睡眠時無呼吸症候群(SAS)の検査を受けた際、「AHI」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。
「AHIとは何か?」「この数値は何を表しているのか?」「自分のAHI値は正常なのか?」など、多くの疑問が浮かぶことでしょう。
AHIはSASの重症度を判断するための非常に重要な指標です。
この記事ではAHIの意味、計算方法、正常値、重症度分類、そしてAHIを知ることの重要性について医療の観点から分かりやすく解説します。「AHI 医療」や「AHI 正常値」に関心のある方は、ぜひお読みください。
AHIとは何か – 基本的な定義
AHIは「Apnea-Hypopnea Index」の略語で、日本語では「無呼吸低呼吸指数」と訳されます。これは睡眠1時間あたりに発生する「無呼吸」と「低呼吸」の合計回数を示す数値です。
睡眠検査(簡易検査や精密検査)によって測定され、睡眠時無呼吸症候群(SAS)の診断と重症度分類の基準として、世界的に広く用いられています。
無呼吸(Apnea)
睡眠中に口や鼻からの空気の流れ(気流)が10秒以上完全に停止する状態を指します。
主に喉の奥(上気道)が物理的に塞がってしまうことで発生します(閉塞性無呼吸)。
低呼吸(Hypopnea)
呼吸が浅くなり、換気量が著しく低下する状態です。
具体的には10秒以上呼吸の換気量が50%以上低下し、それに伴って血液中の酸素飽和度(SpO2)が3%または4%以上低下するか、あるいは脳波上の覚醒反応(目が覚めかける状態)を引き起こす状態を指します。
上気道が部分的に狭くなることで発生します。
AHIの算出方法
AHIは一晩の睡眠検査で記録された無呼吸と低呼吸の総回数を総睡眠時間(単位:時間)で割ることで算出します。
AHI = (一晩の無呼吸の総回数 + 一晩の低呼吸の総回数) ÷ 総睡眠時間 (時間)
例えば7時間睡眠し、その間に無呼吸が50回、低呼吸が90回あった場合、AHIは (50 + 90) ÷ 7 ≒ 20回/時間となります。
この数値が高いほど睡眠中に呼吸が頻繁に妨げられていることを意味し、重症度が高いと判断されます。
AHI算出の要素
要素 | 測定内容 | 単位 |
---|---|---|
無呼吸回数 | 10秒以上の呼吸停止の総回数 | 回 |
低呼吸回数 | 基準を満たす呼吸低下の総回数 | 回 |
総睡眠時間 | 実際に睡眠していた合計時間(PSGの場合) | 時間 |
※簡易検査の場合は総睡眠時間ではなく、装置の記録時間で計算されることがあります(RDIと呼ばれることもあります)
AHIを測定する検査方法
AHIを正確に測定するためには専門的な睡眠検査が必要です。主に自宅で行う簡易検査と、医療機関に入院して行う精密検査(PSG)があります。
簡易検査(自宅検査)
専用の小型装置(検査キット)を医療機関から借り受け、自宅で普段通りに寝ながら検査を行います。主に鼻からの気流、指先の血中酸素飽和度(SpO2)、脈拍数などを記録します。
手軽に行えるため、SASのスクリーニング(初期評価)として広く用いられます。
精密検査(ポリソムノグラフィ:PSG)
医療機関に1泊入院して行う睡眠検査の標準的な方法です。
簡易検査の項目に加えて、脳波(睡眠段階の判定)、心電図、筋電図、眼球運動、胸腹部の呼吸運動など、多数のセンサーを用いて詳細な生体情報を記録します。
この検査をおこなうことで、より正確なAHIの算出、睡眠の質の評価、他の睡眠障害との鑑別などが可能になります。
検査方法によるAHI測定の違い
検査方法 | AHI算出の基となる時間 | 精度 |
---|---|---|
簡易検査 | 装置の記録時間 (Total Recording Time) | 中程度(スクリーニング向け) |
精密検査 (PSG) | 実際の総睡眠時間 (Total Sleep Time) | 高い(確定診断向け) |
どちらの検査が必要か
まず簡易検査を行い、その結果や症状に応じて精密検査(PSG)が必要かどうかを医師が判断します。
簡易検査でAHIが高値であったり、診断がはっきりしない場合、他の睡眠障害が疑われる場合などにPSGが推奨されます。
AHI値の見方 – 正常値と重症度分類
睡眠検査で算出されたAHI値はSASの有無や重症度を判断するための重要な基準となります。
一般的に用いられている分類基準を理解しましょう。
AHIの正常値
国際的な基準では、成人の場合、AHIが5回/時間未満であれば正常範囲とされています。つまり、睡眠1時間あたりの無呼吸・低呼吸の回数が5回未満であれば、通常はSASとは診断されません。
AHIに基づく重症度分類
AHIが5回/時間以上の場合にSASと診断され、その値によって重症度が以下のように分類されます。
AHIによるSAS重症度分類
AHI (回/時間) | 重症度 | 一般的な状態 |
---|---|---|
5未満 | 正常 | 問題なし |
5 ~ 14 | 軽症 | いびき、軽い眠気など。自覚症状がない場合も。 |
15 ~ 29 | 中等症 | 日中の眠気、集中力低下などが顕著に。合併症リスク上昇。 |
30以上 | 重症 | 強い眠気、QOL低下。合併症リスクが非常に高い。 |
重症度分類の意義
この重症度分類は治療方針を決定する上で重要な目安となります。
例えば軽症の場合は生活習慣の改善やマウスピース治療が検討されることが多いですが、中等症以上、特にAHIが20や30を超える場合はCPAP療法が第一選択となることが一般的です。
小児の場合の基準
小児の場合は成人とは異なる基準が用いられます。
一般的にAHIが1回/時間以上で軽症、5回/時間以上で中等症~重症と判断されることが多いですが、専門医による評価が必要です。
なぜAHI値を知ることが重要なのか
AHI値は単なる数字ではなく、ご自身の健康状態を把握し、適切な対策を講じるための重要な情報です。
客観的な重症度の把握
いびきや眠気といった自覚症状の強さと、実際のSASの重症度(AHI値)は必ずしも一致しません。症状が軽くてもAHIが高い場合や逆に症状が強くてもAHIが低い場合もあります。
AHI値は睡眠中の呼吸障害の程度を客観的に示すため、正確な状態把握に役立ちます。
治療方針決定の根拠
前述の通り、AHI値は治療法選択の重要な判断材料となります。AHIが高いほど、より積極的な治療(CPAP療法など)が必要となる可能性が高まります。
また、CPAP療法の保険適用基準にもAHIの値が用いられます。
合併症リスクの評価
AHI値が高いほど高血圧、心臓病、脳卒中、糖尿病などの生活習慣病を発症するリスクが高まることがわかっています。
AHI値を知ることで、ご自身の将来的な健康リスクを認識し、予防意識を高めることができます。
AHIと合併症リスクの関連(イメージ)
AHIレベル | 高血圧リスク | 心血管疾患リスク |
---|---|---|
軽症 (5-14) | やや上昇 | やや上昇 |
中等症 (15-29) | 上昇 | 上昇 |
重症 (30以上) | 著しく上昇 | 著しく上昇 |
治療効果のモニタリング
CPAP療法などの治療を開始した後も定期的にAHI値を測定(CPAP装置のデータ記録や再検査)することで、治療が効果的に行われているかを確認できます。
AHI値が十分に下がっていれば治療は順調ですが、そうでなければ圧力設定の見直しなどが必要になります。
AHI値に影響を与える要因
AHI値は、個人の体質や生活習慣など、様々な要因によって影響を受けます。
体格(肥満度)
肥満、特に首周りの脂肪が多いと気道が圧迫されやすくなり、AHI値が高くなる傾向があります。
減量はAHI値を改善させる効果が期待できます。
顎の骨格
下顎が小さい、後退しているなどの骨格的な特徴があると舌が後方に落ち込みやすく、気道が狭くなりやすいため、AHI値が高くなることがあります。
痩せている人でもAHIが高い場合は骨格的な要因が大きい可能性があります。
睡眠中の体位
仰向け(仰臥位)で寝ると重力の影響で舌根が沈下しやすく、気道が塞がりやすくなるため、横向き(側臥位)で寝る場合に比べてAHI値が高くなることが多いです。
体位によってAHI値が大きく変動するタイプの人もいます。
体位とAHIの関係
睡眠体位 | 気道の状態 | AHIへの影響(傾向) |
---|---|---|
仰向け (仰臥位) | 舌根沈下しやすい | 高くなりやすい |
横向き (側臥位) | 舌根沈下しにくい | 低くなりやすい |
飲酒・薬剤
アルコールや一部の睡眠薬・精神安定剤などは喉の筋肉を弛緩させる作用があるため、AHI値を悪化させる可能性があります。
特に就寝前の飲酒は避けるべきです。
年齢・性別
加齢とともに筋力が低下するため、AHI値は高くなる傾向があります。
また、一般的に男性の方が女性よりもAHI値が高い傾向がありますが、女性も閉経後はリスクが上昇します。
AHI値の解釈における注意点
AHI値は非常に重要な指標ですが、その解釈にあたってはいくつかの注意点があります。
AHI値だけが全てではない
SASの重症度や治療の必要性はAHI値だけで判断されるわけではありません。医師はAHI値に加えて、以下のような情報も総合的に評価します。
- 自覚症状の強さ: 日中の眠気、倦怠感、集中力低下など
- 血中酸素飽和度の低下度: 最低SpO2値やODI(酸素飽和度低下指数)
- 合併症の有無: 高血圧、心臓病、糖尿病など
- 年齢、体格、生活習慣など
例えばAHI値が軽症の範囲(5~14)であっても、日中の眠気が非常に強く日常生活に支障が出ている場合や、重度の低酸素血症が見られる場合には積極的な治療が推奨されることがあります。
検査方法による違い
前述の通り、簡易検査で測定されたAHI(またはRDI)と精密検査(PSG)で測定されたAHIは、計算方法の違いなどから、必ずしも一致するとは限りません。
一般的に簡易検査の値はPSGの値よりも低めに出る傾向があるとも言われています。
診断や治療方針の決定においては、どの検査方法で測定された値なのかを考慮する必要があります。
一晩の変動
睡眠の状態は日によって変動するため、検査した特定の一晩のAHI値がその人の平均的な状態を完全に代表しているとは限りません。
体調や検査環境によって多少の変動は起こりえます。
AHI値と治療効果
CPAP療法などの治療を開始した後にAHI値がどのように変化するかは、治療効果を評価する上で重要です。
治療目標としてのAHI
CPAP療法の目標はAHI値を正常範囲である5回/時間未満にコントロールすることです。
治療がうまくいっていれば、CPAP装置の使用中のAHI値(装置が記録するデータ)は大幅に低下します。
治療効果のモニタリング
CPAP装置には使用中のAHI値を記録する機能が付いているものが多くあります。
定期的な通院時に医師がこのデータを確認し、AHI値が目標値(通常5未満)に達しているか、安定しているかを評価します。
もしAHI値が十分に下がっていない場合は圧力設定の調整やマスクの適合性の再確認などを行います。
CPAP治療効果の評価指標
評価指標 | 内容 | 目標値(目安) |
---|---|---|
CPAP使用中のAHI | 装置が記録した1時間あたりの無呼吸・低呼吸回数 | 5回/時間 未満 |
CPAP使用時間 | 一晩あたりどのくらいの時間使用できているか | 4時間/日 以上(最低限) |
マスクの空気漏れ | マスクの隙間からの空気漏れの程度 | 許容範囲内(機種による) |
治療継続の重要性
CPAP療法は継続して初めて効果が得られる治療です。AHI値が良好にコントロールされていても、自己判断で治療を中断すると元の無呼吸状態に戻ってしまいます。
医師の指示に従い、根気強く治療を続けることが大切です。
よくある質問
Q1. AHIが正常値(5未満)なら全く問題ないということですか?
A1. 基本的にはAHIが5未満であれば臨床的に問題となる睡眠時無呼吸症候群(SAS)ではないと判断されます。
しかし、稀にAHIが正常範囲でも、いびきが非常に大きい、日中の眠気が強いなどの症状がある場合があります。
このような場合、「上気道抵抗症候群(UARS)」など、SASとは少し異なる病態が隠れている可能性も考えられます。
症状が気になる場合は、AHI値だけでなく、症状全体について医師に相談することが重要です。
Q2. 簡易検査と精密検査でAHIの値が違うのはなぜですか?
A2. 主な理由はAHIを計算する際の分母となる「時間」の定義が異なるためです。精密検査(PSG)では脳波で実際の睡眠時間を測定し、それを分母(総睡眠時間)とします。
一方、簡易検査では脳波を測定しないため、装置が作動していた時間全体(記録時間)を分母とすることが多いです。
記録時間には覚醒している時間も含まれるため、一般的に簡易検査のAHI(RDI)はPSGのAHIよりも低い値になる傾向があります。
そのため、診断や治療方針の決定にはどちらの検査で得られた値なのかを考慮する必要があります。
Q3. AHIを下げるために自分でできることはありますか?
A3. AHIを下げる、あるいは悪化させないために、生活習慣の改善が有効な場合があります。特に肥満はSASの大きなリスク因子ですので適正体重を目指した減量は重要です。
また、就寝前の飲酒は喉の筋肉を弛緩させAHIを悪化させるため控える、禁煙する、睡眠薬の使用について医師に相談する、などが挙げられます。
仰向けでAHIが悪化するタイプの方は横向きで寝る工夫(抱き枕を使う、背中にクッションを置くなど)も有効な場合があります。
ただし、これらは補助的な対策であり、中等症以上のSASではCPAP療法などの医学的治療が必要です。
Q4. CPAP治療中のAHIは毎日同じ値になりますか?
A4. いいえ、CPAP使用中のAHIも日々の体調や睡眠の状態、マスクの装着具合などによって多少変動することがあります。重要なのは長期的に見てAHIが低い値(通常5未満)で安定しているかどうかです。
CPAP装置が記録したデータ(平均AHIなど)を定期的に医師が確認し、治療が適切に行われているかを評価します。
一時的な変動に一喜一憂せず、継続して治療に取り組み、気になることがあれば医師に相談しましょう。
以上
参考にした論文
ISOBE, Yuki, et al. Severity indices for obstructive sleep apnea syndrome reflecting glycemic control or insulin resistance. Internal Medicine, 2019, 58.22: 3227-3234.
IKEGAMI-TANAKA, Hitomi, et al. Analysis of the relationship between comorbid obstructive sleep apnea and clinical outcomes in patients with asthma in Japan. Allergology International, 2024, 73.3: 390-396.
SUZUKI, Masaaki, et al. Discrepancy in polysomnography scoring for a patient with obstructive sleep apnea hypopnea syndrome. The Tohoku Journal of Experimental Medicine, 2005, 206.4: 353-360.
YASUDA, Mina, et al. The prevalence of obstructive sleep apnea in Japanese asthma patients. Allergy, Asthma & Clinical Immunology, 2024, 20.1: 10.
GERGELY, Viktor, et al. Evaluation of the usefulness of the SleepStrip for screening obstructive sleep apnea-hypopnea syndrome in Japan. Sleep and Biological Rhythms, 2009, 7: 43-51.
ZHU, Qinye, et al. Validity and reliability of the Japanese version of the severity hierarchy score for pediatric obstructive sleep apnea screening. Sleep Medicine, 2023, 101: 357-364.
KOBAYASHI, Motonori, et al. The validity and usefulness of the Japanese version of the Calgary sleep apnea quality of life index in patients with obstructive sleep apnea hypopnea syndrome. Internal Medicine, 2013, 52.3: 309-315.
AKASHIBA, Tsuneto, et al. Sleep apnea syndrome (SAS) clinical practice guidelines 2020. Respiratory Investigation, 2022, 60.1: 3-32.
ICHIKAWA, Masahiro, et al. Diagnostic accuracy of home sleep apnea testing using peripheral arterial tonometry for sleep apnea: A systematic review and meta‐analysis. Journal of Sleep Research, 2022, 31.6: e13682.