朝起きたとき、顎がだるい。歯がすり減っていると歯科医に指摘された――といった経験がある方もいるでしょう。じつは歯ぎしりや食いしばりの原因がストレスだけとは限りません。

近年の研究では、睡眠中に呼吸が止まる「睡眠時無呼吸症候群(SAS)」と歯ぎしり・食いしばりの間に深い関連があることがわかってきました。

眠っている間に気道がふさがり、体が酸素を取り込もうとした結果、無意識に顎を動かしているかもしれないのです。

目次

朝の顎の痛みは「夜間の窒息」が引き起こしていた

歯ぎしりや食いしばりは、睡眠中の呼吸障害に対する体の防御反応である場合があります。単なるクセと片付けてしまうと、根本的な原因を見逃してしまうかもしれません。

睡眠時無呼吸症候群と歯ぎしり・食いしばりが同時に起きやすい理由

睡眠中に舌の付け根や軟口蓋(のどの奥の柔らかい部分)が気道をふさぐと、体は酸欠状態に陥ります。脳はこの危機を察知すると、下顎を前方に動かして気道を広げようとする指令を出します。

そのときに生じるのが歯ぎしりや食いしばりです。つまり、顎を無意識に動かす行為は、息をしようとする「サバイバル反応」の一部だといえます。

いびきと歯ぎしりが同じ夜に繰り返される背景

いびきは気道が狭くなったときに粘膜が振動して発生する音です。気道の閉塞がさらに進むと無呼吸に至り、その直後に歯ぎしりが生じるパターンが睡眠検査で確認されています。

つまり、いびきと歯ぎしりは別々の問題ではなく、一連の呼吸トラブルの「入り口」と「出口」のような関係にあるわけです。

パートナーから「いびきがうるさい上に、歯ぎしりもしている」と言われたら、睡眠時の呼吸を疑う大きな手がかりになります。

いびき・歯ぎしり・無呼吸の時系列

段階体の状態発生する音・動作
第1段階気道がやや狭くなるいびき
第2段階気道がほぼ閉塞する無呼吸(静寂)
第3段階脳が覚醒反応を起こす歯ぎしり・食いしばり
第4段階気道が再開通する大きないびき・あえぎ

ストレスだけが原因だと思い込むと見落とす落とし穴

歯ぎしりの原因として多くの方が真っ先に思い浮かべるのがストレスでしょう。たしかに精神的な緊張は歯ぎしりを悪化させます。

けれども、ストレス対策だけで歯ぎしりが治まらない場合、背後に睡眠時無呼吸症候群が潜んでいることも珍しくありません。歯科医でマウスピースを作ってもらっても根本原因が呼吸にあるなら、症状の改善には限界があります。

歯が削れる・詰め物が壊れる――口腔内に残る睡眠時無呼吸症候群のサイン

睡眠時無呼吸症候群による食いしばりの力は、日中の何倍にも達することがあり、歯や補綴物(詰め物・かぶせ物)に深刻なダメージを与えます。口の中に残された「痕跡」こそ、見逃してはならない警告です。

歯科医が見つける「咬耗」は無呼吸のヒントになる

咬耗(こうもう)とは、歯の表面が摩耗してすり減った状態を指します。通常の噛み合わせでも年齢とともに多少は削れますが、睡眠時無呼吸に伴う歯ぎしりでは30~40代でも著しい咬耗が見られる場合があります。

犬歯(糸切り歯)の先端が平らになっていたり、奥歯のエナメル質がなくなって象牙質が露出していたりする場合は要注意です。歯科医はこれらのサインから睡眠時の問題を疑い、睡眠外来の受診をすすめるケースが増えています。

頬の内側の白い線と舌の圧痕が示す食いしばりの証拠

食いしばりが続くと、頬の粘膜が歯に押し付けられて白い線状の跡が残ります。舌にも歯の跡がつく「舌圧痕(ぜつあっこん)」がよく見られます。

これらは痛みを伴わないため、歯科検診で指摘されて初めて気づく方がほとんどです。鏡の前で頬の内側や舌の縁を確認してみてください。もし白い線やギザギザの跡があれば、夜間に強い食いしばりをしている証拠かもしれません。

詰め物やかぶせ物が頻繁に壊れるのは偶然ではない

セラミックの詰め物がたびたび割れる、かぶせ物が外れやすい――そうした経験を「たまたま運が悪かった」と考えていないでしょうか。睡眠時無呼吸に伴う食いしばりでは、1本の歯に100kg以上の力がかかるとも報告されています。

どれほど精密な補綴治療をしても、夜間に過大な力が加わり続ければ壊れるのは当然です。原因が睡眠時の呼吸障害にあるとわかれば、歯科治療と並行して睡眠の治療を進めると、歯を守ることにつながります。

口腔内に見られる主な食いしばりサイン

サイン確認部位特徴
咬耗(歯のすり減り)犬歯・前歯・奥歯エナメル質が消失し象牙質が露出
白線(バイトライン)頬の内側の粘膜歯列に沿った白い線状の跡
舌圧痕舌の縁歯型がついたギザギザ模様
補綴物の破損詰め物・かぶせ物短期間での破折や脱離の繰り返し
楔状欠損(くさびじょうけっそん)歯の根元付近歯茎との境目がえぐれる

歯科医が睡眠時無呼吸症候群に注目し始めた理由と歯科の新しい役割

従来、睡眠時無呼吸症候群の診断と治療は内科や耳鼻咽喉科の領域でした。しかし、口腔内の所見から無呼吸を早期発見できるとわかり、歯科医の果たす役割が急速に拡大しています。

定期検診で「まさか無呼吸?」と気づくケースが増えている

歯科の定期検診は3~6か月ごとに受ける方が多く、内科に比べて受診頻度が高い傾向があります。

歯科医が咬耗や歯の破折パターンから睡眠時の異常を疑い、患者さんに「夜中にいびきをかいていませんか?」と問いかけることが増えました。

実際に、歯科での指摘がきっかけとなり睡眠時無呼吸症候群の診断にたどり着く方は少なくありません。虫歯チェックのつもりで受けた検診が、全身の健康を見直すきっかけになることもあるのです。

口腔内装置(マウスピース)による睡眠時無呼吸の治療

歯科では口腔内装置(OA:Oral Appliance)と呼ばれる専用のマウスピースで、軽度から中等度の睡眠時無呼吸症候群を治療できます。就寝中に下顎を前方に保持することで気道を広げ、無呼吸やいびきを軽減するしくみです。

CPAP(シーパップ:持続陽圧呼吸療法)が合わない方や、出張・旅行が多い方にとって持ち運びやすい選択肢となります。ただし、重症例ではCPAPが第一選択になるため、治療方針は担当医とよく相談してください。

CPAPと口腔内装置の比較

項目CPAP口腔内装置(OA)
対象となる重症度軽度~重度主に軽度~中等度
携帯性やや大きい小さく持ち運びやすい
装着感マスクを顔に固定マウスピースを口に装着
作製場所医療機器メーカー歯科医院

歯科と睡眠外来が連携すると治療効果が高まる

睡眠時無呼吸症候群の治療で成果を上げるには、睡眠外来と歯科が情報を共有しながら進めることが大切です。

睡眠検査の結果にもとづいて口腔内装置を調整し、再検査で効果を確認するサイクルを回すことで、患者さん一人ひとりに合った治療が実現します。

お住まいの地域に睡眠外来と連携している歯科医院があれば、まずは相談してみるとよいでしょう。

睡眠時無呼吸症候群が食いしばりだけでなく全身に及ぼすリスク

睡眠時無呼吸症候群は歯や顎だけの問題にとどまりません。放置すれば高血圧や心疾患、日中の強い眠気による事故リスクなど、全身の健康を脅かします。

高血圧・心臓病・脳卒中との関連

無呼吸のたびに酸素濃度が急激に低下し、体は交感神経を活性化させて血圧を上げます。一晩に数十回から数百回もこの状態を繰り返すため、慢性的な高血圧につながることが多くの研究で示されています。

高血圧が続けば動脈硬化が進み、心筋梗塞や脳卒中のリスクも高まります。降圧剤を飲んでも血圧が下がりにくい「治療抵抗性高血圧」の背景に、睡眠時無呼吸症候群が隠れていたという報告も珍しくありません。

日中の眠気・集中力低下が生活を蝕んでいく

夜間に何度も呼吸が止まると、深い睡眠がとれず脳が十分に休まりません。その結果、日中に強い眠気を感じたり、集中力が続かなくなったりします。

仕事のパフォーマンスが落ちる、運転中にヒヤリとする瞬間がある――こうした症状に心あたりがあるなら、睡眠の質そのものを見直す必要があるでしょう。

メンタルヘルスへの影響も見逃せない

慢性的な睡眠不足はうつ症状や不安感を強める要因です。睡眠時無呼吸症候群の患者さんは、そうでない方に比べてうつ病の発症リスクが高いとする研究データもあります。

「朝から気分が沈む」「以前より意欲がわかない」といった変化がある場合、精神的な問題だけでなく、睡眠中の呼吸に原因が隠れていないか確認してみてください。

睡眠時無呼吸症候群が全身に及ぼす影響

影響を受ける領域代表的な症状・疾患背景にあるしくみ
循環器系高血圧・不整脈・心不全間欠的低酸素による交感神経亢進
脳血管系脳卒中動脈硬化の促進
代謝系糖尿病・脂質異常症インスリン抵抗性の増大
精神面うつ症状・不安障害睡眠の分断による脳への負担
日常生活居眠り運転・作業効率低下深い睡眠の欠如

自分でできるセルフチェックで睡眠時無呼吸症候群のリスクを見極めよう

睡眠時無呼吸症候群は自覚症状が乏しいことが多く、本人が気づかないまま何年も過ごしてしまうケースが少なくありません。まずは簡単なセルフチェックで、受診の目安を確認してみましょう。

パートナーや家族の「証言」が一番の手がかり

睡眠中の自分の様子は自分ではわかりません。パートナーや同居の家族に、「いびきが途中で止まる瞬間がないか」「息を止めたあとにガッと大きく息を吸っていないか」をたずねてみてください。

一人暮らしの方は、スマートフォンの睡眠記録アプリでいびきの録音を試してみるのもひとつの方法です。

日中の眠気を数値化するエプワース眠気尺度

エプワース眠気尺度(ESS:Epworth Sleepiness Scale)は、日常生活の8つの場面で「どのくらい眠くなるか」を0~3点で自己評価する問診票です。合計点が11点以上であれば、日中の過度な眠気がある状態と判断されます。

この問診票は多くの医療機関で使われており、インターネット上でも無料で試せます。気になる方はまず自己チェックをしてみてください。

睡眠時無呼吸症候群を疑うセルフチェック項目

チェック項目該当する場合の解釈
大きないびきを指摘される気道の狭窄を示唆
睡眠中に呼吸が止まると言われた無呼吸が起きている可能性
朝起きたとき頭痛がある夜間低酸素の影響
日中に強い眠気がある睡眠の質の低下
歯ぎしり・食いしばりの指摘呼吸障害への防御反応の可能性
夜中に何度もトイレに起きる無呼吸による夜間頻尿

BMIや首まわりの太さもリスク評価に使える

BMI(体格指数)が25以上の方や、首まわりが男性で43cm以上・女性で38cm以上の方は、睡眠時無呼吸症候群のリスクが高いとされています。肥満により首まわりに脂肪がつくと、気道が物理的に狭くなるためです。

ただし痩せている方でも、下顎が小さいなど骨格的な特徴によって発症することがあるため、体型だけで判断しないよう注意が必要です。

睡眠時無呼吸症候群の検査と診断はどこで受けられるのか

睡眠時無呼吸症候群を正確に診断するには、医療機関での検査が必要です。自宅でできる簡易検査と、入院して行う精密検査の2種類があり、症状の程度に応じて選ばれます。

まずは内科・呼吸器科・耳鼻咽喉科を受診する

睡眠時無呼吸症候群の診療は、内科・呼吸器内科・耳鼻咽喉科が中心です。近年は「睡眠外来」を標榜する専門クリニックも増えてきました。

受診の際は、家族からの指摘や自覚症状(いびき・日中の眠気・歯ぎしりなど)をメモして持参すると、医師がスムーズに判断しやすくなります。

自宅でできる簡易検査(パルスオキシメトリー検査)

簡易検査は、小型の測定機器を自宅に持ち帰り、指先にセンサーを装着して一晩眠るだけで完了します。血中酸素飽和度(SpO2)の変動や呼吸の状態を記録し、無呼吸の有無をスクリーニングするものです。

検査自体に痛みはなく、普段通りの環境で眠れるため負担が少ないのが利点です。

入院で行う精密検査(ポリソムノグラフィー/PSG)で確定診断を受ける

簡易検査で睡眠時無呼吸の疑いが強まった場合、ポリソムノグラフィー(PSG)と呼ばれる精密検査に進みます。脳波・眼球運動・筋電図・心電図・呼吸気流・血中酸素濃度など、複数のデータを同時に記録する終夜睡眠検査です。

1時間あたりの無呼吸・低呼吸の回数(AHI:無呼吸低呼吸指数)によって重症度が分類され、治療方針が決定されます。一般的にAHIが5以上で軽症、15以上で中等症、30以上で重症とされています。

簡易検査と精密検査の違い

項目簡易検査精密検査(PSG)
実施場所自宅医療機関(1泊入院)
計測項目SpO2・呼吸気流など脳波・心電図・筋電図ほか多数
所要時間一晩一晩(夕方入院~翌朝退院)
精度スクリーニング確定診断が可能

歯ぎしり・食いしばりと睡眠時無呼吸症候群を同時にケアする生活習慣

医療機関での治療と並行して、日常生活の工夫で症状を和らげられます。歯ぎしりと睡眠時無呼吸のどちらにも効果が期待できる生活習慣の見直しポイントをまとめました。

横向き寝で気道を確保していびきと食いしばりを軽減する

仰向けで寝ると舌が重力で喉の奥に落ち込み、気道がふさがりやすくなります。横向きで寝るだけで気道の閉塞が緩和され、いびきや無呼吸が減るケースは少なくありません。

抱き枕を使ったり、背中にテニスボールを入れたTシャツを着て仰向けになりにくくしたりする方法は、手軽に試せる工夫です。

歯ぎしり・無呼吸を軽減する生活習慣のポイント

  • 横向き寝を習慣にして気道を確保する
  • 就寝前のアルコールは控える(筋弛緩で気道が狭まるため)
  • 適正体重を維持して首まわりの脂肪を減らす
  • 禁煙を心がける(喫煙は気道の炎症を悪化させる)
  • 就寝前のカフェインを避けて入眠の質を高める

体重管理で首まわりの脂肪を減らすと気道が広がる

肥満は睡眠時無呼吸症候群の大きなリスク因子です。体重を5~10%減らすだけでも、AHI(無呼吸低呼吸指数)が有意に改善したというデータがあります。

過度な食事制限よりも、ウォーキングなど日常に取り入れやすい有酸素運動と、バランスのよい食事を組み合わせるほうが長続きします。体重が適正範囲に戻ると、顎にかかる負担も軽くなるため歯ぎしりの緩和にもつながるでしょう。

就寝前のアルコールと睡眠薬の服用に注意する

アルコールは喉まわりの筋肉を弛緩させ、気道の閉塞を悪化させます。「寝酒をすると眠りやすい」と感じる方は多いものの、睡眠の質は大幅に低下し、無呼吸が増えることがわかっています。

ベンゾジアゼピン系の睡眠薬にも同様の筋弛緩作用があるため、睡眠時無呼吸症候群と診断された方は必ず主治医に相談してください。

代替の入眠方法として、寝室の温度・湿度を整える、就寝1時間前にスマートフォンを手放すなどの環境調整も試す価値があります。

よくある質問

Q
睡眠時無呼吸症候群による歯ぎしりはマウスピースだけで治るのか?
A

歯科医院で作製するマウスピース(ナイトガード)は、歯のすり減りや破損を防ぐ効果があります。

ただし、睡眠時無呼吸症候群が歯ぎしりの原因になっている場合、歯を保護するだけでは根本的な解決にはなりません。

呼吸が止まるたびに体が歯を食いしばる反応は、気道の問題を治療しないかぎり繰り返されます。そのため、マウスピースによる歯の保護と並行して、睡眠外来で無呼吸そのものの治療を受けることが大切です。

Q
睡眠時無呼吸症候群と食いしばりは子どもにも起きるのか?
A

小児でも睡眠時無呼吸症候群は発症し、食いしばりや歯ぎしりを伴うことがあります。子どもの場合は、アデノイドや扁桃肥大が気道を狭くする主な原因です。

夜間の口呼吸やいびき、寝相の悪さ、日中の落ち着きのなさなどが見られたら、耳鼻咽喉科や小児科に相談すると良いでしょう。早期に対処すれば、顎の発育や歯並びへの悪影響を防ぐことにもつながります。

Q
睡眠時無呼吸症候群の治療を始めると歯ぎしりはなくなるのか?
A

CPAP治療や口腔内装置で無呼吸が改善されると、呼吸にともなう歯ぎしりは減少する傾向があります。実際に、CPAP導入後に歯ぎしりの頻度が大幅に減ったという報告も複数あります。

ただし、歯ぎしりの原因は睡眠時無呼吸だけでなくストレスや噛み合わせの問題など複合的であるため、完全になくなるとは断言できません。治療の効果は個人差があるため、定期的なフォローアップで経過を見守ることが大切です。

Q
痩せているのに睡眠時無呼吸症候群と診断されることはあるのか?
A

痩せている方でも睡眠時無呼吸症候群になることがあります。日本人を含むアジア人は欧米人と比べて下顎が小さい傾向があり、骨格的な特徴によって気道が狭くなりやすいためです。

扁桃腺が大きい方や、舌が分厚い方もリスクが高まります。体型だけで「自分は大丈夫」と判断せず、いびきや歯ぎしり、日中の眠気といった症状が気になる方は、一度医療機関で相談してみてください。

Q
睡眠時無呼吸症候群の検査は歯科医院でも受けられるのか?
A

睡眠時無呼吸症候群の診断に必要なポリソムノグラフィーや簡易検査は、睡眠外来や内科・呼吸器科・耳鼻咽喉科で実施されます。歯科医院単独で確定診断を行うことは通常ありません。

ただし、歯科医が口腔内の所見から無呼吸の可能性を指摘し、適切な医療機関を紹介してくれるケースは増えています。

歯ぎしりや食いしばりが気になる場合は、まずかかりつけの歯科医に相談し、必要に応じて睡眠外来への紹介状を書いてもらうとスムーズです。

参考にした文献