リラックスしようと息を深く吸い込んだ瞬間、「コンコン」と咳き込んでしまう。運動中に息が上がって大きく呼吸したら咳が止まらなくなった。このような経験はありませんか?
深呼吸した時に咳が出るのは空気の通り道である気管支が過敏になっているサインかもしれません。この症状は気管支喘息や咳喘息などの呼吸器疾患の初期症状である可能性も考えられます。
この記事では深呼吸で咳が出る理由、その背景にある「気管支過敏性」、考えられる病気、そして専門的な検査や治療法について詳しく解説します。
深呼吸で咳が誘発されるのはなぜか
普段の何気ない呼吸では問題ないのに、なぜ深く息を吸うと咳が出てしまうのでしょうか。その主な理由は気道の状態と吸い込む空気の刺激にあります。
気管支の粘膜への物理的な刺激
深呼吸をすると、普段よりも多くの空気が勢いよく気管支を通過します。
気管支の粘膜に炎症があったり、過敏な状態になっていたりすると、この空気の流れそのものが物理的な刺激となり、咳反射を引き起こすことがあります。
冷たく乾いた空気の影響
特に冬場など空気が冷たく乾燥している環境で深呼吸をすると、気管支は急激に冷やされ、乾燥します。
健康な気管支であれば問題ありませんが、過敏になっている気管支では、この温度や湿度の変化が強い刺激となり、咳を誘発します。
気管支の過敏性が高まっているサイン
深呼吸による咳は気管支が健康な状態ではないことを示す重要なサインです。
何らかの原因で気管支に炎症が続き、外部からのわずかな刺激にも過剰に反応してしまう「気道過敏性」が高まっている状態と考えられます。
咳を誘発する主な刺激
刺激の種類 | 具体例 | 咳が出やすい状況 |
---|---|---|
物理的刺激 | 会話、運動、深呼吸 | 電話で長話をした後、坂道を登った時 |
温度・湿度変化 | 冷たい空気、乾燥 | 冬の屋外、エアコンの効いた室内 |
化学的刺激 | タバコの煙、香水 | 受動喫煙、香りの強い場所 |
咳の原因となる「気管支の過敏性」とは
「気管支の過敏性」または「気道過敏性」は、長引く咳の根本原因を理解する上で非常に重要なキーワードです。
健康な気管支との違い
健康な人の気管支は、多少の刺激(ホコリや冷気など)には動じません。
しかし気管支の過敏性が高まっていると、健康な人なら何ともないようなささいな刺激で気管支が収縮し、咳や息苦しさを引き起こしてしまいます。
過敏性が高まる主な要因
気管支の過敏性は主に気道の慢性的な炎症によって引き起こされます。
アレルギー反応や風邪などの呼吸器感染症がきっかけで気道に炎症が起こり、その状態が長引くことで過敏性が亢進します。
気道過敏性を高める主な要因
- アレルギー素因(アトピー)
- 呼吸器感染症(風邪、インフルエンザなど)
- 喫煙(受動喫煙を含む)
- 大気汚染物質
咳喘息や気管支喘息との深い関連
気管支の過敏性は咳喘息や気管支喘息の診断において中心的な役割を果たします。
これらの病気の本質はアレルギー性の炎症によって気道過敏性が高まり、様々な刺激に対して気道が狭窄しやすくなることにあります。
気道過敏性の亢進がもたらす症状
状況 | 現れる症状 |
---|---|
会話、笑う | 咳き込む |
夜間・早朝 | 咳で目が覚める |
寒暖差 | 咳が出る、息苦しい |
深呼吸で咳が出る時に考えられる主な病気
深呼吸による咳はいくつかの呼吸器疾患でみられる特徴的な症状です。特に気管支喘息やその関連疾患を疑う必要があります。
気管支喘息
気管支喘息は気道に慢性的なアレルギー性の炎症が起こり、気道過敏性が高まる病気です。
発作的に気道が狭くなることで、「ゼーゼー」「ヒューヒュー」という喘鳴(ぜんめい)や呼吸困難、そして激しい咳が起こります。
深呼吸や運動は、喘息発作を誘発する典型的な要因の一つです。
咳喘息
喘鳴や明らかな呼吸困難はなく、長引く空咳だけが唯一の症状である病気です。気管支喘息と同様に気道過敏性が高まっており、深呼吸、会話、冷気などの刺激で咳が誘発されます。
咳喘息を放置すると本格的な気管支喘息に移行することがあるため、早期の診断と治療が重要です。
アトピー咳嗽
アトピー素因(アレルギー体質)を持つ人に見られる、喉のイガイガ感を伴う頑固な空咳です。咳喘息と似ていますが、気管支拡張薬が効きにくいという特徴があります。
この場合も気道の過敏性が関与しています。
喘息関連疾患の比較
疾患名 | 主な症状 | 特徴 |
---|---|---|
気管支喘息 | 咳、喘鳴、呼吸困難 | 発作性の症状 |
咳喘息 | 空咳のみ(長引く) | 喘鳴や呼吸困難はない |
アトピー咳嗽 | 喉の違和感を伴う空咳 | アレルギー体質の人に多い |
喘息以外で深呼吸がしづらい・咳が出る病気
深呼吸時の咳や息苦しさは喘息以外にも様々な病気のサインである可能性があります。自己判断はせず、症状が続く場合は専門医に相談することが大切です。
COPD(慢性閉塞性肺疾患)
主に長年の喫煙習慣が原因で肺に炎症が起こり、呼吸機能が低下していく病気です。「タバコ病」とも呼ばれます。
体を動かした時の息切れ(労作時呼吸困難)が主な症状ですが、気道が過敏になり、深呼吸で咳が出やすくなることもあります。
間質性肺炎
肺の壁である「間質」が硬くなり、肺が膨らみにくくなる病気の総称です。主な症状は痰を伴わない乾いた咳(乾性咳嗽)と労作時呼吸困難です。
深呼吸をすると肺が十分に広がらず、息苦しさや咳を感じることがあります。
息切れを伴う主な呼吸器疾患
疾患名 | 主な原因 | 特徴的な症状 |
---|---|---|
COPD | 長期の喫煙 | 労作時の息切れ、慢性の咳・痰 |
間質性肺炎 | 不明、膠原病など | 乾いた咳、労作時の息切れ |
心不全 | 心臓の機能低下 | 横になると息苦しい(起坐呼吸) |
感染後咳嗽
風邪やインフルエンザなどの呼吸器感染症の後、気道の炎症と過敏性だけが残り、咳が数週間続く状態です。
この時期に深呼吸をすると、咳が誘発されやすくなります。
症状が悪化する前に呼吸器内科へ
「たかが咳」と軽視していると、背後にある病気が進行してしまう可能性があります。特定のサインが見られたら、早めに呼吸器内科を受診しましょう。
受診を考えるべき症状の目安
一時的な症状であれば様子を見ても良いかもしれませんが、以下のような場合は専門医による診察が必要です。
- 咳が2〜3週間以上続いている
- 夜間や早朝に咳で目が覚めることがある
- 特定の状況(運動時、会話時など)で必ず咳が出る
- 息苦しさや胸の圧迫感を伴う
なぜ早期診断が重要なのか
特に咳喘息や気管支喘息の場合、早期に治療を開始することで気道の炎症を鎮め、将来的な気管支のリモデリング(気道が硬く厚くなってしまうこと)を防ぐことができます。
これにより呼吸機能の低下を抑制し、良好な状態を維持することが可能になります。
受診のタイミングと症状
症状 | 推奨される対応 |
---|---|
一時的な深呼吸時の咳 | まずは様子を見る |
2週間以上続く咳 | 一度、内科か呼吸器内科を受診 |
息苦しさを伴う咳 | 早急に呼吸器内科を受診 |
呼吸器内科で行う検査と診断
呼吸器内科では問診や診察に加え、専門的な検査を行うことで咳の原因を正確に診断します。
問診と聴診
いつから、どんな時に咳が出るのか、アレルギー歴や喫煙歴など、詳しいお話が診断の重要な手がかりになります。
聴診器で胸の音を聞き、喘息に特徴的な喘鳴がないかなどを確認します。
呼吸機能検査(スパイロメトリー)
息を最大限吸い込み、勢いよく吐き出した時の空気の量や速さを測定する検査です。
気道が狭くなっていないか、その狭窄が気管支拡張薬で改善するかを調べることで気管支喘息の診断に役立ちます。
呼気NO(一酸化窒素)濃度測定
吐き出した息の中に含まれる一酸化窒素の濃度を測定する簡単な検査です。
気道にアレルギー性の炎症があるとNO濃度が高くなるため、気管支喘息の診断や治療効果の判定に非常に有用です。
咳の診断に用いられる主な検査
検査名 | 何がわかるか | 対象疾患の例 |
---|---|---|
呼吸機能検査 | 気道の狭窄の有無と程度 | 気管支喘息、COPD |
呼気NO濃度測定 | 気道のアレルギー性炎症の程度 | 気管支喘息、咳喘息 |
胸部レントゲン | 肺の形態的な異常の有無 | 肺炎、肺がん、間質性肺炎 |
深呼吸時の咳に対する治療とセルフケア
治療の基本は原因となっている病気に合わせた薬物療法と、症状を悪化させないための生活習慣の改善です。
気管支喘息・咳喘息の治療
治療の中心となるのは、気道の炎症を抑える「吸入ステロイド薬」です。咳の症状を和らげるだけでなく、気道過敏性を改善する根本的な治療薬です。
症状に応じて、気管支を広げる薬(気管支拡張薬)を併用します。
日常生活でできる対策
薬による治療と並行して、咳を誘発する刺激を避けるセルフケアも大切です。
- 禁煙し、タバコの煙を避ける
- 部屋をこまめに掃除し、ハウスダストを除去する
- マスクを着用し、冷たく乾いた空気を直接吸わない
- ストレスを溜めず、十分な休息をとる
生活の中で避けたい咳の誘因
分類 | 具体例 |
---|---|
アレルゲン | ハウスダスト、ダニ、ペットの毛、花粉 |
刺激物 | タバコの煙、線香の煙、強い香料 |
生活習慣 | 過労、ストレス、暴飲暴食 |
深呼吸と咳に関するよくある質問
最後に、深呼吸時の咳について患者様からよくいただく質問にお答えします。
- Q深呼吸すると咳が出るのはストレスが原因ですか?
- A
精神的なストレスが直接的な原因ではありませんが、ストレスや疲労は自律神経のバランスを乱し、気管支を収縮しやすくさせることがあります。
このことにより、もともとあった気道の過敏性が増強され、咳が出やすくなることは考えられます。
ストレスはあくまで増悪因子の一つと捉え、根本的な原因を探ることが重要です。
- Q運動中に深呼吸すると咳が出ます。運動は控えるべきですか?
- A
運動によって咳が誘発される場合、「運動誘発喘息」の可能性があります。しかし、適切な治療を行えば、運動を諦める必要はありません。
治療で気道の炎症をコントロールし、運動前に気管支拡張薬を使用するなどの対策をとることで、多くの方が安全に運動を楽しんでいます。
自己判断で運動を中止せず、まずは呼吸器内科医にご相談ください。
- Q子供が深呼吸をすると咳き込みます。大丈夫でしょうか?
- A
お子さんの場合も、成人と同様に気管支喘息の可能性があります。特に走った後や夜間に咳き込むことが多い場合は注意が必要です。
小児の喘息は適切な治療を行わないと学業や日常生活に影響が出ることがありますので、小児科やアレルギー科で一度相談することをお勧めします。
症状と相談先の目安
対象 症状の例 主な相談先 成人 長引く咳、運動時の咳 呼吸器内科、アレルギー科 子供 夜間の咳、運動後の咳き込み 小児科、アレルギー科 全般 息苦しさ、喘鳴を伴う 早急に医療機関へ
以上
参考にした論文
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