させます。これは体の中で微弱な炎症がずっと起きている状態を作り出します。

慢性的な炎症は動脈硬化の進行を早める主要な原因の一つです。特に脳の血管において炎症が続くと、プラークが不安定になり、破れやすくなります。

睡眠時無呼吸症候群の治療を行わない限り、この炎症反応は収まることがなく、脳血管は常に火種を抱えたような状態に置かれます。

見逃してはいけない危険ないびきと自覚症状

睡眠時無呼吸症候群に伴ういびきには明確な特徴があり、これらは脳血管からのSOS信号です。

ご自身やご家族のいびきに以下の特徴がないか確認することが、命を守る第一歩となります。

音が途切れた後に大きな音がするいびき

最も注意すべきは、いびきの音が突然止まり、しばらく静寂が続いた後に、「ガガッ」「ズズッ」といった爆発的な音とともに呼吸が再開するパターンです。

静かな時間は呼吸が止まっている「無呼吸」の状態であり、再開時の大きな音は、閉塞した気道を無理やりこじ開けて空気を吸い込んだ音です。

危険ないびきチェックリスト

症状・特徴危険度解説
呼吸停止の目撃極めて高い10秒以上の停止が見られる場合、SASの可能性大。即受診が必要。
再開時の爆発音極めて高い気道閉塞と再開を繰り返している証拠。心臓への負担大。
毎晩の激しいいびき高い仰向けだけでなく横向きでも音がする場合、気道が狭くなっている。
飲酒時のいびき中程度アルコールによる筋肉弛緩が原因の場合もあるが、習慣化に注意。

このパターンのいびきが聞こえる場合、体内の酸素濃度は著しく低下しており、脳と心臓に多大な負荷がかかっています。

同居している家族がこの異常ないびきに気づき、受診を勧めるケースが多く見られます。

日中の耐え難い眠気と集中力の低下

夜間に何度も脳が覚醒反応を起こしているため、睡眠時間は足りているつもりでも、脳は休息できていません。その結果、日中に強烈な眠気に襲われます。

会議中や運転中、あるいは食事中など、通常では考えられない状況で居眠りをしてしまう場合は重症の可能性があります。

また、集中力が続かない、記憶力が低下した、倦怠感が抜けないといった症状も、脳が慢性的な酸欠と睡眠不足に陥っている証拠です。

これらは単なる疲労ではなく、病的な症状として捉える必要があります。

起床時の頭痛と口の渇き

朝起きた時に頭が痛い、あるいは頭が重いと感じることはありませんか。これは、睡眠中の無呼吸によって二酸化炭素が体内に溜まり、脳の血管が拡張しすぎることで起こる特有の頭痛です。

また、いびきをかく人は口呼吸になっているため、起床時に口の中がカラカラに乾いていたり、喉が痛かったりすることがよくあります。

朝の頭痛は、夜間の脳内環境が悪化していたことを示す重要なサインであり、脳卒中の前兆としての高血圧とも関連している可能性があるため、決して軽視してはいけません。

合併症が脳卒中リスクをさらに倍増させる現実

睡眠時無呼吸症候群は、高血圧、心疾患、糖尿病などの生活習慣病と密接に関係し、これらを併発することで脳梗塞のリスクを何倍にも膨れ上がらせます。

各疾患が悪循環を生み、脳血管への負担を加速させるのです。

治療抵抗性高血圧との深い関係

降圧剤を飲んでも血圧が下がらない「治療抵抗性高血圧」の患者さんのうち、約80%が睡眠時無呼吸症候群を合併しているというデータがあります。

無呼吸による交感神経の興奮が薬の効果を打ち消してしまうためです。血圧のコントロールがうまくいかない場合、薬の種類を増やす前に、睡眠時無呼吸症候群の治療を行うことが重要です。

無呼吸を改善することで、魔法のように血圧が安定し、薬を減らせるケースも少なくありません。高血圧という根本原因を絶たなければ、脳卒中のリスクを下げることは難しいのです。

合併症によるリスク増大の相関図

合併症SASとの相互作用脳卒中への影響度
高血圧症交感神経興奮により血圧上昇、薬が効きにくい脳血管への圧力を高め、出血・梗塞の両リスクを増大させる
心房細動心臓への負荷で不整脈を誘発・悪化させる心原性脳塞栓症(重症脳梗塞)の直接的な原因となる
糖尿病インスリン抵抗性を高め、血糖コントロールを悪化させる血管全体の動脈硬化を早め、微細な血管を詰まらせる

心房細動が作る巨大な血栓の恐怖

不整脈の一種である心房細動は、心臓の中に血液の淀みを作り、巨大な血栓を形成しやすくします。

睡眠時無呼吸症候群の患者さんは、健常者に比べて心房細動の発症リスクが2〜4倍高いとされています。

呼吸停止による胸腔内の圧力変化と低酸素が心房にストレスを与え、心臓の電気信号を乱すからです。

心房細動によってできた血栓は大きく、太い脳血管を一気に詰まらせるため、発症すると重い後遺症が残ったり、命を落としたりする確率が非常に高くなります。

いびきと不整脈の組み合わせは、まさに時限爆弾と言えるでしょう。

脂質異常症とメタボリックシンドロームの悪循環

内臓脂肪型肥満、いわゆるメタボリックシンドロームは、気道を圧迫して無呼吸を引き起こす原因であると同時に、無呼吸によって悪化する結果でもあります。

睡眠の質が悪いと、食欲を増進させるホルモンが増え、抑制するホルモンが減るため、太りやすくなります。

さらに、低酸素ストレスは脂質代謝異常を招き、中性脂肪や悪玉コレステロールを増加させます。

ドロドロの血液と傷ついた血管、そして肥満による物理的な圧迫という悪条件が重なることで、脳梗塞へのカウントダウンが加速していくのです。

早期発見が命を救う診断と検査の流れ

脳卒中のリスクを健常者と同レベルまで下げるためには、早期発見と適切な診断が不可欠です。

医療機関では、以下のステップで検査を行い、病状を詳細に把握した上で治療方針を決定します。

診断までの基本的なステップ

  • 問診による日中の眠気やいびきの自覚症状の確認、および生活習慣のヒアリング
  • 自宅で寝る際にセンサーを装着し、睡眠中の酸素状態を調べる簡易検査
  • 専門施設に一泊入院し、脳波や呼吸状態を精密に測定するポリソムノグラフィー検査
  • 検査結果に基づいた無呼吸低呼吸指数(AHI)による重症度判定
  • 脳MRI等による脳血管の状態確認と、隠れ脳梗塞の有無のチェック

自宅でできる簡易検査(パルスオキシメーター等)

最初に行われることが多いのが、自宅で寝る時に指先や鼻にセンサーを取り付ける簡易検査です。

これは睡眠中の血液中の酸素濃度や脈拍、呼吸の状態を記録するもので、一晩のデータから無呼吸の有無や重症度をスクリーニングします。

普段と同じ環境で眠れるため負担が少なく、多くの医療機関で実施されています。

この検査結果で一定の基準を超えた場合、より詳しい検査へと進むか、あるいはそのまま治療が開始されることもあります。

確定診断のための精密検査(PSG検査)

簡易検査でさらに詳しい解析が必要と判断された場合、ポリソムノグラフィー(PSG)という精密検査を行います。

これは専門の医療機関に一泊入院し、脳波、眼球運動、筋電図、心電図、呼吸状態など、睡眠に関するあらゆる生体情報を同時に記録する検査です。

この検査で、無呼吸の原因が閉塞性(気道が塞がる)なのか中枢性(脳からの指令が止まる)なのかを判別し、睡眠の深さや質まで正確に評価します。

この結果に基づいて、最適な治療方針が決定されます。

脳ドックとの併用でリスクを可視化する

いびきや無呼吸の検査と並行して、脳ドックを受けることも強く推奨します。

MRIやMRAといった画像診断を行うことで、現時点で脳の血管に狭窄(狭くなっている部分)がないか、隠れ脳梗塞(無症候性脳梗塞)がすでに起きていないかを確認できます。

無呼吸の治療を行いながら、すでに生じてしまった血管のリスクを把握し管理することは、将来の脳卒中発作を防ぐための最も確実な防衛策となります。

生活習慣の見直しによるリスク低減アプローチ

毎日の生活習慣を少し変えるだけで、いびきを軽減し、脳卒中のリスクを下げることが期待できます。

特に軽症の場合や予防の観点からは、医療的な治療と並行して以下のライフスタイルの改善に取り組むことが重要です。

生活習慣改善とその効果

改善項目期待される効果実践のポイント
減量(ダイエット)首周りの脂肪減少による気道の拡大長期的な食事管理と有酸素運動の継続
横向き寝の励行重力による舌根沈下の防止抱き枕の活用や、枕の高さを調整する
禁酒・節酒気道周辺筋肉の弛緩防止と睡眠の質向上就寝4時間前までには飲酒を終える

適正体重への減量と首周りの脂肪除去

肥満は気道を狭くする最大の要因の一つです。特に首周りに脂肪がつくと、仰向けに寝た時にその重みで気道が潰れやすくなります。

体重を減らすことは、物理的に気道を広げる最も根本的な解決策です。数キログラムの減量であっても、いびきの音量が下がったり、無呼吸の回数が減ったりする効果が実証されています。

バランスの取れた食事と適度な運動を取り入れ、内臓脂肪を減らすことが、血管の健康を取り戻す近道です。

気道を確保する側臥位睡眠(横向き寝)の工夫

仰向けで寝ると、重力によって舌根(舌の付け根)や軟口蓋が喉の奥に落ち込み、気道を塞ぎやすくなります。

これに対して、体を横に向けて寝る「側臥位睡眠」は、舌の落ち込みを防ぎ、気道を確保するのに有効です。

背中に抱き枕を置いたり、横向き寝専用の枕を使用したりすることで、自然と横向きの姿勢を維持できるようになります。

重症の場合はこれだけで完治はしませんが、いびきの軽減には即効性があります。

アルコールと睡眠薬の制限

寝酒は寝付きを良くするように感じますが、実際には気道の筋肉を過度に緩め、いびきや無呼吸を悪化させる大きな原因です。

また、アルコールには利尿作用があり、脱水を招いて血液をドロドロにするため、脳梗塞のリスクをさらに高めます。

同様に、一部の睡眠薬や筋弛緩作用のある薬も、呼吸抑制や筋弛緩を引き起こす可能性があります。医師と相談の上、アルコールの摂取を控え、薬の種類の見直しを行うことが大切です。

積極的な治療で脳卒中を回避する

生活習慣の改善だけでは不十分な場合、医学的な治療介入が必要です。適切な治療を継続することで、脳卒中の発症リスクを健康な人と同程度まで下げることが可能です。

治療は単にいびきを止めるだけでなく、将来の脳を守るための投資です。

治療がもたらすメリット

  • 睡眠中の低酸素状態の解消と、それに伴う血圧の安定化
  • 日中の眠気の消失による生活の質とパフォーマンスの向上
  • 心臓・脳血管への負担軽減による、脳卒中および心疾患の強力な予防
  • 夜間の頻尿改善と、深く質の高い睡眠の獲得
  • パートナーへのいびき騒音の解消と、良好な睡眠環境の共有

CPAP療法(経鼻的持続陽圧呼吸療法)

現在、睡眠時無呼吸症候群の治療において標準的かつ最も確実な方法がCPAP(シーパップ)療法です。

鼻に装着したマスクから空気を送り込み、その圧力で気道を内側から広げて無呼吸を防ぎます。その結果、睡眠中の酸素不足が解消され、血圧の乱高下も防ぐことができます。

CPAPを使用することで、交感神経の緊張が解け、心臓や脳血管への負担が劇的に軽減されます。継続して使用することが重要ですが、脳梗塞や心筋梗塞の予防効果は極めて高いとされています。

マウスピース(口腔内装置)療法

軽症から中等症の方、あるいはCPAPがどうしても合わない方には、専用のマウスピース(スリープスプリント)を用いた治療が選択されます。

これは、下顎を少し前に出した状態で固定し、気道を物理的に広げる装具です。歯科医師によって個人の歯型に合わせて作製されます。

持ち運びが容易で電気も使わないため、旅行や出張が多い人にも適しています。適切に調整されたマウスピースは、いびきの音を大幅に小さくし、呼吸を安定させる効果があります。

外科的手術という選択肢

扁桃腺が極端に大きい場合や、鼻の構造に問題があって鼻呼吸が困難な場合には、手術によって物理的に気道を広げる方法が検討されます。

口蓋垂軟口蓋咽頭形成術(UPPP)やレーザー手術などがあり、解剖学的な原因を取り除くことで改善を目指します。

ただし、手術の効果には個人差があり、術後の痛みや合併症のリスクも考慮する必要があります。耳鼻咽喉科の専門医と十分に相談し、適応を見極めることが重要です。

Q&A

いびきと脳卒中の関係、そして睡眠時無呼吸症候群について、患者さんから多く寄せられる疑問にお答えします。

正しい知識を持つことが、不安の解消と適切な行動につながります。

Q
痩せている人でも睡眠時無呼吸症候群になりますか?
A

はい、痩せている人でも発症します。

肥満は大きなリスク因子ですが、日本人は欧米人に比べて顎が小さく後退している骨格の人が多いため、太っていなくても気道が狭くなりやすい傾向があります。

また、扁桃腺が大きい、舌が大きい、鼻炎で鼻が詰まっているといった要因があれば、体型に関係なく無呼吸やいびきが生じます。

「痩せているから大丈夫」という自己判断は危険です。

Q
いびきを治療すれば脳梗塞は完全に防げますか?
A

リスクを大幅に下げることはできますが、完全にゼロにすることは困難です。脳梗塞は加齢、喫煙、遺伝、その他の生活習慣病など、多くの要因が重なって発症します。

しかし、睡眠時無呼吸症候群は強力なリスク因子の一つであるため、これを治療することで発症確率を大きく低減できることは科学的に証明されています。

治療と並行して、血圧管理や禁煙など総合的な健康管理を行うことが大切です。

Q
朝起きると頭痛がするのはなぜですか?
A

睡眠中に呼吸が止まることで、体内の二酸化炭素がうまく排出されずに血液中に溜まってしまうことが原因と考えられます。

二酸化炭素には脳の血管を拡張させる作用があり、これにより脳内の圧力が高まって頭痛を引き起こします。

また、睡眠の質が低下して脳が十分に休まっていないことや、交感神経の興奮による血圧上昇も頭痛の要因となります。起床時の頭痛はSASの特徴的な症状の一つです。

Q
長年いびきをかいてきましたが今からでも手遅れではありませんか?
A

決して手遅れではありません。

確かに長年の無呼吸によって血管へのダメージは蓄積されている可能性がありますが、治療を開始したその日から、脳や心臓への負担は軽減されます。

治療によって血圧が安定し、動脈硬化の進行を遅らせたり、新たな血栓ができるのを防いだりする効果が期待できます。

気づいた時が治療の始め時です。将来の健康を守るために、早めに専門医にご相談ください。

参考にした論文