ヘパリンナトリウム(ヘパリンNa)とは血液の凝固を抑制する薬剤の一つです。

この薬は主に血栓症の予防や治療に用いられ、手術後や長期臥床時のリスク軽減に重要な役割を果たします。

ヘパリンナトリウムは体内で自然に存在する物質を基に作られた医薬品であり、抗凝固作用を持つことが特徴です。

血液中の特定のタンパク質に作用して血液が固まるのを防ぐことで危険な血栓形成を予防します。

この薬剤は静脈内投与や皮下注射で使用されて即効性があるため緊急時の対応にも適しています。

ヘパリンは医療現場で長年使用されてきた実績があり、その効果と安全性が広く認められています。

ヘパリンナトリウム注1万単位/10mL「ニプロ」|血液凝固阻止剤|ニプロ医療関係者向け情報|4987458123306
ヘパリンナトリウム注1万単位/10mL「ニプロ」|血液凝固阻止剤|ニプロ医療関係者向け情報|4987458123306 (nipro.co.jp)

有効成分と作用機序、効果を解説

ヘパリンナトリウムの有効成分

ヘパリンナトリウムの主成分はヘパリンと呼ばれる多糖類で構成される抗凝固薬です。

この物質は天然に存在し生体内で産生される糖タンパク質で主に肝臓や肺の肥満細胞から抽出されます。

化学構造上ヘパリンは複雑な硫酸化グリコサミノグリカンの一種であり、分子量が異なる混合物として存在します。

有効成分特徴
ヘパリン多糖類
抽出源肝臓・肺
構造硫酸化グリコサミノグリカン
分子量不均一な混合物

医薬品として使用されるヘパリンナトリウムは主に豚の腸粘膜から抽出・精製された後ナトリウム塩として安定化されたものです。

この精製過程を経ることで不純物を除去し均質性を高めた製剤となります。

ヘパリンナトリウムの作用機序

ヘパリンナトリウムの抗凝固作用は血液凝固カスケードにおける複数の因子に影響を与えることで発揮されます。

中でも最も顕著な効果はアンチトロンビンⅢという生体内タンパク質との相互作用によるものです。

ヘパリンがアンチトロンビンⅢと結合することでその活性が約1000倍に増強され、凝固因子Xa及びトロンビン(凝固因子Ⅱa)の阻害作用が劇的に高まります。

作用対象効果
アンチトロンビンⅢ活性化
凝固因子Xa阻害
トロンビン阻害

この阻害効果により血液凝固のカスケード反応が抑制され血栓形成を防ぐことができます。

加えてヘパリンは直接的に凝固因子に作用し、特にトロンビンの機能を低下させる働きも持っています。

血管内皮細胞への影響

ヘパリンナトリウムは血管内皮細胞にも作用して抗凝固作用以外の効果も発揮します。

具体的には血管内皮細胞からプロスタサイクリンの産生を促進させる働きがあります。

プロスタサイクリンは強力な血小板凝集抑制作用と血管拡張作用を持つ物質であり、血栓予防に寄与します。

  • プロスタサイクリン産生促進
  • 血小板凝集抑制
  • 血管拡張作用

さらにヘパリンは血管内皮細胞の増殖を促進して血管壁の修復にも関与するという報告もあります。

これらの作用によって血管内皮の機能を維持・改善して動脈硬化の進行を抑制する可能性が示唆されています。

ヘパリンナトリウムの臨床効果

ヘパリンナトリウムの主たる臨床効果は迅速かつ強力な抗凝固作用です。

この特性を活かし様々な血栓塞栓症の予防や治療に広く用いられています。

代表的な適応疾患として深部静脈血栓症や肺塞栓症があげられ、発症リスクの高い患者さんや既に発症した患者さんの治療に使用されます。

適応疾患使用目的
深部静脈血栓症予防・治療
肺塞栓症予防・治療
心筋梗塞急性期治療
人工心肺抗凝固維持

急性冠症候群、特に心筋梗塞の急性期治療においてもヘパリンナトリウムは重要な役割を果たします。

冠動脈内の血栓を溶解させる線溶療法と併用することで再閉塞を防ぎ治療効果を高めます。

その他の臨床応用

ヘパリンナトリウムは血液透析や体外循環療法など体外での血液処理を必要とする医療処置においても不可欠な薬剤です。

これらの処置中に血液が凝固するのを防ぎ安全に治療を行うことを可能にします。

また心臓手術や血管内治療などの侵襲的な処置においても術中の抗凝固管理にヘパリンナトリウムが使用されます。

医療処置ヘパリンの役割
血液透析体外循環維持
心臓手術術中抗凝固
血管内治療血栓予防
体外循環療法安全性確保

さらに近年ではヘパリンの抗炎症作用や抗アレルギー作用にも注目が集まっています。

気管支喘息や炎症性腸疾患などの治療への応用可能性が研究されており、新たな治療オプションとして期待されています。

使用方法と注意点

投与経路と用法用量

ヘパリンナトリウムの投与経路は主に静脈内投与と皮下注射の2種類があります。

静脈内投与は即効性が求められる緊急時や重症例に対して選択し、持続点滴または間欠的なボーラス投与を行います。

皮下注射は比較的長期の抗凝固療法が必要な際に選択して1日2回から3回の分割投与を実施します。

投与経路特徴適応
静脈内投与即効性あり緊急時・重症例
皮下注射緩徐な効果長期療法

用法用量は患者さんの体重や病態により調整し、血液凝固能のモニタリングを行いながら適宜増減します。

一般的な開始用量は静脈内投与で50〜100単位/kg/回、皮下注射で100〜200単位/kg/回程度ですが個々の症例に応じて慎重に設定する必要があります。

血液凝固能モニタリング

ヘパリンナトリウム投与中は定期的な血液凝固能検査が重要です。

活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)を指標として投与前値の1.5〜2.5倍を目標に用量調整を行います。

検査項目目標値
APTT投与前の1.5〜2.5倍
ACT150〜200秒

心臓手術など大量投与時は活性化凝固時間(ACT)を用ってより厳密な管理を行います。

これらの検査値を参考に過度の抗凝固作用による出血リスクと不十分な抗凝固効果による血栓形成リスクのバランスを取るよう調整します。

投与中止時の注意点

ヘパリンナトリウムの投与中止は徐々に行うことが大切です。

急激な中止は反跳性の血栓形成リスクを高める可能性があるため段階的な減量を心がけます。

中止方法リスク
急激な中止反跳性血栓形成
段階的減量リスク軽減

長期投与例では経口抗凝固薬への切り替えを検討し、両者のオーバーラップ期間を設けることで安全に移行できます。

この際に経口抗凝固薬の効果発現までに時間を要することを考慮して適切なタイミングでヘパリンを中止することが肝要です。

特殊な状況での使用

妊娠中の抗凝固療法においてヘパリンナトリウムは胎盤通過性が低く、比較的安全に使用できる薬剤です。

妊娠中期から後期にかけての深部静脈血栓症予防や人工弁置換後の妊婦など特殊な状況下でその使用が検討されます。

特殊状況ヘパリン使用の利点
妊娠中胎盤通過性低い
授乳中乳汁移行性低い
高齢者用量調整可能

一方で高齢者への投与では腎機能低下に伴う薬物動態の変化を考慮して慎重な用量設定と頻回なモニタリングが求められます。

ある医師の臨床経験では80歳代の心房細動患者さんにヘパリンを使用した際に通常の半量から開始してAPTTを頻回に測定することで安全に管理できたことがありました。

ヘパリン起因性血小板減少症への警戒

ヘパリンナトリウム投与中は稀ではありますが、ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)の発症に注意を払う必要があります。

HITは重篤な血栓塞栓症を引き起こす可能性がある免疫学的副作用であり、早期発見早期対応が重要です。

  • HIT発症時の対応
    • ヘパリン投与の即時中止
    • 代替抗凝固薬への切り替え
    • 血小板数の頻回モニタリング

投与開始後5〜14日頃に血小板数が50%以上減少した際にはHITを疑い、速やかにヘパリンを中止し代替療法を検討します。

HITの既往がある患者さんへのヘパリン再投与は原則禁忌であり、他の抗凝固薬の選択を考慮することが望ましいでしょう。

ヘパリンナトリウムの適応対象となる患者

血栓塞栓症のリスクが高い患者

ヘパリンナトリウムは血栓塞栓症のリスクが高い患者さんに対して予防的に使用することがあります。

長期臥床や手術後の患者さん、妊娠中や産褥期の女性、悪性腫瘍患者さんなどが該当し、これらの状態では血液凝固能が亢進しやすいというのが特徴です。

特に下肢の整形外科手術や骨盤内手術後の患者さんでは深部静脈血栓症(DVT)のリスクが高く、ヘパリンナトリウムによる予防的抗凝固療法が有効です。

リスク因子血栓形成リスク
長期臥床
手術後非常に高
悪性腫瘍中等度〜高
妊娠・産褥期中等度

加えて過去に血栓塞栓症の既往がある患者さんや遺伝的な血栓性素因を持つ患者さんもヘパリンナトリウムの適応対象となることが多いです。

これらの患者さんでは再発リスクが高いため慎重な経過観察と積極的な予防策が求められます。

急性冠症候群の患者

急性心筋梗塞や不安定狭心症などの急性冠症候群の患者さんはヘパリンナトリウムの重要な適応対象です。

冠動脈内に形成された血栓の進展を防ぎ、心筋壊死の拡大を抑制する目的でヘパリンナトリウムを使用します。

特に経皮的冠動脈インターベンション(PCI)を予定している患者さんではプロセージャー中の血栓形成予防に欠かせません。

急性冠症候群ヘパリン使用目的
急性心筋梗塞血栓進展抑制
不安定狭心症再閉塞予防

また冠動脈バイパス術(CABG)を予定している患者さんでも術中の抗凝固管理にヘパリンナトリウムが使用されます。

これらの患者さんでは迅速な抗凝固効果の発現が必要であり、静脈内投与による即効性が求められます。

人工心肺使用時の患者

開心術や大血管手術など人工心肺を使用する手術を受ける患者さんはヘパリンナトリウムの適応対象となります。

人工心肺回路内での血液凝固を防ぐため大量のヘパリンナトリウムを投与し厳密な抗凝固管理を行います。

このような症例では活性化凝固時間(ACT)を指標に頻回なモニタリングとヘパリン投与量の調整が大切です。

手術種類ヘパリン使用量
開心術非常に多量
大血管手術多量

人工心肺離脱後はプロタミン硫酸塩を用いてヘパリンの効果を中和しますが、術後の出血傾向や血栓形成に注意を払う必要があります。

また体外式膜型人工肺(ECMO)を使用する重症呼吸不全患者さんも長期の抗凝固管理が必要となるためヘパリンナトリウムの適応となります。

血液透析患者

慢性腎不全で血液透析を受けている患者さんはヘパリンナトリウムの定期的な使用が必要な代表的な対象です。

透析回路内での血液凝固を防ぐため透析セッション毎にヘパリンナトリウムを使用します。

これらの患者さんでは透析効率の維持と出血リスクのバランスを取りながら個々の患者さんに応じた至適投与量を設定することが重要です。

  • 血液透析でのヘパリン使用目的
    • 透析回路内血栓形成予防
    • 透析効率の維持
    • 回路内残血の減少

一方出血リスクの高い患者さんでは無ヘパリン透析や低分子量ヘパリンの使用など代替法を検討する機会もあります。

腹膜透析患者さんにおいてもカテーテル閉塞予防のためにヘパリンナトリウムを使用することがあり、個々の状況に応じて判断します。

静脈血栓塞栓症患者

深部静脈血栓症(DVT)や肺塞栓症(PE)といった静脈血栓塞栓症の患者さんはヘパリンナトリウムの主要な適応対象です。

これらの疾患では急性期の血栓進展予防と塞栓症リスクの軽減のため即効性のあるヘパリンナトリウムが第一選択となります。

特に広範囲のDVTや症状の強いPE患者さんでは入院管理下での持続静注による集中的な抗凝固療法が行われます。

疾患ヘパリン投与方法
DVT皮下注or持続静注
PE持続静注

妊娠中の静脈血栓塞栓症患者さんもヘパリンナトリウムの重要な適応対象となります。

胎盤通過性が低く胎児への影響が少ないという特性から妊娠中の抗凝固療法にはヘパリンナトリウムが選択されます。

人工弁置換術後患者

機械弁による人工弁置換術を受けた患者さんは生涯にわたる抗凝固療法が必要となります。

通常はワルファリンによる経口抗凝固療法を行いますが、手術直後や何らかの理由でワルファリンが使用できない時期にはヘパリンナトリウムが使用されます。

特に妊娠中の機械弁患者さんではワルファリンの胎児への悪影響を避けるためヘパリンナトリウムによる抗凝固管理を行うことが多いです。

  • 人工弁患者でのヘパリン使用タイミング
    • 術直後の経口抗凝固薬開始までの期間
    • 経口抗凝固薬の休薬期間(手術前後など)
    • 妊娠中

これらの患者さんでは血栓塞栓症と出血のリスクのバランスを取りながら慎重な投与量調整と頻回なモニタリングが求められます。

人工弁の種類や部位、患者さんの年齢や併存疾患などを考慮して個別化された抗凝固療法を行うことが大切です。

治療期間

急性期治療における短期使用

ヘパリンナトリウムは即効性の高い抗凝固薬として急性期治療で重要な役割を果たします。

急性冠症候群や急性肺塞栓症などの緊急時には数日間の短期集中的な投与を行うことが一般的です。

この期間中は血液凝固能のモニタリングを頻回に実施し、抗凝固作用を適切な範囲に維持しながら症状の改善や病態の安定化を図ります。

疾患一般的な治療期間
急性冠症候群2〜5日
急性肺塞栓症5〜10日

ある医師の臨床経験では70歳代の急性肺塞栓症患者さんに対してヘパリンナトリウムを7日間持続静注した後に経口抗凝固薬に切り替えることで良好な経過を得られたケースがありました。

このように急性期を乗り越えた後に長期的な抗凝固療法が必要な患者さんでは経口抗凝固薬への移行を検討します。

周術期における短期使用

手術前後の周術期管理においてもヘパリンナトリウムの短期使用が重要となります。

特に人工心肺を使用する心臓手術では手術中の数時間大量のヘパリンナトリウムを投与して厳密な抗凝固管理を行います。

術後はプロタミン硫酸塩によるヘパリンの中和を行いますが、出血リスクと血栓リスクのバランスを取りながら慎重に抗凝固療法の再開時期を判断します。

手術種類ヘパリン使用期間
開心術手術中〜術後数日
大血管手術手術中〜術後1週間程度

また長期の経口抗凝固薬内服中の患者さんが手術を受ける際にヘパリンによるブリッジング療法を行うこともあります。

この場合手術の3〜5日前から経口抗凝固薬を中止してヘパリンナトリウムに切り替え、手術直前に中止して術後早期に再開するという方法を取ります。

慢性期治療における長期使用

一部の疾患ではヘパリンナトリウムの長期使用が必要となる場合があります。

妊娠中の血栓塞栓症予防や人工弁置換後の抗凝固療法など数ヶ月にわたる継続投与を要する状況が存在します。

これらの症例では皮下注射による自己投与を指導して在宅での長期管理を行うことがあります。

適応治療期間
妊娠中の血栓予防妊娠期間中〜産後6週間
人工弁置換後生涯(状況により変更あり)

長期使用時は定期的な血液検査や症状評価を実施して副作用の早期発見と予防に努めることが大切です。

また患者さん教育を通じて自己管理能力の向上を図りQOLを維持しながら安全に治療を継続することが求められます。

血液透析患者における反復使用

慢性腎不全で血液透析を受けている患者さんではヘパリンナトリウムを定期的に反復使用します。

通常では週3回の透析セッション毎にヘパリンを使用し、透析回路内の血液凝固を防止します。

一回の透析での使用時間は4〜5時間程度ですが、この治療は腎機能が回復するか腎移植を受けるまで継続します。

  • 血液透析患者のヘパリン使用パターン
    • 使用頻度 週3回
    • 1回あたりの使用時間 4〜5時間
    • 総治療期間 腎機能回復または腎移植まで

長期の反復使用では出血傾向や骨粗鬆症などの副作用に注意を払い定期的な評価と用量調整が必要となります。

状況に応じて低分子量ヘパリンや無ヘパリン透析の導入を検討するなど個々の患者さんに最適な方法を模索します。

治療期間の個別化

ヘパリンナトリウムの治療期間は疾患の種類や重症度、患者さんの背景因子によって大きく異なります。

深部静脈血栓症の患者さんを例にすると血栓の範囲や性状・再発リスク・出血リスクなどを総合的に評価して個別に治療期間を設定します。

軽症例では5〜7日間のヘパリン投与後に経口抗凝固薬に切り替えることもある一方、重症例や再発リスクの高い患者さんではより長期の投与を要することがあります。

因子治療期間への影響
血栓の範囲広範囲ほど長期
誘因の有無特発性ほど長期
再発リスク高リスクほど長期

治療効果のモニタリングには D-ダイマーや画像検査を用いて血栓の消退状況を確認しながら治療期間の延長や短縮を判断します。

副作用とデメリット

出血リスクの増大

ヘパリンナトリウムの主要な副作用は出血リスクの増大です。

抗凝固作用により軽微な出血から重篤な出血まで様々な出血イベントが発生する可能性があります。

特に消化管出血・脳出血・後腹膜出血などの重大な出血合併症は患者さんの生命を脅かす危険性があるため細心の注意を払わなければなりません。

出血部位重症度
消化管中〜重症
重症
後腹膜重症
皮下軽症

高齢者・腎機能低下患者さん・低体重患者さんなどではヘパリンの効果が増強されやすく出血リスクがさらに高まるため慎重な投与量調整とモニタリングが重要です。

また抜歯や生検などの侵襲的処置を行う際にはヘパリンの一時中止や減量を検討し、出血リスクの軽減を図ることが大切です。

ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)

ヘパリンナトリウム投与中に発症する重大な副作用としてヘパリン起因性血小板減少症(HIT)があります。

HITは免疫学的機序により引き起こされる合併症で血小板数の著明な減少と血栓症を特徴とします。

通常はヘパリン投与開始後5〜14日頃に発症し、急激な血小板減少(50%以上の低下)を認めます。

HIT発症時期血小板減少率
典型例5〜14日
早期発症例24時間以内

HITを発症すると皮肉にも血栓形成傾向が強まり、重篤な動静脈血栓症を引き起こす可能性があります。

ある医師の臨床経験では60歳代の男性患者さんがヘパリン投与開始8日目に突然の意識障害と血小板減少を呈し、HITによる脳梗塞と判明した症例がありました。

迅速なヘパリン中止と代替抗凝固薬への切り替えによって幸い大事には至りませんでしたが、HITの早期発見・早期対応の重要性を痛感しました。

骨代謝への影響

長期間のヘパリンナトリウム投与は骨代謝に悪影響を及ぼし、骨粗鬆症のリスクを高めることがあります。

ヘパリンは骨芽細胞の機能を抑制して破骨細胞の活性を促進することで骨密度の低下をもたらします。

特に妊娠中や授乳中の長期使用・高用量投与・高齢者での使用においては骨折リスクの上昇に注意が必要です。

  • 骨代謝への悪影響
    • 骨芽細胞機能抑制
    • 破骨細胞活性促進
    • 骨密度低下
    • 骨折リスク上昇

長期使用が避けられない場合は定期的な骨密度測定やカルシウム・ビタミンD補充などの対策を講じることが推奨されます。

また可能な限り低分子量ヘパリンへの切り替えや他の抗凝固薬の使用を検討することも一つの選択肢となります。

アレルギー反応

ヘパリンナトリウムによるアレルギー反応は稀ですが重篤な症状を引き起こす可能性があります。

軽度の皮疹や掻痒感からアナフィラキシーショックに至るまで様々な過敏反応が報告されています。

特に豚由来のヘパリン製剤に対してアレルギーを持つ患者さんでは注意深い観察と代替薬の検討が必要となります。

アレルギー症状重症度
皮疹・掻痒感軽度
蕁麻疹中等度
血管浮腫重度
アナフィラキシー最重度

アレルギー反応の既往がある患者さんに対しては事前のアレルギーテストや慎重な投与開始が求められます。

また他の抗凝固薬(低分子量ヘパリンや直接経口抗凝固薬など)への変更を検討することも重要です。

薬物相互作用

ヘパリンナトリウムは多くの薬剤と相互作用を示し、その効果を増強または減弱させる可能性があります。

特に抗血小板薬や非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)との併用は出血リスクを著しく高めるため慎重な経過観察が必要です。

またニトログリセリンやジアゼパムなどの薬剤はヘパリンの抗凝固作用を増強させることがあり、注意を要します。

相互作用のある薬剤影響
アスピリン出血リスク増大
NSAIDs出血リスク増大
ニトログリセリン抗凝固作用増強
ジアゼパム抗凝固作用増強

逆にテトラサイクリン系抗生物質や抗ヒスタミン薬はヘパリンの作用を減弱させる可能性があります。

これらの薬物相互作用を考慮して併用薬の調整や頻回なモニタリングを行うことが安全な治療につながります。

投与経路による制約

ヘパリンナトリウムは主に注射剤として使用されるため経口投与ができないという制約があります。

このことは長期治療や在宅療養を要する患者さんにとって大きなデメリットとなります。

静脈内投与や皮下注射を必要とするため患者さんのQOL低下や医療コストの増加につながる可能性があります。

  • 投与経路による問題点
    • 自己投与の困難さ
    • 頻回な通院の必要性
    • 感染リスク
    • 医療コストの増加

特に長期治療が必要な患者さんでは経口抗凝固薬への切り替えを検討するなど患者さん負担の軽減を図ることが大切です。

また在宅自己注射が可能な場合でも適切な指導と定期的なフォローアップが重要となります。

代替治療薬

低分子量ヘパリン

ヘパリンナトリウムの効果が不十分な際には低分子量ヘパリン(LMWH)が代替治療薬として考慮されます。

LMWHは通常のヘパリンを化学的に分解して得られる抗凝固薬で分子量が小さいため生体内での作用が予測しやすく安定した効果が期待できます。

エノキサパリンやダルテパリンなどのLMWHは皮下注射で1日1〜2回の投与で済むため、患者さんの負担が軽減されるというのが利点です。

LMWH製剤投与回数
エノキサパリン1日2回
ダルテパリン1日1回

LMWHは深部静脈血栓症や肺塞栓症の治療・予防に広く用いられ、特に外来や在宅での長期管理に適しています。

またヘパリン起因性血小板減少症(HIT)のリスクが通常のヘパリンより低いことも 大きな利点の一つです。

直接経口抗凝固薬(DOAC)

近年 直接経口抗凝固薬(DOAC)が登場し、ヘパリンナトリウムの代替薬として急速に普及しています。

DOACはトロンビンや第Xa因子を直接阻害することで抗凝固作用を発揮して経口投与が可能という大きな利点があります。

代表的なDOACとしてはアピキサバン・リバーロキサバン・エドキサバン・ダビガトランなどがあり、それぞれ特徴が異なります。

DOAC標的因子
アピキサバン第Xa因子
リバーロキサバン第Xa因子
エドキサバン第Xa因子
ダビガトラントロンビン

DOACは定期的な凝固能モニタリングが不要で食事の影響も少ないため、患者さんのQOL向上に寄与します。

特に心房細動患者さんの脳塞栓症予防や静脈血栓塞栓症の治療・再発予防においてヘパリンナトリウムに代わる選択肢として重要な役割を果たしています。

フォンダパリヌクス

フォンダパリヌクスは合成ペンタサッカリドであり、選択的に第Xa因子を阻害する抗凝固薬です。

ヘパリンナトリウムとは異なりアンチトロンビンⅢを介して間接的に作用するため、より特異的な抗凝固効果を発揮します。

1日1回の皮下注射で投与可能で深部静脈血栓症や肺塞栓症の治療・予防に使用されます。

  • フォンダパリヌクスの特徴
    • 選択的第Xa因子阻害
    • 1日1回皮下注射
    • ヘパリン起因性血小板減少症のリスクが極めて低い
    • 腎機能低下患者さんでは慎重投与が必要

特にヘパリン起因性血小板減少症(HIT)の既往がある患者さんやHIT発症リスクの高い患者さんにおいてフォンダパリヌクスは有用な代替薬となります。

ある医師の臨床経験ではHIT既往のある80歳代女性の肺塞栓症患者さんに対してフォンダパリヌクスを使用することで安全に抗凝固療法を完遂できた症例がありました。

ワルファリン

ワルファリンは長年使用されてきた経口抗凝固薬で、ヘパリンナトリウムの代替薬としても考慮されます。

ビタミンK依存性凝固因子の産生を阻害することで抗凝固作用を発揮して長期的な抗凝固療法に適しています。

特に人工弁置換術後の患者さんや抗リン脂質抗体症候群患者さんなど DOACの使用が推奨されない症例において重要な選択肢となります。

ワルファリンの特徴注意点
経口投与可能食事・薬物相互作用多い
長期使用実績あり定期的なPT-INR測定必要
広範な適応症効果発現に時間を要す

ワルファリンは効果の個人差が大きく、食事内容や併用薬の影響を受けやすいため頻回な凝固能モニタリングと用量調整が大切です。

また効果発現までに時間を要するため急性期の抗凝固療法にはヘパリンとの併用(オーバーラップ)が必要となります。

アルガトロバン

アルガトロバンは直接トロンビン阻害薬でヘパリン起因性血小板減少症(HIT)患者さんの代替抗凝固薬として重要です。

ヘパリンナトリウムが使用できない、または効果不十分なHIT患者さんにおいて第一選択薬として位置づけられています。

静脈内持続投与で使用され、半減期が短いためコントロールが容易という特徴があります。

アルガトロバンの利点欠点
HITでも使用可能経口投与不可
半減期が短い肝機能障害で蓄積
腎排泄なし高価

アルガトロバンは主に肝臓で代謝されるため重度の肝機能障害患者さんでは慎重な投与が必要です。

急性冠症候群に対するPCI施行時の抗凝固薬としても使用され、ヘパリン抵抗性の患者さんに対する代替薬としての役割も果たします。

ダナパロイド

ダナパロイドはヘパラン硫酸・デルマタン硫酸・コンドロイチン硫酸からなる混合糖質で、主に第Xa因子を阻害する抗凝固薬です。

ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)患者さんに対する代替薬として使用されることが多く、ヘパリンとの交差反応が少ないのが特徴です。

静脈内投与または皮下注射で使用可能で半減期が長いため1日2回の投与で効果を維持できます。

  • ダナパロイドの適応
    • ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)
    • 血液透析時の抗凝固療法
    • 下肢整形外科手術後の深部静脈血栓症予防

ダナパロイドは腎排泄型の薬剤であるため腎機能障害患者さんでは慎重な投与が必要です。

また抗Xa活性のモニタリングが推奨されますが、専用の測定キットが必要となるため 施設によっては実施が難しい機関もあります。

ヘパリンナトリウムの併用禁忌

他の抗凝固薬との併用

ヘパリンナトリウムは強力な抗凝固作用を有するため他の抗凝固薬との併用には十分な注意が必要です。

特にワルファリンや直接経口抗凝固薬(DOAC)との併用は出血リスクを著しく増大させるため原則として避けるべきです。

これらの薬剤を併用すると凝固系のバランスが大きく崩れ、重篤な出血合併症を引き起こす危険性が高まります。

併用禁忌薬主な理由
ワルファリン出血リスク増大
アピキサバン抗凝固作用増強
リバーロキサバン出血傾向亢進
エドキサバン相加的な出血リスク

ただし急性期治療から慢性期治療への移行期など一時的なオーバーラップが必要な状況では厳重な管理下で短期間の併用を行うことがあります。

この際は凝固能のモニタリングを頻回に行って出血症状の有無を注意深く観察することが大切です。

抗血小板薬との併用

抗血小板薬とヘパリンナトリウムの併用も出血リスクを増大させるため原則として避けるべき組み合わせです。

アスピリンやクロピドグレルなどの抗血小板薬はそれ自体で出血傾向を引き起こすためヘパリンとの併用で相乗的に出血リスクが高まります。

特に消化管出血や頭蓋内出血など重篤な出血合併症のリスクが増加するため慎重な判断が求められます。

  • 併用に注意が必要な抗血小板薬
    • アスピリン
    • クロピドグレル
    • プラスグレル
    • チカグレロル

ただし急性冠症候群の治療など抗血小板薬とヘパリンの併用が不可欠な状況もあります。

このような場合は患者さんの出血リスクと血栓リスクを慎重に評価し、必要最小限の期間で併用を行うことが重要です。

血栓溶解薬との併用

血栓溶解薬とヘパリンナトリウムの併用は出血リスクを著しく増大させるため通常は避けるべき組み合わせです。

アルテプラーゼやウロキナーゼなどの血栓溶解薬は既存の血栓を溶解する作用を持ちますが、同時に全身の出血傾向も引き起こします。

このような状況下でヘパリンを併用すると制御不能な出血を引き起こす可能性が高まります。

血栓溶解薬併用時のリスク
アルテプラーゼ重篤な出血
ウロキナーゼ全身性出血傾向
モンテプラーゼ頭蓋内出血リスク

しかし急性心筋梗塞や重症肺塞栓症などの生命を脅かす状況では血栓溶解療法後にヘパリンを使用することがあります。

ヘパリンナトリウムの薬価と費用

薬価

ヘパリンナトリウムの薬価は製剤の種類や規格により異なります。

一般的に使用される注射剤の場合では5000単位/5mLの5mLバイアルで165円、10000単位/10mLの製剤で約391円程度です。

規格薬価(円)
5000単位/5mL 5mL165
10000単位/10mL 10mL391
 

高濃度製剤や大容量製剤では単位あたりの価格が若干低くなる傾向があります。

処方期間による総額

ヘパリンナトリウムの使用量は患者さんの体重や病態により大きく異なるため一概に総額を算出するのは困難です。

例えば体重60kgの患者さんに1日1万単位を投与する場合、1週間の薬剤費は2,737円、1ヶ月では11,730円となります。

期間概算費用(円)
1週間2,737
1ヶ月11,730

実際の治療では注射針やシリンジなどの医療材料費、医療者の人件費なども加算されるため総額はさらに高くなります。

ジェネリック医薬品との比較

ヘパリンナトリウムは現状ジェネリック医薬品のみ存在する状態です。

透析用のシリンジ製剤、ヘパロックなどで主に使われるシリンジ製剤、5,000単位以上の通常使用される製剤と様々あります。

基本的には先発品に対してジェネリック品は約30%程度安いことが多いです。

  • ジェネリック品のメリット
    • 薬剤費の軽減
    • 患者さん負担の減少

ただし使用する医療機関によってはジェネリック品が採用されていない場合もあります。

以上

参考にした論文