エノキサパリンナトリウム(クレキサン)とは、血液凝固を抑制する薬剤の一つです。

この治療薬は血栓の形成を防ぐ効果があり、主に深部静脈血栓症や肺塞栓(はいそくせん)症のリスクがある患者さんに処方されます。

エノキサパリンナトリウムは低分子量ヘパリンと呼ばれる薬剤群に属しており、従来のヘパリンと比べて副作用のリスクが低いという特徴があります。

医療現場では手術後の患者さんや長期臥床(がしょう)を余儀なくされている方々の血栓予防に広く使用されています。

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目次

エノキサパリンナトリウム(クレキサン)の有効成分 作用機序 効果

有効成分の特徴

エノキサパリンナトリウムはブタの小腸粘膜から抽出したヘパリンを化学的に分解して得られる低分子量ヘパリンです。

この薬剤の分子量は平均4500ダルトンであり通常のヘパリンと比較して約3分の1の大きさになっています。

低分子量であることにより体内での吸収性が向上して血中濃度の安定化につながります。

特性エノキサパリンナトリウム通常のヘパリン
分子量約4500ダルトン約15000ダルトン
吸収性高い低い
血中濃度安定変動しやすい

有効成分の構造は複雑で硫酸化された多糖類の混合物からなっています。

この構造が血液凝固因子との相互作用を可能にし抗凝固作用を発揮する基盤となっています。

作用機序の詳細

エノキサパリンナトリウムの主な作用機序はアンチトロンビンⅢ(ATⅢ)を介した間接的な凝固阻害です。

ATⅢは生体内に存在する天然の抗凝固物質でありエノキサパリンナトリウムはこのATⅢの活性を増強します。

活性化されたATⅢは 主に活性化第Ⅹ因子(Xa因子)を阻害し凝固カスケードの進行を抑制します。

作用段階影響を受ける因子結果
第一段階ATⅢ活性化
第二段階Xa因子阻害
第三段階凝固カスケード抑制

さらに エノキサパリンナトリウムはトロンビンの生成も抑制します。

これによりフィブリノーゲンがフィブリンに変換されるプロセスが阻害され血栓形成が防止されます。

通常のヘパリンと異なりエノキサパリンナトリウムはXa因子に対する阻害作用が強く、トロンビンに対する直接的な阻害作用は弱いというのが特徴です。

この選択的な作用により出血のリスクを軽減しつつ効果的な抗凝固作用を発揮します。

臨床効果の評価

エノキサパリンナトリウムの臨床効果は様々な疾患や状況で確認されています。

主な適応症には以下のものがあります。

  • 深部静脈血栓症の予防と治療
  • 肺塞栓症の予防と治療
  • 急性冠症候群の治療
  • 透析中の血液凝固防止

深部静脈血栓症の予防においてエノキサパリンナトリウムは手術後や長期臥床患者さんの血栓形成リスクを大幅に低減します。

投与対象血栓形成リスク低減率
整形外科手術後約70%
内科疾患患者さん約60%
長期臥床患者さん約50%

急性冠症候群の治療では再梗塞や死亡率の低下に寄与し心血管イベントの二次予防に重要な役割を果たします。

透析患者さんにおいては血液透析回路内の凝固を防ぎ、安全かつ効果的な透析治療の実施を可能にします。

投与後の薬物動態

エノキサパリンナトリウムは皮下注射で投与された後速やかに吸収されます。

最高血中濃度到達時間は約3〜5時間であり生物学的利用率は90%以上と非常に高いです。

薬物動態パラメータ
最高血中濃度到達時間3〜5時間
生物学的利用率90%以上
半減期約4.5時間

血中半減期は約4.5時間ですが、抗Xa活性は投与後12時間以上持続します。

この持続的な効果により1日1〜2回の投与で十分な抗凝固作用を維持することが可能です。

エノキサパリンナトリウムは主に腎臓から排泄されるため腎機能障害のある患者さんでは用量調整が必要になります。

使用方法と注意点

投与方法と用量設定

エノキサパリンナトリウムの一般的な投与経路は皮下注射です。

この方法により薬剤の吸収が緩徐かつ持続的になり長時間にわたる抗凝固効果を得られます。

通常腹部や大腿部の皮下に注射しますが、注射部位を適切にローテーションすることで皮下組織の硬結や出血を防ぐことができます。

投与部位特徴注意点
腹部最も一般的臍から5cm以上離す
大腿部代替部位筋肉注射を避ける
上腕部例外的に使用自己注射には不向き

用量設定は患者さんの体重や腎機能、そして治療目的によって個別化する必要があります。

予防的投与では通常1日1回の投与で十分ですが、治療的投与では1日2回の投与が標準的です。

自己注射の指導ポイント

エノキサパリンナトリウムは長期使用が必要な患者さんも多いため自己注射の指導が重要です。

ある医師の臨床経験ではある高齢の患者さんが最初は注射に抵抗を示していましたが、丁寧な指導と練習を重ねることで自信を持って自己注射ができるようになりました。

この経験から患者さんの不安を取り除き、徐々に技術を習得させていく段階的なアプローチが効果的だと実感しています。

自己注射の指導で注意すべき点は以下の通りです。

  • 無菌操作の重要性
  • 正確な用量の吸引方法
  • 適切な注射部位の選択と注射手技
  • 使用済み注射器の安全な廃棄方法
指導項目内容確認ポイント
無菌操作手洗いとアルコール消毒毎回の実施確認
用量吸引プレフィルドシリンジの使用法気泡除去の確認
注射手技皮膚のつまみ方と針の刺入角度45度の角度維持
廃棄方法専用容器の使用針刺し事故防止

自己注射の習得には時間がかかるため患者さんの理解度に応じて繰り返し指導することが大切です。

併用薬への注意

エノキサパリンナトリウムは他の抗凝固薬や抗血小板薬との併用で出血リスクが上昇します。

特に注意が必要な薬剤は以下のようなものです。

  • ワルファリン
  • アスピリン
  • クロピドグレル
  • 非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)
併用薬相互作用対応策
ワルファリン抗凝固作用増強段階的な切り替え
アスピリン出血リスク上昇必要性の再評価
NSAIDs消化管出血リスク増加胃粘膜保護剤の併用

これらの薬剤との併用が避けられない際は慎重な経過観察と必要に応じた用量調整を行います。

患者さんには併用薬の重要性を説明し、自己判断で中止しないよう指導することが必要です。

周術期における使用上の注意

エノキサパリンナトリウムを使用中の患者さんが手術を受ける際は適切な休薬期間を設けることが重要です。

一般的な休薬期間は以下の通りです。

手術の種類休薬期間再開時期
大手術24時間前術後24-48時間
小手術12時間前術後6-12時間

ただし休薬によって血栓リスクが高まる患者さんではヘパリンブリッジングを考慮します。

この場合通常のヘパリンに一時的に切り替えて手術直前に中止し、術後速やかに再開します。

モニタリングと効果判定

エノキサパリンナトリウムの効果判定には抗Xa活性の測定が有用で治療域は以下のように設定されています。

  • 予防投与 0.2-0.4 IU/mL
  • 治療投与 0.5-1.0 IU/mL
測定タイミング目的頻度
投与4時間後ピーク値確認投与開始時
投与前トラフ値確認必要に応じて

しかし通常の使用では頻回なモニタリングは不要であり臨床症状や出血傾向の観察が重要です。

腎機能障害のある患者さんや高齢者では薬物の蓄積に注意し定期的な腎機能評価を行うことが大切です。

適応対象となる患者

深部静脈血栓症のリスクが高い患者

エノキサパリンナトリウムは深部静脈血栓症(DVT)のリスクが高い患者さんに対して予防的に使用します。

特に長期臥床を余儀なくされる患者さんや大手術を受ける患者さんがこの適応に該当します。

具体的には以下のような状況にある患者さんがDVTのリスク上昇により本剤の適応となります。

  • 整形外科手術(特に下肢の手術)を受ける患者さん
  • 腹部外科手術を受ける患者さん
  • 重症内科疾患で入院加療中の患者さん
リスク因子具体例リスク度
手術人工股関節置換術
外傷多発骨折中〜高
内科疾患心不全
悪性腫瘍進行がん

これらの患者さんに対しエノキサパリンナトリウムを使用することでDVTの発症リスクを大幅に低減できます。

急性冠症候群の患者

急性冠症候群(ACS)と診断された患者さんもエノキサパリンナトリウムの重要な適応対象です。

ACSには不安定狭心症・ST上昇型心筋梗塞・非ST上昇型心筋梗塞が含まれます。

これらの病態では冠動脈内の血栓形成が中心的な役割を果たすためエノキサパリンナトリウムによる抗凝固療法が有効です。

ACSの種類特徴エノキサパリンの役割
不安定狭心症安静時の胸痛血栓進展防止
ST上昇型心筋梗塞心電図でST上昇再灌流療法の補助
非ST上昇型心筋梗塞心筋逸脱酵素上昇早期侵襲的治療の支援

ACS患者さんへのエノキサパリンナトリウム投与は再梗塞や死亡リスクの低減に寄与します。

血液透析を受ける患者

血液透析を受ける患者さんもエノキサパリンナトリウムの適応対象となります。

透析中は体外循環により血液凝固が亢進するため抗凝固療法が必要不可欠です。

エノキサパリンナトリウムは以下のような利点から透析患者さんに適しています。

  • 半減期が短く 透析終了後の止血が容易
  • 投与量の調整が簡便
  • 出血リスクが従来のヘパリンより低い
透析の種類エノキサパリンの投与タイミング投与量調整
間欠的血液透析透析開始時体重に応じて
持続的血液濾過透析持続投与濾過量に応じて

透析患者さんへのエノキサパリンナトリウム使用によって安全かつ効果的な透析治療が可能になります。

肺塞栓症の患者

肺塞栓症(PE)と診断された患者さんあるいはPEのリスクが高い患者さんもエノキサパリンナトリウムの適応対象です。

PEは深部静脈血栓が肺動脈を閉塞することで生じる重篤な疾患であり、迅速な抗凝固療法が生命予後を左右します。

エノキサパリンナトリウムは以下のようなPE患者さんに使用します。

  • 急性PE患者さんの初期治療
  • 慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)患者さんの長期治療
  • PE再発リスクの高い患者さんの二次予防
PE重症度エノキサパリンの役割併用療法
軽症単独治療経口抗凝固薬への橋渡し
中等症初期治療血栓溶解療法の補助
重症救命処置の一環カテーテル治療の支援

PEの重症度に応じてエノキサパリンナトリウムの投与量や期間を調整することが大切です。

特殊な状況下の患者

通常の抗凝固療法が困難な特殊な状況下の患者さんにもエノキサパリンナトリウムが適応となる場合があります。

例えば以下のような状況が考えられます。

  • 妊婦や授乳婦
  • 高齢者
  • 腎機能障害患者さん
  • 肝機能障害患者さん

これらの患者さん群では従来の抗凝固薬の使用に制限があることが多く、エノキサパリンナトリウムが選択肢となります。

患者さん群エノキサパリンの利点注意点
妊婦胎盤通過性が低い分娩時の出血リスク
高齢者半減期が短い腎機能に応じた減量
腎障害蓄積リスクが低い定期的な腎機能評価
肝障害代謝の影響が少ない凝固能モニタリング

これらの特殊な患者さん群では 個々の状況を慎重に評価し、エノキサパリンナトリウムの投与を検討することが重要です。

治療期間

深部静脈血栓症予防における治療期間

エノキサパリンナトリウムを用いた深部静脈血栓症(DVT)の予防では病態や患者さんの状態に応じて治療期間を設定します。

手術後のDVT予防では一般的に患者さんが十分に歩行可能となるまで投与を継続します。

整形外科手術後の患者さんではより長期の投与が必要となる傾向です。

手術の種類一般的な投与期間延長が必要な状況
一般外科手術7-10日間高リスク患者さん
股関節置換術28-35日間肥満 癌合併
膝関節置換術10-14日間過去のDVT既往

内科疾患による長期臥床患者さんでは歩行が可能になるまで、または退院するまで投与を継続することが多いです。

ある医師の臨床経験では高齢の股関節手術患者さんで標準的な35日間の投与後にDVTを発症したケースがありました。

この経験から個々の患者さんのリスク因子を慎重に評価して必要に応じて投与期間を延長することの重要性を実感しています。

急性冠症候群における治療期間

急性冠症候群(ACS)患者さんに対するエノキサパリンナトリウムの投与期間は病態の重症度や治療戦略によって異なります。

ST上昇型心筋梗塞(STEMI)では一般的に冠動脈インターベンション(PCI)までの短期間または線溶療法後48時間程度の投与となります。

非ST上昇型ACS(NSTEMI/UA)ではさらに長期の投与が必要となることがあります。

ACSの種類治療戦略エノキサパリン投与期間
STEMI緊急PCIPCI終了まで
STEMI線溶療法48-72時間
NSTEMI/UA早期保存的治療2-8日間
NSTEMI/UA早期侵襲的治療PCI前後72時間

ACS患者さんの治療期間決定には冠動脈造影の結果や再灌流療法の成否、患者さんの臨床経過などを総合的に判断することが大切です。

肺塞栓症治療における投与期間

肺塞栓症(PE)に対するエノキサパリンナトリウムの投与期間はPEの重症度や背景因子によって個別化が必要です。

急性PEの初期治療では一般的に5-10日間のエノキサパリンナトリウム投与を行います。

その後経口抗凝固薬に切り替えて長期治療に移行することが多いです。

PE重症度初期治療期間長期治療への移行
軽症5-7日早期に経口薬へ切替
中等症7-10日症状改善後に切替
重症10日以上血行動態安定後に切替

再発リスクの高い患者さんや慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)患者さんでは、より長期のエノキサパリンナトリウム投与が必要となることがあります。

PEの治療期間決定には以下の要素を考慮します。

  • 塞栓源の特定と除去可能性
  • 再発リスク因子の評価
  • 出血リスクの評価
  • 患者さんの治療アドヒアランス

血液透析患者における使用期間

血液透析患者さんにおけるエノキサパリンナトリウムの使用は各透析セッション中の短期投与が基本となります。

通常では透析開始時に単回投与を行い、その効果は4時間程度持続します。

長時間透析や持続的血液濾過透析では追加投与や持続投与が必要となることがあります。

透析の種類投与タイミング投与期間
通常の血液透析透析開始時単回投与
長時間透析開始時と中間複数回投与
持続的血液濾過透析開始時から持続24時間以上

透析患者さんでは長期にわたり反復投与を行うため定期的な凝固能のモニタリングと透析効率の評価が重要です。

特殊な患者群における治療期間

妊婦や腎機能障害患者さんなど特殊な患者群ではエノキサパリンナトリウムの治療期間設定に特別な配慮が必要です。

妊婦のDVT/PE治療では妊娠中から分娩後6週間まで投与を継続することが多いです。

腎機能障害患者さんでは薬物の蓄積リスクを考慮して投与間隔の延長や用量調整を行いながら慎重に投与期間を決定します。

患者さん群治療期間の特徴注意点
妊婦妊娠中〜産後6週分娩時の休薬
腎障害個別化が必要蓄積リスクに注意
高齢者標準より短縮傾向出血リスク評価
担癌患者長期化傾向癌治療との調整

これらの患者さん群では以下の点を考慮して治療期間を決定します。

  • 基礎疾患の重症度と経過
  • 併存疾患の状態
  • 出血リスクの変動
  • 代替療法の可能性

エノキサパリンナトリウムの治療期間は画一的なものではなく患者さん個々の状況に応じて柔軟に設定することが大切です。

副作用とデメリット

出血リスクの増加

エノキサパリンナトリウムの最も重要な副作用は出血リスクの増加です。

この薬剤は血液凝固を抑制することで効果を発揮するため必然的に出血傾向が高まります。

出血の程度は軽微なものから生命を脅かす重篤なものまで幅広く存在します。

出血部位頻度重症度
皮下出血軽度
消化管出血中等度〜重度
頭蓋内出血重度
後腹膜出血重度

特に高齢者や腎機能障害患者さん、低体重患者さんでは出血リスクが高くなるため慎重な投与が求められます。

ある医師の臨床経験では高齢の肺塞栓症患者さんにエノキサパリンナトリウムを投与した際、消化管出血を来たしたケースがありました。

幸い早期発見できたため大事には至りませんでしたが、この経験から患者さんの背景因子を十分に評価して出血リスクの高い患者さんには特に注意深いモニタリングが大切だと実感しています。

ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)

エノキサパリンナトリウムによるヘパリン起因性血小板減少症(HIT)は頻度は低いものの重大な副作用の一つです。

HITは免疫学的機序により引き起こされ、血小板数の著明な減少と血栓形成傾向を特徴とします。

HITの発症リスクは以下の要因により増加します。

  • 長期投与
  • 高用量投与
  • 外科手術後の使用
  • 女性患者さん
HIT重症度血小板減少の程度血栓症リスク
軽症30-50%減少
中等症50-70%減少
重症70%以上減少

HITが疑われる際は直ちにエノキサパリンナトリウムの投与を中止し、代替の抗凝固療法に切り替える必要があります。

アレルギー反応と皮膚障害

エノキサパリンナトリウムによるアレルギー反応は稀ですが、発生すると重篤化する可能性があります。

皮膚症状としては以下のようなものが報告されています。

  • 発疹
  • 蕁麻疹
  • 皮膚壊死
アレルギー症状発現時期対処法
軽度の発疹投与開始数日後経過観察 抗ヒスタミン薬
蕁麻疹即時〜数時間後投与中止 副腎皮質ステロイド
アナフィラキシー即時緊急処置 エピネフリン投与

特に注射部位周囲の皮膚壊死は重大な副作用であり早期発見と迅速な対応が重要です。

アレルギー反応が疑われる際は投与を中止して患者さんの状態を慎重に観察しながら適切な処置を行うことが求められます。

骨密度低下と骨粗鬆症

長期間のエノキサパリンナトリウム使用は骨密度の低下を引き起こし、骨粗鬆症のリスクを高める可能性があります。

この副作用は特に高齢者や閉経後女性において問題となります。

骨密度低下のメカニズムとしては以下の要因が考えられています。

  • 骨芽細胞の機能抑制
  • 破骨細胞の活性化
  • ビタミンD代謝への影響
使用期間骨密度低下リスク予防策
3ヶ月未満定期的な評価
3-6ヶ月カルシウム ビタミンD補充
6ヶ月以上骨密度測定 薬剤変更検討

長期使用が避けられない患者さんでは定期的な骨密度測定とカルシウムやビタミンDの補充療法を考慮することが大切です。

腎機能障害患者における蓄積リスク

エノキサパリンナトリウムは主に腎臓から排泄されるため腎機能障害患者さんでは薬物の蓄積リスクが高まります。

蓄積により出血リスクが増加して予期せぬ副作用が発現する可能性があります。

腎機能障害の程度に応じた用量調整が必要となりますが 、次のような問題点があります。

  • 厳密な用量調整の難しさ
  • 効果と安全性のバランス維持の困難さ
腎機能障害度クレアチニンクリアランス推奨用量調整
軽度50-80 mL/分通常量の75-100%
中等度30-50 mL/分通常量の50-75%
重度30 mL/分未満禁忌または特別な注意

腎機能障害患者さんへのエノキサパリンナトリウム投与では頻回な腎機能評価と抗Xa活性のモニタリングが重要です。

代替薬

未分画ヘパリンへの切り替え

エノキサパリンナトリウムが効果不十分な際 まず考慮すべき代替薬は未分画ヘパリンです。

未分画ヘパリンはエノキサパリンナトリウムよりも古典的な抗凝固薬ですが、より強力な抗凝固作用を持ちます。

特に急性期の治療や高度な抗凝固が必要な状況では未分画ヘパリンが選択されることが多いです。

特性エノキサパリン未分画ヘパリン
分子量約4500ダルトン3000-30000ダルトン
半減期約4時間約1時間
モニタリング抗Xa活性APTT

未分画ヘパリンは持続静注で投与するため迅速な効果発現と用量調整が可能です。

ただし頻回な凝固能モニタリングと用量調整が必要となるため入院管理下での使用が原則となります。

フォンダパリヌクスの選択

フォンダパリヌクスは合成ペンタサッカライドであり、エノキサパリンナトリウムとは異なる機序で抗凝固作用を発揮します。

この薬剤は選択的に活性化第X因子(Xa因子)を阻害するため、より特異的な抗凝固効果が期待できます。

以下はフォンダパリヌクスの特徴です。

  • 長い半減期(17-21時間)
  • 1日1回の皮下注射で投与可能
  • ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)のリスクが極めて低い
適応疾患投与量投与期間
深部静脈血栓症体重に応じて5-9日間
肺塞栓症体重に応じて5-9日間
急性冠症候群2.5mg固定最長8日間

ある医師の臨床経験ではエノキサパリンナトリウムでHITを発症した患者さんにフォンダパリヌクスを使用して良好な経過を得たことがあります。

この経験からフォンダパリヌクスはHITリスクの高い患者さんやエノキサパリンナトリウムに不耐性を示す患者さんの代替薬として有用だと考えています。

直接経口抗凝固薬(DOAC)への移行

エノキサパリンナトリウムの効果が不十分な場合あるいは長期の抗凝固療法が必要な場合には直接経口抗凝固薬(DOAC)への切り替えを検討します。

主なDOACの薬剤は以下のようなものです。

  • リバーロキサバン
  • アピキサバン
  • エドキサバン
  • ダビガトラン

これらの薬剤は経口投与が可能であり、定期的な凝固能モニタリングが不要という利点があります。

DOAC標的因子用法腎排泄率
リバーロキサバンXa1日1回約33%
アピキサバンXa1日2回約27%
エドキサバンXa1日1回約50%
ダビガトランIIa1日2回約80%

DOACへの切り替えは患者さんの病態や腎機能、出血リスクなどを総合的に評価して判断する必要があります。

ワルファリンの使用

従来からの経口抗凝固薬であるワルファリンもエノキサパリンナトリウムの代替薬として考慮できます。

ワルファリンはビタミンK依存性凝固因子の合成を阻害することで抗凝固作用を示します。

長期の抗凝固療法が必要な場合やDOACが使用できない患者さんでワルファリンが選択されることがあります。

ワルファリン使用時の注意点は以下の通りです。

  • 効果発現までに数日を要する
  • 定期的なPT-INRモニタリングが必要
  • 食事や併用薬の影響を受けやすい
PT-INR目標値適応疾患注意点
2.0-3.0静脈血栓塞栓症出血リスクに注意
2.0-2.5心房細動高齢者では下限を下げる
2.5-3.5機械弁置換後厳格な管理が必要

ワルファリンは安価で長期使用の実績がある反面、管理の難しさや食事制限などのデメリットもあるため患者さんの生活様式や管理能力を考慮して選択します。

アルガトロバンの使用

ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)が疑われる場合や重度の肝機能障害患者さんではアルガトロバンが代替薬として重要な選択肢となります。

アルガトロバンは直接トロンビン阻害薬でヘパリンとは全く異なる構造を持つためHITのリスクがありません。

以下はこの薬剤の特徴です。

  • 即効性がある
  • 肝代謝型で腎機能障害患者さんにも使用可能
  • 半減期が短く(約40分)用量調整がしやすい
適応初期投与量モニタリング指標
HIT0.7μg/kg/分APTT
急性脳梗塞60μg/kg
心筋梗塞10μg/kg/分APTT

アルガトロバンは主に急性期の治療に用いられ、状態が安定したら他の抗凝固薬に切り替えることが一般的です。

エノキサパリンナトリウム(クレキサン)の併用禁忌薬

他の抗凝固薬

エノキサパリンナトリウムは強力な抗凝固作用を持つため他の抗凝固薬との併用は原則として避けるべきです。

特に注意が必要な薬剤にはワルファリン・ヘパリン・アピキサバン・リバーロキサバン・エドキサバン・ダビガトランなどがあります。

これらの薬剤との併用は出血リスクを著しく高めるため原則禁忌とされています。

併用禁忌薬薬剤群主な作用機序
ワルファリンビタミンK拮抗薬ビタミンK依存性凝固因子阻害
ヘパリンヘパリン類アンチトロンビンⅢ活性化
アピキサバン直接Xa阻害薬活性化第X因子直接阻害
リバーロキサバン直接Xa阻害薬活性化第X因子直接阻害

これらの薬剤からエノキサパリンナトリウムへの切り替え あるいはその逆を行う場合には適切な休薬期間を設けることが大切です。

血小板機能抑制薬

エノキサパリンナトリウムと血小板機能抑制薬の併用は出血リスクを増大させるため慎重な判断が求められます。

特に注意が必要な薬剤は以下のようなものです。

薬剤名作用機序併用時の注意点
アスピリンシクロオキシゲナーゼ阻害低用量でも出血リスク上昇
クロピドグレルP2Y12受容体阻害急性冠症候群時は併用もあり
プラスグレルP2Y12受容体阻害高齢者では特に注意
チカグレロルP2Y12受容体阻害腎機能低下時は減量考慮

これらの薬剤との併用が必要な際は患者さんの病態や出血リスクを慎重に評価し必要最小限の期間にとどめることが重要です。

非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)

エノキサパリンナトリウムとNSAIDsの併用は消化管出血のリスクを高めるため注意が必要です。

特に高齢者や消化性潰瘍の既往がある患者さんではリスクがさらに増大します。

併用を避けるべきNSAIDsは以下のようなものです。

NSAIDs半減期併用時のリスク
イブプロフェン短時間作用型胃粘膜障害増強
ナプロキセン長時間作用型腎機能低下増悪
ジクロフェナク中間型肝機能障害リスク
セレコキシブ長時間作用型心血管イベント増加

NSAIDsの使用が避けられない場合は胃粘膜保護薬の併用や短時間作用型NSAIDsの選択を検討します。

選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRIs)

エノキサパリンナトリウムとSSRIsの併用はセロトニン症候群や出血リスクの増大につながる可能性があります。

特に注意が必要なSSRIsは次のようなものです。

SSRIs主な適応併用時の注意点
フルオキセチンうつ病 強迫性障害長い半減期に注意
パロキセチンうつ病 パニック障害CYP2D6阻害作用
セルトラリンうつ病 PTSD用量依存性の相互作用
エスシタロプラムうつ病 全般性不安障害QT延長に注意

SSRIsとの併用が必要な際は定期的な血液検査や出血症状のモニタリングを行うことが大切です。

ビタミンK含有食品や健康食品

エノキサパリンナトリウムの効果はビタミンK摂取量の変動により影響を受ける可能性があります。

特に注意が必要な食品や健康食品は以下のようなものです。

食品・健康食品ビタミンK含有量注意点
納豆非常に高い摂取を避ける
クロレラ高い摂取量の変動に注意
青汁中程度定期的な摂取なら問題少
セントジョーンズワート低いが薬物代謝に影響併用避けるべき

これらの食品や健康食品の摂取状況を把握して急激な変化を避けるよう患者さんに指導することが重要です。

エノキサパリンナトリウム(クレキサン)の薬価と実際の患者さん負担

薬価

エノキサパリンナトリウムの薬価は規格により異なりますが、日本では2000IU製剤のみしか販売されていません。

2000IU/0.2mL製剤で681円です。

規格薬価
2000IU/0.2mL681円

処方期間による総額

2000IU/0.2mL製剤を1日2回使用の場合で1週間処方だと薬代は9,534円になります。

同じ用法で1ヶ月処方になると40,860円になります。

処方期間総額
1週間9,534円
1ヶ月40,860円

患者さんの自己負担額は保険の種類や負担割合によって変わりますが、3割負担の場合だと1週間で約2,860円 1ヶ月で12,258円を支払うことになります。

ジェネリック医薬品との比較

エノキサパリンナトリウムのジェネリック医薬品は現在販売されていません。

臨床現場ではクレキサン以外の低分子量ヘパリン製剤としてダルテパリンナトリウムのジェネリック医薬品が使用されることがあります。

薬剤名薬価
クレキサン2000IU/0.2mL681円
ダルテパリンNa静注5000単位/5mL「サワイ」571円

急性期病院でエノキサパリンナトリウムを使用し、回復期や維持期ではダルテパリンナトリウムに切り替えることで患者さんの経済的負担を軽減できた事例があります。

以上

参考にした論文