「風邪は治ったはずなのに、咳だけがずっと続いている」「夜中や明け方に咳で目が覚める」。そんな症状に心当たりはありませんか?
それはもしかしたら、ただの長引く咳ではなく「咳喘息」かもしれません。咳喘息は一般的な喘息とは異なり、特徴的な喘鳴(ゼーゼー、ヒューヒューという呼吸音)がなく、咳だけが続くため診断が難しい病気です。
この記事では咳喘息を正確に診断するためにどのような検査を行うのか、呼吸機能検査や血液検査などの主な検査方法について詳しく解説します。
咳喘息とは?まず知っておきたい基本的な特徴
咳喘息の検査方法を理解する前に、まずはこの病気がどのようなものかを知ることが重要です。一般的な喘息や風邪との違いを把握することで、検査の目的がより明確になります。
喘鳴のない「咳だけが続く」喘息
咳喘息の最大の特徴は気管支喘息にみられるような喘鳴や呼吸困難がなく、唯一の症状が慢性的な空咳である点です。
咳は数週間から数ヶ月にわたって続き、特に夜間から早朝、季節の変わり目、気温差の大きい場所などで出やすくなります。
気管支喘息との違いと共通点
気管支喘息も咳喘息も、気道(空気の通り道)にアレルギー性の炎症が起きている点は共通しています。しかし、気道の狭まり方には違いがあります。
気管支喘息では気道が強く狭くなるため喘鳴が聞こえますが、咳喘息ではその狭まりが比較的軽度なため、喘鳴は現れません。
ただし、咳喘息を治療せずにいると、約3割が本格的な気管支喘息に移行すると言われています。
咳喘息と気管支喘息の比較
項目 | 咳喘息 | 気管支喘息 |
---|---|---|
主な症状 | 慢性的な咳のみ | 咳、痰、喘鳴、呼吸困難 |
喘鳴(ゼーゼー) | ない | ある |
気道の炎症 | ある | ある |
咳喘息を疑うべき症状のサイン
ご自身の症状が咳喘息かもしれないと感じたら、以下の項目を確認してみてください。
- 8週間以上、咳が続いている(ただし、3週間以上でも疑う場合はあります)
- 喘鳴や息苦しさはない
- 夜間や早朝に咳が悪化する
- 会話中、冷たい空気、タバコの煙などで咳き込む
- 市販の風邪薬や咳止めがほとんど効かない
これらのサインに当てはまる場合、呼吸器内科の受診を検討しましょう。
咳喘息の診断における検査の全体像
咳喘息の診断は単一の検査で確定するものではありません。詳しい問診を基本に、いくつかの検査を組み合わせて総合的に判断します。
診断の中心となる詳細な問診
診断において最も重要なのが、医師による詳細な問診です。
いつから咳が始まったか、どんな時に咳が出やすいか、アレルギー歴はあるか、家族に喘息の人はいるかなど、詳しい情報が診断の手がかりとなります。
聴診器で胸の音を聞き、喘鳴がないことを確認することも重要です。この問診で得られた情報をもとに、必要な検査を計画します。
他の病気の可能性を排除する
長引く咳の原因は咳喘息だけではありません。感染後咳嗽、副鼻腔気管支症候群、胃食道逆流症など、様々な病気が考えられます。
胸部X線検査などを行い、肺がんや結核といった重篤な病気がないかを確認し、他の病気の可能性を一つひとつ排除していくことが正確な診断に必要です。
長引く咳の原因となる主な疾患
疾患名 | 主な特徴 | 咳喘息との違い |
---|---|---|
感染後咳嗽 | 風邪などの後に咳が残る。自然に治ることが多い | 気管支拡張薬は効かない |
副鼻腔気管支症候群 | 鼻水や鼻づまりを伴い、湿った咳が出やすい | 黄色い痰を伴うことが多い |
胃食道逆流症(GERD) | 胸やけを伴う。食後や横になった時に咳が出やすい | 胃酸の逆流が原因 |
複数の検査による総合的な判断
問診と他の病気の除外に加え、呼吸機能検査や気道過敏性試験、血液検査などを組み合わせて行います。これらの検査結果を総合的に評価し、「咳喘息の可能性が最も高い」と判断した場合に診断が下されます。
最終的には、気管支拡張薬の吸入で咳が改善するかどうかを見る「治療的診断」も重要な判断材料となります。
呼吸機能検査(スパイロメトリー)
呼吸機能検査は、咳喘息の診断において中心的な役割を果たす検査の一つです。肺の容積や、空気をどれだけ勢いよく吐き出せるかを測定します。
肺活量と努力肺活量の測定
スパイロメーターという機器を使い、息を最大限吸い込んだ状態から、一気に吐き出した空気の量(努力肺活量)や、そのうちの最初の1秒間で吐き出せる空気の量(1秒量)を測定します。
これらの数値を調べることで、気道が狭くなっていないかを評価します。
1秒率で気道の狭窄を評価
努力肺活量に対する1秒量の割合を「1秒率」と呼びます。気道が狭くなっていると、息を素早く吐き出しにくくなるため、この1秒率が低下します。
気管支喘息では1秒率が70%未満になることが多いですが、咳喘息では正常範囲内であることがほとんどです。
しかし、隠れた気道の狭窄を見つける手がかりになることがあります。
呼吸機能検査の主な指標
指標 | 内容 | 咳喘息での傾向 |
---|---|---|
努力肺活量(FVC) | 最大限吸って一気に吐き出した空気の量 | 正常なことが多い |
1秒量(FEV1) | 努力肺活量のうち最初の1秒間で吐き出せる量 | 正常~軽度低下 |
1秒率(FEV1/FVC) | 努力肺活量に対する1秒量の割合 | 正常なことが多い(70%以上) |
気管支拡張薬による反応を見る
呼吸機能検査で気道の狭窄が疑われた場合、気管支を広げる薬(気管支拡張薬)を吸入し、再度検査を行います。
吸入後に1秒量や努力肺活量が著しく改善すれば、気道に可逆的な狭窄(元に戻る狭まり)があることを示し、喘息の診断に有力な情報となります。
咳喘息でも、この検査で陽性反応が出ることがあります。
気道の状態を探るその他の専門的な検査
呼吸機能検査で明らかな異常が見られない場合でも咳喘息を診断するために、より専門的な検査を行うことがあります。
気道過敏性試験
咳喘息の患者様の気道は、健康な人に比べてわずかな刺激にも過敏に反応する「気道過敏性」という特徴があります。この過敏性の程度を客観的に評価するのが気道過敏性試験です。
アセチルコリンやメサコリンといった薬剤を段階的に吸入し、どのくらいの濃度で気道が収縮し始めるかを調べます。
咳喘息の診断に非常に有用な検査ですが、実施できる医療機関は限られます。
呼気一酸化窒素(NO)濃度測定
気道にアレルギー性の炎症があると、吐く息(呼気)に含まれる一酸化窒素(NO)の濃度が高くなります。この呼気NO濃度を測定する検査は患者様の負担が少なく、簡便に気道の炎症状態を評価できます。
数値が高いほど炎症が強いことを示し、咳喘息の診断や治療効果の判定に役立ちます。
呼気NO濃度の目安
濃度(ppb) | 気道炎症の評価 | 対応 |
---|---|---|
25未満 | 好酸球性気道炎症の可能性は低い | 他の原因を考える |
25~50 | 好酸球性気道炎症の可能性がある | 総合的に判断 |
50以上 | 好酸球性気道炎症の可能性が高い | 吸入ステロイド治療を検討 |
喀痰検査
痰を採取し、その中に含まれる「好酸球」というアレルギー反応に関わる白血球の割合を調べる検査です。
咳喘息では、この好酸球が増加していることが多く、気道にアレルギー性の炎症があることの間接的な証拠となります。
ただし、痰を出すのが難しい場合もあり、すべての方に行える検査ではありません。
診断の補助となる血液検査とアレルギー検査
血液検査だけで咳喘息の診断はできませんが、アレルギー体質の有無や他の病気の可能性を探る上で重要な補助的情報を提供します。
アレルギー体質の有無を調べる
咳喘息の患者さんの多くは、何らかのアレルギー素因を持っています。
血液検査では、アレルギー反応に関わる抗体である「非特異的IgE抗体」の値を測定し、アレルギー体質があるかどうかを大まかに評価します。
この値が高い場合、咳の原因にアレルギーが関与している可能性が考えられます。
特定のアレルゲンを調べる検査
咳の原因となっているアレルゲン(アレルギーの原因物質)を特定するために、「特異的IgE抗体検査」を行うこともあります。
ハウスダスト、ダニ、スギ花粉、ペットのフケなど様々な項目について調べることができます。
原因アレルゲンが分かれば、それを避けるといった環境整備に役立ちます。
主なアレルゲン検査の項目
分類 | 項目例 | 関連する季節や環境 |
---|---|---|
室内塵 | ハウスダスト、ダニ | 通年。特に寝具やカーペット |
花粉 | スギ、ヒノキ、カモガヤ、ブタクサ | 特定の季節 |
ペット | イヌ、ネコ | ペットを飼育している環境 |
炎症反応や他の疾患の確認
白血球数やCRPといった一般的な炎症反応を調べることで、気管支炎などの感染症の可能性を探ります。また、咳の原因となる他の病気を鑑別するためにも、血液検査の情報は役立ちます。
あくまで診断の補助的な役割ですが、全体像を把握するために重要です。
画像検査の役割
咳喘息そのものを画像で捉えることはできません。画像検査の主な目的は、長引く咳の原因となる他の重大な病気を見逃さないことです。
胸部X線(レントゲン)検査
長引く咳の診察で、まず行われる基本的な画像検査です。肺炎、肺結核、肺がん、心不全など、肺や心臓に異常がないかを確認します。
咳喘息の場合、胸部X線写真に異常な影は写りません。この「異常がない」を確認することが、咳喘息の診断を進める上で重要になります。
必要に応じて行う胸部CT検査
胸部X線検査で異常が疑われた場合や、より詳しく肺の状態を調べる必要がある場合に、胸部CT検査を行うことがあります。
CT検査は、X線検査よりも詳細に肺の断面像を撮影できるため、間質性肺炎や気管支拡張症といったX線では見つけにくい病気の診断に有用です。
これも咳喘息自体を写し出すものではなく、他の病気を除外するために行います。
画像検査で除外する主な疾患
疾患名 | 胸部X線での所見(例) | 咳以外の主な症状(例) |
---|---|---|
肺炎 | 白い影(浸潤影) | 発熱、黄色い痰、胸痛 |
肺結核 | 空洞を伴う影 | 微熱、寝汗、体重減少 |
肺がん | 円形や不整形の影 | 血痰、胸痛、体重減少 |
咳喘息の検査に関するよくある質問
ここでは、咳喘息の検査について患者様からよく寄せられる質問にお答えします。
- Q検査にはどのくらいの時間がかかりますか?
- A
検査の種類によって所要時間は異なります。
問診や診察、胸部X線検査、血液検査などは比較的短時間で終わります。呼吸機能検査は、説明や準備を含めて15分から30分程度かかるのが一般的です。
呼気NO濃度測定は数分で結果が出ます。詳しい検査が必要な場合は、半日程度かかることもあります。
各検査の所要時間の目安
検査名 所要時間(目安) 備考 問診・診察 10~20分 初診時は長めになることがある 呼吸機能検査 15~30分 気管支拡張薬の反応を見る場合は追加で時間がかかる 呼気NO濃度測定 約2~3分 すぐに結果がわかる
- Q検査の費用はどのくらいですか?
- A
費用は、行う検査の種類や数、保険の負担割合によって大きく変わります。
基本的な診察と胸部X線検査、呼吸機能検査であれば、3割負担で数千円程度が一般的です。
血液検査でアレルギー項目を詳しく調べたり、専門的な検査を行ったりすると、費用はもう少し高くなります。
具体的な金額については、受診する医療機関にお尋ねください。
- Q血液検査だけで咳喘息と診断できますか?
- A
いいえ、血液検査だけで咳喘息と診断することはできません。
前述の通り、血液検査はアレルギー体質の有無などを調べる補助的な検査です。
咳喘息の診断は詳しい問診、喘鳴がないことの確認、他の病気の除外、そして呼吸機能検査や治療薬への反応などを総合して行います。
血液検査の結果は、その判断材料の一つとなります。
以上
参考にした論文
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