大気汚染や喫煙などで有害な物質を吸入することにより、肺胞の構造が破壊されてしまう疾患である肺気腫。
肺気腫になると呼吸の効率が大きく下がり、少しの運動で息切れが起こったり、気道での炎症から急に呼吸状態が悪化する急性増悪を引き起こしたりと、多くの呼吸症状が出現してきます。
そして、長期間治療せずに放置していると生活の質(QOL:quality of life)が大きく損なわれ、さらに進行すると呼吸不全で命に関わる状態になる可能性もあります。
治療していく上で、最も重要となるのは禁煙です。
狭くなった気管支や壊れた肺胞を元には戻せないものの、吸入薬と内服薬を使って、症状を軽減し、病気の進行を抑えてあげることが出来ます。
その他、呼吸リハビリテーションも症状の改善に有用です。
それらを行っても症状がひどい、かなり進行した状態となれば、酸素療法も選択肢の一つとして挙がります。
現実的にはあまり行わないものの、いくつかの外科治療も考えられます。
本記事では肺気腫の知っておくべき治療法に関して、こうした内容をわかりやすく解説します。
1. そもそも肺気腫を完全に治す治療ってあるの?
そもそもこちらにて説明した通り、肺気腫(COPD)は進行性の病気です。
肺には、血管に酸素を送るための小部屋である肺胞が、3億-6億程存在していします。
小さな風船がものすごい数集まってできた臓器が肺ということになります。
この肺で長期間炎症が起こり肺胞の壁が壊れてしまうのが肺気腫です。
一度壊れてしまった肺胞の構造を元通りにする治療は現在のところ存在しません。
そのため、現在世界で一般的に行われている治療は、肺気腫の更なる進行を抑えたり、肺気腫による息苦しさなどの症状を和らげる治療ということになります。
肺気腫はとにかくならないことが重要であり、もしも肺気腫になってしまったら生活に大きな支障が出る前に、予防のための治療を受けることがとにかく重要です。
息苦しさや息切れが気になる、タバコを長年吸っているなど肺気腫に心当たりのある方は、なるべく早期に呼吸器内科医の在籍する医療機関を受診して、肺気腫が進行しないように治療を受けることが重要です。
2. まず禁煙を行うのが第一の治療で、一番大事
肺気腫は有害物質を吸い込むことで肺に炎症が起きて、その状態が長く続くことによって生じます。
大気汚染などが問題となる国や地域では、汚染した空気による肺気腫がありますが、現在我が国で肺気腫の原因のほとんどを占めるのは「喫煙」であると言われています。
タバコにはタールやニコチンなどの物質が含まれているというのはよく知られていますが、タバコの煙に含まれる成分は実に4000種類とも言われ、そのうち有害とされる物質はなんと200種類以上あります。
これらの物質に日々さらされていると肺胞の構造はどんどん破壊されていき、肺気腫が進行してしまいます。
また喫煙による肺気腫では空気の通り道である気管や気管支などに炎症が起こります。
こうした気管・気管支の炎症を気道炎症と呼びますが、肺気腫と気道炎症を合わせた病名として、慢性閉塞性肺疾患(COPD)と呼びます。
喫煙がCOPDの最大の原因であればその原因を取り除くのが最も有効な治療ということになります。
つまり肺気腫の進行を抑えるのに最も重要な治療が禁煙ということです。
このように説明すると「自分は根性がないからちょっと禁煙は・・」とおっしゃる方がいらっしゃいます。
そのような方に禁煙外来をお勧めします。
海外の研究ではCOPDのある喫煙者は周囲の人や開業医から禁煙のきっかけを得ることが多かったことがわかっています。
またCOPDのある禁煙車はCOPDのない禁煙車と比べてうつ病やタバコ依存のレベルが高く、禁煙に対して自己効力感が低いこともわかっています。
つまり、COPDを持っていてタバコを吸っている人は自分で根性で禁煙するよりも、周囲の助けや禁煙外来の活用などを考える方が禁煙の成功率が高くなります。
禁煙外来では問診やアンケートでどの程度ニコチンに依存しているかがわかります。
それに応じて経験の豊かな医師が一人ひとりに合った治療(薬物療法やカウンセリング)を用いて禁煙のサポートを行います。
毎日1箱タバコを吸うよりも安い金額で実施できますので、是非禁煙外来を受診して、活用してください。
3. 「吸入薬」と「内服薬」で、「咳」を抑えて、「しんどさ」や「たん」を軽減する
続いて、肺気腫に対する薬物療法にはどのようなものがあるのか見ていきましょう。
上記でお話ししたとおり、日本では肺気腫の原因のほとんどがタバコで、タバコによる肺気腫は気道炎症をともなっていることが多いです。
まずは吸入薬を使ってあげることで、この気道炎症が抑えられて、狭くなった気管支を広げてあげる事が出来ます。
その結果、「咳」・「たん」や「呼吸がしんどい」といった症状が改善されることが期待できます。
① 「吸入薬」
COPDのメインの薬物治療は、「吸入薬」です。
吸入薬とは、吸入するための器具に薬剤がセットされていて、その器具を使って日々吸入するタイプの薬剤のことを言います。
大きな使い方としては下図の通りですが、専門医が患者さんの症状やベースの病気・環境などに合わせて様々な調整を行います。
この吸入薬には、呼吸がしんどくなった時や、息がしんどくなることが予想されるような運動をする前に応急的に使用する短時間作用型の吸入薬と、症状をコントロールするために毎日決められたタイミングで吸入する長期作用型の薬剤に分かれます。
それぞれについて見ていきましょう。
①−1 短時間作用型の吸入薬
まず、息がしんどくなったタイミングで症状を和らげる「短時間作用型」の薬剤について見ていきましょう。
短時間作用型の薬剤は、文字通り短い時間だけ効果を出すお薬ですが、大きく2種類の薬剤があります。
・短時間作用性β2刺激薬(short-actingβ2 agonist:SABA)
・短時間作用性抗コリン薬(short-acting muscarinic antagonist:SAMA)
SABAは、自律神経のうち、気管支を広げる働きを持つ交感神経を刺激する薬剤です。
その結果空気が気管を通りやすくなり、肺胞に到達する酸素量が増えて、呼吸苦を改善させるという効果を発揮します。
代表的な商品名としては、メプチン、サルタノール、アイロミール、ベネトリン等があります。
(一般名:プロカテロール、サルブタモールなど)
SAMAは、気管支を収縮させるのに重要な働きを持つアセチルコリンという神経伝達物質の働きを阻害します。
アセチルコリンは気管にも含まれる平滑筋と呼ばれる筋肉の細胞に存在する受容体に結合します。
それにより平滑筋が収縮すると気管が収縮します。この受容体に先に結合してアセチルコリンを受容体に結合させないようにすることで気管が収縮するのを防ぎ、気道をひろげて呼吸を楽にするのがSAMAの作用です。
代表的な薬剤は、アトロベント、テルシガンなどがあります。
(一般名:イブラトロピウム)
これらの薬は作用時間が短いのが特徴です。
基本的には息が苦しい時にワンポイントで追加で使用する薬という位置付けなので、短時間作用型の薬剤のみで治療を行うことはあまりありません。
後述する長時間作用型の薬剤を併用して治療を行います。
①−2 長時間作用型の吸入薬
続いて長時間作用型の薬剤について見ていきましょう。
長時間作用型の薬剤も短時間作用型の薬剤と作用は同じです。
それぞれ、
・長時間作用型β2刺激薬(Long-actingβ2 agonist:LABA)
・長時間作用型抗コリン薬(Long-acting muscarinic antagonist:LAMA)
といいます。
短時間と長時間の違いだけで作用を表す部分の名前は変わっていないことがわかりますね。
症状が重たくない場合にはLAMAだけで吸入を開始することもありますが、ある程度進行してる場合にはLABAとLAMAが両方含まれた吸入薬を使用します。
β2受容体の刺激と、高コリン作用という、二つの気道を広げる作用を駆使して呼吸を助けるのです。
LABAの代表的な商品名としては、セレベント、セレベント、オンブレス、オーキシス等があります。
(一般名:サルメテロール、インダカテロール、ホルモテロール)
LAMAの代表的な商品名としては、スピリーバ、シーブリ等があります。
(一般名:チオトロピウム、グリコピロニウム)
①−3 吸入ステロイド薬
そのほかの吸入薬としては、吸入ステロイドと呼ばれる薬剤があります。
以前説明したとおり、COPDでは気道に炎症が起こっています。
気道の炎症がひどくなると、COPD患者さんの呼吸状態が急に悪化する「急性増悪」を引き起こす要因の一つになることがわかっています。
吸入ステロイド(inhaled corticosteroid:ICS)は炎症を抑える作用のある薬剤で、気道の炎症を抑えてCOPDの進行を遅らせるとともに急性増悪のリスクを下げる働きを持っています。
中等症―重度のCOPD患者さんにLAMA/LABAの合剤を使用した群と、LAMA/LABA/ICSの3剤合剤を使用した群を比較すると、肺の機能の改善については大きな差はなかったものの、COPDが急激に悪くなる急性増悪の発生率は3剤合剤を使用した群で優位に低かったという結果が出ています。
COPDが比較的重く、急性増悪の危険のある人や、すでに急性増悪を起こした方には、現在の治療に吸入ステロイド薬を足すことを検討するのが現在の一般的な治療です。
代表薬剤としては、フルタイド、パルミコート、キュバール、オルベスコ、アズマネックス等があります。
(一般名:フルチカゾン、ブデソニド、ブデソニド吸入懸濁液、ベクロメタゾン、シクレソニド、モメタゾン)
①−4 配合剤
上述の
・長時間作用型β2刺激薬(Long-actingβ2 agonist:LABA)
・長時間作用型抗コリン薬(Long-acting muscarinic antagonist:LAMA)
・吸入ステロイド(inhaled corticosteroid:ICS)
は症状と状況にあわせて組み合わせると非常に有用ですが、2つも3つも吸入するのは大変です。
そこを簡単に吸入できる様にするため、2剤・3剤が一緒に配合された吸入薬があります。
・LAMA/LABA 配合剤
代表薬剤:スピオルト、アノーロ、ウルティブロなど
・ICS/LABA 配合剤
代表薬剤:アドエア、レルベア、シムビコート、アテキュラなど
・ICS/LAMA/LABA 配合剤
代表薬剤:エナジア、テリルジー、ビレーズトリなど
①−5 去痰薬
COPDでは気道の炎症によって、痰が多くなります。
この痰が絡んで不快感や時には呼吸不全の悪化が見られることがあります。
そのような時には去痰薬と呼ばれるタイプの薬剤を内服することもあります。
去痰薬は、喀痰の成分を分解する、あるいは起動の分泌液を増やして、痰を排出しやすくする薬剤です。
代表薬剤としては、ムコフィリン、ビソルボン、ムコダイン、クリアナール等があります。
② 「呼吸リハビリテーション」で、呼吸を楽に、移動もスムーズに
薬物治療以外のCOPDの治療として、まず重要なのは、呼吸リハビリテーションというものです。
呼吸リハビリテーションには、運動療法や呼吸法の訓練などが行われます。
まず運動療法について。
COPDなどの肺気腫を伴う疾患では肺の酸素の受け渡しの効率が落ちてしまい、普通の人より軽い運動で呼吸困難を自覚します。
運動療法ではまず軽い運動(立ち上がる、かがむなど)から始め少しずつ運動の強度を上げて訓練をしていき、できる運動の範囲を増やしていきます。
次は呼吸法です。
COPDになると肺が伸び切ったゴムボールのようになって縮みにくくなり、息を吐きづらくなります。
このような症状に対しては呼吸法の訓練を行います。
まずは口すぼめ呼吸です。
口すぼめ呼吸はその名の通り口を窄めて長くいきを吐く呼吸法です。
口を窄めて吐くことで気管の内側に圧力がかかり息を効率よく吐くことができるようになるのです。
初めは意識してやる必要がありますが、慣れてくると自然とできるようになります。
もう一つの呼吸法としては腹式呼吸を行います。
腹式呼吸とは胸とお腹を隔てる筋肉である横隔膜を使用した呼吸です。
吸う時にお腹を膨らませて、吐く時に元に戻るように呼吸します。
横隔膜は呼吸の時に働く呼吸筋の中で最も大きな筋肉で呼吸運動の60-70%を担っており、腹式呼吸を行う事で、通常の胸式呼吸よりもはるかに呼吸が楽になる場合があります。
口すぼめ呼吸については全てのCOPD患者さんにお薦めできるのですが、腹式呼吸については重度のCOPD患者さんの場合には逆効果であることがあります。
実施する時には医師やリハビリテーションスタッフと相談しながら行いましょう。
4. 肺気腫の外科治療は現在のメインの治療ではない
肺気腫に対しても、外科治療を行う場合はありますが、現在日本で行われている治療としては、メインの治療ではありません。
ただし、場合によっては非常に効果的であり、以下これについて見ていきましょう。
前述の通り壊れた肺胞を元に戻す治療は現時点ではなく、外科的治療としては、まずは他人の肺を移植する「肺移植」があります。
しかしながら、ドナーの慢性的な不足、移植後の感染症や拒絶反応など問題も多く、また手術による体への負担も大きいことから積極的に行うべき例は限られています。
COPD治療のガイドラインを見ても、「最大限の内科治療を行なっても、その効果が限界に達している場合に考慮する」と記載がされています。
そのため、他の治療を優先的に行い、それでも上手くいかない状態で、なおかつドナーが確保できたなど非常に限られた状況でのみ現在行われています。
そのほかの外科治療として、肺容積減少術(Lung Volume Reduction Surgery:LVRS)という手術が存在します。
これは肺の中の肺気腫の悪くなった部分を切り取り、健康な肺の部分を残すことで、硬くなった肺を伸びたり縮んだりしやすくし、自覚症状を軽減させようとするものです。
LVRSは効果的ではあるのですが、その効果は一時的であり、多くは4−5年で元の肺機能に戻るという報告が多いです。
手術には麻酔や体へのダメージなどのリスクも少なからずあることから、現時点ではLVRSを実施している例はあまり多くないというのが実情と言われています。
外科治療もまだまだ発展の途上ですが、壊れた肺を元通りに修復する治療はなく、他人の肺を移植するか、悪くなった部分の肺を切除するしかないのが現状と言えます。
適応は限られ、実施できる医療機関も少ないため、まずは肺気腫にならないように予防に努めることが、最も重要であると言えます。
5. まとめ
今回は喫煙など、有害物質の吸入により引き起こされる肺胞の損傷である肺気腫の治療について解説をしていきました。
肺気腫の一番治療はなんといっても禁煙です。
肺気腫を指摘されたり肺気腫を疑うような人はまず禁煙のための行動をとりましょう。
自分で禁煙ができないという人は禁煙外来が効果的な場合があります。
また肺気腫に起因する症状で辛い思いをしている人は、内科的治療を行うことで症状が改善する場合が多いです。
「吸入薬」と「内服薬」を使うことで「咳」・「咳」といった症状を抑えて、「呼吸のしんどさ」を軽減することが出来ます。
吸入薬には、短時間作用型の吸入薬(SABAやSAMA)、長時間作用型の吸入薬(LAMAやLABA)、吸入ステロイド薬(ICS)があります。
また、それらを複数組み合わせた配合剤は非常に有用であり、簡単に使いやすい吸入薬です。
そのほか、去痰薬を上手く使うことで、咳を抑え、たんを出しやすくすることが望めます。
つづいて、「呼吸リハビリテーション」と「腹式呼吸」で、呼吸を楽に、移動もスムーズに行える様になるため、しっかりやり方を習って、毎日心がけることが大事です。
肺気腫の外科治療は現在のメインの治療ではなく、あまり行う事はありませんが、知っておくと主治医の先生と治療を考える際の一助になるかもしれません。
以前より軽い運動で息切れがしてしまう、息苦しさで悩んでいるという人は、専門的な呼吸器科・呼吸器内科の医療機関で診断して貰ったうえで、上記の様な治療を、近医に受診して相談してみましょう。
6. 参考文献
1医療保健学研究 8号:59-63頁(2017)
2Respiration 2015;90:211–219
3The Lancet. Respiratory medicine20181001Vol. 6issue(10)
4COPD(慢性閉塞性肺疾患)診断と治療のためのガイドライン2018[第5版]
5日内会誌 101:1624~1630,2012