呼吸器疾患の一種である肺アスペルギルス症とは、アスペルギルス属の真菌が原因で発症する肺の感染症です。

アスペルギルス属の真菌は環境中に広く存在しており、日常的に吸入していることも少なくありません。

健康な人では発症しませんが、免疫力が低下しているかたや既存の肺疾患がある患者さんでは発症リスクが高くなります。

目次

肺アスペルギルス症の病型

肺アスペルギルス症はいくつかの病型があり、それぞれ異なる臨床像を示します。

単純性肺アスペルギローマ(SPA)

単純性肺アスペルギローマは既存の肺の空洞内にアスペルギルス属の真菌が増殖し、菌球を形成する病型です。

免疫力が正常な患者さんに発症することが多く、症状は乏しいこともこの病型の特徴でもあります。

特徴説明
既存の肺の空洞結核や肺嚢胞などに発症
菌球形成空洞内にアスペルギルスが増殖

侵襲性肺アスペルギルス症(しんしゅうせいはいアスペルギルスしょう)(IPA)

侵襲性肺アスペルギルス症は免疫力が低下した患者に発症する重篤な病型です。アスペルギルスが肺組織に侵襲して急速に進行することが特徴です。

特に次のような患者さんに発症リスクが高くなります。

  • 造血幹細胞移植患者
  • 臓器移植患者
  • 長期ステロイド治療患者
  • 好中球減少患者

慢性進行性肺アスペルギルス症(CPPA)

慢性進行性肺アスペルギルス症は単純性肺アスペルギローマと侵襲性肺アスペルギルス症の中間に位置する病型です。

アスペルギルスが肺組織に侵襲して徐々に進行することが特徴として挙げられるでしょう。

特徴説明
肺組織への侵襲アスペルギルスが肺組織に侵入
緩徐な進行数ヶ月から数年かけて進行

肺アスペルギルス症の主な症状

肺アスペルギルス症の主な症状は病型によって大きく異なります。

単純性肺アスペルギローマでは症状がわかりずらく、侵襲性肺アスペルギルス症では急速に進行する重篤な症状を呈するという傾向があるのです。

単純性肺アスペルギローマの主症状

単純性肺アスペルギローマは上記でも述べたように症状が乏しく、健康診断での胸部X線検査で偶然発見されることも少なくありません。

症状頻度
症状なし50-60%
咳嗽20-30%
喀血10-20%

喀血は菌球に隣接する血管が破綻することによって発症するのです。大量喀血を伴う際は致死的となる可能性も発生します。

侵襲性肺アスペルギルス症の主症状

侵襲性肺アスペルギルス症では発熱、咳嗽、呼吸困難などの症状が急速に進行していきます。

免疫力が低下している患者さんに発症するため、全身状態の悪化を伴うことが多いです。

  • 発熱
  • 咳嗽
  • 呼吸困難
  • 胸痛
  • 喀血

慢性進行性肺アスペルギルス症の主症状

慢性進行性肺アスペルギルス症では咳嗽、喀痰、労作時呼吸困難などの症状が徐々に進行します。発熱や全身倦怠感を伴うこともあるでしょう。

症状頻度
咳嗽90-100%
喀痰70-80%
労作時呼吸困難50-60%
発熱30-40%

発症する原因やきっかけ

肺アスペルギルス症は免疫力の低下した人に発症しやすい日和見感染症の一種です。

アスペルギルス属の真菌

肺アスペルギルス症の原因はアスペルギルス属の真菌です。この真菌は土壌や腐敗した有機物に広く存在し、日常的に吸入していることも少なくありません。

原因真菌存在場所
アスペルギルス属土壌、腐敗した有機物
アスペルギルス・フミガタス最も多い原因真菌

吸入したとしても健康な人では発症しませんが、以下のような場合に発症リスクが高まります。

  • 免疫抑制剤の使用
  • 抗がん剤治療
  • 長期のステロイド使用
  • 糖尿病
  • 慢性肺疾患(COPD、気管支拡張症など)

病型別の原因やきっかけ

単純性肺アスペルギローマは既存の肺の空洞性病変に真菌が定着することで発症します。結核や肺嚢胞などの空洞性病変が原因となることが多いです。

侵襲性肺アスペルギルス症は免疫力が著しく低下した患者さんに発症します。

造血幹細胞移植患者、臓器移植患者、好中球減少患者などが発症リスクが高いとされています。

病型主な原因やきっかけ
単純性肺アスペルギローマ既存の肺の空洞性病変
侵襲性肺アスペルギルス症免疫力の著しい低下

慢性進行性肺アスペルギルス症は、単純性肺アスペルギローマと侵襲性肺アスペルギルス症の中間に位置し、軽度から中等度の免疫力低下や、既存の肺疾患がある患者さんに発症することが多いです。

肺アスペルギルス症の診察と診断

肺アスペルギルス症の診断には画像検査と真菌の検出が重要です。

問診と身体診察

肺アスペルギルス症が疑われる場合、まず問診と身体診察を行います。

ここでは発熱、咳嗽、喀痰などの呼吸器症状がないか、基礎疾患の有無や免疫抑制状態にないかの確認が必要です。

確認項目内容
呼吸器症状発熱、咳嗽、喀痰など
基礎疾患糖尿病、悪性腫瘍など
免疫抑制状態ステロイド使用、抗がん剤治療など

画像検査

肺アスペルギルス症の診断には胸部X線検査とCT検査がおこなわれます。

単純性肺アスペルギローマでは胸部CT検査で空洞内に菌球を認めることが特徴的です。

侵襲性肺アスペルギルス症では気管支肺炎様の浸潤影や結節影を認めることがあります。時に空洞形成を伴い、菌球を認めるケースもみられるでしょう。

慢性進行性肺アスペルギルス症では胸部CT検査で空洞形成や浸潤影、結節影などを認めることがあります。

検査において肺アスペルギルス症が強く疑われるのは以下の場合です。

  • 空洞内に菌球を認める(アスペルギローマ)
  • 肺野に多発結節影を認める(血液播種性肺アスペルギルス症)
  • 気管支肺炎様の浸潤影を認める(侵襲性肺アスペルギルス症)

真菌の検出

確定診断には喀痰や気管支肺胞洗浄液(BAL)などの検体からの真菌の検出が必要になります。ここでは検体を培養し、真菌の発育を確認しなければなりません。

検体検査方法
喀痰培養、顕微鏡検査
気管支肺胞洗浄液培養、顕微鏡検査

さらに血清学的検査として、アスペルギルス抗原(ガラクトマンナン)の検出も有用です。

その他の検査

侵襲性肺アスペルギルス症が疑われる場合は血液培養や組織生検が行われることがあります。

他にも免疫学的検査として、アスペルギルス特異的IgEやIgG抗体の測定も診断に有用です。

画像所見

単純性肺アスペルギローマの画像所見

単純性肺アスペルギローマでは胸部CT検査で空洞内に菌球(fungus ball)を認めることが特徴的です。

菌球は空洞内に存在する真菌の集塊であり、空洞壁と菌球の間に空気の層(air crescent sign)を認めることがあります。

画像所見説明
菌球(fungus ball)空洞内に存在する真菌の集塊
空気の層(air crescent sign)空洞壁と菌球の間に認められる空気の層
Franquet, T et al. “Spectrum of pulmonary aspergillosis: histologic, clinical, and radiologic findings.” Radiographics : a review publication of the Radiological Society of North America, Inc vol. 21,4 (2001): 825-37.

所見:右上葉にair crescent sign伴う空洞影(菌球)を認め、アスペルギローマとして合致する所見である。

侵襲性肺アスペルギルス症の画像所見

侵襲性肺アスペルギルス症では胸部CT検査で浸潤影や結節影を認めることがあります。浸潤影は気管支肺炎様の分布を示すことが多いです。

結節影は血行性散布を反映しており、時に両側性に多発し、空洞形成を伴うことがあります。

画像所見説明
浸潤影気管支肺炎様の分布を示す
結節影血行性散布を反映、両側性に多発

以下の所見は侵襲性肺アスペルギルス症の特徴的です。

  • ハロー徴候(halo sign)
  • 空気の三日月徴候(air crescent sign)
  • 逆ハロー徴候(reversed halo sign)
Ando, Tsunehiro et al. “Pathophysiological Implication of Computed Tomography Images of Chronic Pulmonary Aspergillosis.” Japanese journal of infectious diseases vol. 69,2 (2016): 118-26.

所見:当初、右上葉に胸膜肥厚と空洞影、浸潤影がみられた(A,D)。その後、両肺に広範な浸潤影が出現した(B,E)。尾側では、左肺に広範囲広がる浸潤影、右肺に部分的な胸膜下浸潤影が認められた(F)。

慢性進行性肺アスペルギルス症の画像所見

慢性進行性肺アスペルギルス症では胸部CT検査で空洞形成や浸潤影、結節影などを、空洞内で菌球を認めることもあります。

経時的な変化として、空洞の増大や新たな空洞の形成、浸潤影の拡大などを認めることがあるでしょう。

Denning, David W et al. “Chronic pulmonary aspergillosis: rationale and clinical guidelines for diagnosis and management.” The European respiratory journal vol. 47,1 (2016): 45-68.

所見:a)肺野条件、b)縦隔条件。複数の空洞が認められ、最も大きな空洞には菌球が認められる。空洞の壁は肥厚した胸膜や隣接する肺胞の圧密と区別できないが、胸膜外脂肪は低吸収域として認められる(白矢印)。

その他の画像所見

アレルギー性気管支肺アスペルギルス症では中枢気道に沿った浸潤影や粘液栓を認めることがあります。気管支拡張症や小葉中心性粒状影を伴う確率も低くはありません。

治療法と使用される薬剤、治癒までの期間

肺アスペルギルス症の治療は原因となる真菌の種類や病型、重症度によって異なります。

単純性肺アスペルギローマの治療方法と薬

単純性肺アスペルギローマでは無症状の場合、経過観察となることも少なくありません。

喀血を伴う場合やアスペルギローマが増大する際は外科的切除が考慮されるでしょう。

治療法適応
経過観察無症状の場合
外科的切除喀血を伴う場合、増大する場合

抗真菌薬の投与は単純性肺アスペルギローマに対する効果は限定的とされています。

侵襲性肺アスペルギルス症の治療方法と薬

侵襲性肺アスペルギルス症の治療には抗真菌薬の投与が基本です。

この場合はボリコナゾールが第一選択薬になり、重症例ではリポソーマルアムホテリシンBが使用されることがあります。

治療期間は症状や画像所見の改善を確認しながら6-12週間の投与を行うのが一般的です。

薬剤名投与経路治療期間
ボリコナゾール経口、注射6-12週
リポソーマルアムホテリシンB注射2-4週
イサブコナゾール経口、注射6-12週

慢性進行性肺アスペルギルス症の治療方法と薬

慢性進行性肺アスペルギルス症の治療には抗真菌薬の長期投与が必要になります。第一選択薬はイトラコナゾールやボリコナゾールです。

  • イトラコナゾール(経口)
  • ボリコナゾール(経口、注射)
  • ポサコナゾール(経口)

治療期間は症状や画像所見の改善を確認しながら、少なくとも6ヶ月以上の長期投与が必要になります。その期間中に免疫抑制状態の改善や基礎疾患の管理も重要です。

外科的治療

単純性肺アスペルギローマや慢性進行性肺アスペルギルス症では、抗真菌薬の効果が不十分な場合に外科的切除が考慮されます。

侵襲性肺アスペルギルス症では全身状態が不良であることが多く、外科的治療の適応となることは少ないです。

副作用やデメリット(リスク)

肺アスペルギルス症の治療に用いられる抗真菌薬は副作用のリスクがあります。

ボリコナゾールの副作用

ボリコナゾールでは肝機能障害、視覚障害、皮疹などの副作用を引き起こすことがあります。

特に肝機能障害は重篤になる可能性があり、定期的な肝機能モニタリングが必要です。

副作用頻度
肝機能障害10-20%
視覚障害20-30%
皮疹5-10%

視覚障害はボリコナゾールの特徴的な副作用であり、発症したらすぐに投与を中止することにより回復するでしょう。

イトラコナゾールの副作用

イトラコナゾールで報告されている副作用は肝機能障害、消化器症状、頭痛などです。また、他の薬剤との相互作用が多いというデメリットがあります。

以下の場合は特に注意が必要です。

  • 肝機能障害がある場合
  • ワルファリンなどの抗凝固薬を併用する場合
  • シクロスポリンなどの免疫抑制剤を併用する場合

アムホテリシンBの副作用

アムホテリシンBは腎毒性、低カリウム血症、発熱、悪寒などの副作用を引き起こすことがあります。 腎毒性は用量依存性であり、投与量の調整や補液が必要です。

副作用頻度
腎毒性30-50%
低カリウム血症20-30%
発熱、悪寒10-20%

リポソーム製剤は副作用の頻度が低いとされていますが、高価であるというデメリットがあります。

外科的治療のリスク

外科的切除では合併症のリスクが考えられるでしょう。特に侵襲性肺アスペルギルス症では全身状態が不良であることが多く、手術リスクが高いです。

単純性肺アスペルギローマや慢性進行性肺アスペルギルス症でも低肺機能や合併症がある場合は、手術リスクを慎重に評価する必要があります。

肺アスペルギルス症の再発の可能性と予防法

肺アスペルギルス症は治療後も再発するリスクがあるため注意しなければなりません。

再発リスクの高い病型

侵襲性肺アスペルギルス症は再発リスクが高い病型の一つです。治療後も再発することがあり、特に免疫抑制状態が続く際は注意が必要となります。

病型再発率
侵襲性肺アスペルギルス症30-50%
慢性進行性肺アスペルギルス症20-30%

単純性肺アスペルギローマでも、外科的切除後に再発する可能性はあるのです。

再発リスクの高い患者背景

以下のような患者背景がある場合、肺アスペルギルス症の再発リスクが高くなります。

リスク因子再発率
免疫抑制状態が続いている30-50%
基礎疾患が改善していない20-40%
抗真菌薬の投与期間が不十分20-30%

特に免疫抑制状態が続いている患者さんは再発リスクが高い傾向にあります。

再発予防の方法

肺アスペルギルス症の再発を予防するためには、以下のような対策が大切です。

  • 免疫抑制状態の改善
  • 基礎疾患の管理
  • 抗真菌薬の適切な投与期間の設定
  • 定期的な画像検査と真菌マーカーのモニタリング

他には、例えば建築現場や土壌への曝露を避けるなど、環境因子への曝露を避けることも重要となります。

再発時の対応

肺アスペルギルス症が再発した場合、原因真菌の同定と薬剤感受性試験が必要です。再発時には初回治療で使用した抗真菌薬とは異なる薬剤を選択することが推奨されています。

そして外科的切除が可能な際は、手術療法を考慮することもあるでしょう。

治療にかかる費用

肺アスペルギルス症の治療費は病型や重症度、治療期間によって大きく異なります。高額な医療費が発生する可能性があるため、医療費の支援制度を利用することも重要です。

初診料と再診料

初診料は病院によって異なりますが、一般的に2,910円~5,410円程度です。再診料は750円~2,660円程度になります。

項目費用
初診料2,910円~5,410円
再診料750円~2,660円

検査費

肺アスペルギルス症の診断には画像検査や真菌検査などが必要です。検査費用は検査の種類や施設によって異なりますが、数万円になることもあります。

検査費用
胸部CT検査114,700円~20,700円
真菌検査5,000円喀痰検査:2,300円~5,000円、採血検査(基本検査+各種抗原)8,800円

処置費

肺アスペルギルス症の治療には抗真菌薬の投与や外科的処置などが必要です。処置費用は処置の内容や施設によって異なりますが、手術の場合、例えば肺膿瘍切開排膿術であれば310,300円などとなります。

入院費

重症の肺アスペルギルス症では入院治療が必要となるケースも考慮しなければなりません。

現在基本的に日本の入院費は「包括評価(DPC)」にて計算されます。
各診療行為ごとに計算する今までの「出来高」計算方式とは異なり、病名・症状をもとに手術や処置などの診療内容に応じて厚生労働省が定めた『診断群分類点数表』(約1,400分類)に当てはめ、1日あたりの金額を基に入院医療費を計算する方式です。
1日あたりの金額に含まれるものは、投薬、注射、検査、画像診断、入院基本料等です。
手術、リハビリなどは、従来どおりの出来高計算となります。
(投薬、検査、画像診断、処置等でも、一部出来高計算されるものがあります。)

計算式は下記の通りです。
「1日あたりの金額」×「入院日数」×「医療機関別係数※」+「出来高計算分」

例えば、14日間入院するとした場合は下記の通りとなります。

DPC名: 呼吸器のアスペルギルス症 手術なし 手術処置等2なし
日数: 14
医療機関別係数: 0.0948 (例:神戸大学医学部附属病院)
入院費: ¥421,280 +出来高計算分

DPC名: 呼吸器のアスペルギルス症 手術あり 手術処置等2なし
日数: 14
医療機関別係数: 0.0948 (例:神戸大学医学部附属病院)
入院費: ¥485,560 +出来高計算分

ただし、保険適用となると1割~3割の自己負担であり、高額医療制度の対象となるため、実際の自己負担はもっと安くなります。

以上

参考にした論文