急性縦隔炎(きゅうせいじゅうかくえん)とは、胸の中心部にある縦隔という重要な部位に突如として炎症が起こる深刻な病気です。

この疾患は、一見すると風邪のような症状から始まることがありますが、その進行は驚くほど急速で、油断すると命に関わる事態に発展する可能性があります。

縦隔には心臓や大血管、気管などの生命維持に欠かせない臓器が密集しており、そこに炎症が広がることで、呼吸困難や激しい胸の痛みといった症状が現れます。

まるで胸の中で火事が起きているかのような、そんな緊急事態がこの病気の本質なのです。

急性縦隔炎の主症状

急性縦隔炎(きゅうせいじゅうかくえん)の主症状は、胸痛、呼吸困難、発熱、嚥下障害など多岐にわたります。これらの症状は急激に悪化する傾向があり、早期発見と迅速な対応が生命を左右する鍵となります。

胸部の激痛

急性縦隔炎の最も顕著な症状は、胸部の激しい痛みです。この痛みは、まるで胸が裂けるような鋭さを持ち、患者を苦しめます。

痛みの特徴描写
強度激烈
性質鋭い、刺すような
部位胸骨後部、時に背中まで

多くの場合、この痛みは呼吸や体の動きによって悪化します。そのため、患者は深呼吸を避け、体を動かすことを恐れるようになります。

呼吸困難と息切れ

胸部の炎症が進行すると、肺の機能に影響を及ぼし、呼吸が困難になります。患者は息を吸うたびに痛みを感じ、十分な酸素を取り込めないことで不安感が増大します。

  • 浅く速い呼吸
  • 息苦しさや窒息感
  • 会話中の息切れ

これらの症状は、患者の日常生活に大きな支障をきたし、緊急の医療介入が必要なサインとなります。

発熱と全身症状

急性縦隔炎は全身に影響を及ぼす深刻な感染症であり、高熱を伴うことが少なくありません。

症状詳細
発熱38.5℃以上の高熱
悪寒体が震えるほどの寒気
倦怠感極度の疲労感

これらの症状は、体が感染と闘っている証拠です。しかし、高齢者や免疫力の低下した患者では、発熱が顕著でない場合もあるため、注意が必要です。

嚥下障害と首の腫れ

縦隔の炎症は、周囲の組織にも影響を与えます。特に食道や気管に近い部分が腫れることで、飲み込みの困難さや首の腫れが生じます。

  • 飲み込み時の痛み
  • 液体や食べ物がのどに詰まる感覚
  • 首や顔の腫れ

これらの症状は、患者の栄養摂取を妨げ、さらなる体力低下を招く恐れがあります。

その他の関連症状

急性縦隔炎の進行に伴い、さまざまな二次的な症状が現れることがあります。

症状関連する問題
声の変化声帯の腫れ
頻脈心臓への圧迫
めまい血流の問題

これらの症状は、縦隔の炎症が周囲の重要な構造物に及ぼす影響を示しており、病状の進行を示す重大なサインとなります。

急性縦隔炎の症状は、一見すると他の呼吸器疾患や心臓病と似ている部分があります。しかし、その進行の速さと症状の重篤度は、この疾患の特徴的な点です。

患者自身や周囲の人々が、これらの症状の組み合わせや急激な悪化に気づくことが、早期発見につながります。

急性縦隔炎の原因とトリガー

急性縦隔炎(きゅうせいじゅうかくえん)の主な原因は、感染、外傷、医療処置の合併症など多岐にわたります。これらの要因が単独または複合的に作用し、縦隔という生命の中枢を脅かす炎症を引き起こします。

早期発見と迅速な対応が患者の予後を左右する重要な鍵となります。

感染性の原因

感染は急性縦隔炎の最も一般的な原因の一つです。様々な病原体が縦隔に侵入し、炎症を引き起こす可能性があります。

病原体特徴
細菌最も頻度が高い
ウイルス稀だが重症化の恐れあり
真菌免疫不全患者に多い

細菌性の感染は特に注意が必要で、口腔内や咽頭の常在菌が何らかの理由で縦隔に侵入することがあります。

  • 歯科治療後の合併症
  • 扁桃周囲膿瘍の波及
  • 咽後膿瘍からの進展

これらの感染経路は、一見すると縦隔とは無関係に思えるかもしれませんが、解剖学的な連続性によって炎症が広がる可能性があるのです。

外傷性の原因

外傷も急性縦隔炎を引き起こす大きな要因となります。特に、胸部や頸部の損傷は縦隔に直接的な影響を与える恐れがあります。

外傷の種類リスク
鈍的外傷組織の挫傷や出血
穿通性外傷異物の混入や感染

交通事故や転落事故などの高エネルギー外傷は、縦隔の構造を破壊し、そこに細菌が侵入するきっかけを作ります。さらに、異物が縦隔に刺入した場合、それ自体が感染源となることもあります。

医療処置に関連する原因

医療行為自体が急性縦隔炎のトリガーとなることがあります。特に、胸部や頸部の手術は縦隔に直接アプローチするため、リスクが高くなります。

  • 食道手術後の縫合不全
  • 気管支鏡検査後の穿孔
  • 心臓手術後の創部感染

これらの合併症は稀ではありますが、発生した際の影響は深刻です。医療従事者は常にこのリスクを念頭に置き、細心の注意を払う必要があります。

内因性の原因

時として、体内の別の部位で発生した問題が縦隔炎につながることがあります。これらの内因性の原因は、しばしば診断が難しく、見逃されやすい傾向にあります。

原因メカニズム
食道穿孔内容物の漏出による感染
縦隔リンパ節炎炎症の直接波及

例えば、強い嘔吐による食道損傷(ブートン症候群)は、胃酸や食物残渣が縦隔に漏出し、重篤な炎症を引き起こす可能性があります。

また、結核などによる縦隔リンパ節の炎症が周囲に波及することも、急性縦隔炎の原因となり得ます。

免疫機能低下と基礎疾患

免疫機能の低下は、急性縦隔炎の発症リスクを高める要因の一つです。様々な基礎疾患や状態が、体の防御機能を弱め、感染に対する脆弱性を増大させます。

  • HIV/AIDS
  • 糖尿病
  • 長期のステロイド使用
  • 化学療法中のがん患者

これらの状態にある患者さんは、通常なら問題にならない程度の細菌侵入でも、重篤な縦隔炎を発症する可能性があります。医療者は、このような高リスク群の患者に対して、特に注意深い観察と迅速な対応が必要不可欠です。

診察と診断

急性縦隔炎(きゅうせいじゅうかくえん)の診察と診断は、迅速性と正確性が求められる挑戦的なプロセスです。医師は患者の症状、既往歴、身体所見、そして各種検査結果を総合的に評価し、早期に確定診断を下す必要があります。

この過程は患者の生命予後を左右する重要な段階であり、専門的な知識と経験が不可欠です。

初期評価と問診

急性縦隔炎の診断はまず、詳細な問診から始まります。医師は患者の訴えを注意深く聞き取り、症状の発症時期や進行の速度、関連する既往歴などを把握します。

問診項目着目点
主訴胸痛、呼吸困難、発熱など
発症時期急性か慢性か
既往歴最近の手術や処置

特に、最近の胸部手術や歯科処置、外傷の有無は診断の重要な手がかりとなります。

  • 嚥下時の痛みや違和感
  • 呼吸や体動による症状の変化
  • 発熱の経過と程度

これらの情報は、縦隔炎の可能性を示唆する貴重な手がかりとなり、次の診察ステップへの指針となります。

身体診察

問診に続いて、医師は綿密な身体診察を行います。急性縦隔炎の身体所見は多岐にわたり、時に他の疾患と紛らわしいことがあります。

診察部位注目すべき所見
胸部圧痛、呼吸音の変化
頸部腫脹、静脈怒張
全身発熱、頻脈、発汗

特に、ハマン徴候(心拍に一致した胸壁の捻髪音)や頸部の皮下気腫は、食道穿孔による縦隔炎を強く疑わせる所見です。

医師は、これらの身体所見を総合的に評価し、急性縦隔炎の可能性を判断します。しかし、身体診察だけでは確定診断には至らず、さらなる検査が必要となります。

画像診断

急性縦隔炎の診断において、画像検査は極めて大切な役割を果たします。様々な画像モダリティが用いられますが、それぞれに特徴があります。

  • 胸部X線:初期スクリーニングとして使用
  • CT:縦隔の詳細な評価に最適
  • MRI:軟部組織の炎症や浮腫の評価に有用

中でも、造影CTは縦隔炎の診断に最も有用とされています。CTは縦隔の拡大、気腫、液体貯留などの特徴的な所見を明瞭に描出し、炎症の範囲や重症度の評価を可能にします。

CT所見意義
縦隔拡大炎症による浮腫を示唆
脂肪織濃度上昇炎症の波及を示す
液体貯留膿瘍形成の可能性

これらの画像所見は、急性縦隔炎の診断をより確実なものとし、治療方針の決定に重要な情報を提供します。

血液検査と培養

急性縦隔炎の診断過程において、血液検査は炎症の程度や原因菌の特定に役立ちます。一般的に行われる検査には以下のようなものがあります。

  • 白血球数と CRP:炎症の程度を反映
  • 血液培養:原因菌の同定に重要
  • 凝固系検査:敗血症の合併評価

これらの検査結果は、縦隔炎の重症度評価や適切な抗生剤選択の指標となります。ただし、血液検査の結果が出るまでには時間がかかるため、臨床症状や画像所見と合わせて総合的に判断することが求められます。

画像所見

急性縦隔炎(きゅうせいじゅうかくえん)の画像所見は、疾患の早期発見と正確な診断において極めて重要な役割を果たします。

胸部X線、CT、MRIなど、各種画像検査はそれぞれ特徴的な所見を示し、医師に貴重な情報を提供します。

胸部X線所見

胸部X線検査は、急性縦隔炎の初期スクリーニングとして広く用いられます。この検査は迅速性と簡便性に優れており、縦隔の異常を大まかに捉えることができます。

所見意味
縦隔陰影拡大炎症による浮腫や液体貯留
気管偏位片側性の縦隔拡大
肺野透過性低下随伴する肺炎や胸水

しかし、胸部X線では早期の軽微な変化を捉えきれないこともあり、その限界を認識しておく必要があります。

  • 縦隔気腫(縦隔内の空気像)
  • 胸水貯留
  • 心陰影の拡大

これらの所見が認められた際は、より詳細な検査へと進むきっかけとなります。

Case courtesy of Craig Hacking, Radiopaedia.org. From the case rID: 39342

所見:上縦隔の拡大あり、同部の縦隔炎・膿瘍形成として合致する所見である。

CT所見

CTは急性縦隔炎の診断において最も有用な画像検査とされています。特に造影CTは、縦隔の詳細な構造や炎症の範囲を明瞭に描出し、診断の確実性を高めます。

CT所見臨床的意義
縦隔脂肪織濃度上昇炎症の波及
液体貯留膿瘍形成の可能性
気腫性変化感染源の特定に有用

CTでは、縦隔の解剖学的構造を詳細に観察できるため、炎症の原因や進展範囲を正確に評価できます。

  • 縦隔組織の肥厚や濃度上昇
  • 周囲臓器への炎症波及
  • 血管や気管の圧排所見

これらの所見は、急性縦隔炎の重症度評価や治療方針の決定に直接的に影響を与えます。

Case courtesy of David Clemo Steel, Radiopaedia.org. From the case rID: 47785

所見:前~中縦隔に低吸収域・気腫が目立ち、縦隔炎を疑う所見である。

MRI所見

MRIは、軟部組織のコントラスト分解能に優れており、急性縦隔炎の評価に補助的に用いられることがあります。特に、T2強調画像やSTIR(短時間反転回復)シーケンスは、炎症や浮腫の検出に有用です。

MRIシーケンス特徴的所見
T1強調画像解剖学的構造の評価
T2強調画像浮腫や液体貯留の検出
造影T1強調画像膿瘍や活動性炎症の評価

MRIは放射線被曝がないという利点がありますが、撮影時間が長く、緊急時の使用には制限があります。

Akman, C et al. “Imaging in mediastinitis: a systematic review based on aetiology.” Clinical radiology vol. 59,7 (2004): 573-85.

所見:(c)、(d) 脂肪抑制T2強調像では、皮下軟部組織と縦隔上部脂肪面に高強度信号が認められる。縦隔炎として説明可能な所見である(白矢印)。

超音波検査所見

超音波検査は、ベッドサイドで迅速に実施できる利点があり、特に頸部から上縦隔の評価に有用です。熟練した検査者であれば、以下のような所見を捉えることができます。

  • 縦隔組織の肥厚や低エコー領域
  • 液体貯留を示す無エコー領域
  • カラードプラによる血流評価

超音波検査は、CTやMRIと比べて空間分解能は劣りますが、リアルタイムで動的な評価ができる点が特徴であり、簡便にフォローする方法としても報告があります。

Lira, Joana et al. “Descending Mediastinitis in a Child: Diagnostic Challenges and a Different Treatment Approach.” Clinics and practice vol. 11,3 505-508. 9 Aug. 2021,

所見:縦隔炎病変が低~高エコー域として認められる。

核医学検査所見

核医学検査、特にガリウムシンチグラフィーや18F-FDG PET/CTは、全身の炎症巣を評価する上で有用です。

これらの検査は、急性縦隔炎の診断というよりも、原因不明の発熱や炎症の精査に用いられることが多いです。

核医学検査特徴
ガリウムシンチ感度が高い
FDG-PET/CT空間分解能に優れる

これらの検査は、炎症巣の局在や活動性を評価する上で重要な情報を提供しますが、特異度が低いという限界があります。

Al-Suqri, Badriya, and Naima Al-Bulushi. “Gallium-67 Scintigraphy in the Era of Positron Emission Tomography and Computed Tomography: Tertiary centre experience.” Sultan Qaboos University medical journal vol. 15,3 (2015): e338-43.

所見:縦隔・心周囲に集積亢進が認められ、炎症が疑われる。

治療方法と薬、治癒までの期間

急性縦隔炎(きゅうせいじゅうかくえん)の治療は、迅速かつ積極的なアプローチが不可欠です。主に抗生物質療法と外科的介入を軸とし、患者の状態に応じて集中治療管理が行われます。

治癒までの期間は個々の症例により大きく異なりますが、通常数週間から数ヶ月を要します。早期発見と適切な治療開始が、予後改善の鍵となります。

抗生物質療法

急性縦隔炎の初期治療において、広域スペクトラムの抗生物質投与が重要な役割を果たします。感染源が特定される前の経験的治療では、複数の抗生物質を組み合わせて使用することが一般的です。

抗生物質対象微生物
カルバペネム系グラム陽性菌・陰性菌
バンコマイシンMRSA
クリンダマイシン嫌気性菌

これらの抗生物質は、通常、静脈内投与で開始されます。

  • 高用量で開始し、症状改善に応じて調整
  • 培養結果に基づき、適宜抗生物質を変更

抗生物質療法は、通常4〜6週間継続されますが、患者の反応や感染の重症度によっては、さらに長期間の投与が必要となる場合もあります。

外科的介入

多くの急性縦隔炎症例では、外科的介入が必要不可欠です。特に、膿瘍形成や組織壊死が認められる際には、緊急手術が行われます。

手術方法適応
縦隔ドレナージ膿瘍排膿
デブリードマン壊死組織除去
開胸手術広範囲の感染制御

外科的介入の主な目的は、感染源の除去と適切なドレナージの確保です。

  • 感染組織の徹底的な除去
  • 洗浄と抗生物質の局所投与
  • 必要に応じて開放創管理

手術後も、創部の定期的な洗浄や抗生物質投与が継続されます。

集中治療管理

重症の急性縦隔炎患者は、集中治療室(ICU)での管理が必要となります。全身状態の安定化と合併症予防が主な目標です。

  • 呼吸管理(必要に応じて人工呼吸器使用)
  • 循環管理(輸液療法、昇圧剤使用)
  • 栄養管理(経管栄養や中心静脈栄養)

これらの支持療法は、患者の回復を促進し、治療効果を最大化するために重要です。

補助療法

急性縦隔炎の治療過程では、様々な補助療法も併用されます。これらは主治療の効果を高め、患者の快適性を向上させる役割を果たします。

補助療法目的
疼痛管理患者の苦痛軽減
理学療法肺機能維持・改善
栄養サポート免疫機能強化

特に、適切な栄養管理は治癒過程を促進する上で大切です。また、早期からのリハビリテーションは、長期的な予後改善に寄与します。

治癒までの期間と経過観察

急性縦隔炎の治癒までの期間は、感染の重症度や患者の全身状態、合併症の有無などによって大きく異なります。一般的には、以下のような経過をたどります。

  • 急性期(1〜2週間):集中治療と抗生物質療法
  • 回復期(2〜4週間):全身状態の改善と創傷治癒
  • リハビリ期(1〜3ヶ月):日常生活への復帰準備

多くの場合、入院期間は4〜6週間程度ですが、合併症や再発のリスクを考慮し、退院後も定期的な外来フォローアップが必要不可欠です。

治癒の判定には、臨床症状の改善、炎症マーカーの正常化、画像所見の改善などが総合的に評価されます。

完全な回復までには数ヶ月を要することもあり、患者の忍耐と医療チームの継続的なサポートが重要となります。

知っておくべき副作用とリスク

急性縦隔炎(きゅうせいじゅうかくえん)の治療は、患者の生命を救う一方で、様々な副作用やリスクを伴います。

抗生物質療法、外科的介入、集中治療管理のそれぞれに特有の問題があり、これらは患者の回復過程や長期的な健康状態に影響を及ぼす可能性があります。

これらのリスクを理解し、適切に対処することが、治療の成功と患者のQOL維持に重要です。

抗生物質療法に関連する副作用

長期間の高用量抗生物質投与は、様々な副作用をもたらす恐れがあります。これらの副作用は、時に治療の継続を困難にし、患者の回復を遅らせることがあります。

副作用影響
消化器症状下痢、悪心、嘔吐
肝機能障害肝酵素上昇、黄疸
腎機能障害腎不全のリスク増加

特に注意すべきは、抗生物質関連下痢症(AAD)や偽膜性大腸炎などの重篤な合併症です。

  • 腸内細菌叢の乱れによる消化器症状
  • 薬剤耐性菌の出現リスク
  • アレルギー反応(薬疹、アナフィラキシーなど)

これらの副作用は、患者の栄養状態や全身状態を悪化させ、回復を遅らせる要因となり得ます。

外科的介入に伴うリスク

急性縦隔炎の外科的治療は、時に大規模で侵襲的な手術を必要とします。これらの手術には、一般的な手術リスクに加え、特有の合併症リスクが存在します。

合併症詳細
出血大血管損傷のリスク
感染術後創部感染、敗血症
臓器損傷心臓、肺、食道への影響

手術の規模や患者の全身状態によっては、以下のようなリスクも考慮する必要があります。

  • 麻酔関連合併症(呼吸抑制、循環不全など)
  • 術後の慢性疼痛
  • 胸郭変形や運動制限

これらの合併症は、患者の長期的なQOLに大きな影響を及ぼす可能性があります。

集中治療に関連するリスク

重症の急性縦隔炎患者は、長期間の集中治療室(ICU)管理を必要とすることがあります。この間、様々な医療デバイスや処置が必要となり、それぞれにリスクが伴います。

処置関連リスク
人工呼吸器管理人工呼吸器関連肺炎
中心静脈カテーテルカテーテル関連血流感染
長期臥床褥瘡、深部静脈血栓症

また、長期のICU滞在は以下のような問題も引き起こす可能性があります。

  • ICU-acquired weakness(ICU獲得性筋力低下)
  • せん妄や認知機能障害
  • PTSD(心的外傷後ストレス障害)

これらの問題は、患者の回復過程を著しく遅らせ、退院後の生活にも大きな影響を与える可能性があります。

栄養管理に関連する問題

急性縦隔炎の患者は、長期間の経管栄養や中心静脈栄養を必要とすることがあります。これらの栄養管理法には、独自のリスクが存在します。

  • 経管栄養:誤嚥性肺炎、下痢、電解質異常
  • 中心静脈栄養:カテーテル関連感染、肝機能障害

適切な栄養管理は回復に不可欠ですが、これらのリスクを最小限に抑えるための慎重な管理が必要となります。

長期的な影響と社会心理的問題

急性縦隔炎の治療は、患者に長期的な影響を及ぼす可能性があります。身体的な問題だけでなく、心理的、社会的な面でも様々な課題が生じることがあります。

  • 慢性疼痛症候群
  • 呼吸機能の永続的な低下
  • うつ病や不安障害の発症リスク

これらの問題は、患者の社会復帰や生活の質に大きな影響を与える可能性があり、長期的なフォローアップと支援が重要となります。

再発の可能性と予防の仕方

急性縦隔炎(きゅうせいじゅうかくえん)は、適切な治療を受けた後でも再発のリスクが存在する深刻な疾患です。再発率は比較的低いものの、一度罹患した患者さんにとっては常に懸念事項となります。

予防には、原因となる要因の管理や生活習慣の改善が重要です。医療チームと患者さんが協力して、再発リスクを最小限に抑える努力を続けることが、長期的な健康維持につながります。

再発のリスク評価

急性縦隔炎の再発リスクは、初回発症の原因や患者さんの基礎疾患によって大きく異なります。医療チームは、個々の患者さんの状況を詳細に評価し、再発リスクを判断します。

リスク因子影響度
免疫不全高い
慢性疾患中程度
初回治療の不完全さ非常に高い

これらの要因を総合的に判断し、再発リスクの高い患者さんには特に注意深いフォローアップが必要となります。

  • 定期的な画像検査によるモニタリング
  • 血液検査による炎症マーカーのチェック
  • 症状の詳細な問診と身体診察

医療チームは、これらの情報を基に再発の兆候を早期に捉え、迅速な対応を心がけます。

生活習慣の改善

急性縦隔炎の再発予防には、患者さん自身による生活習慣の改善が大切です。特に、免疫機能を高め、全身の健康状態を維持することが重要となります。

  • バランスの取れた食事と適度な運動
  • 十分な睡眠と休養
  • ストレス管理と精神的健康の維持

これらの生活習慣改善は、単に急性縦隔炎の再発予防だけでなく、全身の健康増進にもつながります。

感染予防対策

急性縦隔炎の再発を防ぐ上で、感染予防は最も重要な要素の一つです。特に、上気道感染や歯科感染などが縦隔炎の引き金となる可能性があるため、これらの予防に注力する必要があります。

予防対策具体的な方法
手洗い・うがい頻繁に実施
マスク着用公共の場で
歯科ケア定期的な受診と日々のケア

また、季節性インフルエンザなどのワクチン接種も、上気道感染予防の観点から推奨されます。

基礎疾患の管理

多くの場合、急性縦隔炎の再発リスクは患者さんの基礎疾患と密接に関連しています。これらの疾患を適切に管理することが、再発予防の鍵となります。

  • 糖尿病:血糖コントロールの徹底
  • 高血圧:適切な降圧療法
  • 自己免疫疾患:免疫抑制剤の適切な使用

基礎疾患の管理は、担当医との密接な連携のもと、長期的な視点で取り組む必要があります。

環境因子の制御

急性縦隔炎の再発リスクを低減するには、患者さんを取り巻く環境因子にも注意を払う必要があります。特に、職業環境や生活環境に潜在的なリスクがないか、慎重に評価することが大切です。

環境因子対策
粉塵曝露防護具の使用
喫煙完全な禁煙
湿度管理適切な室内環境維持

これらの環境因子を適切に管理することで、呼吸器系全体の健康を維持し、急性縦隔炎の再発リスクを低減することができます。

急性縦隔炎の治療費

急性縦隔炎の治療費は、その重症度と入院期間によって大きく変動しますが、一般的に高額になる傾向があります。

検査項目概算費用
胸部CT14,700円~20,700円
血液培養2,200円 × 2セット = 4,400円

入院費と処置費

急性縦隔炎の治療には長期入院が必要で、1日あたりの入院基本料は約5,000〜10,000円です。

詳しく述べると、日本の入院費計算方法は、DPC(診断群分類包括評価)システムを使用しています。
DPCシステムは、病名や治療内容に基づいて入院費を計算する方法です。以前の「出来高」方式と異なり、多くの診療行為が1日あたりの定額に含まれます。

主な特徴:

  1. 約1,400の診断群に分類
  2. 1日あたりの定額制
  3. 一部の治療は従来通りの出来高計算

表:DPC計算に含まれる項目と出来高計算項目

DPC(1日あたりの定額に含まれる項目)出来高計算項目
投薬手術
注射リハビリ
検査特定の処置
画像診断(投薬、検査、画像診断、処置等でも、一部出来高計算されるものがあります。)
入院基本料

計算式は下記の通りです。
「1日あたりの金額」×「入院日数」×「医療機関別係数※」+「出来高計算分」

例えば、14日間入院とした場合は下記の通りとなります。

DPC名: 肺・縦隔の感染、膿瘍形成 手術あり 手術処置等2なし
日数: 14
医療機関別係数: 0.0948 (例:神戸大学医学部附属病院)
入院費: ¥459,710 +出来高計算分

保険適用となると1割~3割の自己負担であり、高額医療制度の対象となるため、実際の自己負担はもっと安くなります。
なお、上記値段は2024年6月時点のものであり、最新の値段を適宜ご確認ください。

手術費用

緊急手術が必要な場合、手術料は数十万円になることがあります。

手術内容概算費用
縦隔ドレナージ縦隔切開術 経胸腔によるもの、経腹によるもの 200,500円
膿瘍切開約食道周囲膿瘍切開誘導術 開胸手術 282,100円

以上

参考にした論文