「睡眠時無呼吸症候群の治療で使う酸素マスク」という言葉を聞いたことはありますか?

いびきや日中の眠気で悩み、治療を考えた際に、多くの方がこのような装置をイメージするかもしれません。

しかし、実はこの治療で主に使われるのは酸素を供給するマスクではなく、「CPAP(シーパップ)」という空気を送り込む装置です。

この記事では、なぜCPAPが「酸素マスク」と呼ばれることがあるのか、本来の酸素吸入療法との根本的な違い、そしてCPAP治療がもたらす具体的な効果について詳しく解説していきます。

睡眠時無呼吸症候群で使う「酸素マスク」の正体はCPAP治療

睡眠時無呼吸症候群(SAS)の代表的な治療法はCPAP(持続陽圧呼吸療法)です。見た目から「酸素マスク」と誤解されることもありますが、その役割は全く異なります。

まずはCPAP治療の基本的な考え方を理解しましょう。

なぜ「酸素マスク」と誤解されるのか

CPAP治療では、鼻や口にマスクを装着して眠ります。この外見が病院などで使われる酸素マスクに似ているため、多くの方が「酸素を吸入する治療」だと考えがちです。

しかし、CPAPのマスクから送られてくるのは特別な酸素ではなく、私たちが普段呼吸している室内の空気です。

この誤解が「無呼吸の治療=酸素マスク」というイメージにつながっています。

CPAP装置の基本的な仕組み

CPAP装置は、主に3つの部分から構成されています。

  • 装置本体(空気を送り出すポンプ)
  • チューブ(本体とマスクをつなぐ管)
  • マスク(鼻や口に装着する部分)

装置本体が室内の空気を取り込み、一定の圧力をかけてチューブを通じてマスクへ送ります。この圧力がかかった空気が、治療の鍵となります。

CPAP装置の構成要素

構成要素役割特徴
本体室内の空気を圧縮し、一定の圧力をかけて送り出す圧力設定や加湿機能などを備える
チューブ本体とマスクを接続し、加圧された空気を送る柔軟性があり、寝返りなどを妨げにくい
マスク鼻や口を覆い、加圧された空気を気道に届ける様々な形状やサイズがある

酸素供給ではなく空気圧で気道を開く

睡眠時無呼吸症候群の主な原因は睡眠中に喉の奥(上気道)が狭くなったり、塞がったりすることです。

CPAP治療は酸素を補うのではなく、圧力をかけた空気を送り込むことで上気道を内側から広げ、呼吸の通り道を確保します。

風船を膨らませて形を保つのと同じような考え方です。この気道の確保により、睡眠中の無呼吸や低呼吸を防ぎます。

CPAP治療と一般的な酸素吸入療法の根本的な違い

CPAP治療と、呼吸不全の患者様などに行う酸素吸入療法は、目的も方法も全く異なります。この違いを理解することは、ご自身の状態に合った治療を選択する上で重要です。

治療の目的の違い

CPAP治療の目的は空気の圧力で「気道の閉塞を防ぐ」ことです。

一方、酸素吸入療法の目的は、肺の機能低下などにより体内に十分な酸素を取り込めない状態に対し、「高濃度の酸素を補給する」ことです。

このように、原因へのアプローチが根本的に異なります。

治療目的の比較

治療法主な目的アプローチ
CPAP治療物理的な気道の閉塞を防ぐ空気圧で気道を広げる
酸素吸入療法血液中の酸素不足を補う高濃度の酸素を供給する

使用する機器と原理の違い

CPAP装置は室内の空気を圧縮して送り出すのに対し、酸素吸入療法では酸素濃縮装置や酸素ボンベといった、高濃度の酸素を供給するための専用機器を使用します。

送られる気体の内容そのものが違うのです。

対象となる主な症状や疾患

CPAP治療の主な対象は、閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)です。

一方、酸素吸入療法は慢性閉塞性肺疾患(COPD)や間質性肺炎、重度の心不全など、肺や心臓の疾患によって慢性的な低酸素血症に陥っている場合に適用します。

睡眠時無呼吸症候群(SAS)が引き起こす健康リスク

睡眠時無呼吸症候群を治療せずにいると日中の眠気だけでなく、全身にさまざまな健康問題を引き起こす可能性があります。

どのようなリスクがあるのか具体的に見ていきましょう。

睡眠の質の低下と日中の強い眠気

睡眠中に呼吸が止まるたびに、脳は覚醒に近い状態になります。本人は気づいていなくても、一晩に何十回、何百回とこれが繰り返されるため、深い睡眠がとれません。

その結果、日中に耐えがたいほどの強い眠気や倦怠感、集中力の低下が生じます。

放置することで高まる生活習慣病のリスク

無呼吸状態では、体は低酸素状態に陥ります。この状態を補おうと交感神経が活発になり、心拍数や血圧が上昇します。

この状態が毎晩続くことで高血圧や糖尿病、脂質異常症といった生活習慣病を発症、悪化させるリスクが著しく高まります。

SASと生活習慣病の関連

疾患SAS患者における発症リスク主な理由
高血圧約1.4~2.9倍低酸素による交感神経の緊張、血圧上昇
糖尿病約1.2~1.6倍低酸素や睡眠分断がインスリンの働きを悪くする
脂質異常症関連性が高い脂質代謝の異常を引き起こしやすい

循環器系への深刻な負担

睡眠中の低酸素と血圧の急激な変動は、心臓や血管に大きな負担をかけ続けます。

このため、不整脈、心筋梗塞、狭心症、脳卒中といった命に関わる重篤な循環器疾患を引き起こす危険性が高まることが知られています。

集中力低下による事故の危険性

日中の強い眠気や集中力の低下は仕事中のミスや、特に自動車の運転中における居眠り運転事故の重大な原因となります。

社会生活を送る上で、非常に大きなリスクです。

CPAP治療の具体的な効果とメリット

CPAP治療を適切に行うことでSASが引き起こすさまざまな問題を改善し、多くのメリットを得ることが期待できます。

無呼吸・低呼吸の改善と睡眠の質の向上

CPAP治療の最も直接的な効果は睡眠中の気道閉塞を防ぎ、無呼吸や低呼吸をなくすことです。これにより、体への酸素供給が安定し、脳がしっかりと休息できるようになります。

断片的だった睡眠が連続的な深い睡眠へと変わり、睡眠の質が劇的に向上します。

いびきの軽減とパートナーへの配慮

いびきの多くは、狭くなった気道を空気が通る際の振動音です。

CPAPによって気道が確保されると、この振動がなくなるため、大きないびきも大幅に軽減、または消失します。ご本人の健康だけでなく、同じ寝室で眠るご家族やパートナーの安眠にもつながります。

CPAP治療による主な改善点

改善される症状内容生活への影響
無呼吸・低呼吸睡眠中の呼吸イベントが消失・減少する健康リスクが低減する
いびき気道の確保によりいびきが大幅に軽減する同室者の睡眠環境が改善する
日中の眠気睡眠の質向上により眠気が解消される仕事や運転のパフォーマンスが向上する

日中の眠気や倦怠感の解消

睡眠の質が改善される結果、治療を始める前には考えられなかったほど、日中の眠気やだるさが解消されます。

朝もすっきりと目覚められ、一日を活動的に過ごせるようになる方が多くいます。仕事や学業の能率向上も期待できるでしょう。

合併症リスクの低減

CPAP治療を継続することで睡眠中の低酸素状態や血圧上昇が改善され、高血圧をはじめとする生活習慣病のコントロールが良好になります。

これらのことにより、将来的な心筋梗塞や脳卒中といった重篤な合併症を予防する効果が期待できます。

CPAP治療の開始から慣れるまでの流れ

CPAP治療は医師の診断のもとで開始します。実際に治療を始めてから、快適に使えるようになるまでの一般的な流れを紹介します。

専門医による診断と検査

まず、問診や診察で睡眠時無呼吸症候群が疑われた場合、睡眠中の状態を調べる検査を行います。

自宅で可能な簡易検査や、医療機関に一泊して行う終夜睡眠ポリグラフ(PSG)検査などがあります。この検査結果に基づき、治療の必要性を判断します。

睡眠検査の種類

検査名場所主な調査項目
簡易検査自宅呼吸、血中酸素飽和度、いびき音など
終夜睡眠ポリグラフ検査(PSG)医療機関(一泊)脳波、心電図、筋電図、呼吸状態など詳細なデータ

機器の選択と設定

CPAP治療が必要と診断されると、医師が患者様一人ひとりの無呼吸の状態に合わせて、適切な空気圧を設定します。

また、顔の形や呼吸の仕方に合わせて、数ある種類の中から最もフィットするマスクを選択します。

自宅での治療開始と初期の違和感

装置が準備できたら、自宅での治療を開始します。

初めのうちは、マスクの圧迫感や送られてくる風に違和感を覚える方も少なくありません。

  • マスク装着の違和感
  • 空気圧への不快感
  • 口や喉の渇き

これらの感覚は、数日から数週間で慣れていくことがほとんどです。

定期的な通院とデータ管理の重要性

CPAP治療は始めて終わりではありません。多くの装置には毎晩の使用状況(使用時間、無呼吸の回数など)を記録する機能がついています。

月に一度程度の定期的な通院で医師がそのデータを確認し、治療が効果的に行われているか、設定圧に問題はないかなどを評価します。

このデータに基づいた調整が治療効果を高める上でとても重要です。

CPAP治療を快適に続けるための工夫

CPAP治療は長期間にわたる継続が重要です。治療をより快適に、効果的に続けるためのいくつかの工夫点を紹介します。

自分に合ったマスクの選び方

マスクが合っていないと空気漏れを起こして効果が十分に得られなかったり、顔に痛みを感じたりして治療の継続が難しくなります。

鼻だけを覆うタイプ、鼻と口を覆うタイプ、鼻の穴に直接差し込むタイプなど様々です。違和感があれば、遠慮せずに医師や技師に相談し、自分に最適なマスクを見つけましょう。

マスクの主な種類

種類特徴適した方(例)
ネーザルマスク鼻全体を覆うタイプで、一般的多くの方
ピローマスク鼻の穴に直接あてるタイプで、接触面が少ない閉所が苦手な方、皮膚が敏感な方
フルフェイスマスク鼻と口の両方を覆うタイプ口呼吸が主の方、鼻づまりがひどい方

加湿器の活用と乾燥対策

CPAPから送られてくる空気によって、鼻や喉が乾燥することがあります。ほとんどのCPAP装置には空気を温めて加湿する機能がついています。

この加温加湿器を適切に使うことで、乾燥による不快感を大幅に軽減できます。特に冬場や空調の効いた部屋では有効です。

装置の適切なメンテナンス

快適で衛生的に治療を続けるためには、日々のメンテナンスが大切です。マスクやチューブは定期的に洗浄し、フィルターは交換時期を守ってきれいに保ちましょう。

清潔に保つことで肌トラブルを防ぎ、装置の性能を維持することにもつながります。

CPAP治療に関するよくある質問

ここでは、CPAP治療を始めるにあたって患者様からよくいただく質問についてお答えします。

Q
治療はいつまで続ける必要がありますか?
A

CPAP治療は高血圧の薬などと同様に、対症療法です。

使用している間は気道の閉塞を防ぎますが、治療をやめると元の無呼吸の状態に戻ってしまいます。そのため、基本的には長期的に継続する必要があります。

ただし、減量などによって無呼吸の原因そのものが大幅に改善した場合は、治療が不要になることもあります。

Q
旅行や出張の時も持っていくべきですか?
A

はい、毎晩使用することが原則ですので、旅行や出張の際も持参することを推奨します。最近の装置は小型・軽量化されており、持ち運び用のバッグも付属しています。

海外で使用する際は、電源の電圧やプラグの形状を確認する必要があります。

持ち運び時の確認事項

項目国内海外
電源通常問題なし変圧器や変換プラグが必要な場合がある
水(加湿器用)精製水または水道水ミネラルウォーターは避け、精製水を用意する
航空機への持ち込み事前に航空会社へ確認事前に航空会社へ確認(診断書が必要な場合も)
Q
治療の費用はどのくらいかかりますか?
A

睡眠時無呼吸症候群の診断とそれに伴うCPAP治療は、健康保険の適用対象となります。

検査や診断にかかる費用とは別に、CPAP療法は毎月のレンタル料という形で費用が発生します。自己負担割合にもよりますが、3割負担の場合、月々の費用は5,000円弱程度です。

この料金に、定期的な診察料が加わります。

以上

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