「夜中に何度も目が覚める」「寝ても疲れが取れない」といったお悩みはありませんか。
それはもしかしたら睡眠中の「浅い呼吸」が原因かもしれません。
浅い呼吸は自分では気づきにくいものの、睡眠の質を著しく低下させ、日中の活動や長期的な健康に悪影響を及ぼすことがあります。特に睡眠時無呼吸症候群(SAS)のサインである可能性も否定できません。
この記事では睡眠中の浅い呼吸の原因や体への影響、そして深い眠りを取り戻すための改善策について専門的な観点から分かりやすく解説します。
睡眠中の「浅い呼吸」とは何か
まず、睡眠中に起こる「浅い呼吸」がどのような状態を指すのか、その基本的な特徴を理解しましょう。
浅い呼吸の医学的な定義
医学的に「浅い呼吸」は「低呼吸(ていこきゅう)」と呼ばれる状態に該当することがあります。
低呼吸とは通常の呼吸に比べて換気量(一回に吸い込む空気の量)が一定以上低下した状態が、ある程度の時間持続することを指します。
具体的には睡眠ポリグラフ検査(PSG検査)において鼻や口からの空気の流れが基準値から30%以上低下し、かつ血液中の酸素飽和度(SpO2)が3%以上低下するか、または覚醒反応を伴う状態が10秒以上続いた場合などに低呼吸と判定します。
正常な呼吸との違い
正常な睡眠中の呼吸は深く、規則正しいリズムで行われ、体に必要な酸素を十分に取り込み、二酸化炭素を排出します。
一方、浅い呼吸では一回あたりの換気量が少ないため、体内に十分な酸素を取り込めず、二酸化炭素の排出も不十分になることがあります。この状態が続くと体は酸素不足に陥りやすくなります。
呼吸の状態比較
項目 | 正常な呼吸 | 浅い呼吸(低呼吸) |
---|---|---|
呼吸の深さ | 深い | 浅い |
換気量 | 十分 | 不十分(低下) |
酸素供給 | 安定 | 不安定・低下傾向 |
なぜ睡眠中に呼吸が浅くなりやすいのか
睡眠中は覚醒時と比べて体の状態が変化します。特に筋肉の緊張が緩む(筋弛緩)ため、上気道(のどや舌の周辺)の筋肉も弛緩しやすくなります。
このため、もともと気道が狭い人や肥満がある人などは空気の通り道がさらに狭くなり、浅い呼吸や無呼吸が生じやすくなるのです。
また、睡眠の段階によっても呼吸のパターンは変動します。
浅い呼吸が体に及ぼす様々な影響
睡眠中の浅い呼吸が慢性的に続くと体に様々な悪影響が現れる可能性があります。短期的な影響から長期的な健康リスクまで見ていきましょう。
酸素不足と二酸化炭素の蓄積
浅い呼吸が続くと体内に取り込まれる酸素の量が減少し、血液中の酸素濃度が低下します(低酸素血症)。同時に体外へ排出されるべき二酸化炭素が体内に蓄積しやすくなります(高炭酸ガス血症)。
これらの状態は体の細胞や臓器の機能に負担をかけ、様々な不調の原因となります。
睡眠の質の低下と断片化
浅い呼吸による低酸素状態は脳を覚醒させやすくします。本人は意識していなくても睡眠中に何度も短い覚醒(マイクロアローザル)が起こり、深い睡眠の割合が減少します。
この睡眠の断片化により、睡眠時間は足りていても質の高い休息が得られず、熟睡感が得られにくくなります。
睡眠の質低下による主な症状
- 起床時の疲労感、だるさ
- 寝ても寝足りない感じ
- 日中の強い眠気
日中の活動への影響
睡眠の質が低下すると日中の活動にも大きな影響が出ます。最も代表的なのは強い眠気や倦怠感です。
集中力や判断力、記憶力の低下も見られ、仕事や学業の能率が悪化したり、ミスが増えたりすることがあります。
また、居眠り運転による交通事故のリスクも高まります。
浅い呼吸による日中への影響例
影響の種類 | 具体的な症状・状態 | 日常生活への支障 |
---|---|---|
認知機能 | 集中力低下、記憶力低下、判断力低下 | 仕事のミス、学習効率の低下 |
精神状態 | イライラしやすい、気分の落ち込み、意欲低下 | 人間関係の悪化、QOL低下 |
身体機能 | 強い眠気、倦怠感、疲労感 | 居眠り運転リスク、活動量の低下 |
長期的な健康リスクの増大
慢性的な浅い呼吸とそれに伴う低酸素状態は交感神経を緊張させ、血圧を上昇させます。また、インスリンの効きを悪くする(インスリン抵抗性)など体の代謝にも悪影響を与えます。
これらの要因が複合的に作用し、長期的には高血圧、心臓病(狭心症、心筋梗塞、不整脈など)、脳卒中、糖尿病といった生活習慣病の発症や悪化のリスクを高めることが知られています。
睡眠中に呼吸が浅くなる主な原因
睡眠中に呼吸が浅くなる原因は一つではありません。様々な要因が単独で、あるいは複合的に関与していると考えられます。
睡眠時無呼吸症候群(SAS)
睡眠中に呼吸が浅くなる最も代表的な原因の一つが睡眠時無呼吸症候群(SAS)です。
SASでは睡眠中に上気道が狭くなったり完全に塞がったりすることで、無呼吸(呼吸が止まる)や低呼吸(呼吸が浅くなる)を繰り返します。
特に低呼吸が主体となるタイプのSASでは大きないびきを伴わないこともあり、本人も周囲も気づきにくい場合があります。
鼻や喉の構造的な問題
鼻づまり(アレルギー性鼻炎、鼻中隔弯曲症など)や扁桃腺の肥大、アデノイド増殖症、舌が大きい(巨舌症)、顎が小さい(小顎症)など鼻や喉の解剖学的な構造の問題も、空気の通り道を狭くし、睡眠中の浅い呼吸を引き起こす原因となります。
これらの問題があると口呼吸になりやすく、さらに気道が不安定になることがあります。
気道を狭くする可能性のある構造的問題
部位 | 問題の例 | 呼吸への影響 |
---|---|---|
鼻 | 鼻炎、鼻中隔弯曲症、ポリープ | 鼻呼吸困難、口呼吸の誘発 |
喉(咽頭・喉頭) | 扁桃肥大、アデノイド、軟口蓋低位、巨舌症 | 上気道の狭窄・閉塞 |
顎 | 小顎症、下顎後退症 | 舌根沈下による気道狭窄 |
肥満と気道の圧迫
肥満、特に首周りや喉の周囲に脂肪がつくと上気道が内側から圧迫されて狭くなり、浅い呼吸や無呼吸が生じやすくなります。
また、腹部の脂肪が多いと横隔膜の動きが制限され、呼吸が浅くなることもあります。肥満はSASの最も重要なリスク因子の一つです。
ストレスや精神的な要因
強いストレスや不安、抑うつ状態などの精神的な要因も自律神経のバランスを乱し、呼吸パターンに影響を与えることがあります。
精神的な緊張状態が続くと無意識のうちに呼吸が浅く速くなる傾向があります。これが睡眠中にも影響し、浅い呼吸を引き起こす可能性があります。
薬剤の副作用や飲酒・喫煙の影響
一部の睡眠薬や精神安定剤、筋弛緩薬などは呼吸中枢の働きを抑制したり、筋肉の弛緩を強めたりすることで呼吸を浅くする副作用を持つことがあります。
また、アルコールは筋肉を弛緩させる作用があるため就寝前の飲酒は上気道を狭くし、浅い呼吸やいびきを悪化させます。
喫煙は気道の慢性的な炎症を引き起こし、気道粘膜を腫れさせるため、空気の通りを悪くします。
浅い呼吸と睡眠時無呼吸症候群(SAS)の深い関係
睡眠中の浅い呼吸は睡眠時無呼吸症候群(SAS)と密接に関連しています。SASにおける浅い呼吸の位置づけや特徴を理解しましょう。
低呼吸としての浅い呼吸の重要性
SASの診断において「低呼吸」は「無呼吸」と同様に重要な評価項目です。無呼吸は呼吸が完全に停止した状態ですが、低呼吸は呼吸が著しく浅くなった状態を指します。
低呼吸であっても体内の酸素濃度が低下したり、睡眠が妨げられたりするため、無呼吸と同様に体に悪影響を及ぼします。
AHI(無呼吸低呼吸指数)は無呼吸と低呼吸の合計回数でSASの重症度を判定します。
SASにおける低呼吸の診断基準
前述の通り、睡眠検査(PSG)において呼吸の気流が一定以上低下し、かつ血中酸素飽和度の低下または脳波上の覚醒反応を伴う場合に低呼吸と診断されます。
この低呼吸が1時間に5回以上認められ、かつ日中の眠気などの症状がある場合にSASと診断されます。低呼吸の回数が多いほどSASは重症と判断されます。
SASの重症度分類(AHIに基づく)
重症度 | AHI(1時間あたりの無呼吸・低呼吸回数) |
---|---|
軽症 | 5回以上15回未満 |
中等症 | 15回以上30回未満 |
重症 | 30回以上 |
いびきを伴わないSASと浅い呼吸
SASの典型的な症状として大きないびきが挙げられますが、低呼吸が主体のSASの場合、必ずしも大きないびきを伴うとは限りません。
「いびきをかかないから大丈夫」と思っていても、実は睡眠中に浅い呼吸(低呼吸)を繰り返している可能性があります。
このようなケースではSASの発見が遅れがちになるため、いびき以外の自覚症状に注意することが大切です。例えば日中の強い眠気や起床時の頭痛、熟睡感のなさなどがサインとなります。
SASが原因の場合の特有の症状
浅い呼吸がSASによるものである場合、以下のような症状が併せて見られることがあります。
- 睡眠中に息が苦しくて目が覚めることがある
- 家族から、睡眠中に呼吸が止まっていたり、あえいでいたりすると指摘される
- 夜中に何度もトイレに起きる(夜間頻尿)
- 朝起きた時に口が渇いている
これらの症状に心当たりがある場合はSASの可能性を考えて専門医に相談することを検討しましょう。
もしかして危険信号?浅い呼吸のセルフチェック
ご自身の睡眠中の呼吸が浅いのではないかと心配な方は以下のセルフチェックを試してみてください。当てはまる項目が多い場合は注意が必要です。
日中の症状からチェック
症状 | チェック |
---|---|
理由なく日中に強い眠気を感じることがよくある | □ |
会議中や運転中などにうとうとしてしまうことがある | □ |
集中力や記憶力が以前より低下したと感じる | □ |
何となく体がだるく、やる気が出ないことが多い | □ |
睡眠中・起床時のチェック項目
自分では気づきにくい睡眠中の状態や、朝起きた時の体調も重要な手がかりです。
症状 | チェック |
---|---|
朝起きた時、頭痛がしたり頭が重かったりすることがある | □ |
十分に寝たはずなのに、スッキリ起きられない、熟睡感がない | □ |
夜中に息苦しさや窒息感で目が覚めることがある | □ |
家族やパートナーから、いびきや呼吸の異常(止まっている、浅いなど)を指摘されたことがある | □ |
夜間に2回以上トイレに起きることが多い | □ |
受診を考えるべきサイン
上記のセルフチェックで複数の項目に当てはまる場合、特に日中の眠気が強い、あるいは家族から睡眠中の呼吸異常を指摘された場合は睡眠時無呼吸症候群などの睡眠関連呼吸障害の可能性があります。
これらの症状が日常生活に支障をきたしていると感じるなら一度専門の医療機関を受診し、相談することをお勧めします。
放置すると様々な健康リスクを高める可能性があります。
浅い呼吸を改善し、深い眠りを得るために
睡眠中の浅い呼吸を改善し、質の高い睡眠を取り戻すためには原因に応じた対策が必要です。自分でできることから医療機関での治療まで主な改善策を紹介します。
生活習慣の見直し
まず、日々の生活習慣を見直すことが基本です。
- 減量:肥満がある場合は、適度な運動とバランスの取れた食事で体重を減らすことが最も効果的な対策の一つです。数キロ減量するだけでも気道の圧迫が軽減され、呼吸が楽になることがあります。
- 禁煙:喫煙は気道の炎症を引き起こし、呼吸状態を悪化させます。禁煙は必須です。
- 節酒:就寝前のアルコール摂取は筋肉を弛緩させ気道を狭くするため、控えるか量を減らしましょう。特に寝る4時間前からは飲酒を避けるのが望ましいです。
- 睡眠薬の適正使用:睡眠薬や精神安定剤の中には呼吸を抑制するものがあるため、医師と相談の上、種類や量を調整することが重要です。
寝姿勢の工夫と寝室環境
寝るときの姿勢や寝室の環境も呼吸のしやすさに影響します。仰向けで寝ると舌が喉の奥に落ち込みやすく、気道が狭くなりがちです。
横向きで寝ることで気道が確保されやすくなり、浅い呼吸やいびきが軽減されることがあります。抱き枕を利用したり、背中にクッションを置いたりして横向き寝を維持する工夫をしてみましょう。
また、寝室の温度や湿度を適切に保ち、静かで暗い環境を作ることも質の高い睡眠には大切です。
枕の高さも重要で、高すぎたり低すぎたりすると気道を圧迫することがあるため、自分に合った高さのものを選びましょう。
鼻呼吸の促進
口呼吸は鼻呼吸に比べて気道を乾燥させやすく、また舌が沈下しやすいため、浅い呼吸やいびきの原因となります。
鼻づまりがある場合はその原因(アレルギー性鼻炎など)を治療し、鼻の通りを良くすることが重要です。
市販の鼻腔拡張テープを使用するのも一時的な対策として有効な場合があります。日頃から鼻呼吸を意識することも大切です。
鼻呼吸を促すためのポイント
対策 | 具体的な方法 | 期待される効果 |
---|---|---|
鼻づまりの解消 | 耳鼻咽喉科での治療、点鼻薬の使用(医師の指示)、加湿 | 鼻の通りを良くする |
口閉じテープ | 就寝時に口に専用テープを貼る | 口呼吸の抑制、鼻呼吸の習慣化 |
あいうべ体操など | 口周りの筋肉を鍛える体操 | 舌の位置の改善、口呼吸の改善 |
ストレスマネジメントとリラックス
ストレスは自律神経のバランスを乱し、呼吸を浅くする原因の一つです。自分に合ったストレス解消法を見つけ、心身をリラックスさせることが大切です。
就寝前にぬるめのお風呂に入る、軽いストレッチをする、瞑想や深呼吸を行う、好きな音楽を聴くなども効果的です。
カフェインの摂取は就寝4時間前からは避け、寝る前のスマートフォンやパソコンの使用も控えるようにしましょう。
医療機関での相談と専門的な治療
セルフケアで改善が見られない場合や睡眠時無呼吸症候群が疑われる場合は専門の医療機関を受診しましょう。
医師による診察や検査(簡易検査、PSG検査など)で原因を特定し、適切な治療法を提案してくれます。
SASと診断された場合の主な治療法にはCPAP(シーパップ)療法、マウスピース(口腔内装置)治療、場合によっては外科手術などがあります。
これらの治療により、睡眠中の浅い呼吸や無呼吸が改善されて睡眠の質が向上し、日中の症状や長期的な健康リスクの軽減が期待できます。
よくある質問(Q&A)
睡眠中の浅い呼吸に関して、患者様からよく寄せられるご質問とその回答をまとめました。
- Q浅い呼吸は自分で意識して深くできますか?
- A
覚醒している時であれば意識して深呼吸をすることは可能ですし、リラックス効果も期待できます。
しかし睡眠中は無意識の状態ですので、呼吸を意識的にコントロールすることはできません。
睡眠中の浅い呼吸は気道の問題や体の状態が原因で起こっていることが多いため、その根本原因に対処することが重要です。
- Qどの程度の浅い呼吸なら心配ないのでしょうか?
- A
健康な人でも睡眠中に一時的に呼吸が浅くなることはあります。しかしそれが頻繁に起こり、血液中の酸素濃度が低下したり、睡眠が妨げられたりするようであれば問題です。
医学的にはAHI(無呼吸低呼吸指数)が1時間あたり5回以上で、かつ日中の眠気などの症状があれば治療の対象となることがあります。
ご自身で判断せず、気になる症状があれば専門医にご相談ください。
- Q浅い呼吸かどうかを調べる検査は痛いですか?
- A
睡眠中の呼吸状態を調べる検査(簡易検査やPSG検査)は体にセンサーを取り付けて行いますが、注射のような痛みはありません。
センサーの装着に多少の違和感を感じることはあるかもしれませんが、安全な検査です。
簡易検査はご自宅で、PSG検査は通常医療機関に1泊して行います。
- Q子供でも睡眠中に呼吸が浅くなることはありますか?
- A
はい、お子様でも睡眠中に呼吸が浅くなったり、無呼吸になったりすることがあります。主な原因としてはアデノイド肥大や扁桃肥大が多いです。
いびきが大きい、口呼吸をしている、寝汗が多い、おねしょが続く、日中落ち着きがないなどの症状が見られる場合は小児科や耳鼻咽喉科にご相談ください。
子供の睡眠時無呼吸症候群は成長や発達にも影響を与える可能性があるため、早期の対応が大切です。
以上
参考にした論文
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