夜、眠っている最中に突然の息苦しさで目が覚める。それは空気を吸っても吸っても足りないような「過呼吸」の感覚でしょうか。それとも呼吸が止まっていた後の「無呼吸」の苦しさなのでしょうか。
睡眠中の息苦しさは過呼吸(過換気症候群)、睡眠時無呼吸症候群(SAS)、そして夜間パニック発作など、いくつかの異なる原因が考えられます。
この記事では、それぞれの症状の特徴と違い、見分け方のポイントを詳しく解説します。
睡眠中の息苦しさの正体とは
睡眠中に感じる息苦しさは非常に不安な体験です。その原因は一つではなく、それぞれ異なる体の状態を反映しています。
まずは代表的な3つの状態の違いを理解しましょう。
「過呼吸」と「無呼吸」の根本的な違い
「過呼吸」は必要以上に呼吸をしすぎてしまう状態です。
呼吸が速く浅くなり、息苦しさを感じますが、実際には体内の酸素は足りており、二酸化炭素が減りすぎている状態です。
一方、「無呼吸」は空気の通り道が塞がれるなどして呼吸が止まってしまう状態です。こちらは実際に体内の酸素が不足し、危険な低酸素状態に陥ります。
過呼吸と無呼吸の比較
項目 | 過呼吸(過換気) | 無呼吸 |
---|---|---|
呼吸の状態 | 速く、浅い呼吸を繰り返す | 10秒以上、呼吸が停止する |
体内の酸素 | 正常または過剰 | 不足する(低酸素状態) |
なぜ睡眠中に息苦しさを感じるのか
睡眠中は意識がないため体の異常に気づきにくい状態です。しかし体が危険を察知すると脳は強制的に覚醒して警告を発します。
無呼吸による酸素不足、過呼吸による血液バランスの乱れ、パニック発作による交感神経の急激な興奮などが、この覚醒と息苦しさの引き金となります。
症状が似ている他の状態
心不全や喘息などの呼吸器・循環器系の病気でも夜間に息苦しさを感じることがあります。特に横になると呼吸が苦しくなる「起坐呼吸」は心不全のサインである可能性もあります。
自己判断はせず、症状が続く場合は必ず医療機関を受診することが重要です。
睡眠時過呼吸(過換気症候群)の特徴
睡眠中に起こる過呼吸は精神的なストレスや不安が背景にあることが多いとされています。
日中に起こる過呼吸発作と同様の症状が、睡眠中に現れます。
主な症状と感覚
主な症状は、「息が吸えない」「空気が足りない」といった窒息感です。呼吸が速く浅くなり、それに伴って手足のしびれやめまい、動悸などを感じることがあります。
不安や恐怖感から、さらに呼吸が乱れるという悪循環に陥りやすいのが特徴です。
過呼吸の主な身体症状
症状 | 原因 |
---|---|
息苦しさ、窒息感 | 呼吸筋の過緊張 |
手足のしびれ、けいれん | 血液のアルカリ化(呼吸性アルカローシス) |
動悸、胸の痛み | 交感神経の興奮 |
ストレスや不安との関連性
過呼吸は精神的なストレスや不安、疲労が引き金となって起こることが多いです。
日中に強いストレスを感じていたり、心配事を抱えていたりすると睡眠中にその影響が現れ、過呼吸発作を誘発することがあります。
眠りにつくこと自体への不安が症状を悪化させることもあります。
日中に起こる過呼吸との違い
睡眠中に起こる過呼吸は無意識の状態で始まるため、発作の初期段階に気づきにくいという特徴があります。
息苦しさで目が覚めた時にはすでに症状がかなり進行していることが多く、強いパニック状態に陥りやすい傾向があります。
睡眠時無呼吸症候群(SAS)との見分け方
過呼吸とSASによる息苦しさは似ているようでいて、その背景にある呼吸パターンは全く異なります。いくつかのポイントで見分けることができます。
呼吸パターンの違い
SASの場合、息苦しさで目覚める直前には呼吸が止まっている「無呼吸」または著しく浅くなっている「低呼吸」の状態があります。
家族からは「大きないびきが急に静かになり、しばらくして大きな呼吸とともに再開する」といった指摘を受けることが多いです。一方、過呼吸は速く浅い呼吸が続く状態です。
いびきの有無と特徴
SASの患者さんのほとんどは習慣的に大きないびきをかきます。このいびきは気道が狭くなっている証拠です。過呼吸自体は、必ずしもいびきを伴うわけではありません。
ただし、SASの方が二次的にパニックを起こすこともあるため注意が必要です。
SASと過呼吸の主な違い
ポイント | 睡眠時無呼吸症候群(SAS) | 睡眠時過呼吸 |
---|---|---|
目覚める直前の呼吸 | 止まっている、または極端に浅い | 速く、浅い |
いびき | 習慣的にかくことが多い | 通常は伴わない |
日中の症状 | 強い眠気、倦怠感 | 不安感、疲労感 |
目覚めた時の状態の違い
SASの場合、息苦しさで目覚めた後は呼吸が再開すれば落ち着くことが多いです。しかし日中には強い眠気や倦怠感が残ります。
一方、過呼吸の場合は目覚めた後も不安感や手足のしびれがしばらく続くことがあります。
夜間パニック発作との違い
夜間に突然の強い恐怖感とともに息苦しさが現れる場合、夜間パニック発作の可能性も考えられます。
突然の強い恐怖感や不安
夜間パニック発作は理由なく突然、「死んでしまうのではないか」というほどの強烈な恐怖感や不安感に襲われるのが最大の特徴です。
この精神的な症状に続いて、息苦しさや動悸などの身体症状が現れます。
動悸や発汗などの身体症状
息苦しさに加えて激しい動悸、めまい、吐き気、発汗、体の震えなど多彩な身体症状が同時に現れます。
これらの症状は交感神経が急激に活性化することによって引き起こされます。
- 激しい動悸、心拍数の増加
- 発汗、体の震え
- 息切れ、窒息感
- めまい、ふらつき
発作の時間と持続性
発作のピークは通常10分以内と比較的短く、長くても30分程度で自然に収まることがほとんどです。しかし患者さん本人にとっては非常に長く苦しい時間に感じられます。
「また発作が起きたらどうしよう」という予期不安から、不眠につながることもあります。
症状の比較まとめ
症状 | 睡眠時無呼吸症候群 | 睡眠時過呼吸 | 夜間パニック発作 |
---|---|---|---|
息苦しさ | 呼吸再開時のあえぎ | 速く浅い呼吸によるもの | 強い恐怖感に伴う |
精神症状 | 眠気、集中力低下 | 不安感 | 強烈な恐怖、死の恐怖 |
いびき | 多い | 少ない | 関連は薄い |
なぜ症状を見分けることが重要なのか
睡眠中の息苦しさの原因を正しく見分けることは適切な治療を受け、深刻な事態を避けるために極めて重要です。
治療法が全く異なる
SASの治療はCPAP療法などで物理的に気道を確保することが中心ですが、過呼吸やパニック発作の治療は、抗不安薬などの薬物療法やストレス管理、カウンセリングといった心理的なアプローチが中心となります。
原因が違えば治療法も全く異なるのです。
放置するリスクの違い
SASを放置すると高血圧や心筋梗塞、脳卒中など命に関わる生活習慣病のリスクが著しく高まります。
一方、過呼吸やパニック発作は直接命に関わることは少ないですが、生活の質(QOL)を大きく損ない、うつ病などを合併する可能性もあります。
正しい診断への第一歩
ご自身の症状を正しく観察し、医師に伝えることが正しい診断への第一歩です。
いつどのような状況で、どんな息苦しさを感じたのか、他にどんな症状があったのかを記録しておくと診察の際に非常に役立ちます。
自分でできる対処法と注意点
夜間に息苦しさで目覚めた時、パニックにならずに対応するための知識と、普段からできるセルフケアを紹介します。
息苦しさで目覚めた時の対応
もし過呼吸のような状態で目覚めたら、まずは慌てずにゆっくりと呼吸することを意識しましょう。
息を吐くことを長く意識するのがコツです。「吸って、吐いて、吐いて」と心の中で数えながら、落ち着いて呼吸を整えます。
かつて言われたような紙袋を口に当てるペーパーバッグ法は窒息の危険があるため、絶対に行わないでください。
リラックス法とストレス管理
過呼吸やパニック発作の背景にはストレスが関わっていることが多いです。日頃から自分に合ったリラックス法を見つけて実践することが予防につながります。
- 就寝前のストレッチやヨガ
- ぬるめのお風呂にゆっくり浸かる
- アロマテラピーやヒーリング音楽の活用
自己判断の危険性と受診の目安
睡眠中の息苦しさは深刻な病気のサインである可能性があります。
症状が一度だけでなく繰り返される場合や日中の眠気が強い場合、いびきを指摘される場合は自己判断せずに必ず専門の医療機関を受診してください。
よくある質問
最後に、睡眠中の息苦しさに関して患者さんからよく寄せられる質問にお答えします。
- Q睡眠中の息苦しさは何科を受診すればよいですか?
- A
まずは睡眠時無呼吸症候群の可能性を考慮し、呼吸器内科や睡眠専門クリニックを受診することをお勧めします。
そこでSASが否定された場合や精神的な要因が強いと判断された場合には、心療内科や精神科への受診を勧められることがあります。
- Q睡眠時無呼吸症候群が過呼吸を引き起こすことはありますか?
- A
はい、あります。
SASによる無呼吸の後の息苦しさや窒息感が引き金となり、パニック状態に陥って二次的に過呼吸発作を起こすことがあります。
両者が合併しているケースも少なくないため、専門医による正確な診断が重要です。
- Q息苦しさで眠るのが怖いです。どうすればいいですか?
- A
「また発作が起きたらどうしよう」という予期不安は、さらなる不眠や症状の悪化につながります。一人で抱え込まず、専門医に相談してください。
原因を特定し、適切な治療を受けることが不安を解消し、安心して眠れるようになるための最も確実な方法です。
以上
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