「ランニングをすると咳が止まらなくなる」「スポーツの後に息がゼーゼーして苦しい」。

そんな症状を、単なる体力不足やスタミナ切れだと思っていませんか。実は、それは「運動誘発性喘息(EIA)」かもしれません。

運動誘発性喘息は運動が引き金となって一時的に気道が狭くなり、咳や息苦しさを引き起こす状態です。アスリートにも多く見られ、気づかずにパフォーマンスの低下に悩んでいるケースも少なくありません。

この記事では、ご自身の症状を客観的に見つめ直すためのセルフチェックリストやその原因、対処法について詳しく解説します。

運動誘発性喘息とは?体力不足との違い

運動誘発性喘息は普段は無症状でも、運動という特定の刺激によって喘息症状が現れるのが特徴です。単に息が上がるのとは異なる病的な状態です。

運動が引き金となる喘息発作

運動誘発性喘息(Exercise-Induced Asthma: EIA)は運動中に気道が乾燥し、冷却されることが主な原因で起こります。

運動によって呼吸の回数が増え、口呼吸になることで冷たく乾いた空気が直接気管支に流れ込みます。

この刺激で気道内の細胞から化学物質が放出され、気管支の周りの筋肉が収縮して気道が狭くなり、咳や喘鳴、息苦しさといった喘息症状が現れるのです。

なぜ運動で気道が狭くなるのか

私たちの気道は通常、吸い込んだ空気を温め、湿り気を与える働きをしています。しかし、激しい運動中は呼吸量が増大し、鼻からの加温・加湿作用が追いつかなくなります。

特に口呼吸になると、この機能が十分に働かないため気道粘膜の水分が奪われて乾燥し、温度も低下します。

この物理的な変化が気道を収縮させる引き金となります。

単なる体力不足や息切れとの見分け方

運動による息切れは誰にでも起こりますが、運動誘発性喘息の症状には特徴があります。単なる体力不足による息切れは運動の強度に比例し、運動をやめれば速やかに回復します。

一方、運動誘発性喘息は運動を終えた後5〜10分後に症状のピークが来ることが多く、咳がしばらく止まらない、胸が苦しいといった症状が持続します。

運動誘発性喘息と体力不足の比較

項目運動誘発性喘息単なる体力不足
症状のピーク運動終了後5〜10分運動中(特に高強度時)
主な症状激しい咳、喘鳴、胸の苦しさ息切れ、心拍数の上昇
回復回復に時間がかかる(30分以上)運動をやめると速やかに回復

あなたは大丈夫?運動誘発性喘息セルフチェックリスト

以下の項目で、ご自身の運動時の症状をチェックしてみましょう。当てはまる項目が多いほど運動誘発性喘息の可能性を考えます。

運動中・運動後の症状に関するチェック

運動に関連して、どのような症状が現れるかを確認します。

症状に関するチェック項目

質問はい/いいえ
運動を始めると咳が出始め、運動後にひどくなる
運動後に息をすると「ゼーゼー」「ヒューヒュー」という音がする
運動後、胸が締め付けられるように苦しくなる
他の人と同じ運動をしても、自分だけ極端に息切れする

症状が出やすい状況に関するチェック

どのような環境や状況で症状が出やすいかも重要な手がかりです。

状況に関するチェック項目

質問はい/いいえ
マラソンのような、長時間続ける運動で特に症状が出やすい
冬場のスキーやスケートなど、寒い中での運動で症状が悪化する
体育の授業や部活動を、咳や息苦しさが原因で見学することがある

身体的な特徴や既往歴に関するチェック

ご自身の体質やこれまでの病歴も関連している場合があります。

既往歴などに関するチェック項目

質問はい/いいえ
もともと喘息の持病がある、または小児喘息だった
アレルギー性鼻炎(花粉症など)やアトピー性皮膚炎がある
風邪をひくと咳が長引きやすい体質だ

運動誘発性喘息の主な症状

運動誘発性喘息では咳以外にも様々な症状が現れます。症状の現れ方や時間的な経過を知ることで早期発見につながります。

運動開始数分後から現れる咳

症状は運動を開始して数分後から現れ始め、運動中に徐々に強くなることが多いです。特に乾いた咳が止まらなくなるのが特徴です。

運動の強度が高いほど、また運動時間が長いほど症状は出やすくなります。

喘鳴(ぜんめい)と胸の苦しさ

咳と共に息を吐くときに「ゼーゼー」「ヒューヒュー」という音が聞こえる「喘鳴」や、胸が締め付けられるような圧迫感(胸部絞扼感)が現れます。

これらは気道が狭くなっていることを示す典型的なサインです。

運動パフォーマンスの低下

「最近急にタイムが落ちた」「以前は楽にできていた練習についていけない」など、原因不明のパフォーマンス低下も運動誘発性喘息の症状の一つです。

本人は体力不足と思いがちですが、実は気道の問題で体に十分な酸素を取り込めていない可能性があります。

運動誘発性喘息の症状が現れるまでの流れ

時間経過主な状態・症状
運動開始〜数分後咳、息切れが出始める
運動終了後5〜10分症状がピークに達する(激しい咳、喘鳴、胸部圧迫感)
運動終了後30〜60分症状が自然に軽快していく

症状が出やすい運動と環境

運動の種類や運動を行う環境によって、症状の出やすさは大きく異なります。

リスクが高いスポーツの種類

一般的に、長時間にわたって高い換気量(呼吸の量)を必要とする持久系のスポーツはリスクが高いとされています。

  • 陸上(特に長距離走)
  • サッカー、ラグビー
  • 自転車競技
  • クロスカントリースキー

冬季スポーツと冷たく乾燥した空気

スキーやスケート、アイスホッケーなどの冬季スポーツは冷たく乾燥した空気を大量に吸い込むため、運動誘発性喘息のリスクが最も高いスポーツとして知られています。

トップアスリートでは非常に高い有病率が報告されています。

運動の種類によるリスクの違い

リスクスポーツの例理由
高いマラソン、サッカー、スキー長時間、高い換気量が必要で、気道が乾燥・冷却しやすい
低い水泳、野球、バレーボール運動が断続的であったり、空気が湿っていたりするため

花粉や大気汚染の影響

喘息やアレルギー性鼻炎の持病がある人は花粉の飛散時期や、PM2.5などの大気汚染物質が多い環境で運動すると気道の炎症が悪化し、症状が誘発されやすくなります。

運動する時間帯や場所を選ぶことも大切です。

診断のために呼吸器内科で行う検査

運動誘発性喘息の診断は症状の詳しい聞き取りと、実際に運動を行って症状を再現させる検査などを組み合わせて行います。

詳細な問診と運動状況の確認

どのような運動を、どのくらいの時間・強度で行った時に、どのような症状が出るのかを詳しくお伺いします。

症状が現れるまでの時間や、回復にかかる時間なども重要な情報です。アレルギー歴や喘息の家族歴も確認します。

運動負荷試験による症状の誘発

診断を確定するために最も重要なのが運動負荷試験です。トレッドミル(ランニングマシン)や自転車エルゴメーターを使い、管理された環境下で実際に運動をしてもらいます。

運動前後で呼吸機能検査を行い、気道がどのくらい狭くなるかを客観的に評価します。

運動負荷試験の流れ

手順内容
1. 運動前の測定安静時の呼吸機能(スパイロメトリー)を測定する
2. 運動負荷トレッドミル等で6〜8分間の運動を行う
3. 運動後の測定運動直後から数分おきに呼吸機能を繰り返し測定する

気道の炎症と機能の評価

安静時の気道の状態を評価することも重要です。呼吸機能検査(スパイロメトリー)で基本的な肺の機能を、呼気NO検査でアレルギー性の気道炎症の程度を調べます。

これらの検査で、背景に喘息の素因が隠れていないかを確認します。

運動を安全に楽しむための治療と予防策

適切な治療と予防策を講じることで運動誘発性喘息の症状をコントロールし、安全に運動を楽しむことが可能です。

発作を予防する薬(運動前の吸入)

最も基本的な対策は、運動を始める10〜15分前に短時間作用性β2刺激薬(SABA)という気管支拡張薬を吸入することです。

この薬は運動による気道の収縮を予防する効果があります。効果はおよそ2〜3時間持続します。

長期的な気道の炎症を抑える治療

運動時だけでなく、日常的に咳や痰などの症状がある場合や背景に喘息がある場合は、気道の慢性的な炎症を抑える治療が必要です。

吸入ステロイド薬などの長期管理薬を毎日使用することで気道の過敏性そのものを改善し、運動誘発性喘息を起こしにくくします。

ウォームアップとクールダウンの重要性

運動前に十分なウォームアップを行うことで体を徐々に運動に適応させ、気道への急な刺激を和らげることができます。

軽いジョギングやストレッチを10〜15分程度行いましょう。また、運動後のクールダウンも体の状態を穏やかに戻すために重要です。

運動時の予防策まとめ

対策具体的な方法
薬物療法運動前に予防的に気管支拡張薬を吸入する
ウォームアップ運動前に10〜15分間の軽い運動を行う
環境への配慮寒い日はマスクを着用する、花粉が多い日は室内運動にする

よくある質問

最後に、運動誘発性喘息について患者さんからよくいただく質問にお答えします。

Q
喘息持ちでなくても発症しますか?
A

はい、発症します。もともと喘息の診断を受けていない人でも、運動をきっかけに初めて症状が現れることがあります。

特にアレルギー性鼻炎などのアレルギー体質を持つ人は潜在的に気道が過敏であるため、発症しやすい傾向にあります。

Q
治りますか?運動を諦めないといけませんか?
A

運動誘発性喘息は体質的な要素が関わるため「完治」は難しいですが、適切な治療と予防策によって症状をコントロールし、運動を続けることは十分に可能です。

多くのトップアスリートも喘息を管理しながら世界レベルで活躍しています。運動を諦める必要は全くありません。

Q
子供でもできますか?
A

はい、子供にもよく見られます。

体育の授業や部活動で、「一人だけついていけない」「すぐにバテる」といった場合、本人は体力がないだけと思い込んでいるかもしれませんが、運動誘発性喘息が隠れている可能性があります。

気になる症状があれば小児科やアレルギー科、呼吸器内科にご相談ください。

Q
薬を使わずに予防する方法はありますか?
A

十分なウォームアップや寒い日のマスク着用などは有効な予防策です。また、比較的症状が出にくいとされる水泳などのスポーツを選ぶのも一つの方法です。

しかし、症状を確実に予防し、安全に運動を行うためには、運動前の薬物療法が最も効果的で推奨される方法です。

自己判断で無理をせず、医師と相談しながら最適な対策を見つけましょう。

以上

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