呼吸器疾患の一種である肺塞栓症(はいそくせんしょう)とは、肺動脈やその分枝が血栓などによって閉塞される状態を指します。

この病気では血液の流れが妨げられることで肺の一部に十分な血液が届かなくなり、酸素と二酸化炭素の交換が適切に行われなくなってしまうのです。

主な症状としては突然の呼吸困難や胸痛、動悸などが挙げられますが、個人差があって軽度の症状から重度のものまで幅広く存在し、時として生命を脅かす深刻な状況に陥ることもあります。

肺塞栓症の病型

肺塞栓症(はいそくせんしょう)の病型はその発症経過や重症度、塞栓の範囲などによって様々に分類されます。

これらの分類は診断や治療方針の決定において重要な役割を果たします。

時間経過による分類

肺塞栓症はその発症からの時間経過によって以下のように分類されることがあります。

  1. 急性肺塞栓症
  2. 亜急性肺塞栓症
  3. 慢性肺塞栓症

この分類は、病態の進行度や治療アプローチを考える上で有用です。

病型特徴
急性突然発症、急速進行
亜急性緩徐な進行
慢性長期間の経過

重症度による分類

肺塞栓症の重症度分類は患者さんの状態や予後を評価する上で大切で、一般的に以下のような分類が用いられます。

  • Massive(重症)
  • Submassive(亜重症)
  • Non-massive(軽症)

この分類は循環動態の安定性や右心機能の状態に基づいて行われるのです。

塞栓の範囲による分類

肺塞栓症は塞栓が生じている血管の範囲によっても分類され、主な分類としては以下のようなものがあります。

塞栓範囲特徴
中枢型大きな血管の閉塞
末梢型小さな血管の閉塞

この分類は画像診断や治療方針の選択に影響を与えることもあるでしょう。

特殊な病型

肺塞栓症には特殊な病型も存在します。代表的なものとしては慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)があります。

CTEPHは肺塞栓症が慢性化し、肺高血圧症を引き起こした状態を指します。

主症状

呼吸器症状

肺塞栓症の最も顕著な症状は呼吸器に関連するものです。

突然の息切れや呼吸困難は多くの患者さんが経験する主要な症状であり、その特徴を理解することが早期発見につながります。

この呼吸困難は安静時でも感じられることがあり、軽度の労作で急激に悪化することもあるでしょう。

それと同時に胸痛も頻繁に見られる症状の一つで、その性質や部位が診断の手がかりとなります。

症状特徴重症度との関連
息切れ突然発症、労作で悪化重症度に比例して増悪
胸痛呼吸時に増強、胸膜性広範囲な塞栓で増強

胸痛は深呼吸や咳をしたときに悪化することが多く、これは胸膜の刺激によるものと考えられています。

重症例では呼吸困難が急速に進行し、チアノーゼ(皮膚や粘膜の青紫色化)が見られることもあるのです。

循環器症状

肺塞栓症は循環器系に顕著な影響を及ぼし、特徴的な症状を引き起こします。

動悸や心拍数の増加はよく見られる症状であり、その程度は塞栓の大きさや範囲と関連しています。これは体が肺の血流低下を補おうとして心臓の働きを強めるためです。

重症の場合には失神や意識消失を経験することもあり、これは生命を脅かす緊急事態のサインとなり得るでしょう。

失神は脳への血流が一時的に減少することで起こり、大規模な肺塞栓で右心不全が生じた際に発生しやすくなります。

症状特徴病態との関連
動悸突然の心拍数増加代償性の循環反応
失神一過性の意識消失右心不全、脳血流低下

循環器症状の程度は肺塞栓症の重症度を反映することが多く、重要な評価指標となるのです。

全身症状

肺塞栓症では全身に影響を及ぼす症状も現れ、これらは体の防御反応や循環動態の変化を反映しています。

発熱は比較的よく見られる症状の一つで、体の炎症反応を示唆しているのです。ただし高熱になることは稀で、多くの場合は微熱程度にとどまるでしょう。

冷や汗をかくことも特徴的な症状で、これは自律神経系の反応や循環不全を反映しています。

これらの症状は以下のように現れ、その程度や持続時間が重要な情報となるのです。

  • 突然の発熱:通常37.5℃前後
  • 体が冷たくなる感覚:末梢循環不全の徴候
  • 皮膚の蒼白化:組織灌流の低下を示唆

これらの全身症状は肺塞栓症の重症度や合併症の有無を評価する上で重要な手がかりとなるのです。

下肢の症状

肺塞栓症の多くは深部静脈血栓症に起因するため、下肢に特徴的な症状が現れることがあります。これらの症状を理解することは肺塞栓症のリスク評価や早期発見に役立ちます。

片側または両側の脚に腫れや痛みが生じることがあり、その特徴は以下の通りです。

  • 片側性の腫脹:深部静脈血栓症を強く疑う所見
  • 下腿の圧痛:血栓による静脈の炎症を示唆
  • 皮膚の発赤や熱感:表在静脈の関与を示唆することも

これらの下肢症状は必ずしも全ての患者さんに現れるわけではありませんが、存在する場合は肺塞栓症のリスクを高める重要な因子となります。

非典型的症状

肺塞栓症の症状は多様であり、時に非典型的な形で現れることがあります。これらの非典型的症状を理解することは見逃しを防ぐ上で重要です。

非典型的な症状の例

  • 咳嗽:特に血痰を伴う場合
  • 頻脈のみ:他の症状を伴わない場合
  • 腹痛:特に右上腹部痛
  • めまい:失神の前駆症状として

これらの症状は、他の疾患と混同されやすいため、医療者の慎重な評価が必要です。

肺塞栓症の症状は多岐にわたり個人差も大きいですが、これらの主要な症状と非典型的症状を包括的に理解することは、早期発見と適切な重症度評価につながります。

肺塞栓症の原因とリスク要因

深部静脈血栓症

肺塞栓症の最も一般的な原因は深部静脈血栓症です。これは主に下肢の深部静脈内に血栓が形成され、その一部が剥がれて血流に乗って肺動脈まで到達することで発生します。

深部静脈血栓症の発生にはウィルヒョウの三徴として知られる以下の要素が関与しているのです。

  1. 血流停滞
  2. 血管内皮障害
  3. 血液凝固能亢進

これらの要素が複合的に作用することで、血栓形成のリスクが高まります。

リスク因子影響病態生理学的機序
長期臥床血流停滞静脈還流低下、血管内皮機能不全
手術後凝固能亢進炎症反応、組織因子放出
長時間飛行血流停滞、脱水下肢静脈うっ滞、血液濃縮

これらの状況では血液の凝固バランスが崩れ、血栓形成のリスクが顕著に高まります。特に複数のリスク因子が重なる場合、その危険性は相乗的に増加する可能性が生じるでしょう。

「エコノミークラス症候群」もこれにあたります。

先天的要因

一部の人々は遺伝的に血栓形成のリスクが高い傾向にあります。これらの遺伝的要因は血液凝固カスケードの重要な調節因子に影響を与えるのです。

以下のようなものが主な遺伝的リスク因子です。

  • プロテインC欠損症
  • プロテインS欠損症
  • アンチトロンビンIII欠損症
  • 第V因子ライデン変異
  • プロトロンビン遺伝子変異

これらの遺伝子異常は血液凝固のバランスを崩して血栓形成を促進する可能性があります。

遺伝的要因影響を受ける凝固系リスク増加の程度
プロテインC欠損症抗凝固系5-10倍
第V因子ライデン変異凝固促進系3-7倍

これらの遺伝的要因を持つかたは他のリスク因子が加わることで血栓形成のリスクが著しく高まる可能性がででくるのです。

後天的要因

生活習慣、特定の疾患、環境因子など、様々な後天的要因が肺塞栓症のリスクを高める可能性があります。これらの要因は単独で、または組み合わさって作用し、血栓形成のリスクを増大させるでしょう。

以下のようなものが主な後天的要因です。

要因リスク増加の理由相対リスク
肥満血流停滞、炎症、凝固因子増加2-3倍
喫煙血管内皮障害、凝固能亢進1.5-2倍
経口避妊薬エストロゲンによる凝固促進3-6倍
悪性腫瘍凝固亢進、血管圧迫4-7倍

他にもホルモン補充療法、炎症性腸疾患、自己免疫疾患(特に抗リン脂質抗体症候群)、長期入院や集中治療室滞在なども要因となるのです。

これらの要因は血液の凝固性を高めたり、血管の健康状態を悪化させたりすることで血栓形成のリスクを増大させます。

特に複数の要因が重なる場合はc、そのリスクは相加的または相乗的に増加する可能性が高まるでしょう。

特殊な原因

稀ではありますが、血栓以外の物質が肺動脈を塞ぐこともあります。これらの特殊な原因は特定の状況下で突発的に発生し、急速に重篤な状態に陥る可能性があるのです。

非血栓性肺塞栓症の主な原因には以下のようなものがあります。

  • 脂肪塞栓(長管骨骨折時に骨髄の脂肪が血流に入り込む)
  • 空気塞栓(中心静脈カテーテル操作時や開胸手術時に空気が血流に入る)
  • 羊水塞栓(分娩時に羊水が母体の血流に入る)
  • 腫瘍塞栓(悪性腫瘍の一部が血流に入る)
  • セメント塞栓(整形外科手術時にセメントが血流に入る)
非血栓性塞栓症発生状況特徴的な所見
脂肪塞栓長管骨骨折後点状出血、意識障害
羊水塞栓分娩時・直後急激な呼吸不全、ショック
腫瘍塞栓進行癌患者進行性の呼吸不全

これらの非血栓性肺塞栓症は通常の血栓性肺塞栓症とは異なる病態を示すため、診断や管理に特別な注意が必要です。

複合的リスク評価

肺塞栓症の原因は多岐にわたり、多くの場合は複数の要因が組み合わさることで発症リスクが高まります。

そのため個々の患者さんのリスク要因を包括的に評価し、個別化されたリスク評価を行うことが極めて重要です。

リスク評価のアプローチ

  1. 詳細な病歴聴取(家族歴、既往歴、生活習慣など)
  2. 身体診察(肥満度、下肢の腫脹など)
  3. 必要に応じた遺伝子検査
  4. 定期的なリスク再評価
リスクカテゴリー評価項目管理の方向性
低リスク一過性のリスク因子のみ一般的な予防策
中等度リスク複数の後天的因子積極的な予防策
高リスク遺伝的要因+後天的因子厳重な管理と予防

個々の患者さんのリスク要因を正確に評価し、それに基づいた適切な対策を講じることが肺塞栓症の発症予防において不可欠です。

肺塞栓症の原因とリスク要因は複雑で多岐にわたります。深部静脈血栓症を主要な原因としつつ、遺伝的要因、後天的要因、特殊な非血栓性原因など、様々な要素が関与しています。

肺塞栓症の診察と診断

初期評価

肺塞栓症(はいそくせんしょう)の診察と診断は患者さんの状態を迅速かつ正確に把握することから始まります。

この初期評価は病態の重症度を判断し、緊急処置の必要性を決定する上で極めて重要です。

まずは患者さんの全身状態を素早く評価して呼吸状態や循環動態の悪化の程度を判断します。この初期評価にはバイタルサインの測定、視診、聴診、触診などの基本的な身体診察がメインです。

評価項目観察ポイント臨床的意義
呼吸数頻呼吸の有無呼吸不全の程度評価
酸素飽和度低酸素血症の程度肺塞栓の重症度判断
血圧ショック状態の評価循環動態の安定性確認
心拍数頻脈の有無心負荷の間接的評価
意識レベル混濁の有無脳循環不全の評価

初期評価の結果に基づいて追加の検査や緊急処置の必要性を判断して迅速な対応を行います。

問診

患者さんやご家族からの詳細な病歴聴取は肺塞栓症の診断において不可欠です。この問診は診断精度を高め、リスク層別化を行う上で重要な情報を提供します。

症状の発症時期や経過、既往歴、薬剤使用歴、リスク因子の有無などを丁寧に聴取しますが、特に以下の点に注目して問診を行うことが大切です。

  • 呼吸困難の進行速度と程度(mMRC呼吸困難スケールの活用)
  • 胸痛の性質(胸膜痛様か、狭心痛様か)と部位
  • 深部静脈血栓症を疑う下肢症状(腫脹、疼痛、発赤)
  • 長期臥床や長時間の座位の有無(3時間以上の連続した不動状態)
  • 最近の手術歴や外傷歴
  • 悪性腫瘍の既往や現病歴
  • 経口避妊薬やホルモン補充療法の使用歴
  • 家族歴(血栓性素因の有無)

これらの情報は肺塞栓症の可能性を評価し、プレテストの確率を算出する上で重要な手がかりとなります。

身体診察

肺塞栓症の診断には系統的かつ詳細な身体診察が重要です。この診察により肺塞栓症に特徴的な所見を捉え、他の疾患との鑑別に役立つ情報を得ることができます。

特に呼吸器系と循環器系に焦点を当てた詳細な診察を行います。

診察項目観察内容臨床的意義
視診チアノーゼ、頸静脈怒張低酸素血症、右心負荷の評価
聴診心音(Ⅱ音の亢進)、呼吸音の異常肺高血圧、肺梗塞の可能性
触診下肢の腫脹、圧痛、Homan徴候深部静脈血栓症の評価
打診胸部の濁音胸水貯留の可能性

身体診察では以下の特徴的所見にも注意が必要です。

  • 頻呼吸(20回/分以上)
  • 頻脈(100回/分以上)
  • 発熱(微熱程度のことが多い)
  • 下肢の非対称性腫脹

これらの身体所見は肺塞栓症の可能性評価や他の疾患との鑑別に有用な情報を提供します。

検査

肺塞栓症の診断確定には病態の重症度や範囲を評価し、治療方針の決定に重要な役割を果たす様々な検査が用いられます。

主な検査は以下の通りです。

  1. 血液検査
    • D-ダイマー:血栓形成の指標
    • トロポニン:心筋障害の評価
    • BNP/NT-proBNP:右心負荷の評価
    • 動脈血ガス分析:低酸素血症、換気血流不均衡の評価
  2. 画像検査
    • 胸部X線検査:他の呼吸器疾患の除外
    • 胸部CT検査(CTアンギオグラフィ):肺動脈内の血栓確認
    • 肺血流シンチグラフィ:換気血流不均衡の評価
    • 下肢静脈エコー:深部静脈血栓症の評価
  3. 心臓検査
    • 心電図:右心負荷所見の評価
    • 心エコー:右心機能、肺高血圧の評価
検査目的特徴
D-ダイマー血栓形成の有無感度高いが特異度低い
胸部CTアンギオ肺動脈内の血栓確認診断の gold standard
心エコー右心負荷の評価ベッドサイドで実施可能

これらの検査結果を総合的に評価することで肺塞栓症の診断精度が向上して重症度の層別化が可能となります。

診断アルゴリズム

肺塞栓症の診断にはエビデンスに基づく体系的なアプローチが推奨されています。

この診断アルゴリズムは検査の効率性を高め、不要な侵襲的検査を避けることが目的です。

一般的な診断アプローチの流れは次の通りです。

  1. 臨床的疑い(症状、リスク因子評価)
  2. 臨床的確率の評価(Wells scoreなど)
  3. D-ダイマー検査(低〜中確率例)
  4. 画像診断(CTアンギオグラフィ、肺血流シンチグラフィ)
  5. 補助的検査(心エコー、下肢静脈エコーなど)
臨床的確率推奨される次のステップ
低確率D-ダイマー検査
中確率D-ダイマー検査または画像診断
高確率直接画像診断へ

このアルゴリズムを用いることで診断の精度を向上させつつ、患者さんの負担を最小限に抑えることが可能となります。

肺塞栓症の診察と診断は初期評価から詳細な検査まで包括的かつ体系的なアプローチが重要です。

肺塞栓症の画像所見

胸部X線検査

肺塞栓症の画像診断において、胸部X線検査は最初に行われる重要な検査です。

この検査では肺野全体の状態を俯瞰的に評価することができますが、特異的な所見に乏しいことも事実です。

典型的な所見としては以下のようなものが観察されることがあります。

  • Westermark徴候(局所的な肺血管陰影の消失)
  • Hampton’s hump(楔状の胸膜下陰影)
  • 肺動脈主幹部の拡大
  • 横隔膜挙上
  • 胸水貯留
所見特徴出現頻度
Westermark徴候局所的な血流低下約5%
Hampton’s hump肺梗塞を示唆約20%
正常所見異常なし約40%

ただし、胸部X線検査のみで肺塞栓症を確定診断することは困難です。正常所見であっても肺塞栓症を否定できないことに注意しなければなりません。

Case courtesy of Craig Hacking, Radiopaedia.org. From the case rID: 75579

所見:心拡大あり。右下肺野末梢に浸潤影あり、いわゆるHampton humpである。右肋横隔角が不明瞭。鑑別診断(DDx)には、感染、出血、または肺塞栓症(PE)による肺梗塞が挙げられる。

胸部CT検査

胸部CT検査、特にCTアンギオグラフィ(CTPA)は肺塞栓症の診断において至適基準 とされる検査です。

この検査では肺動脈内の血栓を直接観察することができ、高い感度と特異度を有します。

主な所見には以下のようなものがあります。

  1. 肺動脈所見
    • 肺動脈内の充満欠損(直接的な血栓の証拠)
    • 肺動脈の拡張
  2. 肺実質所見
    • モザイク灌流(血流の不均一な分布)
    • 肺梗塞像(楔状の胸膜下陰影)
    • すりガラス影(出血や浮腫を反映)
  3. 心臓所見
    • 右心系の拡大
    • 心室中隔の偏位
CT所見意義特徴
造影欠損血栓の直接証拠感度・特異度ともに高い
モザイク灌流血流分布異常慢性肺塞栓でより顕著
肺梗塞像末梢塞栓の結果胸膜直下に多い

この検査は亜区域動脈レベルまでの血栓評価が可能で、血栓の局在や範囲の詳細な評価に有用です。さらに肺実質の変化や他の胸部疾患の除外診断にも役立つでしょう。

Case courtesy of Craig Hacking, Radiopaedia.org. From the case rID: 75579

所見:両側肺動脈本幹~各分枝に造影欠損を認め、肺動脈血栓塞栓症を疑う。

肺換気血流シンチグラフィ

肺換気血流シンチグラフィは肺の換気及び血流分布を評価する核医学検査です。

この検査では放射性同位元素で標識された微小粒子を静脈内投与し、その分布を観察します。

肺塞栓症の特徴的な所見とその意味は次の通りです。

所見意味診断的価値
楔状血流欠損肺動脈閉塞高い特異性
換気血流ミスマッチ肺塞栓の存在PIOPED基準で評価
正常血流塞栓の可能性低い高い陰性的中率

肺血流シンチグラフィは特に腎機能低下患者や造影剤アレルギーのある患者さんに有用で、慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)の診断にも重要な役割を果たすのです。

Case courtesy of Hani M. Al Salam, Radiopaedia.org. From the case rID: 10188

所見:両側肺野に換気血流の不一致や集積欠損あり、肺動脈血栓塞栓症を疑う。

心エコー検査

心エコー検査は肺塞栓症による右心系への影響を評価するのに役立ち、重症度評価や予後予測に重要な情報を提供します。

以下は心エコー検査の主な所見です。

  1. 形態的変化
    • 右心室の拡大(RV/LV比 > 0.9)
    • 心室中隔の扁平化(Dパターン)
  2. 機能的変化
    • 右室壁運動低下(TAPSE < 16mm)
    • McConnell徴候(右室自由壁の無収縮と心尖部の過収縮)
  3. 血行動態的変化
    • 三尖弁逆流の増加
    • 肺動脈圧の上昇(PASP > 40mmHg)
    • 下大静脈の拡張と呼吸性変動の減少
エコー所見意義予後との関連
右室拡大右心負荷短期予後不良
McConnell徴候急性肺塞栓に特異的高い診断価値
肺高血圧慢性化のリスク長期予後に影響

心エコー検査はベッドサイドで繰り返し実施することができ、治療効果のモニタリングにも有用です。

Partington, Sara L, and Philip J Kilner. “How to Image the Dilated Right Ventricle.” Circulation. Cardiovascular imaging vol. 10,5 (2017): e004688.

所見:経胸壁2次元心エコー検査による拡張期(A)および収縮期(B)の傍胸骨短軸ビューで、拡張期における中隔の平坦化が認められるが、収縮期には認められない。

MRI検査

MRI検査は放射線被曝なしで肺動脈や心臓の詳細な評価ができるというメリットがあり、特に若年の患者さんやや妊婦、繰り返し検査が必要な患者さんに適しているでしょう。

主な有用性

  • 肺動脈血栓の直接視覚化
  • 右心機能の定量的評価
  • 肺実質の詳細な評価

肺塞栓症の画像所見は各モダリティの特性を活かした多面的評価が重要です。

CTアンギオグラフィを中心に胸部X線、肺血流シンチグラフィ、心エコーなどを適切に組み合わせることで、より正確な診断と重症度評価が可能となります。

これらの画像検査の選択は患者さんの状態、利用可能な設備、医療者の専門性などを考慮して決定されるでしょう。

Case courtesy of Hani M. Al Salam, Radiopaedia.org. From the case rID: 10188

所見:Gd造影脂肪抑制T1WIにて、両側肺動脈に造影味のdefectあり、肺動脈血栓塞栓症を疑う。

治療法と回復への道のり

肺塞栓症の治療は患者さんの状態や重症度に応じて様々なアプローチが取られます。治療法の選択には個々の患者さんのリスク層別化が重要な役割を果たします。

主な治療目標は血栓の進展防止、既存血栓の溶解促進、循環動態の安定化、そして再発予防です。

抗凝固療法

抗凝固療法は肺塞栓症治療の基本となり、ほぼすべての患者さんに適応されます。この治療は新たな血栓形成を防ぎ、既存の血栓が大きくなるのを抑制する効果が得られるでしょう。

主な薬剤は以下通りです。

  1. 初期治療
    • ヘパリン(未分画ヘパリン、低分子量ヘパリン)
    • フォンダパリヌクス
  2. 維持療法
    • ワルファリン
    • 直接経口抗凝固薬(DOAC:アピキサバン、リバーロキサバン、エドキサバンなど)
薬剤特徴用法
ヘパリン即効性あり点滴または皮下注射
ワルファリン長期使用可能経口薬、用量調整必要
DOAC定期的な血液検査不要経口薬、固定用量

抗凝固療法の期間は通常3〜6ヶ月間ですが、再発リスクの高い患者さんでは長期間(場合によっては無期限)の継続が推奨されることがあります。

血栓溶解療法

血栓溶解療法は主に血行動態が不安定な重症の肺塞栓症患者さんに考慮される治療法です。

この治療は既存の血栓を積極的に溶解する効果がありますが、出血のリスクも高くなるため、適応は慎重に判断されます。

主に使用される薬剤

  • アルテプラーゼ(t-PA:組織プラスミノーゲン活性化因子)
  • ウロキナーゼ

血栓溶解療法の適応基準

  • ショック状態または持続する低血圧
  • 右心不全の徴候を伴う亜大量肺塞栓症
治療法利点
血栓溶解療法急速な血行動態改善
抗凝固療法のみ出血リスク低い

血栓溶解療法の効果は通常6〜72時間以内に現れますが、合併症のリスクも考慮して個々の患者さんの状態に応じて慎重に判断されるでしょう。

カテーテル治療と外科的治療

薬物療法が効果不十分な場合や非常に重症の肺塞栓症では以下の侵襲的治療が検討されることがあります。

  1. カテーテル治療
    • カテーテル血栓除去術
    • カテーテル血栓溶解療法
    • 下大静脈フィルター留置
  2. 外科的治療
    • 外科的血栓除去術
    • 肺動脈血栓除去術

これらの治療に適応しているのは以下のようなケースです。

  • 血栓溶解療法が禁忌の重症例
  • 薬物療法に反応しない大型血栓
  • 循環虚脱を伴う極めて重症の症例
治療法適応特徴
カテーテル治療大型血栓、薬物療法禁忌例低侵襲、迅速な効果
外科的治療循環虚脱例、中心型大型血栓確実な血栓除去、高侵襲

これらの侵襲的治療は高度な専門性を持つ施設で多職種チームにより慎重に実施されなければなりません。

支持療法

肺塞栓症の治療に薬物療法や侵襲的治療と並行して以下のような支持療法も重要です。

  1. 呼吸管理
    • 酸素療法
    • 必要に応じた人工呼吸管理
  2. 循環管理
    • 輸液療法
    • 循環作動薬の使用(ノルアドレナリン、ドブタミンなど)
  3. 疼痛管理
    • 適切な鎮痛薬の使用
  4. 栄養管理
    • 早期経腸栄養の導入
  5. リハビリテーション
    • 早期離床
    • 呼吸リハビリテーション
支持療法目的方法
酸素療法低酸素血症の改善経鼻カニューラ、マスク
輸液療法循環血液量の維持晶質液、必要に応じて膠質液
リハビリ廃用症候群予防段階的な離床、呼吸練習

これらの支持療法は患者さんの全身状態を安定させ、合併症を予防するために重要な役割を果たします。

治癒までの期間と長期予後

肺塞栓症からの回復期間は個々の患者さんの状態、塞栓の範囲、合併症の有無などによって大きく異なりますが一、般的には下記のような経過をたどります。

  • 軽症例:数日から2週間程度で症状改善
  • 中等症例:2週間から1ヶ月程度
  • 重症例:1ヶ月以上、時に数ヶ月を要する

長期予後に影響を与える要因は次の通りです。

  • 再発予防のための適切な抗凝固療法の継続
  • 基礎疾患の管理
  • 慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)の発症リスク
予後因子影響管理方針
抗凝固療法遵守再発リスク低下定期的な外来フォロー
CTEPH発症長期予後に影響定期的な心エコー評価

副作用とリスク

肺塞栓症の治療は生命を守るために不可欠ですが、同時に様々な副作用やリスクを伴います。

これらのリスクを詳細に理解し、適切に管理することが患者さんの総合的な回復と長期的な健康維持にとって極めて重要です。

抗凝固療法に関連するリスク

抗凝固療法は肺塞栓症治療の基本ですが、いくつかの重要なリスクを伴います。

主な懸念事項は次の通りです。

  1. 出血リスクの増加
    • 大出血(致命的となりうる出血)
    • 臨床的に重要な非大出血
  2. 薬物相互作用
    • 食事との相互作用(特にワルファリン)
    • 他の薬剤との相互作用
  3. 特殊な状況下でのリスク
    • 妊娠中の使用
    • 高齢者での使用
薬剤主な副作用特有のリスク
ワルファリン出血、食事制限INRの変動
DOAC消化器症状、出血腎機能低下時の蓄積
ヘパリン出血、HIT長期使用時の骨粗鬆症

これらのリスクは患者さんの年齢、併存疾患、使用薬剤等によって個別に評価する必要があります。

血栓溶解療法のデメリット

重症の肺塞栓症に対して行われる血栓溶解療法には特有の重大なリスクがあることも考慮しなければなりません。

血栓溶解療法の主なリスクは次の通りです。

  1. 大出血
    • 脳出血(最も重大)
    • 後腹膜出血
    • 消化管出血
    • カテーテル挿入部位からの出血
  2. 過剰線溶による合併症
    • 全身性出血傾向
    • 血栓溶解後の再閉塞
  3. アレルギー反応
    • アナフィラキシー(稀だが生命を脅かす)
合併症発生頻度重症度
大出血約5-10%
脳出血1-3%極めて高
アレルギー反応<1%変動的

これらのリスクは治療の緊急性と比較して慎重に評価される必要があります。

カテーテル治療と外科的治療のリスク

侵襲的な治療法であるカテーテル治療や外科的治療には以下のような特有のリスクが伴います。

カテーテル治療のリスク

  • 血管損傷
  • カテーテル関連感染
  • 造影剤腎症
  • 不整脈

外科的治療のリスク

  • 手術部位感染
  • 麻酔関連合併症
  • 出血
  • 術後肺炎
治療法主なリスク発生頻度
カテーテル治療血管損傷1-5%
外科的治療手術部位感染2-10%

これらの治療法は他の治療法が効果不十分な場合や極めて重症の場合に考慮されますが、リスクとベネフィットを慎重に評価する必要があります。

長期的な合併症リスク

肺塞栓症の治療後も長期的な合併症のリスクが存在し、患者さんの生活の質に大きな影響を与える可能性も考えられます。.

主な長期合併症は次の通りです。

  1. 慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)
    • 発生率:約1-4%
    • 進行性の呼吸機能低下
    • 右心不全のリスク
  2. 再発性肺塞栓症
    • 5年以内の再発率:約20-25%
    • 抗凝固療法中止後のリスク増加
  3. 慢性静脈血栓後症候群
    • 下肢の慢性的な痛みや腫脹
    • 皮膚変化や潰瘍形成のリスク
合併症発生率主な影響
CTEPH1-4%呼吸機能低下
再発性肺塞栓症20-25%/5年急性期リスクの再来

これらの長期合併症リスクは個々の患者さんの状況や初期治療への反応によって異なります。

薬剤特異的な副作用

各種治療薬には特有の副作用があり、患者さんの日常生活に影響を与える可能性も生じます。

ワルファリン

  • 食事制限(ビタミンK含有食品)
  • 頻繁な血液検査の必要性
  • 薬物相互作用の多さ

直接経口抗凝固薬(DOAC)

  • 消化器症状(胃部不快感、下痢など)
  • 腎機能低下時の用量調整必要性

ヘパリン

  • 注射部位の痛みや内出血
  • 長期使用による骨粗鬆症リスク

これらの副作用は薬剤の選択や用量調整によって管理できることが多いですが、患者さんの生活スタイルや嗜好を考慮することが重要です。

心理社会的影響

肺塞栓症の治療は身体的な副作用だけでなく、心理社会的な影響も及ぼす可能性があります。

主な心理社会的影響は次の通りです。

  • 不安やうつ状態
  • 再発への恐怖
  • 日常活動の制限による社会的孤立
  • 長期薬物療法に対するストレス

これらの影響は患者さんの生活の質や治療アドヒアランスに大きく影響する可能性があるため、包括的なケアの一部として考慮される必要があります。

再発リスクと予防戦略

肺塞栓症(はいそくせんしょう)は再発のリスクが比較的高い疾患であり、適切な予防策を講じることが極めて重要です。

再発リスクの評価

肺塞栓症の再発リスクは患者さんごとに異なるため、各患者さんの背景因子や初回発症時の状況を詳細に評価して再発リスクを推定します。

主なリスク因子には以下のようなものがあります。

  • 深部静脈血栓症の既往
  • 長期臥床や手術後の状態
  • 特定の遺伝的素因
リスク因子相対リスク
深部静脈血栓症
長期臥床
遺伝的素因中〜高

これらの因子を総合的に評価して個別化された予防策を立てることが大切です。

抗凝固療法による予防

抗凝固療法は肺塞栓症の再発予防において中心的な役割を果たします。使用される主な薬剤は以下のようなものです。

  • ワルファリン
  • 直接経口抗凝固薬(DOAC)

抗凝固療法の期間は再発リスクに応じて個別に決定されます。一般的に3〜6ヶ月以上の継続が推奨されますが、場合によってはより長期の継続が必要となることもあるでしょう。

生活習慣の改善

日々の生活習慣の改善も再発予防において重要です。具体的には以下のような点に注意を払うことが推奨されます。

  • 適度な運動の実施
  • 十分な水分摂取
  • 長時間の同一姿勢の回避
生活習慣推奨される頻度
運動週3-5回
水分摂取毎日1.5-2L

これらの習慣を日常生活に取り入れることで血液の循環を促進し、血栓形成のリスクを低減することができるでしょう。

定期的なフォローアップ

再発予防のためには定期的な医療機関への受診と検査が重要です。フォローアップでは以下のような項目がチェックされます。

  • 血液検査(凝固能の評価)
  • 画像検査(必要に応じて)
  • 症状の変化の確認

定期的なフォローアップにより再発の早期発見や予防策の調整が可能となるでしょう。

肺塞栓症の再発予防は個々の患者さんのリスク評価に基づいた予防策を立て、継続的に実践することが重要です。

治療費

肺塞栓症の治療費は病状の重症度や入院期間によって大きく変動します。

一般的に集中治療を要する重症例では高額になる傾向があり、数百万円から1000万円を超える可能性もあり得るのです。

初診料と再診料

初診料は2,910円、再診料は750円です。特定機能病院での受診の場合はこれらの料金が高くなります。

検査費用

胸部CT検査は約8,500円、血液検査は約5,000円程度です。

検査項目概算費用
胸部CT2,100円~5,620円
血液検査4,200円(血液一般+生化学5-7項目の場合)+1,300円(Dダイマー)

処置費用

抗凝固薬の点滴は1日あたり約3,000円かかります。

入院費用

集中治療室での管理が必要な場合、1日あたりの入院費用は10万円以上になることがあります。

入院先1日あたりの概算費用
ICU10万円以上
一般病棟2万円程度

詳しく述べると、日本の入院費計算方法は、DPC(診断群分類包括評価)システムを使用しています。
DPCシステムは、病名や治療内容に基づいて入院費を計算する方法です。以前の「出来高」方式と異なり、多くの診療行為が1日あたりの定額に含まれます。

主な特徴:

  1. 約1,400の診断群に分類
  2. 1日あたりの定額制
  3. 一部の治療は従来通りの出来高計算

表:DPC計算に含まれる項目と出来高計算項目

DPC(1日あたりの定額に含まれる項目)出来高計算項目
投薬手術
注射リハビリ
検査特定の処置
画像診断(投薬、検査、画像診断、処置等でも、一部出来高計算されるものがあります。)
入院基本料

計算式は下記の通りです。
「1日あたりの金額」×「入院日数」×「医療機関別係数※」+「出来高計算分」

例えば、14日間入院とした場合は下記の通りとなります。

DPC名: 肺循環疾患 手術なし 手術処置等2なし
日数: 14
医療機関別係数: 0.0948 (例:神戸大学医学部附属病院)
入院費: ¥483,420 +出来高計算分

保険適用となると1割~3割の自己負担であり、更に高額医療制度の対象となるため、実際の自己負担はもっと安くなります。
なお、上記値段は2024年6月時点のものであり、最新の値段を適宜ご確認ください。

以上

参考にした論文

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