睡眠時無呼吸症候群(SAS)の治療法としてマウスピース(口腔内装置)を選択したものの、「期待したほど効果がない」「いびきが改善しない」と感じている方もいらっしゃるかもしれません。

マウスピース治療は手軽で有効な選択肢の一つですが、残念ながら全ての方に同じように効果が現れるわけではありません。効果が出ない場合にはその原因を特定し、適切な次の対策を考えることが重要です。

この記事ではSASのマウスピース治療で効果が得られない主な原因や、そのような場合に考えられる次のステップについて詳しく解説します。

目次

睡眠時無呼吸症候群(SAS)とマウスピース治療の基本

まず、睡眠時無呼吸症候群(SAS)の概要とマウスピース治療がどのようなものか、基本的な知識を再確認しましょう。

SASとはどんな病気か

睡眠時無呼吸症候群は睡眠中に呼吸が一時的に止まったり(無呼吸)、浅くなったり(低呼吸)する状態が頻繁に起こる病気です。

この呼吸の異常により、体内の酸素レベルが低下して睡眠の質が悪化します。

その結果、日中の強い眠気や集中力の低下、さらには高血圧、心臓病、脳卒中などの生活習慣病のリスクを高めることが知られています。

マウスピース治療(口腔内装置療法)の仕組み

マウスピース治療は主に軽症から中等症の閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)の患者さんに対して行います。

睡眠中に専用のマウスピースを装着し、下顎や舌を前方に少し移動させることで気道を広げ、空気の通りを良くします。この作用により、無呼吸やいびきの軽減を目指します。

マウスピース治療の主な目的

目的期待される効果
気道の確保無呼吸・低呼吸の減少
いびきの軽減睡眠の質の向上(本人・パートナー)
日中症状の改善眠気、倦怠感の軽減

マウスピース治療の適応となるケース

マウスピース治療は一般的にAHI(無呼吸低呼吸指数)が比較的低い、軽症から中等症のOSAS患者さんに適しています。

また、CPAP療法が何らかの理由で使用できない場合の代替治療としても選択されることがあります。

重症のOSASや中枢性SASの患者さんには通常、第一選択とはなりません。

マウスピース治療で「効果なし」と感じる主な状況

マウスピース治療を開始したものの、期待した効果が得られないと感じる場合は具体的にどのような状況が多いのでしょうか。

いびきが改善しない、または変わらない

マウスピース治療の主な効果の一つにいびきの軽減がありますが、「いびきの音が小さくならない」「依然として家族からいびきを指摘される」といったケースです。

いびきの原因やSASの重症度によってはマウスピースだけでは十分な改善が見られないことがあります。

日中の眠気や倦怠感が続く

SASによる日中の強い眠気や倦怠感の改善を期待して治療を始めたものの、「以前と変わらず日中眠い」「疲れやすさが改善しない」という状況です。

睡眠の質が十分に改善されていない可能性があります。

起床時の頭痛や口の渇きが改善しない

SASの症状としてよく見られる起床時の頭痛や口の渇きがマウスピースを使用しても軽くならない、あるいは変わらないと感じる場合です。

これらの症状が持続する場合、治療効果が不十分である可能性が考えられます。

「効果なし」と感じる具体的なサイン

  • いびきの音量や頻度が変わらない
  • 日中の眠気が改善されない
  • 熟睡感が得られない
  • 起床時の頭痛やだるさが続く
  • 睡眠検査でのAHI数値が十分に低下しない

睡眠検査の数値(AHIなど)が改善しない

自覚症状の改善が見られないだけでなく、治療効果を客観的に評価するための睡眠検査(簡易検査やPSG検査の再検査)でAHI(無呼吸低呼吸指数)などの数値が目標値まで改善していない場合も「効果なし」と判断されることがあります。

効果が出ない原因1 SASのタイプや重症度が不適合

マウスピース治療の効果が得られない最も基本的な原因として、そもそもマウスピース治療が患者さんのSASのタイプや重症度に適していない可能性が考えられます。

重症の閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)

AHIが30回/時以上の重症OSASの場合、気道の閉塞が高度であるため、マウスピースで下顎を前方に移動させるだけでは気道の確保が不十分なことがあります。

このような場合はCPAP療法がより効果的な治療法となります。マウスピース治療は重症例では効果が限定的であると一般的に認識されています。

中枢性睡眠時無呼吸症候群(CSAS)の可能性

マウスピース治療は主に上気道の物理的な閉塞が原因であるOSASに対して効果を発揮します。

脳からの呼吸指令の異常が原因である中枢性睡眠時無呼吸症候群(CSAS)や、その要素が強い混合性SASの場合、マウスピース治療では効果が期待できません。

CSASにはその原因に応じた別の治療法が必要です。

SASタイプとマウスピース治療の適合性

SASのタイプマウスピース治療の一般的な適合性主な理由
軽症~中等症 OSAS比較的良好気道確保の効果が期待できる
重症 OSAS効果が限定的、または不十分な場合が多い気道の閉塞度が強いため
CSAS または 混合性SAS (中枢性優位)不適合気道の閉塞が主たる原因ではないため

診断時の評価が不十分だった可能性

治療開始前の診断が不十分でSASのタイプや重症度が正確に把握されていなかった場合、不適切な治療法としてマウスピースが選択されてしまった可能性があります。

例えば簡易検査のみで診断され、CSASの要素が見逃されていたり、実際には重症OSASであったりするケースです。

効果が出ない原因2 マウスピース自体の問題

SASのタイプや重症度がマウスピース治療に適していても、使用しているマウスピース自体に問題があって効果が出ないこともあります。

マウスピースの適合不良(フィッティングの問題)

マウスピースは個々の歯型に合わせて精密に作製する必要があります。

しかし型取りが不正確であったり、作製技術に問題があったりすると、マウスピースが歯や顎にうまくフィットせず、適切な位置に下顎を保持できません。

このため気道を広げる効果が十分に得られなかったり、装着中にずれたり外れたりすることがあります。

下顎の前方移動量の調整不足

マウスピースの効果は下顎をどれだけ前方に移動させるかによって大きく左右されます。

前方移動量が少なすぎると気道が十分に広がらず効果が出ません。逆に移動量が大きすぎると顎関節への負担が増し、痛みなどで継続使用が困難になることがあります。

効果と快適性のバランスを取りながら歯科医師が適切に調整することが重要です。

マウスピース調整のポイント

調整項目調整の目的注意点
下顎の前方移動量気道を最大限に広げる顎関節への負担を考慮、痛みが出ない範囲で
垂直的な開口量舌のスペース確保過度な開口は逆効果の場合も
維持力・安定性睡眠中のズレや脱落防止きつすぎると歯への負担増

マウスピースの破損や劣化

長期間使用しているとマウスピースが摩耗したり、亀裂が入ったり、変形したりすることがあります。また、不適切な手入れや保管によっても劣化が進むことがあります。

破損や劣化したマウスピースでは本来の機能を発揮できず、治療効果が低下します。定期的なチェックと必要に応じた修理や再作製が必要です。

不適切な種類のマウスピースの使用

SAS治療用のマウスピースには様々な種類や設計があります。患者さんの口腔内の状態やSASの特性に合わない種類のマウスピースを使用している場合、十分な効果が得られないことがあります。

例えば舌の沈下が主な原因である場合に舌を保持する機能がないタイプのマウスピースでは効果が薄い、といったケースです。

効果が出ない原因3 口腔内・鼻腔の問題

SASのタイプやマウスピース自体に問題がなくても患者さん自身の口腔内や鼻腔の状態が原因で、マウスピース治療の効果が妨げられることがあります。

重度の鼻閉(鼻づまり)

マウスピース治療は鼻呼吸をスムーズに行えることが効果を発揮するための前提の一つです。

アレルギー性鼻炎、慢性副鼻腔炎(蓄膿症)、鼻中隔弯曲症、鼻茸(鼻ポリープ)などにより重度の鼻閉があり、日常的に鼻呼吸が困難な場合、口呼吸が主体となり、マウスピースで下顎を前方に移動させても気道が十分に確保できないことがあります。

この場合、まず鼻の治療を優先する必要があります。

口腔内の問題(歯周病、顎関節症など)

重度の歯周病で歯がグラグラしていたり、残っている歯が少なかったりすると、マウスピースを安定して装着することが難しく、効果が得られにくいです。

また、元々顎関節症の症状がある場合、マウスピースの装着によって症状が悪化し、治療の継続が困難になることがあります。

治療開始前に、これらの口腔内の問題を歯科医師が適切に評価し、対処することが重要です。

マウスピース効果を妨げる可能性のある口腔・鼻腔の問題

  • 慢性的な重度鼻閉(アレルギー性鼻炎、鼻中隔弯曲症など)
  • 重度の歯周病、多数の歯の欠損
  • 治療が困難な顎関節症
  • 大きな扁桃肥大やアデノイド(マウスピースだけでは対応困難な場合)

扁桃肥大やアデノイドなど解剖学的要因

扁桃腺が著しく大きい場合やアデノイド(鼻の奥にあるリンパ組織)が大きい場合など上気道に明らかな物理的狭窄がある場合、マウスピース治療だけでは気道の確保が不十分で、効果が出にくいことがあります。

このような場合は耳鼻咽喉科的な評価や、場合によっては外科的治療の検討も必要になります。

効果が出ない原因4 生活習慣や他の要因

治療法や装置に問題がなくても患者さんの生活習慣や他の要因がマウスピース治療の効果を相殺してしまっている可能性も考えられます。

体重の増加

マウスピース治療開始後に体重が大幅に増加した場合、特に首周りの脂肪が増えると気道の圧迫が強まり、SASが悪化してマウスピースの効果が低下することがあります。

SAS治療において体重管理は非常に重要です。治療中も適正体重を維持する努力が必要です。

飲酒習慣や睡眠薬の影響

就寝前のアルコール摂取は筋肉を弛緩させ、上気道を狭窄しやすくするため、マウスピースの効果を減弱させます。

また、一部の睡眠薬や精神安定剤には呼吸抑制作用があり、SASを悪化させる可能性があります。

これらの薬剤を使用している場合は医師と相談し、影響の少ないものに変更するなどの対策が必要となることがあります。

生活習慣とマウスピース効果への影響

生活習慣・要因SASへの影響マウスピース効果への影響
体重増加(特に肥満)気道狭窄の悪化効果の低下・消失
就寝前の飲酒筋弛緩による気道狭窄効果の減弱
一部の睡眠薬・精神安定剤呼吸抑制、筋弛緩効果の減弱、SAS悪化の可能性

不適切な使用方法や継続困難

マウスピースを毎晩正しく装着できていない場合や違和感などから装着時間が短い場合、十分な治療効果は得られません。

また、副作用(顎の痛みなど)によって使用を中断してしまっている場合も同様です。使用方法や継続に関する問題がある場合は正直に医師や歯科医師に相談し、対策を講じることが大切です。

マウスピース効果なし?次の対策と選択肢

マウスピース治療で十分な効果が得られない場合、諦める必要はありません。原因を特定し、適切な次の対策を講じることが重要です。

まずは医師・歯科医師への相談

「効果がない」と感じたら自己判断せずに、まずはマウスピースを処方した医師や作製した歯科医師に相談しましょう。

症状の変化や使用状況などを具体的に伝え、原因を探ることが第一歩です。専門家による再評価で問題点が見つかることがあります。

マウスピースの再調整・再作製

マウスピースのフィッティングや下顎の前方移動量が不適切な場合は再調整を行うことで効果が改善する可能性があります。

また、マウスピースが破損・劣化している場合や口腔内の状態が変化した場合は再作製が必要となることもあります。

定期的な歯科受診でこれらの点をチェックしてもらうことが大切です。この再調整や再作製により、治療効果が向上することが期待できます。

他の治療法への変更・併用検討

マウスピース治療がどうしても適さない、あるいは効果が不十分な場合は他の治療法への変更を検討します。

最も代表的なのはCPAP療法です。中等症から重症のOSASに対してはCPAP療法が標準治療であり、高い効果が期待できます。

また、鼻閉が強い場合は耳鼻咽喉科的な治療を優先したり、解剖学的な問題があれば外科手術を検討したりすることもあります。

場合によっては生活習慣の改善と他の治療法を組み合わせることも有効です。

効果不十分な場合の主な次の対策

  • 医師・歯科医師への相談(原因究明)
  • マウスピースの調整・再作製
  • CPAP療法への変更
  • 耳鼻咽喉科的治療(鼻閉改善、扁桃摘出など)
  • 生活習慣の徹底的な見直し(特に減量)

生活習慣の徹底的な見直し

特に体重増加が効果不十分の原因となっている場合は再度、減量に取り組むことが重要です。食事療法や運動療法について医師や管理栄養士から具体的な指導を受けるのも良いでしょう。

禁煙や節酒も治療効果を高めるためには欠かせません。

セカンドオピニオンの考慮

現在の治療方針や効果に疑問や不安がある場合は別の専門医の意見を聞く「セカンドオピニオン」を求めることも一つの選択肢です。

異なる視点からのアドバイスが新たな解決策に繋がることもあります。

よくある質問(Q&A)

睡眠時無呼吸症候群のマウスピース治療で効果が出ない場合に関して患者様からよく寄せられるご質問とその回答をまとめました。

Q
マウスピースを使ってもいびきが治りません。もう諦めるしかないのでしょうか?
A

いいえ、諦める必要はありません。いびきが改善しない原因は様々考えられます。マウスピースの調整不足、SASの重症度がマウスピースの適応を超えている、鼻閉がある、体重が増加した、などが考えられます。まずは処方医や作製した歯科医に相談し、原因を特定することが大切です。原因に応じて、マウスピースの再調整、CPAP療法への変更、耳鼻咽喉科的治療など、次の対策を検討できます。

Q
マウスピース治療で効果が出ない場合、CPAP療法なら必ず効果がありますか?
A

CPAP療法は、中等症から重症の閉塞性睡眠時無呼吸症候群に対して非常に効果の高い標準治療です。マウスピースで効果が不十分だったOSASの患者さんの多くは、CPAP療法によって症状の改善が期待できます。ただし、中枢性睡眠時無呼吸症候群の場合や、CPAPのマスクが合わない、圧に慣れられないなどの理由で継続が難しいケースも稀にあります。まずは医師とよく相談し、CPAP療法の適応やメリット・デメリットを理解することが重要です。

Q
効果がないマウスピースを使い続けても大丈夫ですか?
A

効果が実感できないマウスピースを漫然と使い続けることはお勧めできません。睡眠時無呼吸症候群が十分に治療されていない状態が続くと、日中の眠気による事故のリスクや、長期的な健康への悪影響(高血圧、心臓病など)が懸念されます。また、不適合なマウスピースは顎関節や歯に負担をかける可能性もあります。効果がないと感じたら、速やかに医師・歯科医師に相談し、原因の評価と対策を講じてもらうべきです。

Q
マウスピースの効果を再度評価するための検査はどのようなものですか?
A

マウスピース治療の効果を客観的に再評価するためには、治療開始前と同様の睡眠検査を行います。自宅で行える簡易検査や、医療機関に1泊して行う精密検査(ポリソムノグラフィー検査:PSG)などがあります。これらの検査で、マウスピース装着時のAHI(無呼吸低呼吸指数)や血中酸素飽和度などを測定し、治療効果を判定します。また、自覚症状の変化(日中の眠気など)も重要な評価項目です。

以上

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