「コンコン」という痰の絡まない乾いた咳が何週間も続いている。風邪は治ったはずなのに、咳だけがしつこく残っている。そんな経験はありませんか?
多くの人が咳を「風邪の症状」と軽く考えがちですが、長引く空咳は気管支喘息や咳喘息など、アレルギーが関係する呼吸器の病気のサインかもしれません。
この記事では空咳と痰の絡む咳の違いから、長引く空咳の背後に隠れている可能性のある病気、特に気管支喘息との関係について、呼吸器内科の視点から詳しく解説します。
空咳と湿性咳嗽の違いと見分け方
咳はその性質によって大きく2種類に分けられます。「空咳(からぜき)」と「湿性咳嗽(しっせいがいそう)」です。
咳の原因を探る上で、この違いを理解することはとても重要です。
痰を伴わない「コンコン」という空咳
空咳は「乾性咳嗽(かんせいがいそう)」とも呼ばれ、その名の通り痰を伴わない乾いた咳です。音としては「コンコン」「ケンケン」といった特徴があります。
気道に痰などの異物がない状態で気道の粘膜が炎症を起こしたり、過敏になったりすることで生じます。
痰が絡む「ゴホゴホ」という湿性咳嗽
湿性咳嗽は気道から分泌された痰を体の外に排出するために起こる咳です。「ゴホゴホ」「ゼロゼロ」といった湿った音が特徴で、気道の浄化作用という重要な役割を担っています。
風邪や気管支炎など、感染症の際によく見られます。
なぜ咳の種類が診断で重要なのか
咳の種類は、その原因となっている病気を推測するための重要な手がかりとなります。例えば、湿性咳嗽は感染症を、長引く空咳はアレルギー性の病気や咳喘息などを疑うきっかけになります。
自分の咳がどちらのタイプかを意識することで、医師に症状をより正確に伝えることができます。
空咳と湿性咳嗽の主な違い
項目 | 空咳(乾性咳嗽) | 湿性咳嗽 |
---|---|---|
音の特徴 | コンコン、ケンケン | ゴホゴホ、ゼロゼロ |
痰の有無 | ない、または少量 | ある |
主な原因 | 気道の炎症・過敏、アレルギー | 気道内の分泌物(痰)の排出 |
長引く空咳の主な原因
数週間以上続く咳は「慢性咳嗽」と呼ばれます。特に空咳が続く場合、単なる風邪の治りかけではなく、他の原因を考える必要があります。
感染後咳嗽(風邪の後に続く咳)
風邪などの呼吸器感染症の後、ウイルスはいなくなっても気道の炎症や過敏な状態だけが残ってしまい、咳が3〜8週間程度続くことがあります。
これは「感染後咳嗽」と呼ばれ、自然に治ることが多いですが、症状が強い場合は治療が必要です。
咳喘息やアトピー咳嗽
「ゼーゼー、ヒューヒュー」という喘鳴(ぜんめい)や呼吸困難がなく、空咳だけが唯一の症状として長期間続く病気です。
咳喘息は気管支喘息の前段階と考えられており、アトピー咳嗽はアレルギー体質の人に見られる喉のイガイガ感を伴う咳です。
どちらもアレルギーが深く関与しています。
アレルギー性鼻炎や副鼻腔炎(後鼻漏)
アレルギー性鼻炎や副鼻腔炎(蓄膿症)があると、鼻水が喉の奥に垂れ込む「後鼻漏(こうびろう)」という状態になることがあります。
この垂れ込んだ鼻水が喉を刺激し、咳の原因となります。特に横になると咳が悪化する傾向があります。
長引く空咳の主な原因疾患
原因疾患 | 咳以外の特徴 | 悪化する状況 |
---|---|---|
咳喘息 | 喘鳴や呼吸困難はない | 夜間、早朝、会話時、寒暖差 |
アトピー咳嗽 | 喉のイガイガ感、かゆみ | 夜間、エアコンの風 |
後鼻漏 | 鼻水、鼻づまり、痰が絡む感覚 | 仰向けになった時 |
胃食道逆流症(GERD)
胃酸が食道に逆流することで食道や喉の粘膜が刺激され、咳が出ることがあります。
胸やけや酸っぱいものが上がってくる感じ(呑酸)といった症状を伴うことが多いですが、咳だけのこともあります。
空咳と「気管支喘息」の関係
長引く空咳を訴えて呼吸器内科を受診する方の中には、気管支喘息と診断されるケースが少なくありません。咳は気管支喘息の重要なサインの一つです。
咳だけが症状の「咳喘息」
咳喘息は典型的な気管支喘息のような喘鳴や呼吸困難はなく、空咳だけが8週間以上続く状態を指します。気道の炎症という点では気管支喘息と同じですが、気道の狭窄は軽度です。
しかし、咳喘息を放置すると約3割が本格的な気管支喘見に移行すると言われており、早期の適切な治療が重要です。
気管支喘息の咳の特徴
気管支喘息の咳も基本的には痰の少ない空咳です。咳喘息と同様に、夜間や早朝に悪化しやすい、会話や運動、冷たい空気の吸入などで誘発されやすい、といった特徴があります。
咳が続いた後に、「ゼーゼー、ヒューヒュー」という喘鳴や息苦しさが現れることもあります。
アレルギーが原因となる「アレルギー型」喘息
気管支喘息の原因として最も多いのがアレルギーです。ダニ、ハウスダスト、花粉などのアレルゲンを吸い込むことで気道にアレルギー性の炎症が起こり、咳や喘息発作を引き起こします。
このタイプは「アトピー型喘息」とも呼ばれ、アレルギー性鼻炎やアトピー性皮膚炎を合併している人に多く見られます。
咳喘息と気管支喘息の比較
項目 | 咳喘息 | 気管支喘息 |
---|---|---|
主な症状 | 空咳のみ | 咳、喘鳴、呼吸困難 |
気道の状態 | 炎症はあるが、狭窄は軽度 | 炎症と、発作性の狭窄 |
治療薬 | 吸入ステロイド薬、気管支拡張薬 | 吸入ステロイド薬、気管支拡張薬 |
放置は危険 空咳がサインとなるその他の病気
ほとんどの長引く空咳は、これまで述べてきたような病気が原因ですが、中には命に関わる重篤な病気が隠れている可能性もゼロではありません。
間質性肺炎
肺の壁(間質)が硬くなる病気で、進行すると肺が膨らみにくくなり、呼吸が困難になります。
痰を伴わない頑固な空咳と、体を動かした時の息切れ(労作時呼吸困難)が特徴的な症状です。
肺がん
肺がんの初期症状として、長引く空咳が現れることがあります。
特に喫煙歴のある方で咳の性質が変わったり、血痰が出たりした場合は、早急な検査が必要です。
特に注意が必要な咳のサイン
- 急に始まった、または悪化し続ける咳
- 血痰(血が混じった痰)
- 息切れ、胸の痛み、発熱、体重減少を伴う
百日咳
特徴的な激しい咳発作(レプリーゼ)が長く続く感染症です。大人の場合、典型的な症状が出にくく、単に長引く空咳として経過することがあります。
周囲への感染源となるため、注意が必要です。
薬の副作用
高血圧の治療薬の一部(ACE阻害薬)の副作用として、空咳が出ることがあります。薬を飲み始めてから数週間〜数ヶ月で現れることが多く、薬の中止によって改善します。
自己判断で中止せず、必ず処方した医師に相談してください。
空咳をきたす主な呼吸器疾患
疾患名 | 主な特徴 |
---|---|
間質性肺炎 | 乾いた咳、労作時の息切れ |
肺がん | 長引く咳、血痰、胸痛 |
結核 | 2週間以上続く咳、微熱、寝汗 |
呼吸器内科で行う検査と診断の流れ
3週間以上咳が続く場合は呼吸器内科の受診を検討してください。専門医が原因を正確に突き止め、適切な治療へと導きます。
詳細な問診と聴診
診断の第一歩は、患者様から詳しくお話を伺うことです。いつから咳が始まったか、どんな時に悪化するか、アレルギーの有無、喫煙歴、服用中の薬など、詳細な情報が原因を絞り込む上で重要です。
その後、聴診器で胸の音を聞き、異常な呼吸音がないかを確認します。
胸部レントゲン・CT検査
肺に異常な影がないかを確認するために、胸部レントゲン検査は必須です。この検査により、肺炎、肺がん、結核、間質性肺炎などの重篤な病気の可能性を調べます。
より詳しく調べる必要がある場合はCT検査を行います。
呼吸機能検査
スパイロメトリーという検査で息を吸ったり吐いたりする能力を測定し、気道が狭くなっていないかを評価します。
この検査は気管支喘息の診断や重症度の判定に役立ちます。
長引く咳の診断に必要な検査
検査名 | 目的 |
---|---|
胸部レントゲン | 肺や心臓の形に異常がないかを確認する |
呼吸機能検査 | 気道が狭くなっていないかを評価する |
血液検査 | アレルギーの有無や炎症反応を調べる |
原因アレルゲンの特定
アレルギーの関与が疑われる場合は血液検査で特定のアレルゲンに対するIgE抗体を測定し、何がアレルギーの原因となっているかを調べます。
この結果は、生活環境の改善指導にも役立ちます。
長引く空咳の治療とセルフケア
空咳の治療は原因となっている病気を正確に診断し、その病気に対して適切な治療を行うことが基本です。
原因疾患に対する治療
咳の原因が特定されれば、その治療を行います。
例えば、胃食道逆流症なら胃酸を抑える薬、後鼻漏なら鼻の治療、薬の副作用なら薬の変更を検討します。
原因別の主な治療法
原因 | 主な治療法 |
---|---|
咳喘息・気管支喘息 | 吸入ステロイド薬、気管支拡張薬 |
アトピー咳嗽 | 抗ヒスタミン薬、吸入ステロイド薬 |
胃食道逆流症 | 胃酸分泌抑制薬、生活習慣改善 |
咳喘息・気管支喘息の治療
咳喘息や気管支喘息の治療の基本は、気道の炎症を抑える「吸入ステロイド薬」です。
咳の症状を和らげるだけでなく、気道の状態を改善し、将来の本格的な喘息への移行を防ぐ効果も期待できます。
症状に応じて、気管支を広げる薬を併用することもあります。
日常生活でできるセルフケア
薬物療法と合わせて、日常生活で咳を悪化させる要因を避けることも大切です。
- こまめな水分補給で喉の乾燥を防ぐ
- 室内の加湿と換気を心がける
- アレルギーの原因となるハウスダストなどを除去する
- 禁煙し、受動喫煙も避ける
- バランスの取れた食事と十分な休養で免疫力を保つ
空咳に関するよくある質問
最後に、長引く空咳に関して患者様からよく寄せられる質問にお答えします。
- Q咳が続いたら何科を受診すべきですか?
- A
咳が3週間以上続く場合は、まずはお近くの内科、できれば呼吸器内科を受診することをお勧めします。呼吸器の専門医が咳の原因を正確に診断し、適切な治療を行います。
特に息苦しさや喘鳴を伴う場合は、早めに受診してください。
- Q市販の咳止め薬を飲み続けても大丈夫ですか?
- A
市販の咳止め薬は、一時的に咳を和らげる効果はありますが、原因を治療するものではありません。安易に使い続けると、根本にある病気の診断が遅れてしまう可能性があります。
1週間程度使用しても改善しない場合は、服用を中止して医療機関を受診してください。
受診を推奨する期間の目安
咳の期間 分類 対応 3週間未満 急性咳嗽 風邪などが多い。症状が強ければ受診。 3〜8週間 遷延性咳嗽 感染後咳嗽など。一度受診を検討。 8週間以上 慢性咳嗽 専門医(呼吸器内科)の受診を強く推奨。
- Q空咳と新型コロナウイルス感染症の関係は?
- A
新型コロナウイルス感染症の症状としても空咳は報告されていますが、発熱や倦怠感、味覚・嗅覚障害などを伴うことが多いです。
また、感染後に咳だけが長く続く「後遺症」として見られることもあります。
咳が続くからといって自己判断はせず、心配な場合はかかりつけ医や地域の相談窓口に連絡してください。
以上
参考にした論文
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