睡眠時無呼吸症候群(SAS)の検査結果やCPAP治療を受けていると、「AHI」という言葉をよく耳にするでしょう。
AHIは睡眠中の無呼吸や低呼吸の回数を示す重要な指標であり、SASの診断や重症度評価、そしてCPAP治療の効果を判断するために用いられます。
CPAP療法を開始すると、このAHIの数値がどのように変化するのか、また治療によって目指すべきAHIの目標値はどのくらいなのか、疑問に思っている方もいるかもしれません。
この記事ではCPAP療法とAHIの密接な関係について、分かりやすく解説します。
睡眠時無呼吸症候群とAHI
睡眠時無呼吸症候群(SAS)は、睡眠中に呼吸が止まる(無呼吸)または浅くなる(低呼吸)ことを繰り返し、体に様々な影響を及ぼす病気です。
この呼吸異常の程度を示す指標として、AHIが広く用いられます。
AHIとは何か
AHIはApnea Hypopnea Indexの略で、「無呼吸低呼吸指数」と訳されます。これは1時間あたりの無呼吸と低呼吸を合わせた回数を示す数値です。
無呼吸は呼吸が10秒以上停止した状態、低呼吸は換気量が50%以上低下し、かつ血中酸素飽和度が3%以上低下するか覚醒を伴う状態を指します。
AHIの測定方法
AHIは睡眠時無呼吸症候群の診断検査である簡易検査や精密検査(PSG検査)で測定します。
検査機器が睡眠中の呼吸状態や酸素レベルなどを記録し、そのデータに基づいてAHIが算出されます。
AHI測定に用いる検査
検査方法 | AHI算出の基になる情報 | 備考 |
---|---|---|
簡易検査 | 呼吸センサー、パルスオキシメーター | スクリーニング |
精密検査(PSG) | 呼吸センサー、SpO2、脳波など | 確定診断、詳細評価 |
AHIが示すこと
AHIの数値は睡眠中にどれだけ頻繁に呼吸が妨げられているかを示します。
この数値が高いほど睡眠中の呼吸異常が重度であり、睡眠の質が低下し、体への負担が大きいことを意味します。
AHIはSASの重症度を分類する上で重要な基準となります。
CPAP療法の基本
CPAP(Continuous Positive Airway Pressure)療法は睡眠時無呼吸症候群、特に閉塞性睡眠時無呼吸に対する最も効果的な治療法の一つです。
CPAPはどのように働くか
CPAP装置はマスクを介して設定された一定の陽圧の空気を気道に送り込みます。
この空気圧が睡眠中に狭くなったり閉塞したりする気道を物理的に広げ、無呼吸や低呼吸の発生を防ぎます。例えるなら、空気の力で気道の「通り道」を確保するようなものです。
CPAP治療の目的
CPAP治療の主な目的は、睡眠中の無呼吸や低呼吸を抑制し、AHIを正常値に近い状態に改善することです。これにより、睡眠中の酸素レベルの低下を防ぎ、睡眠の分断をなくし、質の良い睡眠を取り戻すことを目指します。
CPAP治療の効果
CPAP療法を適切に継続することでAHIが劇的に改善するだけでなく、以下のような様々な効果が期待できます。
- いびきの消失または軽減
- 日中の強い眠気や倦怠感の改善
- 集中力や注意力の向上
- 夜間の頻尿の改善
- 高血圧や心血管疾患リスクの低減
これらの効果はAHIの改善と密接に関連しています。
CPAP治療開始後のAHIの変化
CPAP療法を開始すると、多くの患者さんでAHIが大幅に改善します。これはCPAPが睡眠中の気道閉塞を効果的に防ぐためです。
治療によるAHIの改善
CPAP治療を開始し、適切な圧力設定が行われると、睡眠中の無呼吸や低呼吸の回数が減少し、AHIの数値は治療前に比べて大きく低下します。
治療前のAHIが30回以上の重症の方でも、治療開始後はAHIが5回未満に改善することも少なくありません。
治療効果の評価
CPAP治療の効果はCPAP装置に記録されるAHIのデータで評価できます。多くのCPAP装置は毎晩のAHIや使用時間などのデータを記録しており、医療機関のスタッフがこれらのデータを定期的に確認します。
AHIが目標値に維持できているか、使用時間は十分かなどを評価し、治療が適切に行われているかを確認します。
CPAP装置で確認できる主なデータ
データ項目 | 示すこと | 備考 |
---|---|---|
AHI | 1時間あたりの無呼吸・低呼吸回数 | 治療効果の主要指標 |
使用時間 | CPAPを装着していた時間 | 治療継続の目安 |
空気漏れ | マスクからの空気漏れの量 | マスクフィッティングの確認 |
AHI以外の改善点
AHIの数値だけでなく、CPAP治療によって自覚症状(日中の眠気、いびきなど)や睡眠の質(熟睡感、夜間の覚醒回数など)が改善したかどうかも重要な評価ポイントです。
CPAP治療が成功しているかどうかはAHIの改善とこれらの自覚症状の改善を合わせて判断します。
CPAP治療におけるAHIの目標値
CPAP治療において目指すべきAHIの目標値は一般的に5回未満とされています。
これはAHIが5回未満であれば、睡眠中の呼吸異常が臨床的に問題とならないレベルであると考えられているためです。
治療目標としてのAHI
CPAP治療はAHIを5回未満に維持することを目標に行います。
この目標を達成することで睡眠中の低酸素状態や睡眠分断を防ぎ、SASによる様々な健康リスクを低減できます。
目標達成の意義
AHIが目標値である5回未満に維持できているということは、CPAP療法が効果的に機能し、睡眠中の呼吸が安定していることを意味します。
目標値が維持できれば日中の眠気が改善したり、心血管疾患などの合併症リスクが低下したりといったCPAP治療の恩恵を十分に受けられます。
AHI目標値達成の意義
目標AHI | 達成の意義 | 期待できる効果 |
---|---|---|
5回未満 | 呼吸が安定 | 日中症状の改善、合併症リスク低減 |
5回以上 | 治療効果不十分の可能性 | 原因の再評価、設定調整など |
目標AHIに達しない場合
CPAP治療を開始してもAHIが目標値である5回未満に達しない場合は、いくつかの原因が考えられます。
- CPAPの使用時間が短い
- マスクからの空気漏れが多い
- CPAPの圧力設定が適切でない
- 鼻詰まりなどの問題がある
- SAS以外の睡眠障害が合併している
このような場合は、自己判断せず、必ず医療機関に相談してください。医師が原因を特定し、適切な対処を行います。
CPAP装置が記録するデータ
多くのCPAP装置には治療状況を記録する機能が備わっています。
これらのデータは治療が適切に行われているか、AHIが目標値を維持できているかなどを確認するために重要です。
装置が測定する主な項目
CPAP装置が記録するデータは機種によって異なりますが、一般的に以下の項目が含まれます。
- 毎晩のAHI
- CPAPの使用時間
- マスクからの空気漏れの量
- 治療に必要な圧力
データからわかること
これらのデータからは毎晩の睡眠中の呼吸状態やCPAPの使用状況を詳細に把握できます。
例えばAHIの推移を見ることで治療効果が維持できているか、使用時間を見ることで治療が継続できているかなどが分かります。
空気漏れのデータはマスクのフィッティングが適切かどうかの目安となります。
CPAPデータで確認できること
データ | 把握できること | 対応 |
---|---|---|
AHI | 治療効果 | 設定調整、原因究明 |
使用時間 | 治療継続状況 | 使用促進のアドバイス |
空気漏れ | マスクの適合性 | マスク調整、交換 |
データの活用方法
CPAP装置のデータは医療機関での定期的な診察時に医師やスタッフが確認し、治療の効果判定や問題点の把握に活用します。
データに基づいてCPAPの圧力設定を変更したり、マスクの調整方法を指導したり、治療に関するアドバイスを行ったりします。
患者さん自身も装置の画面や専用アプリなどでデータを確認できる場合があり、ご自身の治療状況を把握するのに役立ちます。
AHIをさらに改善するために
CPAP治療によってAHIが改善してもさらに良い状態を目指したり治療効果を高めたりするために、CPAP以外の方法を併用することも有効です。
CPAP以外の併用療法
CPAP治療に加えて以下のような治療法を併用することで、AHIのさらなる改善や治療効果の向上を目指せる場合があります。
- マウスピース(口腔内装置):軽症~中等症のSASに有効な場合があり、CPAPと併用することもある
- 外科的治療:気道閉塞の原因となっている部位を手術で改善する
生活習慣の見直し
生活習慣の改善はSAS治療の基本であり、CPAPの効果を高める上で非常に重要です。
AHI改善のための生活習慣
習慣 | AHIへの影響 | 備考 |
---|---|---|
減量 | 気道狭窄の改善 | 肥満がある場合に有効 |
禁煙 | 気道の炎症軽減 | いびき改善にも |
節酒 | 筋肉の弛緩抑制 | 寝る前の飲酒は特に注意 |
特に肥満がある場合は体重を減らすことがAHIの改善に大きく貢献します。健康的な食事や適度な運動を取り入れましょう。
定期的な医療機関受診
CPAP治療を継続し、AHIを目標値に維持するためには、定期的に医療機関を受診することが大切です。
医師やスタッフがCPAPの使用状況やAHIのデータを確認し、治療に関する問題点がないか、設定の調整が必要ないかなどを評価します。
また、治療に関する疑問や不安についても相談できます。
よくある質問
Q. CPAPを使ってもAHIが下がらないのはなぜですか?
A. CPAPを使ってもAHIが十分に下がらない場合、いくつかの原因が考えられます。最も多いのはCPAPの使用時間が短いことや、マスクからの空気漏れが多いことです。
また、CPAPの圧力設定が合っていない、鼻詰まりなどの問題がある、SAS以外の睡眠障害が合併しているといった可能性もあります。
AHIが目標値に達しない場合は必ず医師に相談し、原因を特定して適切な対処を行ってください。
Q. AHIが目標値に達したら治療をやめてもいいですか?
A. CPAP治療によってAHIが目標値に達し、症状が改善した場合でも、自己判断で治療を中断することは避けてください。
CPAP治療は睡眠中の呼吸異常を「コントロール」する治療であり、根本的に病気が治ったわけではない場合が多いです。
治療を中断すると再びAHIが悪化し、症状が再発したり、健康リスクが高まったりする可能性があります。
治療の中止や変更については必ず医師と相談して決定してください。
CPAP装置のAHI表示は正確ですか?
CPAP装置に表示されるAHIは治療効果を把握するための目安として役立ちますが、精密検査(PSG検査)で測定されるAHIとは算出方法が異なる場合があり、必ずしも完全に一致するわけではありません。
CPAP装置のAHIは主に呼吸流量や圧力の変化から無呼吸や低呼吸を推定しています。正確な睡眠の質や他の睡眠イベント(周期性四肢運動など)の評価には、PSG検査が必要です。
CPAP装置のAHIはあくまで参考値として捉え、詳細な評価や治療方針については医師の判断を仰いでください。
以上
参考にした論文
KOJIMA, Shigeko, et al. Associations of self-efficacy and outcome expectancy with adherence to continuous positive airway pressure therapy in Japanese patients with obstructive sleep apnea. Fujita Medical Journal, 2023, 9.2: 142-146.
HIRONO, Haruka, et al. Impact of continuous positive airway pressure therapy for nonalcoholic fatty liver disease in patients with obstructive sleep apnea. World journal of clinical cases, 2021, 9.19: 5112.
SUGIURA, Tatsuki, et al. Influence of nasal resistance on initial acceptance of continuous positive airway pressure in treatment for obstructive sleep apnea syndrome. Respiration, 2006, 74.1: 56-60.
ISEKI, Kunitoshi, et al. Survival benefit of CPAP therapy among dialysis patients with obstructive sleep apnea. Clinical and Experimental Nephrology, 2025, 29.4: 485-491.
FURUKAWA, Taiji, et al. Long-term adherence to nasal continuous positive airway pressure therapy by hypertensive patients with preexisting sleep apnea. Journal of Cardiology, 2014, 63.4: 281-285.
SASAYAMA, Shigetake, et al. Improvement of quality of life with nocturnal oxygen therapy in heart failure patients with central sleep apnea. Circulation Journal, 2009, 73.7: 1255-1262.
KUMAGAI, Hajime, et al. Effects of continuous positive airway pressure therapy on nocturnal blood pressure fluctuation patterns in patients with obstructive sleep apnea. International Journal of Environmental Research and Public Health, 2022, 19.16: 9906.
KOBAYASHI, Motonori, et al. The validity and usefulness of the Japanese version of the Calgary sleep apnea quality of life index in patients with obstructive sleep apnea hypopnea syndrome. Internal Medicine, 2013, 52.3: 309-315.
INOUE, Akiko, et al. Nasal function and CPAP compliance. Auris Nasus Larynx, 2019, 46.4: 548-558.
KASAI, Takatoshi, et al. Prognosis of patients with heart failure and obstructive sleep apnea treated with continuous positive airway pressure. Chest, 2008, 133.3: 690-696.