睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome, SAS)は睡眠中に呼吸が一時的に止まったり、浅くなったりする状態を繰り返す病気です。
いびきが大きい、日中に強い眠気を感じるなどの症状がある場合、この病気の可能性があります。
この記事では睡眠時無呼吸症候群の重症度を判断するための重要な指標であるAHI(無呼吸低呼吸指数)について、その見方や重症度判定基準を詳しく解説します。
ご自身の状態を理解し、適切な対処や治療につなげるための一助となれば幸いです。
睡眠時無呼吸症候群(SAS)とは何か
睡眠時無呼吸症候群は眠っている間に空気の通り道である上気道が狭くなったり、塞がったりすることで発生します。
これにより、一時的に呼吸が止まる「無呼吸」や、呼吸が浅くなる「低呼吸」が繰り返されます。
この無呼吸や仮呼吸の状態が続くと体に取り込まれる酸素の量が減少し、睡眠の質が著しく低下します。
主な症状
睡眠時無呼吸症候群のサインは睡眠中だけでなく日中の活動にも現れます。ご自身やご家族に当てはまるものがないか確認してみましょう。
睡眠中の主な症状
- 大きないびき
- 呼吸の一時的な停止
- 息苦しさによる目覚め
- 寝汗
原因となる要因
睡眠時無呼吸症候群の発症にはいくつかの要因が関与しています。生活習慣や身体的な特徴が影響することが多いです。
主な原因
要因カテゴリ | 具体例 | 関連性 |
---|---|---|
肥満 | 首周りの脂肪増加 | 気道を狭める |
骨格 | 顎が小さい、首が短い | 気道が元々狭い傾向 |
生活習慣 | 飲酒、喫煙 | 筋肉の弛緩、気道の炎症 |
放置するリスク
睡眠時無呼吸症候群を治療せずに放置すると睡眠不足による日中の問題だけでなく、様々な健康上の問題を引き起こす可能性があります。早期の発見と対応が重要です。
なぜ睡眠時無呼吸症候群の重症度を知ることが重要か
睡眠時無呼吸症候群の重症度を正確に把握することは適切な治療方針を決定し、将来的な健康リスクを管理する上で非常に大切です。
重症度によって体に及ぼす影響や必要な対策が異なります。
治療方針の決定
重症度に応じて治療の選択肢や優先順位が変わります。
軽症であれば生活習慣の改善やマウスピース(口腔内装置)で対応できる場合もありますが、中等症以上ではCPAP(シーパップ)療法と呼ばれる持続陽圧呼吸療法が第一選択となることが多いです。
重症度と治療法の目安
重症度 | 主な治療選択肢 | 目的 |
---|---|---|
軽症 | 生活習慣改善、口腔内装置 | 症状緩和、進行予防 |
中等症 | CPAP療法、口腔内装置 | 無呼吸・低呼吸の抑制 |
重症 | CPAP療法 | 合併症予防、QOL改善 |
合併症リスクの評価
重症度が高いほど高血圧、心臓病、脳卒中などの生活習慣病を発症するリスクが高まります。
重症度を把握することで、これらの合併症に対する予防策や管理計画を立てることができます。
生活の質(QOL)への影響
重症度が高いほど日中の眠気や集中力低下が顕著になり、仕事や学業、運転などに支障をきたす可能性が高まります。
重症度を知ることは自身の生活への影響度を理解し、改善への動機付けにもつながります。
AHI(無呼吸低呼吸指数)とは
AHI(Apnea-Hypopnea Index)は、睡眠時無呼吸症候群の重症度を客観的に評価するための最も重要な指標です。
睡眠1時間あたりの「無呼吸」と「低呼吸」の合計回数を示します。
無呼吸とは
睡眠中に10秒以上、呼吸が完全に停止する状態を指します。気道が完全に塞がってしまうことで発生します。
低呼吸とは
呼吸が浅くなり、換気量が通常の50%以下に低下し、同時に血液中の酸素飽和度(SpO2)が3%または4%以上低下する状態、あるいは覚醒反応(脳波上の目覚め)を伴う状態を指します。
低呼吸は気道が部分的に狭くなることで発生します。
無呼吸と低呼吸の違い
項目 | 無呼吸 | 低呼吸 |
---|---|---|
呼吸の状態 | 完全に停止 | 浅くなる(換気量低下) |
気道の状態 | 完全に閉塞 | 部分的に狭窄 |
定義(持続時間) | 10秒以上 | 10秒以上(酸素低下or覚醒伴う) |
AHI指数の計算方法
AHIは、睡眠検査(ポリソムノグラフィ検査や簡易検査)で記録された無呼吸と低呼吸の総回数を、総睡眠時間(時間単位)で割ることで算出されます。
計算式: AHI = (無呼吸の総回数 + 低呼吸の総回数) / 総睡眠時間 (時間)
AHI指数の測定方法
AHI指数を正確に測定するためには専門的な睡眠検査が必要です。
主に精密検査であるポリソムノグラフィ(PSG)検査と、自宅で行える簡易検査があります。
ポリソムノグラフィ(PSG)検査
医療機関に一泊入院して行う精密検査です。
脳波、眼球運動、心電図、筋電図、呼吸、血中酸素飽和度など多くの生体信号を同時に記録し、睡眠の状態や呼吸イベントを詳細に評価します。
睡眠時無呼吸症候群の確定診断や、他の睡眠障害との鑑別に用いられます。
PSG検査で測定する主な項目
- 脳波(睡眠段階)
- 呼吸(鼻・口の気流、胸腹部の動き)
- 血中酸素飽和度(SpO2)
- 心電図
簡易検査(自宅での検査)
専用の小型装置を自宅に持ち帰り、普段通りに寝ながら検査を行います。主に呼吸、いびき、血中酸素飽和度、体位などを記録します。
PSG検査に比べて測定項目は少ないですが、比較的簡便に実施でき、スクリーニング検査として広く用いられています。
簡易検査のメリット・デメリット
項目 | メリット | デメリット |
---|---|---|
実施場所 | 自宅で可能 | 環境による誤差の可能性 |
負担 | 身体的・時間的負担が少ない | 測定項目が限定的 |
精度 | スクリーニングには十分 | 確定診断にはPSGが必要な場合も |
検査結果の解釈
検査結果は専門医が詳細に分析します。
AHI指数だけでなく、無呼吸・低呼吸の持続時間、それに伴う酸素飽和度の低下レベル、睡眠の分断状況なども考慮して総合的に重症度を判断し、治療方針を決定します。
AHI指数に基づく重症度分類
測定されたAHI指数に基づいて睡眠時無呼吸症候群の重症度は一般的に「軽症」「中等症」「重症」の3段階に分類されます。
この分類は治療方針を選択する上で重要な基準となります。
軽症(Mild SAS)
AHIが5以上15未満の場合、軽症と分類されます。自覚症状が軽いこともありますが、いびきや日中の軽い眠気などを感じることがあります。
生活習慣の改善や口腔内装置(マウスピース)による治療が検討されます。
中等症(Moderate SAS)
AHIが15以上30未満の場合、中等症と分類されます。日中の眠気や集中力の低下などがより顕著になることがあります。
CPAP療法が主な治療選択肢となりますが、口腔内装置が適用される場合もあります。
重症(Severe SAS)
AHIが30以上の場合、重症と分類されます。強い眠気による日常生活への支障や、合併症のリスクが非常に高まります。
CPAP療法による積極的な治療が必要です。
AHI指数による重症度分類
AHI指数(回/時間) | 重症度 | 主な症状・リスク |
---|---|---|
5未満 | 正常範囲 | 特になし |
5 ~ 14 | 軽症 | いびき、軽い眠気 |
15 ~ 29 | 中等症 | 日中の眠気、集中力低下 |
30以上 | 重症 | 強い眠気、合併症リスク高 |
AHI指数以外の評価指標
AHIは重症度評価の中心ですが、それだけで全てが決まるわけではありません。
血中酸素飽和度の最低値(Lowest SpO2)や、酸素飽和度低下指数(ODI: Oxygen Desaturation Index)、自覚症状の強さなども考慮して総合的に評価します。
睡眠時無呼吸症候群が引き起こす健康リスク
睡眠時無呼吸症候群は単なるいびきや眠気の問題だけではありません。
放置すると全身の様々な臓器に負担がかかり、深刻な健康問題を引き起こす可能性があります。
循環器系への影響
無呼吸・低呼吸による低酸素状態や頻繁な覚醒反応は交感神経を過剰に刺激し、血圧を上昇させます。
血圧が上がることで高血圧の発症・悪化リスクが高まります。また、心臓にも負担がかかり、不整脈、心不全、狭心症、心筋梗塞などの心血管疾患のリスクも上昇します。
循環器系リスクの例
リスク | 関連メカニズム | 重症度との関連 |
---|---|---|
高血圧 | 交感神経亢進、血管収縮 | 重症度が高いほどリスク増 |
心不全 | 心臓への負荷増大 | 重症度が高いほどリスク増 |
不整脈 | 低酸素、交感神経亢進 | 重症度が高いほどリスク増 |
脳血管系への影響
高血圧や動脈硬化の進行は脳血管にも影響を及ぼします。
睡眠時無呼吸症候群は脳卒中(脳梗塞や脳出血)の発症リスクを高めることが知られています。
代謝系への影響
睡眠の質の低下や低酸素状態はインスリンの働きを悪くする(インスリン抵抗性)ことがあり、糖尿病の発症や悪化に関与する可能性があります。
また、脂質異常症との関連も指摘されています。
関連する生活習慣病
- 高血圧
- 糖尿病
- 脂質異常症
- 心血管疾患
- 脳血管疾患
日中の活動への影響
質の高い睡眠がとれないため、日中に強い眠気、集中力や記憶力の低下、倦怠感などが現れます。
このような症状は仕事の能率低下、学習意欲の減退、居眠り運転による交通事故のリスク増加など、社会生活にも大きな影響を及ぼします。
睡眠時無呼吸症候群の診断と治療選択肢
睡眠時無呼吸症候群が疑われる場合、まずは医療機関を受診して正確な診断を受けることが大切です。
診断に基づいて、個々の患者さんに合った治療法が選択されます。
診断の流れ
まずは問診でいびき、日中の眠気、睡眠中の呼吸停止などの自覚症状や、生活習慣、既往歴などを詳しく伺います。
その後、必要に応じて睡眠検査(簡易検査またはPSG検査)を行い、AHI指数などを測定して重症度を評価し、診断を確定します。
主な治療法
治療法は重症度や患者さんの状態、希望などを考慮して選択されます。複数の治療法を組み合わせることもあります。
代表的な治療法
治療法 | 概要 | 主な対象 |
---|---|---|
CPAP療法 | 鼻マスクから空気を送り込み、気道を広げる | 中等症~重症 |
口腔内装置(マウスピース) | 下顎を前方に移動させ、気道を確保する | 軽症~中等症(一部) |
生活習慣の改善 | 減量、禁酒、禁煙、睡眠姿勢の工夫など | 全ての重症度(補助療法として) |
CPAP(シーパップ)療法
Continuous Positive Airway Pressure(持続陽圧呼吸療法)の略で、現在、中等症以上の睡眠時無呼吸症候群に対する最も標準的で効果的な治療法です。
寝るときに鼻に装着したマスクから一定の圧力をかけた空気を送り込み、睡眠中に気道が塞がるのを防ぎます。
口腔内装置(マウスピース)
歯科で作成されるオーダーメイドのマウスピースです。主に軽症から中等症の一部の方が対象となります。
マウスピースを睡眠中に装着することで下あごや舌を前方に移動させ、気道を広げて呼吸をしやすくします。
生活習慣の改善
肥満がある場合は減量が重要です。また、就寝前の飲酒は筋肉を弛緩させ気道を狭くするため控える、禁煙する、横向きに寝るなどの工夫も有効な場合があります。
これらは他の治療法と並行して行うことが推奨されます。
よくある質問
Q1. AHI指数がいくつから治療が必要ですか?
A1. 一般的にAHIが5以上で睡眠時無呼吸症候群と診断され、何らかの対応が検討されます。
AHIが20以上の場合、特にCPAP療法の保険適用を考慮する目安となりますが、治療開始の判断はAHI指数だけでなく自覚症状の強さ、合併症の有無、血中酸素飽和度の低下具合などを総合的に評価して決定します。
AHIが5~19の軽症・中等症でも、日中の眠気が強い場合や高血圧などの合併症がある場合は治療が推奨されることがあります。
Q2. 簡易検査と精密検査(PSG)の違いは何ですか?
A2. 簡易検査は自宅で呼吸や血中酸素飽和度などを測定するスクリーニング目的の検査です。手軽に行えますが、測定項目が限られます。
一方、精密検査(PSG)は入院して脳波や心電図など多くの項目を測定する検査で、より詳細な睡眠状態や呼吸状態を評価でき、確定診断に用いられます。
簡易検査で中等症以上と判断された場合や、他の睡眠障害が疑われる場合などにPSG検査が行われることがあります。
検査方法の比較
項目 | 簡易検査 | 精密検査(PSG) |
---|---|---|
場所 | 自宅 | 医療機関(入院) |
主な測定項目 | 呼吸、SpO2、脈拍、体位など | 脳波、呼吸、SpO2、心電図、筋電図など多数 |
目的 | スクリーニング | 確定診断、詳細評価 |
Q3. CPAP療法はいつまで続ける必要がありますか?
A3. CPAP療法は睡眠時無呼吸症候群を根本的に治す治療ではなく、睡眠中の無呼吸・低呼吸を防ぐための対症療法です。
効果を持続させるためには基本的に毎晩、継続して使用することが必要です。ただし、減量などにより無呼吸の状態が改善した場合はCPAP療法が不要になる可能性もあります。
定期的に医師の診察を受け、治療効果や状態の変化を確認していくことが重要です。
Q4. 子供でも睡眠時無呼吸症候群になりますか?
A4. はい、子供でも睡眠時無呼吸症候群になることがあります。子供の場合、主な原因はアデノイドや扁桃腺の肥大であることが多いです。
いびき、口呼吸、おねしょ、落ち着きのなさ、学業不振などの症状が見られることがあります。
気になる症状がある場合は小児科や耳鼻咽喉科に相談することをお勧めします。
以上
参考にした論文
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