ランニングやスポーツの最中、あるいは終わった直後に、激しい咳が止まらなくなったり、息苦しさを感じたりした経験はありませんか?

もしそのような症状が繰り返し起こる場合、それは「運動誘発喘息(EIA)」、通称「スポーツ喘息」かもしれません。

この記事では、運動後に咳が止まらない原因、運動誘発喘息の症状や診断、そして適切な予防法と対処法について、呼吸器内科の観点から詳しく解説します。

目次

運動後に咳が止まらない「運動誘発喘息」とは?

運動誘発喘息(Exercise-Induced Asthma: EIA)は、運動をきっかけとして一時的に気道が狭くなり、咳や息苦しさなどの喘息症状が現れる状態を指します。

「スポーツ喘息」とも呼ばれますが、トップアスリートだけでなく、普段運動習慣がない方やお子様にも起こり得ます。運動が引き金になるだけで、基本的な状態は気管支喘息と同じです。

運動誘発喘息(スポーツ喘息)の基本的な症状

最も一般的な症状は、運動中または運動を終えて数分後(通常5分から15分後)に現れる激しい咳です。咳は乾いた感じ(乾性咳嗽)であることが多く、一度出始めると止まりにくい特徴があります。

他にも、ゼーゼー・ヒューヒューという呼吸音(喘鳴)、息苦しさ、胸の圧迫感などを伴うことがあります。

どのような運動で起こりやすいか

運動誘発喘息は、長時間にわたり高い強度で呼吸を続ける運動で起こりやすい傾向があります。特に、冷たく乾燥した空気を大量に吸い込む冬のスポーツは注意が必要です。

症状を誘発しやすい運動の例

運動の種類特徴具体例
持続的な有酸素運動呼吸量が多く、持続時間が長い長距離ランニング、マラソン、サッカー
ウィンタースポーツ冷たく乾燥した空気を吸い込むスキー(クロスカントリー)、アイスホッケー
高強度の運動急激に呼吸量が増加するバスケットボール、ラグビー

通常の喘息との違い

気管支喘息の患者さんの多くは、運動によって症状が誘発される可能性があります。一方で、普段は全く症状がないのに、運動した時だけ症状が出る場合を特に「運動誘発喘息」と呼びます。

どちらも気道が過敏であるという点は共通していますが、症状が出るきっかけが運動に限定されているかどうかが一つの目安です。

子どもと大人での発症の違い

子どもは大人に比べて体力あたりの運動強度が高くなりがちで、屋外で遊ぶ機会も多いため、症状に気づかれやすい側面があります。

体育の授業や部活動で「運動後に咳き込む子」「すぐにバテてしまう子」として認識されている場合、背景に運動誘発喘息が隠れている可能性があります。

大人の場合は、運動習慣の変化(例えば、健康のためにランニングを始めたなど)をきっかけに症状を自覚することがあります。

なぜ運動すると咳が出るのか(運動誘発喘息の原因)

運動誘発喘息の根本には、気道が通常よりも敏感になっている「気道過敏性」という状態があります。

運動によって引き起こされる特定の変化が、この過敏な気道を刺激します。

気道の「過敏性」とは

気道過敏性とは、気道(空気の通り道)がわずかな刺激に対しても過剰に反応し、収縮(狭くなる)しやすい状態を指します。アレルギー体質(アトピー型)の方や、もともと喘息の素因がある方に多く見られます。

この状態の気道は、健康な人なら何ともない刺激(運動、冷気、ハウスダストなど)に対しても敏感に反応してしまいます。

冷たく乾燥した空気の影響

運動誘発喘息の大きな引き金の一つが、冷たく乾燥した空気です。通常、私たちが息を吸うと、鼻や口、気道で空気は温められ、湿気を与えられます。

しかし、運動中は呼吸が激しくなり、口呼吸が増えるため、冷たく乾いた空気が直接気道の奥まで届きやすくなります。

この空気が気道を冷やし、乾燥させることが強い刺激となり、気道の収縮を引き起こします。

空気の状態と気道への影響

空気の状態気道への影響症状の出やすさ
冷たく乾燥した空気気道を冷却・乾燥させ、刺激する出やすい(例:冬のマラソン)
暖かく湿った空気気道への刺激が少ない出にくい(例:夏の室内プール)

空気中の刺激物質(花粉、ホコリなど)

屋外での運動の場合、花粉や大気汚染物質(PM2.5など)、室内でもハウスダストやカビなどを大量に吸い込む可能性があります。

これらの刺激物質が、もともと過敏になっている気道粘膜に付着すると、アレルギー反応や炎症反応が起こり、気道の収縮(咳や息苦しさ)につながります。

運動による呼吸量の増加

運動中は、安静時に比べて1分間に吸い込む空気の量が数倍から十数倍にも増加します。この呼吸量の絶対的な増加自体が、気道への物理的な刺激となります。

特に激しい運動では、気道の水分や熱が急速に奪われ(冷却・乾燥)、症状が誘発されやすくなります。

運動誘発喘息が疑われるサインと症状

運動後の咳以外にも、運動誘発喘息を示唆するいくつかのサインがあります。ご自身の経験と照らし合わせてみてください。

咳以外の主な症状(息苦しさ、胸の圧迫感)

運動中に「いつもより息が切れる」「胸が締め付けられるように苦しい」といった症状も特徴的です。また、ゼーゼー・ヒューヒューという音(喘鳴)が自分や周囲の人に聞こえることもあります。

これらの症状は、気道が狭くなっている明確なサインです。

症状が出やすいタイミング(運動中・運動直後)

症状の多くは、運動のピーク時ではなく、運動を終えて少し休んだ直後(5分~15分後)に最も強くなる傾向があります。ただし、運動の途中から咳や息苦しさが現れ始めることもあります。

運動をやめると自然に(30分~60分程度で)回復するのも特徴です。

運動誘発喘息のセルフチェック

チェック項目詳細
運動後に咳が止まらない特に運動後5分~15分に激しく咳き込む
特定の運動で症状が出るランニングや寒い日の運動で症状が出やすい
息苦しさや喘鳴運動中や運動後にゼーゼー、ヒューヒュー言う
胸の圧迫感運動中に胸が苦しくなる
パフォーマンスの低下以前より運動が続けられなくなった

運動パフォーマンスの低下

以前は問題なくできていた運動量(例えば、同じ距離のランニングや同じ時間のスポーツ)が、息苦しさや咳のために続けられなくなることがあります。

「体力が落ちただけ」と思いがちですが、気道が狭くなることで十分な酸素を取り込めなくなり、パフォーマンスが低下している可能性も考えられます。

日常生活での類似症状

運動時以外でも、例えば「風邪をひくと咳だけが長引く」「季節の変わり目(特に秋から冬)に咳が出やすい」「冷たい空気を吸うと咳き込む」「夜間や早朝に咳で目が覚める」といった症状がある場合、気管支喘息が根底にある可能性が高まります。

クリニックで行う運動誘発喘息の診断方法

運動誘発喘息を正確に診断するためには、呼吸器内科専門医による診察と検査が必要です。

自己判断で「運動のせい」と放置せず、気になる症状があれば受診を検討してください。

医師による問診の重要性

診断において問診は非常に重要です。「いつから」「どのような運動で」「どのくらいの時間で」「どのような症状が」出るのかを詳しくお伺いします。

また、アレルギー歴(花粉症、アトピー性皮膚炎など)や家族歴(家族に喘息の方がいるか)も診断の手がかりとなります。運動日誌をつけておくと役立ちます。

呼吸機能検査(スパイロメトリー)

スパイロメトリーは、息を思い切り吸ったり吐いたりして、肺活量や息の通りやすさ(気道が狭くなっていないか)を調べる基本的な検査です。

運動誘発喘息の方は、症状がない時には正常値であることが多いため、他の検査と組み合わせて評価します。

気道過敏性試験(運動負荷試験など)

運動誘発喘息の診断を確定するために、意図的に症状を誘発する検査を行うことがあります。

クリニック内でトレッドミル(ランニングマシン)などを使って実際に運動してもらい、運動前後の呼吸機能の変化を測定します(運動負荷試験)。

運動後に気道が狭くなる(1秒量が低下する)ことが確認できれば、運動誘発喘息と診断されます。

運動誘発喘息の主な検査

検査名検査内容主な目的
問診症状の詳細やアレルギー歴などを確認診断の手がかりを得る
呼吸機能検査息の通りやすさ(気道の状態)を測定基本的な気道の状態を評価
運動負荷試験運動前後の呼吸機能の変化を比較運動による気道の収縮を確認

アレルギー検査の目的

運動誘発喘息の背景に、アレルギー体質が関わっていることは少なくありません。

血液検査や皮膚テストなどで、何に対するアレルギー(ハウスダスト、ダニ、花粉、ペットなど)があるかを調べることもあります。

これらのアレルゲンが、気道の過敏性を高めている原因の一つである可能性があるためです。

運動誘発喘息(スポーツ喘息)の治療と管理

運動誘発喘息の治療目標は、症状をコントロールし、安全に運動やスポーツを続けられるようにすることです。

治療は、症状が出た時のお薬と、症状を予防するためのお薬を組み合わせて行います。

症状を抑える薬物療法(発作治療薬)

運動中に咳や息苦しさの発作が起きてしまった時に使用するお薬です。短時間作用性β2刺激薬(SABA)と呼ばれる吸入薬が主に使用されます。

このお薬は、収縮した気道を速やかに広げる作用があり、吸入後数分で効果が現れます。いわゆる「発作止め」であり、運動時のお守りとして携帯します。

気道の炎症を抑える長期管理薬

運動時だけでなく、日常生活でも咳や息苦しさがある場合、または運動誘発喘息が頻繁に起こる場合は、気道の根本的な炎症(過敏性)を抑える治療が必要です。

吸入ステロイド薬が治療の中心となります。吸入ステロイド薬は、毎日継続して使用することで気道の過敏性を改善し、発作が起こりにくい状態を維持します。

主な治療薬の使い分け

薬剤の種類主な薬剤使用タイミングと目的
発作治療薬 (リリーバー)短時間作用性β2刺激薬 (SABA)症状が出た時・運動直前 (予防) に使用。気道を素早く広げる。
長期管理薬 (コントローラー)吸入ステロイド薬 (ICS)毎日継続して使用。気道の炎症を抑え、発作を予防する。

薬だけに頼らない管理の重要性

お薬による治療と同時に、症状を引き起こす要因を避けるセルフケアも重要です。

後述するウォームアップの徹底や環境整備、体調管理などを組み合わせることで、より良好なコントロールを目指します。

運動誘発喘息の悪化を防ぐ予防法

適切な予防策を講じることで、運動誘発喘息の症状は大幅に軽減できます。運動を諦める必要はありません。

運動前のウォームアップの重要性

予防において最も重要なのが、運動前のウォームアップです。軽いジョギングやストレッチなどを10分から15分程度、時間をかけて行います。

体を徐々に運動に慣らすことで、気道への急激な刺激を緩和し、発作が起こりにくい状態(「ウォームアップ効果」または「不応期」と呼ばれる)を導くことができます。

環境の整備(気温、湿度、場所選び)

症状は環境に大きく左右されます。特に冬場は注意が必要です。

予防のための環境調整

対策具体的な方法
気温・湿度なるべく気温が高く、湿度の高い環境を選ぶ。
場所選び屋外より屋内。寒い日は特に注意する。
刺激物質花粉やPM2.5が多い日は屋外での運動を控える。

例えば、同じランニングでも、寒い日の屋外よりは、暖かく湿った室内のランニングマシンの方が症状は出にくくなります。

水泳は、暖かく湿った空気の中で行うため、運動誘発喘息の患者さんにも比較的推奨されるスポーツです。

運動前の予防的な薬の使用

運動によって症状が出ることがあらかじめ分かっている場合、医師の指示のもと、運動の10分から15分前に発作治療薬(短時間作用性β2刺激薬)を吸入しておく方法があります。

この予防的な吸入により、運動中に気道が狭くなるのを防ぐ効果が期待できます。

マスクやネックウォーマーの活用

寒い時期に屋外で運動する際は、マスクやネックウォーマー、スポーツ用のフェイスマスクなどで口と鼻を覆うことが有効です。

この工夫により、吸い込む空気が直接冷やされるのを防ぎ、適度な湿気と温度を保つ助けとなります。

運動時の予防ポイント

  • 十分なウォームアップ(10~15分)
  • 寒い日や乾燥した日の激しい運動を避ける
  • マスクやネックウォーマーの着用
  • 運動前の予防吸入(医師の指示がある場合)

運動中に咳が出たときの対処法

予防策を講じていても、体調や環境によっては症状が出てしまうこともあります。慌てずに対処することが大切です。

まずは運動を中断し安静にする

咳が止まらない、息苦しい、ゼーゼーするといった症状を感じたら、すぐに運動を中止してください。無理を続けると症状が悪化する危険があります。

運動を止め、楽な場所で安静にします。

発作治療薬(吸入器)の使用

医師から発作治療薬(短時間作用性β2刺激薬)を処方されている場合は、指示された通りに速やかに吸入します。多くの場合、数分で症状は和らぎ始めます。

運動時には、この吸入薬を常に携帯するようにしてください。

発作が起きた時の対応

ステップ対応内容
1. 運動中断すぐに運動をやめ、安全な場所で休む。
2. 薬剤使用処方された発作治療薬(吸入器)を使用する。
3. 楽な姿勢座った状態で、少し前かがみになると呼吸が楽になる。
4. 医療機関症状が改善しない、悪化する場合は救急要請も検討。

楽な姿勢での呼吸法

立っているよりも、座った方が呼吸は楽になります。椅子に座り、少し前かがみになって肘を膝につくような姿勢(起座位)をとると、呼吸を助ける筋肉が使いやすくなります。

ゆっくりと落ち着いて呼吸することを心がけてください。

症状が改善しない場合の対応

発作治療薬を使用しても症状が改善しない、むしろ悪化する、唇や顔色が悪くなる(チアノーゼ)、意識が朦朧とする、といった場合は、重篤な発作の可能性があります。

ためらわずに救急車を呼ぶか、周囲の人に助けを求めて医療機関を受診してください。

医療機関(救急)を受診すべきサイン

  • 吸入薬を使用しても症状が良くならない
  • 息苦しくて横になれない、話すのがつらい
  • 顔色や唇の色が悪い(青白い)

運動誘発喘息に関するよくある質問 (FAQ)

運動誘発喘息は治りますか?

運動誘発喘息(スポーツ喘息)は、体質的な要素(気道の過敏性)が関わっているため、「完治する」と断言するのは難しい場合があります。

しかし、吸入ステロイド薬による継続的な治療で気道の炎症を抑え、予防策を適切に行うことで、症状が全く出ない「寛解」という状態を維持することは十分に可能です。

特に小児期に発症した場合、成長とともに症状が出なくなることもあります。

薬を使い続ける必要はありますか?

症状の重症度によります。運動時のみ軽い症状が出る程度であれば、運動前の予防吸入だけで対応できる場合もあります。

しかし、症状が頻繁であったり、気道の炎症が強いと判断されたりする場合は、気道の過敏性そのものを改善するために、長期管理薬(吸入ステロイド薬など)を毎日継続して使用することが重要です。

自己判断で中断せず、医師と相談しながら治療方針を決めていきます。

運動誘発喘息があっても運動は続けられますか?

はい、続けられます。運動誘発喘息の治療目標は、運動を禁止することではなく、「適切な管理のもとで安全に運動を続けること」です。

実際に、運動誘発喘息を持ちながら活躍しているトップアスリートも大勢います。

ウォームアップの徹底、環境の整備、そして必要に応じた薬物療法(予防吸入や長期管理)を行うことで、ほとんどの場合、運動を継続することが可能です。

何科を受診すればよいですか?

運動後の咳や息苦しさが気になる場合は、まず「呼吸器内科」の受診をお勧めします。呼吸器内科は、喘息を含む呼吸器疾患の専門科です。

呼吸機能検査や負荷試験など、専門的な検査を通じて正確な診断を行い、個々の症状やライフスタイルに合わせた治療・管理プランを提案します。

お子様の場合は、小児科(特にアレルギー専門医や呼吸器専門医)にご相談ください。

参考にした論文