睡眠時無呼吸症候群(SAS)の治療法として「CPAP(シーパップ)」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。

しかし、「CPAPとは具体的に何なのか?」「どのような仕組みで、どんな効果があるのか?」と疑問に思われる方も多いでしょう。

この記事ではSAS治療の標準的な方法であるCPAP療法と、その中心となるCPAP装置について基本的な知識を分かりやすく解説します。

「CPAP 療法」や「CPAP 装置」に関心のある方、治療を始めるにあたって不安を感じている方の参考になれば幸いです。

CPAP療法の概要と目的

CPAP(Continuous Positive Airway Pressure)は、日本語で「持続陽圧呼吸療法」と訳されます。

これは睡眠中に専用の装置を使って一定の圧力をかけた空気を鼻から送り込み、空気の通り道(上気道)が塞がるのを防ぐ治療法です。

中等症以上の閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)に対して世界的に広く行われている標準的な治療法です。

CPAP療法の仕組み

睡眠中は喉の筋肉が緩み、特に仰向けで寝ていると舌の付け根(舌根)などが喉の奥に落ち込み、気道が狭くなったり塞がったりしやすくなります。これが無呼吸や低呼吸の原因です。

CPAP装置はマスクを通して持続的に陽圧の空気を送り込むことで気道を内側から風船のように広げ、閉塞を防ぎます。こ

れにより睡眠中の呼吸が安定し、酸素不足が改善されます。

CPAP療法の主な目的

CPAP療法を行う主な目的は単にいびきを止めることだけではありません。以下のような効果を目指します。

  • 無呼吸・低呼吸の消失または減少
  • いびきの改善・消失
  • 睡眠の質の向上(深い睡眠の増加、中途覚醒の減少)
  • 日中の眠気、倦怠感、集中力低下の改善
  • 高血圧、心臓病、脳卒中などの合併症リスクの低減

これらの効果により、患者さんのQOL(生活の質)の向上と長期的な健康維持を目指します。

CPAP療法が有効な人

CPAP療法は特に中等症から重症の閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)に高い効果を発揮します。

睡眠検査(簡易検査や精密検査)の結果、AHI(無呼吸低呼吸指数)が一定の基準(一般的に20以上など)を満たす場合に医師が適応と判断します。

軽症でも症状が強い場合や合併症がある場合には検討されます。

CPAP装置の構成要素

CPAP療法で使用するシステムは主に3つの部分から成り立っています。それぞれの部品の役割を知っておきましょう。

装置本体

これがCPAPシステムの心臓部です。室内の空気を取り込み、フィルターで浄化し、設定された圧力まで加圧して送り出す機能を持ちます。

大きさは機種によりますが、概ね小型の卓上加湿器程度のサイズです。

操作パネルやディスプレイが付いており、圧力設定の確認や加湿レベルの調整などができます。

エアチューブ(回路)

装置本体とマスクをつなぐ柔軟性のある蛇腹状のチューブです。本体から送られてくる加圧された空気がここを通ります。長さは1.8m程度のものが一般的です。

チューブ内が冷えると結露しやすいため、加温機能付きのチューブもあります。

マスク

顔に装着し、チューブから送られてくる空気を鼻や口から気道に届けるためのインターフェースです。

マスクには様々な種類(ネーザルピロー、ネーザルマスク、フルフェイスマスクなど)があり、顔の形や呼吸の仕方、快適性に合わせて選ぶことが治療を継続する上で非常に重要です。

CPAPシステムの基本構成

部品名主な機能・役割ポイント
CPAP装置本体空気の加圧・送気圧力調整、加湿、データ記録
エアチューブ空気の通路(本体とマスクを接続)柔軟性、長さ、加温機能
マスク空気の導入(顔に装着)種類、サイズ、フィット感、密閉性

加温加湿器

多くのCPAP装置には加温加湿器が内蔵されているか、オプションとして取り付け可能です。

CPAPから送られる空気は乾燥しているため、鼻や喉の粘膜を刺激し、乾燥感、鼻詰まり、不快感などを引き起こすことがあります。

加温加湿器は空気を適度な温度と湿度に調整することでこれらの不快感を軽減し、治療の快適性を高めます。

CPAP装置の種類と機能

CPAP装置本体には基本的な機能に加えて、患者さんの快適性や治療効果を高めるための様々な機能を持つものがあります。

圧力のタイプ(固定圧 vs オート)

CPAP装置の圧力のかけ方には主に2つのタイプがあります。

  • 固定圧CPAP (Standard CPAP): 医師が処方した一定の圧力を睡眠中ずっと送り続けるタイプです。
  • オートCPAP (APAP): 患者さんの呼吸状態をセンサーで感知し、無呼吸やいびきが起こりそうな時に自動的に圧力を上げ、安定している時は下げるタイプです。必要な時だけ圧力が上がるため、より快適に感じることが多いです。

どちらのタイプが適しているかは患者さんの状態や医師の判断によりますが、近年はオートCPAPが広く用いられています。

快適性を高める機能

多くの装置には治療を続けやすくするための工夫が施されています。

主な快適化機能

機能名(例)概要効果
呼気圧減圧機能 (EPR, C-Flex等)息を吐くときに圧力を少し下げる息苦しさの軽減、呼吸の自然感向上
ランプ機能低い圧力から徐々に処方圧へ上げる入眠しやすさの向上
加温加湿機能空気を温め、湿度を加える鼻・喉の乾燥感、不快感の軽減

データ記録・管理機能

最近のCPAP装置の多くは使用状況に関するデータを記録する機能を備えています。

記録されたデータ(使用時間、無呼吸・低呼吸の回数、マスクからの空気漏れの程度など)は、SDカードや無線通信を通じて医療機関で確認できます。

これにより医師は治療が適切に行われているか、効果が出ているかを客観的に評価し、必要に応じて圧力設定の調整などを行います。

CPAP療法の効果とメリット

CPAP療法を適切に行うことで様々な効果やメリットが期待できます。この療法は患者さんのQOL(生活の質)向上に直結します。

睡眠の質の向上

CPAP療法によって無呼吸・低呼吸がなくなり、安定した呼吸で眠れるようになると、睡眠が分断されなくなり、深い睡眠(徐波睡眠)やレム睡眠がしっかりとれるようになります。これにより、熟睡感を得られ、朝すっきりと目覚めることができます。

日中の症状改善

睡眠の質が向上することでSASの代表的な症状である日中の強い眠気や倦怠感が大幅に改善します。

集中力や記憶力の低下も改善され、仕事や学業の能率向上、意欲の回復につながります。居眠り運転による事故のリスクも低減します。

CPAP療法による改善が期待できる症状

症状カテゴリ具体的な症状
睡眠関連いびき、無呼吸、中途覚醒、熟睡感のなさ
日中の覚醒度眠気、倦怠感、疲労感
認知機能集中力低下、記憶力低下、注意散漫
精神状態意欲低下、抑うつ気分、イライラ感

合併症リスクの低減

SASは高血圧、心臓病(不整脈、心不全、心筋梗塞など)、脳卒中、糖尿病などの生活習慣病のリスクを高めることが知られています。

CPAP療法によってSASの状態を改善することは、これらの深刻な合併症の発症や進行を抑制する効果が期待できます。

CPAP療法の開始と継続

CPAP療法は医師の診断と処方に基づいて開始されます。効果を得るためには、毎晩継続して使用することが何よりも重要です。

治療開始時の流れ

SASと診断され、CPAP療法が適応となった場合、医療機関からCPAP装置一式が貸与(レンタル)されます。

専門のスタッフ(医師、看護師、臨床工学技士など)から、装置の操作方法、マスクの装着方法、手入れの方法などについて詳しい説明を受けます。

実際にマスクを試着し、自分に合ったものを選びます。

毎晩の使用が基本

CPAP療法は薬のように体内に蓄積される効果はありません。装置を使用している間だけ気道が開かれ、効果を発揮します。

そのため、効果を持続させるには毎晩、睡眠時間全体を通して使用することが基本となります。

短時間でも昼寝をする際にも使用することが推奨されます。

継続のための工夫

治療を開始した当初はマスクの装着感や装置の音、空気の圧迫感などに慣れず、使いにくいと感じることもあります。

しかし、多くの場合、数日から数週間で慣れていきます。快適に使用を続けるためには、以下の点が重要です。

  • 自分に合ったマスクを選ぶ: フィット感、快適性が継続の鍵です。合わない場合は遠慮なく相談しましょう。
  • 加湿器の活用: 乾燥感や鼻詰まりがある場合は加湿器を使用すると楽になることが多いです。
  • 設定の調整: 呼気圧減圧機能やランプ機能などを活用したり、必要に応じて医師に圧力設定を見直してもらったりします。
  • トラブルシューティング: マスクからの空気漏れや皮膚トラブルなど、困ったことがあれば早めに医療機関に相談します。

定期的な通院とフォローアップ

CPAP療法中は、通常月に1回程度の定期的な通院が必要です。

診察では治療効果(症状の変化)、副作用の有無、CPAP装置の使用状況(データカードの確認)などをチェックし、必要に応じて圧力設定の調整やマスクの交換などを行います。

継続的なフォローアップが治療の成功に繋がります。

CPAP療法の注意点と副作用

CPAP療法は安全性の高い治療法ですが、いくつかの注意点や軽微な副作用(不快な症状)が現れることがあります。多くは対処可能です。

マスク関連のトラブル

最も多いのがマスクに関連するトラブルです。

マスク関連の主なトラブルと対策例

トラブル主な原因対策例
空気漏れ (エアリーク)マスクの不適合、装着不良、劣化マスクの再調整、サイズ・種類変更、交換
皮膚への圧迫痕、痛み締めすぎ、マスク形状ヘッドギア調整、パッド使用、マスク変更
皮膚のかぶれ、赤みマスク素材、汚れ、圧迫毎日の洗浄、パッド使用、皮膚保護剤、マスク変更

鼻や喉の乾燥・不快感

CPAPから送られる乾燥した空気により、鼻や喉が乾燥したり、詰まったり、痛みを感じたりすることがあります。

このような症状は加温加湿器を使用することで大幅に軽減できます。室内の湿度を保つことも有効です。

腹部膨満感

まれにCPAPから送られた空気を飲み込んでしまい、お腹が張る感じ(腹部膨満感)が出ることがあります。

圧力設定の調整などで改善することがあります。

その他の注意点

CPAP装置は電気製品ですので水濡れに注意が必要です。また、定期的なメンテナンスを怠ると衛生上の問題や装置の故障につながる可能性があります。

旅行などで長期間使用できない場合は事前に医師に相談しましょう。

よくある質問

Q1. CPAP療法はいつまで続ける必要がありますか?やめられますか?

A1. CPAP療法はSASの原因(気道の構造的な問題や肥満など)を根本的に治すものではなく、使用している間だけ効果を発揮する対症療法です。そのため基本的には長期的に継続する必要があります。

ただし、大幅な減量に成功した場合などSASの状態が改善し、CPAPが不要になる可能性もゼロではありません。

自己判断で中断せず、必ず医師と相談しながら治療を継続してください。

Q2. CPAP装置の音はうるさくないですか?

A2. 以前の装置に比べて現在のCPAP装置の作動音は非常に静かになっています。通常は、ささやき声程度の音量で、慣れれば気にならなくなる方がほとんどです。

ただし、マスクからの空気漏れがあると「シュー」という音がすることがあります。これはマスクの調整や交換で改善できます。

Q3. CPAP療法にかかる費用は?保険は適用されますか?

A3. 医師がCPAP療法を必要と判断し、一定の基準(AHIなど)を満たせば健康保険が適用されます。

保険適用の場合、CPAP装置は医療機関を通じてレンタルされ、患者さんは毎月、レンタル料と診察料を合わせて自己負担分(3割負担の場合、月額5,000円程度が目安)を支払います。

この費用には定期的な消耗品(マスク、チューブなど)の交換費用も含まれていることが一般的です。

Q4. CPAPを使い始めてから、かえって眠れなくなった気がします。

A4. 治療開始当初はマスクの違和感や空気の圧迫感などで一時的に寝付きが悪くなったり、眠りが浅くなったり感じることがあります。

多くの場合、数週間で慣れてきますが、もし症状が続くようであれば我慢せずに医師に相談してください。

マスクの種類やサイズ、圧力設定、加湿設定、呼気圧減圧機能などを調整することで快適性が改善されることがよくあります。

以上

参考にした論文

FUJITA, Yukio; YAMAUCHI, Motoo; MURO, Shigeo. Assessment and management of continuous positive airway pressure therapy in patient with obstructive sleep apnea. Respiratory Investigation, 2024, 62.4: 645-650.

AKASHIBA, Tsuneto, et al. Sleep apnea syndrome (SAS) clinical practice guidelines 2020. Respiratory Investigation, 2022, 60.1: 3-32.

TSUYUMU, Matsusato, et al. Ten-year adherence to continuous positive airway pressure treatment in patients with moderate-to-severe obstructive sleep apnea. Sleep and Breathing, 2020, 24: 1565-1571.

MCDAID, C., et al. Continuous positive airway pressure devices for the treatment of obstructive sleep apnoea-hypopnoea syndrome: a systematic review and economic analysis. Health Technology Assessment, 2009, 13.4: 1-146.

TANAHASHI, Tokusei, et al. Factors that predict adherence to continuous positive airway pressure treatment in obstructive sleep apnea patients: A prospective study in Japan. Sleep and Biological Rhythms, 2012, 10: 126-135.

ITO, Eiki, et al. Upper airway anatomical balance contributes to optimal continuous positive airway pressure for Japanese patients with obstructive sleep apnea syndrome. Journal of Clinical Sleep Medicine, 2014, 10.2: 137-142.

TAKAESU, Yoshikazu, et al. Mandibular advancement device as a comparable treatment to nasal continuous positive airway pressure for positional obstructive sleep apnea. Journal of Clinical Sleep Medicine, 2016, 12.8: 1113-1119.

YOSHIHISA, Akiomi, et al. Beneficial effects of positive airway pressure therapy for sleep‐disordered breathing in heart failure patients with preserved left ventricular ejection fraction. Clinical Cardiology, 2015, 38.7: 413-421.

TSUDA, Hiroko; WADA, Naohisa; ANDO, Shin-ichi. Practical considerations for effective oral appliance use in the treatment of obstructive sleep apnea: a clinical review. Sleep Science and Practice, 2017, 1: 1-11.

SHI, Hai-Bo, et al. Effective comparison of two auto-CPAP devices for treatment of obstructive sleep apnea based on polysomnographic evaluation. Auris Nasus Larynx, 2005, 32.3: 237-241.

KASAI, Takatoshi, et al. Effect of flow-triggered adaptive servo-ventilation compared with continuous positive airway pressure in patients with chronic heart failure with coexisting obstructive sleep apnea and Cheyne-Stokes respiration. Circulation: Heart Failure, 2010, 3.1: 140-148.