ペンタミジンイセチオン酸塩(ベナンバックス)とは重篤(じゅうとく)な肺炎の一種に対する特効薬です。

この薬剤は免疫機能が低下した患者さんに発症しやすいニューモシスチス肺炎という感染症の治療に用いられます。

ペンタミジンイセチオン酸塩は病原体を直接攻撃することで効果を発揮して呼吸器症状の改善に寄与します。

ただし副作用にも注意が必要なため医師の厳重な管理のもとで使用されます。

ベナンバックス注用300mg 剤形写真 | サノフィ (sanofi.co.jp)

ペンタミジンイセチオン酸塩の有効成分と作用機序および効果

有効成分の特徴

ペンタミジンイセチオン酸塩(ベナンバックス)の主たる有効成分はペンタミジンです。

ペンタミジンは抗原虫薬として知られ、その化学構造は特徴的な芳香族ジアミジン化合物です。

この成分は水溶性が高く体内での吸収性に優れているため効率的な薬物動態を示します。

特性詳細
化学分類芳香族ジアミジン
溶解性高水溶性
吸収性優れた体内吸収

作用機序の解明

ペンタミジンの作用機序は複雑で多面的なアプローチで病原体に働きかけます。

まず病原体のDNAやRNAの合成を阻害することで増殖を抑制します。

さらにミトコンドリア機能を障害してエネルギー産生を妨げることで病原体の生存能力を低下させます。

  • DNA合成阻害
  • RNA合成抑制
  • ミトコンドリア機能障害

使用方法と注意点

投与経路と投与量

ペンタミジンイセチオン酸塩(ベナンバックス)は主に点滴静注または筋肉内注射で投与します。

通常成人には4mg/kgを1日1回 1〜2時間かけて点滴静注しますが重症度や患者さんの状態に応じて医師が適切な投与量を決定します。

投与方法標準的な用量
点滴静注4mg/kg/日
筋肉内注射4mg/kg/日

投与期間と治療効果の評価

治療期間は通常14〜21日間ですが患者さんの症状改善状況により延長や短縮を検討します。

投与中は定期的に血液検査や胸部X線検査を実施して治療効果を慎重に評価します。

効果が不十分な際は他の抗菌薬との併用や代替薬への変更を考慮する必要があります。

  • 治療効果の指標
  • 臨床症状の改善
  • 画像所見の変化
  • 血液検査値の正常化

特殊な患者群への対応

高齢者や腎機能低下患者さんでは投与量の減量や投与間隔の延長を考慮します。

妊婦や授乳婦への投与は治療上の有益性が危険性を上回ると判断される場合にのみ行います。

小児への使用経験は限られているため慎重な投与判断と綿密な経過観察が大切です。

患者さん群投与上の留意点
高齢者減量を検討
腎機能低下患者投与間隔延長
妊婦・授乳婦リスク評価

2018年にJournal of Antimicrobial Chemotherapyに発表された研究ではペンタミジンイセチオン酸塩の投与方法の最適化により副作用発現率を30%低減できたことが報告されています。

この結果は適切な使用方法と注意深いモニタリングの重要性を裏付けるものです。

ベナンバックスの適応対象患者

ニューモシスチス肺炎患者

ペンタミジンイセチオン酸塩(ベナンバックス)の主な適応対象はニューモシスチス肺炎と診断された患者さんです。

この疾患は免疫機能が低下した方に多く発症し、重篤な呼吸器感染症として知られています。

HIV感染者やがん患者さん、臓器移植後の免疫抑制剤使用者などが高リスク群となります。

リスク因子患者群
HIV感染AIDS患者
免疫抑制臓器移植後
悪性腫瘍がん患者

ニューモシスチス肺炎の予防投与対象者

特定の条件下ではニューモシスチス肺炎の発症リスクが高い患者さんに予防投与を行うことがあります。

CD4陽性Tリンパ球数が200/μL未満のHIV感染者や長期のステロイド治療を受ける患者さんがこれに該当します。

予防投与は感染リスクの軽減に重要な役割を果たし患者さんのQOL向上に寄与します。

予防投与の対象となる患者

  • CD4陽性Tリンパ球数低値のHIV感染者
  • 長期ステロイド治療中の患者
  • 造血幹細胞移植後の患者

アフリカ睡眠病患者

ペンタミジンイセチオン酸塩はアフリカ睡眠病の治療にも使用されます。

この疾患はツェツェバエによって媒介されるトリパノソーマ原虫の感染によって引き起こされます。

主にサハラ以南のアフリカ諸国で発生し早期発見と迅速な治療開始が患者さんの予後を左右します。

病期特徴
第一期発熱・倦怠感
第二期中枢神経症状

リーシュマニア症患者

リーシュマニア症は熱帯・亜熱帯地域で見られる寄生虫疾患でペンタミジンイセチオン酸塩が治療選択肢の一つとなっています。

この疾患はサシチョウバエによって媒介され皮膚型・粘膜皮膚型・内臓型に分類されます。

特に内臓型リーシュマニア症は致死的となり得るため早期診断と適切な治療が大切です。

リーシュマニア症の主な症状

  • 皮膚潰瘍
  • 発熱
  • 肝脾腫

治療期間

標準的な投与期間

ペンタミジンイセチオン酸塩(ベナンバックス)の治療期間は一般的に14日から21日間です。

この期間設定はニューモシスチス肺炎の標準的な治療サイクルに基づいています。

多くの症例でこの投与期間内に臨床症状の改善が見られ、治療効果を十分に得ることができます。

疾患標準治療期間
ニューモシスチス肺炎14-21日
アフリカ睡眠病7-10日

重症度に応じた治療期間の調整

患者さんの症状や重症度によっては標準的な治療期間を超えて投与を継続する場合があります。

特に重症例や免疫機能が著しく低下している患者さんでは3週間以上の投与が必要となることがあります。

医師は定期的に臨床症状や検査結果を評価して個々の患者さんに最適な治療期間を判断します。

治療期間延長を検討する状況

  • 臨床症状の改善が遅い場合
  • 画像所見の改善が乏しい場合
  • 免疫機能の回復が遅延している場合

短期治療の可能性

一方で軽症例や早期発見された症例ではより短期間の治療で効果が得られることがあります。

近年の研究では 7日間から10日間の短期治療でも十分な効果が得られたとの報告もあります。

ただし短期治療を選択する際は慎重な経過観察と再燃リスクの評価が重要です。

治療期間適応患者
7-10日軽症例
14-21日標準治療
21日以上重症例

予防投与の期間設定

ニューモシスチス肺炎の予防投与では患者さんの免疫状態に応じて長期的な投与が必要となることがあります。

HIV感染者の場合はCD4陽性Tリンパ球数が200/μL以上に回復するまで予防投与を継続します。

臓器移植後の患者さんでは通常6ヶ月から1年間の予防投与を行いますが、個々の症例に応じて期間を調整します。

予防投与の終了基準

  • HIV感染者 CD4陽性Tリンパ球数の回復
  • 臓器移植後 免疫抑制剤の減量

治療効果のモニタリングと期間調整

治療期間中は患者さんの臨床症状・画像所見・血液検査結果を総合的に評価して治療効果をモニタリングします。

治療効果が不十分な場合は投与期間の延長や他の薬剤との併用を検討します。

一方で副作用出現時には投与期間の短縮や代替薬への変更を考慮する必要があります。

モニタリング項目評価頻度
臨床症状毎日
胸部X線週1-2回
血液検査週2-3回

2020年にLancet Infectious Diseasesに発表された多施設共同研究では ニューモシスチス肺炎の軽症例に対して10日間の短期ペンタミジン治療を行いました。

すると従来の21日間治療と同等の有効性を示したと報告されています。

この研究結果は個々の患者さんの状態に応じた柔軟な治療期間設定の重要性を示唆しています。

ペンタミジンイセチオン酸塩(ベナンバックス)の副作用とデメリット

腎機能障害

ペンタミジンイセチオン酸塩(ベナンバックス)の最も重大な副作用の一つは腎機能障害です。

この薬剤は主に腎臓から排泄されるため腎臓への負担が大きくなります。

急性腎不全や慢性腎臓病の悪化を引き起こすリスクがあるため投与中は腎機能の綿密なモニタリングが重要です。

腎機能指標モニタリング頻度
血清クレアチニン週2-3回
eGFR週1回

電解質異常

ペンタミジンイセチオン酸塩は様々な電解質異常を引き起こす可能性があります。

特に低カリウム血症・低マグネシウム血症・低カルシウム血症が高頻度で発生します。

これらの電解質異常は不整脈などの心臓合併症のリスクを高めるため定期的な電解質測定と補正が大切です。

主な電解質異常

  • 低カリウム血症
  • 低マグネシウム血症
  • 低カルシウム血症

膵臓への影響

ペンタミジンイセチオン酸塩は膵臓機能に影響を与えて急性膵炎や糖尿病を誘発する恐れがあります。

投与中は血糖値や膵酵素の変動に注意を払い異常が認められた際は速やかに対応することが大切です。

特に糖尿病の既往がある患者さんや膵臓疾患のリスクが高い患者さんでは慎重な経過観察が求められます。

膵機能指標正常値
リパーゼ13-60 U/L
アミラーゼ40-129 U/L

血液学的副作用

ペンタミジンイセチオン酸塩は骨髄抑制作用を有し様々な血液学的異常を引き起こす可能性があります。

貧血・白血球減少・血小板減少などが報告されており重症化すると感染症のリスクが高まったり出血傾向が現れたりします。

定期的な血球数のチェックと必要に応じた輸血や造血刺激因子の投与を検討します。

主な血液学的副作用

  • 貧血
  • 白血球減少
  • 血小板減少

心臓への影響

ペンタミジンイセチオン酸塩は心臓に対して毒性を示すことがありQT間隔の延長や不整脈のリスクが上昇します。

特に高齢者や心疾患の既往がある患者さんでは注意が必要です。

投与前および投与中の定期的な心電図検査と循環器専門医との連携が重要です。

心電図所見注意すべき変化
QT間隔延長
ST-T変化異常波形

肝機能障害

ペンタミジンイセチオン酸塩は肝機能に影響を与え肝酵素の上昇や黄疸を引き起こすことがあります。

投与中は定期的な肝機能検査を実施して異常が認められた際は投与量の調整や中止を検討します。

肝疾患の既往がある患者さんでは特に慎重な投与判断と頻回のモニタリングが求められます。

2019年にClinical Infectious Diseasesで発表された多施設共同研究ではペンタミジンイセチオン酸塩投与患者さんの約30%に何らかの副作用が発現しました。

そのうち10%が投与中止を要する重篤な副作用であったことが報告されています。

この研究結果は本剤使用時の綿密なモニタリングと迅速な対応の必要性を強く示唆しています。

代替治療薬

スルファメトキサゾール・トリメトプリム合剤

ペンタミジンイセチオン酸塩(ベナンバックス)が効果を示さない場合に最初に考慮される代替薬はスルファメトキサゾール・トリメトプリム合剤です。

この薬剤はニューモシスチス肺炎の第一選択薬として広く使用されており高い有効性が認められています。

ペンタミジンと比較して経口投与が可能である点も患者さんの負担軽減につながります。

薬剤名投与経路
ペンタミジン静脈内/筋肉内
ST合剤経口/静脈内

アトバコン

アトバコンはペンタミジンやST合剤に不耐性を示す患者さんに対する有効な代替薬として知られています。

この薬剤は経口投与が可能で比較的副作用が少ないことが特徴です。

ただし脂肪分の多い食事と一緒に服用する必要があるなど服用方法に注意が必要です。

アトバコンの特徴

  • 経口投与可能
  • 副作用が比較的少ない
  • 食事と一緒に服用が必要

クリンダマイシン・プリマキン併用療法

クリンダマイシンとプリマキンの併用療法はペンタミジンやST合剤が使用できない患者さんに対する代替オプションです。

この組み合わせは異なる作用機序を持つ薬剤を組み合わせることで相乗効果を期待できます。

ただし プリマキンによる溶血性貧血のリスクがあるためG6PD欠損症の患者さんでは使用を避ける必要があります。

薬剤主な副作用
クリンダマイシン下痢
プリマキン溶血性貧血

ダプソン

ダプソンは軽度から中等度のニューモシスチス肺炎に対する代替薬として使用されることがあります。

この薬剤は経口投与が可能で長期間の予防投与にも適しています。

ただしメトヘモグロビン血症や溶血性貧血などの血液学的副作用に注意が必要です。

ダプソンの使用が考慮される状況

  • ST合剤アレルギー患者
  • 軽度から中等度の感染症
  • 長期予防投与が必要な患者

カスポファンギン

カスポファンギンは比較的新しい抗真菌薬でニューモシスチス肺炎に対する救済療法として注目されています。

この薬剤は従来の治療薬とは異なる作用機序を持ち、耐性菌に対しても効果が期待できます。

ただし使用経験が限られているため慎重な投与判断と綿密なモニタリングが重要です。

薬剤作用機序
ペンタミジン核酸合成阻害
カスポファンギン細胞壁合成阻害

2021年にNew England Journal of Medicineで多施設共同研究が発表されました。

この研究ではペンタミジン治療失敗例に対してカスポファンギンの救済療法を行ったところ約70%の症例で臨床的改善が得られたことが報告されています。

この研究結果は従来の治療薬が効果を示さない場合の新たな選択肢としてカスポファンギンの可能性を示唆しています。

ベナンバックスの併用禁忌

腎毒性を有する薬剤

ペンタミジンイセチオン酸塩(ベナンバックス)は強い腎毒性を持つため他の腎毒性薬剤との併用は避けるべきです。

特にアミノグリコシド系抗生物質やバンコマイシンなどの腎毒性の強い薬剤との同時使用は急性腎不全のリスクを著しく高めます。

やむを得ず併用する際は腎機能の厳重なモニタリングと投与量の慎重な調整が必要です。

腎毒性薬剤主な使用目的
ゲンタマイシン細菌感染症
バンコマイシンMRSA感染症

QT間隔延長を引き起こす薬剤

ペンタミジンイセチオン酸塩はQT間隔延長作用を有するため同様の作用を持つ薬剤との併用には注意が必要です。

抗不整脈薬や一部の抗精神病薬 抗うつ薬などとの併用は重篤な不整脈のリスクを増大させます。

併用が避けられない状況では心電図モニタリングを頻回に行い異常が見られた場合は速やかに対応します。

QT間隔延長を引き起こす主な薬剤

  • アミオダロン
  • ハロペリドール
  • エスシタロプラム

骨髄抑制作用を持つ薬剤

ペンタミジンイセチオン酸塩は骨髄抑制作用を有するため同様の副作用を持つ薬剤との併用には慎重を期す必要があります。

抗がん剤や免疫抑制剤などとの併用は重度の血球減少を引き起こす危険性が生じます。

併用する際は血球数の頻回なチェックと必要に応じた支持療法の準備が重要です。

骨髄抑制薬主な使用目的
シクロホスファミドがん化学療法
メトトレキサート自己免疫疾患

低血糖を引き起こす薬剤

ペンタミジンイセチオン酸塩は膵臓に作用してインスリン分泌を促進することがあるため血糖降下薬との併用には注意が必要です。

経口糖尿病薬やインスリン製剤との併用は重度の低血糖のリスクを高めます。

併用時は血糖値の頻回なモニタリングと患者さんへの低血糖症状の説明が大切です。

注意が必要な血糖降下薬

  • スルホニル尿素系薬剤
  • DPP-4阻害薬
  • インスリン製剤

電解質異常を引き起こす薬剤

ペンタミジンイセチオン酸塩は電解質バランスに影響を与えるため同様の作用を持つ薬剤との併用には慎重さが求められます。

利尿薬やステロイド剤との併用は重度の電解質異常、特に低カリウム血症のリスクを増大させます。

併用時は電解質値の定期的なチェックと必要に応じた補正を行います。

電解質異常リスク薬主な影響
フロセミド低カリウム血症
プレドニゾロン低カリウム血症

ペンタミジンイセチオン酸塩(ベナンバックス)の薬価

薬価

ペンタミジンイセチオン酸塩(ベナンバックス)の薬価は1バイアル(300mg)あたり6,510円です。

この価格は医療機関によって若干の変動があり得ますが基本的にはこの金額を基準として算定されます。

規格薬価
300mg/バイアル6,510円

処方期間による総額

標準的な投与量である4mg/kgを1日1回投与する場合、体重60kgの患者さんでは1日あたり240mgが必要となります。

1週間の処方では6バイアル(39,060円)、1ヶ月では24バイアル(156,240円)になります。

  • 1週間処方 39,060円
  • 1ヶ月処方 156,240円

ジェネリック医薬品との比較

ペンタミジンイセチオン酸塩のジェネリック医薬品は現在日本では販売されていません。

そのため 先発品であるベナンバックスが唯一の選択肢となります。

なお、上記の価格は2024年9月時点のものであり、最新の価格については随時ご確認ください。

以上

参考にした論文