歯ぎしり用のナイトガードを使っているから睡眠時無呼吸症候群にも効くのではないか、と考える方は少なくありません。結論から申し上げると、歯ぎしり用ナイトガードに睡眠時無呼吸症候群を改善する効果は期待できません。
睡眠時無呼吸症候群の治療に使うマウスピースは「口腔内装置」と呼ばれ、下顎を前方に押し出すことで気道を広げる専用の設計がなされています。歯を保護するだけのナイトガードとは、構造も目的もまったく異なります。
この記事では、歯ぎしり用ナイトガードと治療用マウスピースの違いを丁寧に解説し、睡眠時無呼吸症候群に悩む方がどのような選択肢を検討すべきかをお伝えします。
ナイトガードだけでは睡眠時無呼吸症候群は改善しない
歯ぎしり用のナイトガードに、睡眠時無呼吸症候群を治す力はありません。ナイトガードは歯や顎関節を保護するための装置であり、気道を広げる機能を備えていないからです。
歯ぎしり用ナイトガードは歯を守るための装置
ナイトガードは、睡眠中の歯ぎしりや食いしばりから歯の表面を守る目的で作られた樹脂製の装置です。上顎もしくは下顎の歯列に被せるように装着し、歯同士が直接ぶつかるのを防ぎます。
歯のすり減りや顎関節への過度な負担を軽減できる一方、ナイトガードには下顎の位置を動かす構造がありません。歯を守ることに特化した設計であり、呼吸の問題にはまったく対応していない装置です。
睡眠時無呼吸症候群に必要なのは気道を広げる力
睡眠時無呼吸症候群は、睡眠中に喉の奥(上気道)が繰り返しふさがったり狭くなったりする病気です。呼吸が止まるたびに血液中の酸素濃度が低下し、脳が覚醒反応を起こすことで深い眠りが妨げられます。
治療の基本は、この気道の閉塞を物理的に防ぐことにあります。CPAP(持続陽圧呼吸療法)が代表的な治療法で、空気の圧力で気道を押し広げます。治療用マウスピースも同様に、下顎を前に出すことで舌の根元が気道をふさぐのを防ぐ仕組みです。
ナイトガードを着けたまま眠ると気道がふさがるリスクもある
ナイトガードの中には装着時に垂直的な開口量(口の開き具合)が大きくなるタイプがあり、下顎が後方に引かれやすくなる場合があります。下顎が後退すると舌の付け根が喉側に沈み込み、気道が狭くなるおそれがあります。
睡眠時無呼吸症候群をお持ちの方がナイトガードを自己判断で使うと、かえって症状が悪化する可能性も否定できません。歯ぎしりの自覚がある方でも、まずは睡眠の専門医に相談しましょう。
歯ぎしり用ナイトガードと睡眠時無呼吸症候群用マウスピースはまったくの別物
見た目が似ているため混同されがちですが、ナイトガードと治療用マウスピースは設計思想から異なる装置です。両者の違いを正しく理解することが、適切な治療への第一歩になります。
| 比較項目 | 歯ぎしり用ナイトガード | 治療用マウスピース(口腔内装置) |
|---|---|---|
| 目的 | 歯の保護・顎関節の負担軽減 | 気道の確保・無呼吸の改善 |
| 下顎の位置 | 変化なし(現状維持) | 前方に移動させる |
| 構造 | 上顎または下顎の片側のみ | 上下一体型で下顎を固定 |
形状と構造から見る歯ぎしり用と治療用の違い
歯ぎしり用ナイトガードは、片方の顎(多くは上顎)に被せる1ピース構造が一般的です。歯の咬合面を樹脂でカバーし、歯同士の接触によるダメージを防ぐことだけを目的としています。
一方、治療用マウスピースは上顎と下顎の両方にパーツを装着し、それらを連結する構造になっています。連結部分が下顎を前方へ引き出す役割を担い、装着するだけで気道を拡張できるように設計されています。
下顎の位置が変わるかどうかが分かれ道
両者を隔てる決定的な違いは、下顎を前方へ移動させるかどうかです。治療用マウスピースは下顎を通常よりも数ミリ前に出した状態で固定し、舌や軟口蓋が気道に落ち込むのを防ぎます。
ナイトガードにはこの機能がないため、いくら高品質なナイトガードを使っていても睡眠時無呼吸症候群への治療効果は見込めません。歯ぎしりと睡眠時無呼吸症候群の両方を抱えている方は、それぞれ別々の対策を講じる必要があります。
市販品とオーダーメイドで効果に大きな差が出る
インターネットや薬局で手に入る市販の「いびき防止マウスピース」と、歯科医院で作製するオーダーメイドの治療用マウスピースでは、効果に明らかな差があることが研究で示されています。市販の熱成形タイプは、オーダーメイドと比較して治療成功率が低いと報告されています。
オーダーメイドの装置は個々の歯列や顎の形状に合わせて精密に作られ、下顎の突出量を細かく調整できます。睡眠時無呼吸症候群の治療を目的とするなら、専門の歯科医が作製する調整式の口腔内装置を選ぶことが大切です。
睡眠時無呼吸症候群に使う治療用マウスピースの仕組みと効果
治療用マウスピース(口腔内装置)は、下顎を前方に固定して上気道の空間を広げることで、睡眠中の呼吸を改善する医療機器です。
下顎を前方に固定して気道の閉塞を防ぐ
口腔内装置の中で広く使われているのが「下顎前方移動装置(MAD)」と呼ばれるタイプです。上下の歯列に装着する2つのパーツを特殊な連結機構でつなぎ、下顎を通常の位置よりも前方に保持します。
下顎が前に出ると、舌の付け根や周囲の軟部組織も一緒に前方へ移動します。喉の奥に十分な空間が確保されるため、睡眠中に気道がつぶれにくくなるのです。調整式のタイプであれば、効果と快適さのバランスを見ながら突出量を少しずつ変えることもできます。
CPAPとはどう違い、どう使い分ける?
CPAP(シーパップ)は、鼻や口にマスクを装着し、機械から送られる空気の圧力で気道を開き続ける治療法です。無呼吸の指標であるAHI(無呼吸低呼吸指数)の改善幅はCPAPのほうが大きいとされています。
ただし、マスクの装着感が苦手でCPAPを続けられない方も少なくありません。治療用マウスピースはコンパクトで持ち運びも容易なため、出張や旅行が多い方、CPAPの圧迫感に馴染めない方にとって有力な代替手段となります。
研究では、治療を続けられる割合(アドヒアランス)が高い点でマウスピースに軍配が上がることも報告されています。
研究で示されている口腔内装置の治療効果
複数の臨床研究により、治療用マウスピースはAHIを有意に低下させ、日中の眠気やいびきを軽減することが確認されています。ある系統的レビューでは、対象者の約92%でAHIの改善が認められたと報告されました。
血圧への影響を調べたメタアナリシスでは、マウスピース治療とCPAPとの間で24時間血圧の低下効果に統計的な有意差がなかったことも示されています。睡眠時無呼吸症候群は心血管リスクとの関連が深いため、血圧管理の面でもマウスピース治療は一定の効果が期待できるといえます。
- AHI(無呼吸低呼吸指数)の改善
- 日中の過度な眠気(ESS)の軽減
- いびきの減少
- 血圧の低下傾向
治療用マウスピースで睡眠時無呼吸症候群が改善しやすい人の特徴
すべての方にマウスピース治療が向いているわけではありません。軽度から中等度の睡眠時無呼吸症候群をお持ちで、体型や顎の条件が合う方が特に高い効果を得やすい傾向にあります。
軽度から中等度の睡眠時無呼吸症候群に向いている
米国睡眠医学会(AASM)と米国歯科睡眠医学会(AADSM)が共同で策定したガイドラインでは、軽度から中等度の睡眠時無呼吸症候群に対して口腔内装置を推奨しています。重度の方でも一定の改善が報告されていますが、一般に重症度が上がるほどCPAPの優位性が高まります。
軽度の場合はAHIが5以上15未満、中等度は15以上30未満です。この範囲の方は治療用マウスピースだけで症状がほぼ解消されるケースも珍しくありません。
CPAPが続けられない方の代替手段になる
CPAPは効果の高い治療法ですが、マスクの違和感や騒音、乾燥感などを理由に使用を中断してしまう方が一定数います。どれほど優れた治療法でも、継続できなければ効果はゼロに等しいでしょう。
ガイドラインでも、CPAPに耐えられない方や別の治療を希望する方に対して口腔内装置の処方を推奨しています。実際の臨床では、CPAPと同等の健康アウトカムが得られたとする報告もあり、続けやすさを含めた総合的な治療効果を考慮することが大切です。
体型や顎の形状も治療効果に影響する
マウスピース治療の効果は、患者さんの体格や骨格的な特徴によっても変わります。一般に、肥満度が低い方、仰向けで寝たときだけ症状が悪化する体位依存性の強い方ほど良好な効果が得られやすいとされています。
また、下顎を前方に出せる範囲(前方移動量)が大きい方は治療効果が高い傾向にあります。顎関節に問題を抱えている方や歯の本数が極端に少ない方は、装置の装着自体が難しい場合もあるため、事前の歯科的な評価が欠かせません。
| 条件 | 効果が出やすい | 効果が出にくい |
|---|---|---|
| 重症度 | 軽度〜中等度 | 重度 |
| 体型 | 標準体重〜やや肥満 | 高度肥満 |
| 体位依存性 | 仰臥位で悪化するタイプ | 体位に関係なく発症 |
歯ぎしりと睡眠時無呼吸症候群が同時に起きているケースへの対処
歯ぎしり(睡眠時ブラキシズム)と睡眠時無呼吸症候群は、同じ人に併存することが少なくありません。片方だけを見て対処すると、もう一方が見落とされるおそれがあります。
| 比較項目 | 睡眠時ブラキシズム(歯ぎしり) | 睡眠時無呼吸症候群 |
|---|---|---|
| 主な症状 | 歯のすり減り・顎の痛み | いびき・日中の眠気 |
| 主な原因 | ストレス・咬合異常など | 上気道の閉塞 |
| 治療装置 | ナイトガード(歯の保護) | 口腔内装置・CPAP |
2つの症状が同時に見られる頻度はどれくらい?
睡眠検査(ポリソムノグラフィー)を用いた研究では、睡眠時無呼吸症候群の患者さんのうち約50%に睡眠時ブラキシズムが認められたと報告されています。
無呼吸によるマイクロ覚醒(短い覚醒反応)の直後に歯ぎしりのエピソードが起こることが多く、無呼吸が歯ぎしりの引き金になっている可能性が示唆されています。
ただし、両者の因果関係についてはまだ議論が続いており、単なる併存なのか共通の原因があるのかは明確になっていません。軽度から中等度の睡眠時無呼吸症候群の方に歯ぎしりが多いという報告もあり、重症度との関連も研究が進んでいます。
ナイトガードだけでは両方の症状に対応できない
歯ぎしりの治療としてナイトガードを使い続けている方が、後から睡眠時無呼吸症候群と診断されるケースは珍しくありません。ナイトガードで歯は保護できても、無呼吸による酸素低下や睡眠の質の低下には対応できないため、日中の強い眠気や起床時の頭痛が改善しないまま過ごしている方もいます。
いびきや日中の強い眠気がある場合は、歯ぎしりの有無にかかわらず睡眠時無呼吸症候群の検査を受けることをおすすめします。
睡眠専門医と歯科医の連携が治療の鍵になる
歯ぎしりと睡眠時無呼吸症候群が併存している場合、治療方針の決定には睡眠専門医と歯科医の連携が欠かせません。睡眠専門医が睡眠検査の結果をもとに無呼吸の重症度を評価し、歯科医が口腔内の状態を確認したうえで治療用マウスピースの適応を判断します。
最近の臨床研究では、治療用マウスピース(下顎前方移動装置)の使用によって無呼吸だけでなく歯ぎしりのエピソードも減少したという報告があります。ただし、すべての方に同じ効果が見込めるわけではなく、個々の症状に合わせた装置の選択と調整が必要です。
睡眠時無呼吸症候群のマウスピース治療で押さえておきたい注意点
治療用マウスピースは手軽に使える反面、長期使用にあたっては注意すべき点もあります。正しい管理と定期的な通院が、治療効果を長く維持する条件です。
歯や顎関節への影響を定期的にチェックする
口腔内装置を長期間使用すると、噛み合わせ(咬合)に変化が生じる場合があります。具体的には、前歯の噛み合わせが浅くなる、奥歯が当たりにくくなるといった変化が報告されています。多くの場合は軽微な変化にとどまり、日常生活に支障をきたすほどではありません。
とはいえ、変化を早期に把握するためには定期的な歯科受診が大切です。ガイドラインでも、治療開始後は睡眠専門医と歯科医の双方に定期的に通院し、装置の適合性や口腔内の変化を確認するよう推奨しています。
装置の調整と経過観察を怠らない
調整式の口腔内装置は、下顎の前方移動量を少しずつ変えることで効果を高められます。初回の装着後すぐに効果が出る方もいれば、数回の調整を経てようやく改善が見られる方もいるため、途中であきらめず通院を続けることが治療成功の分かれ目になります。
また、装置の効果を客観的に確認するためには、治療開始後に再度睡眠検査を受けることも勧められています。体重の増減や加齢による喉の組織の変化など、治療中に条件が変わるときもあるため、数年ごとの再評価も視野に入れておきましょう。
長期使用で気をつけたいポイント
- 噛み合わせの変化がないか定期的に歯科で確認
- 顎関節の痛みや違和感が出たら早めに相談
- 装置の破損や劣化がないか自身でもチェック
- 体重変動があれば治療効果に影響する可能性あり
自己判断で市販品を使わず専門機関を受診する
「いびき対策」として市販されるマウスピースの中には、下顎を前方に出す構造のものも存在します。しかし、これらは医療機器としての認可を受けていないことが多く、下顎の移動量が適切かどうかの保証もありません。
合わない装置を使い続けると、顎関節や歯に不要な負担がかかります。睡眠時無呼吸症候群が疑われる場合は、まず医療機関で正確な診断を受け、専門の歯科医が作製する口腔内装置を処方してもらうのが安全です。
治療用マウスピースの作製には医師の紹介状が必要になることもあるため、最初の窓口は睡眠を専門に扱う医療機関がよいでしょう。
| 比較項目 | 市販のマウスピース | 医療機関で作製する口腔内装置 |
|---|---|---|
| 設計 | 既製品・熱成形 | 歯列に合わせたオーダーメイド |
| 調整 | 不可または限定的 | 段階的に微調整が可能 |
| 経過観察 | 自己管理 | 歯科医・睡眠専門医が定期フォロー |
よくある質問
- Q睡眠時無呼吸症候群の治療用マウスピースは歯科医院ならどこでも作れますか?
- A
すべての歯科医院で作製できるわけではありません。睡眠時無呼吸症候群に対する口腔内装置の作製には、睡眠歯科に関する専門的な知識と技術が必要です。治療用マウスピースは下顎の前方移動量を正確に設定し、睡眠検査の結果をもとに段階的に調整する必要があるため、経験のある歯科医に依頼することが望ましいでしょう。
多くの場合、睡眠専門の医療機関から連携先の歯科医院を紹介してもらう流れになります。まずは睡眠外来や呼吸器内科を受診し、医師の指示のもとで歯科医院を選ぶと安心です。
- Q睡眠時無呼吸症候群の治療用マウスピースを使うと歯並びが変わることはありますか?
- A
長期間使用すると、軽微な咬合の変化が起きる可能性があります。前歯の噛み合わせがわずかに浅くなる、奥歯の接触が変わるといった変化が報告されていますが、多くの場合は日常に支障をきたす程度ではありません。
こうした変化を早めに発見し対処するために、定期的な歯科受診が推奨されています。担当の歯科医が噛み合わせの経過を継続的にチェックすることで、大きな問題に発展する前に対応が可能です。
- Q睡眠時無呼吸症候群にCPAPと治療用マウスピースのどちらを選ぶべきですか?
- A
重症度や生活スタイルによって適した治療法は異なります。重度の睡眠時無呼吸症候群ではCPAPが第一選択とされることが多い一方、軽度から中等度の場合は治療用マウスピースが第一候補になることもあります。
CPAPは無呼吸の改善幅が大きい反面、マスクの装着感や騒音が理由で使い続けられない方もいます。治療を継続できなければ効果は得られないため、生活環境やご本人の希望も含めて担当医と相談しながら決めることが大切です。
- Q歯ぎしりがある場合に睡眠時無呼吸症候群の検査を受けたほうがよいですか?
- A
歯ぎしりがある方は、睡眠時無呼吸症候群の検査を一度受けておくことをおすすめします。研究データでは、睡眠時無呼吸症候群の患者さんの約半数に睡眠時ブラキシズム(歯ぎしり)が認められたとの報告があり、両者が同時に存在する割合は決して低くありません。
歯ぎしりだけだと思っていたら実は無呼吸も起きていた、というケースは臨床の現場でもしばしば見られます。日中の強い眠気やいびきを家族から指摘されている場合は、睡眠専門の医療機関で相談するとよいでしょう。
- Q睡眠時無呼吸症候群の治療用マウスピースはどのくらいの期間使い続ける必要がありますか?
- A
睡眠時無呼吸症候群の治療用マウスピースは、原則として毎晩の使用を長期にわたって続ける必要があります。睡眠時無呼吸症候群は体質や骨格に起因する場合が多く、装置の使用をやめれば症状が再発するのが一般的です。
装置自体の耐久年数はおおむね数年程度で、使用状況に応じて作り直しが必要になります。定期的に睡眠検査を受けて効果を確認し、装置の状態も含めて歯科医と相談しながら管理を続けていくことが望ましいでしょう。


