「いつものアレルギー性鼻炎」だと思って鼻の薬を飲んでいるのに、なぜか咳だけが止まらない。そんな経験はありませんか。

そのしつこい咳は単なる鼻炎の症状ではなく、気道の奥深くで起きている炎症、つまり「喘息」の始まりを告げる危険なサインかもしれません。

鼻と気管支は一つのつながった気道であり、片方の不調はもう片方に大きく影響します。

この記事ではアレルギー性鼻炎から喘息へと移行する際に見られる症状や、鼻と気管支を同時に治療する重要性について、呼吸器内科の視点から詳しく解説します。

「鼻炎と咳」見過ごされがちな危険な関係

アレルギー性鼻炎と咳は多くの人が別々の問題として捉えがちですが、実は体の内部では深くつながっています。この関係性を理解することが、根本的な治療への第一歩です。

なぜ鼻炎で咳が出るのか

アレルギー性鼻炎で咳が出る主な原因は、鼻で過剰に作られた鼻水が喉に流れ落ちる「後鼻漏(こうびろう)」と、鼻づまりによる「口呼吸」です。

後鼻漏は喉を直接刺激して咳を引き起こし、口呼吸は冷たく乾燥した空気を気管支に送り込むことで炎症を悪化させます。

これらは鼻の問題が直接的に咳を生み出す分かりやすい例です。

鼻と気管支は一本の道でつながっている

私たちの呼吸器は鼻から始まり、気管、気管支、そして肺へと続く一本の管です。解剖学的に上気道(鼻や喉)と下気道(気管支や肺)に分けられますが、これらは分断されているわけではありません。

そのため、上気道である鼻で起きたアレルギー性の炎症は、容易に下気道である気管支へと波及します。

「ワンエアウェイ・ワンディジーズ」の重要性

この鼻から気管支までを一つの連続した気道(One Airway)と捉え、そこで起こるアレルギー性鼻炎や喘息を一つの病気(One Disease)として包括的に考えるのが「ワンエアウェイ・ワンディジーズ」という概念です。

アレルギー性鼻炎を患っている人は喘息を発症しやすく、逆に喘息患者さんの多くが鼻炎を合併している事実は、この考え方を強く裏付けています。

鼻炎と喘息の密接な関係

項目アレルギー性鼻炎気管支喘息
主な炎症の場所鼻の粘膜(上気道)気管支の粘膜(下気道)
共通の原因ダニ、花粉などのアレルゲンによるアレルギー反応
相互の影響鼻炎の悪化は喘息のリスクを高める喘息の治療で鼻炎が改善することもある

その咳、鼻炎だけが原因?チェックすべき症状

アレルギー性鼻炎に伴う咳が長引く場合、それが単なる後鼻漏によるものなのか、あるいは喘息へと移行しつつあるサインなのかを見極めることが重要です。

後鼻漏(こうびろう)が引き起こす咳

後鼻漏による咳は喉のイガイガ感や痰が絡むような感覚を伴うことが多く、頻繁な咳払いの原因になります。特に横になる就寝時や朝起きた時に症状が出やすいのが特徴です。

鼻炎の治療で鼻水が減ると、咳も改善する傾向があります。

咳喘息(せきぜんそく)への移行サイン

一方、咳喘息は気管支そのものに炎症が及んでいる状態です。「コンコン」という乾いた咳が特徴で、一度出始めると止まらなくなるような発作性の咳が見られます。

後鼻漏の咳とは異なり、冷たい空気や会話、運動などが引き金になります。これは、気道が過敏になっている証拠です。

後鼻漏と咳喘息のセルフチェック

チェック項目後鼻漏の咳咳喘息の咳
咳の性質湿った咳、痰が絡む感じ乾いた咳、発作的
主な症状喉の違和感、咳払い激しい咳き込み
悪化する状況就寝時、起床時寒暖差、会話、運動時

典型的な気管支喘息の症状

咳喘息がさらに進行すると典型的な気管支喘息へと移行します。

気管支喘息では咳に加えて以下のような症状が現れます。これらの症状があれば、間違いなく喘息の状態です。

  • 喘鳴(ぜんめい):息をするとゼーゼー、ヒューヒューと音がする
  • 呼吸困難:息が吐き出しにくい、息苦しい
  • 胸部圧迫感:胸が締め付けられるような感じがする

鼻炎から喘息へ 悪化のサインを見逃さないで

鼻炎に伴う咳が、より深刻な喘息へと進行する際にはいくつかの特徴的なサインが現れます。これらの変化に早期に気づくことが大切です。

咳の性質の変化に注意する

はじめは痰が絡むような咳だったのが、次第に空咳(からぜき)に変わってきた、あるいは咳の音が変わってきた、という場合は注意が必要です。

また、一度咳き込むと顔が赤くなるほど激しく続くようになったら、気管支の炎症が強まっている可能性があります。

咳が悪化する時間帯や状況

夜中や明け方に咳で目が覚めることが増えてきたら喘息の典型的な症状です。

また、以前は平気だったはずのエアコンの風や少しの運動、笑っただけで咳が誘発されるようになった場合も、気道が過敏になっているサインと考えられます。

喘息への移行を示す危険信号

分類具体的な症状・状況
咳の変化乾いた咳に変わる、咳が激しくなる
時間帯の変化夜間や早朝に咳で目覚める
新たな症状息苦しさ、胸の違和感、喘鳴が出現する

息苦しさや胸の違和感は危険信号

咳だけでなく、少し動いただけでも息が切れる、胸が重苦しい感じがするといった症状は、気道が狭くなっていることを示唆します。

これらの症状は咳喘息から気管支喘息へと移行している可能性を示す、より深刻なサインです。

このような症状を感じたら、迷わず呼吸器内科を受診してください。

なぜ鼻と気管支の「同時治療」が重要なのか

アレルギー性鼻炎と喘息を合併している場合、片方だけの治療では根本的な解決には至りません。

両方の臓器を同時に治療することが症状をコントロールする上で極めて重要です。

鼻の治療だけでは不十分な理由

たとえ咳の原因が後鼻漏だけであったとしても、その背景には鼻のアレルギー性炎症があります。この炎症は気管支の炎症を引き起こす火種となり得ます。

逆に気管支に喘息性の炎症が起きてしまっている場合、いくら鼻の薬を使っても気管支の炎症は治まりません。このため、咳が改善しないのです。

炎症の連鎖を断ち切る治療戦略

治療の目標はアレルギーによって引き起こされる「炎症の連鎖」を断ち切ることです。

鼻の炎症を抑えることで気管支への悪影響を防ぎ、同時に気管支の炎症を抑えることで気道全体の過敏性を改善します。

この両面からのアプローチが症状の根本的なコントロールにつながります。

呼吸器内科と耳鼻咽喉科の連携

理想的な治療は呼吸器と鼻の両方を専門とする医師が総合的に診ることです。

呼吸器内科では喘息の診断・治療を専門としながら、合併するアレルギー性鼻炎の管理も行います。

症状によっては耳鼻咽喉科と協力し、それぞれの専門性を生かした治療計画を立てることもあります。

各科の専門領域

診療科主な専門領域
呼吸器内科気管支喘息、咳喘息、COPDなど下気道の病気
耳鼻咽喉科アレルギー性鼻炎、副鼻腔炎など上気道の病気

呼吸器内科で行う専門的な診断と検査

長引く咳の原因が鼻炎だけなのか、喘息が隠れているのかを正確に診断するために、呼吸器内科では専門的な検査を行います。

咳の原因を突き止める詳細な問診

いつから咳が出ているか、どんな咳か、鼻の症状との関連、悪化する状況、アレルギー歴や家族歴など詳しくお話を伺います。

これらの情報は診断の方向性を決める上で非常に重要です。

アレルギーの原因物質を特定する検..

血液検査で何がアレルギーの原因(アレルゲン)になっているかを調べます。原因が分かれば、日常生活での対策も立てやすくなります。

  • ハウスダスト、ダニ
  • スギ、ヒノキなどの花粉
  • 犬、猫などのペット
  • カビ(真菌類)

気道の炎症と機能を確認する検査

喘息の診断に特に重要なのが、気道の状態を客観的に評価する検査です。

これらの検査により、咳の原因が気管支にあるのか、どの程度の炎症が起きているのかを判断します。

気道の状態を調べる主な検査

検査名わかること
呼気NO検査気道のアレルギー性炎症の強さ
呼吸機能検査気道が狭くなっていないか(空気の通りやすさ)
胸部X線検査肺炎や肺がんなど、他の病気がないか

鼻炎と喘息の同時治療 具体的な方法

診断の結果、アレルギー性鼻炎と喘息(または咳喘息)の合併が確認された場合、両方に作用する治療を開始します。

炎症を抑える吸入ステロイド薬

治療の主役は気管支の炎症を直接抑える吸入ステロイド薬です。毎日使用することで咳の原因となる気道の過敏性を根本から改善します。

症状が良くなっても自己判断でやめず、継続することが再発防止の鍵です。

鼻と気道の両方に効く飲み薬

ロイコトリエン受容体拮抗薬という種類の飲み薬は、アレルギー反応に関わる物質の働きを抑えることで鼻と気管支の両方の炎症に効果を示します。

特にアレルギー性鼻炎を合併した喘息の患者さんに有効です。

同時治療で用いる主な薬剤

薬剤主な作用場所役割
吸入ステロイド薬気管支喘息の根本原因である炎症を抑える
ロイコトリエン拮抗薬鼻・気管支アレルギー反応を抑え、両方の症状を緩和する
鼻噴霧用ステロイド薬鼻の強い炎症や鼻づまりを改善する

体質改善を目指すアレルゲン免疫療法

薬で症状を抑える対症療法に加え、アレルギー体質そのものに働きかける根本的な治療法として、アレルゲン免疫療法があります。

原因アレルゲンを少量ずつ投与して体を慣らすことでアレルギー反応を弱めることを目指します。スギ花粉やダニが原因の場合に良い適応となります。

よくある質問

最後に、アレルギー性鼻炎と咳、喘息の関係について患者さんからよくいただく質問にお答えします。

Q
鼻の症状は軽いのに咳だけひどいのはなぜ?
A

自覚的な鼻の症状が軽くても、喉の奥では鼻水が流れ落ちる「後鼻漏」が起きていることや、すでに気管支に「咳喘息」の炎症が広がっていることがあります。

咳は鼻炎の症状の強さとは必ずしも比例しません。咳が長引くこと自体が専門的な診察が必要なサインです。

Q
市販の鼻炎薬で咳も治りますか?
A

市販の鼻炎薬は、一時的に鼻水を抑えることで後鼻漏による咳を軽くする可能性はありますが、気管支の炎症を治す効果はありません。

咳喘息にまで進行している場合、市販薬では効果がなく、咳は改善しません。

咳が続く場合は呼吸器内科の受診を検討してください。

Q
喘息になったら一生治らないのですか?
A

喘息は体質が関わる慢性的な病気であり、「完治」は難しいとされています。

しかし、適切な治療を継続することで、症状が全くない健康な人と変わらない生活を送る「寛解」という状態を維持することは十分に可能です。

治療の目標は、病気を忘れて毎日を快適に過ごせるようになることです。

Q
どのタイミングで呼吸器内科を受診すべきですか?
A

「鼻炎の薬を飲んでも咳が2〜3週間以上続く」「夜間や早朝に咳で目が覚める」「息苦しさやゼーゼーする感じがある」といった場合は喘息の可能性を考えて、できるだけ早く呼吸器内科を受診してください。

早期に治療を開始することが、悪化を防ぐ上で最も重要です。

以上

参考にした論文

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