長引く咳をしていると、だんだん肋骨のあたりや胸が痛くなってきた…。そんな経験はありませんか。

「咳のしすぎで筋肉痛になっただけだろう」と軽く考えてしまいがちですが、その痛み、もしかしたら単なる筋肉痛ではない危険な病気のサインかもしれません。

咳は私たちが思う以上に体に大きな負担をかける行為です。

この記事では咳で胸が痛くなる理由から、ただの筋肉痛と危険な痛みの見分け方、そして痛みの裏に隠れている可能性のある病気について呼吸器内科の専門医が詳しく解説します。

なぜ咳のしすぎで胸が痛くなるのか?

咳を繰り返すことで胸に痛みが生じるのは咳という行為が非常に激しい運動だからです。その衝撃は体の様々な部分に影響を及ぼします。

咳は全身を使う激しい運動

一回の咳は、時速100km以上のスピードで空気を押し出すと言われています。

この爆発的な力を生み出すために、横隔膜や肋間筋(肋骨の間の筋肉)、腹筋、背筋など、多くの筋肉を瞬間的に収縮させます。

これを何度も繰り返すことは、短距離走を何本も全力疾走するような激しい運動なのです。

肋間筋の筋肉痛

咳で胸が痛くなる最も一般的な原因は、肋骨の間にある「肋間筋」の筋肉痛です。

普段あまり使わない筋肉を咳によって酷使することで筋肉の繊維が細かく傷つき、炎症を起こして痛みが生じます。脇腹や背中にかけて痛むこともあります。

肋骨や軟骨への物理的な負担

激しい咳の衝撃は筋肉だけでなく、骨格にも直接的な負担をかけます。

特に胸の中心にある胸骨と肋骨をつなぐ「肋軟骨」という柔らかい骨や、肋骨そのものに繰り返し強い力が加わることで炎症や損傷を引き起こすことがあります。

咳と運動のエネルギー消費比較

行為1回あたりの消費エネルギー解説
約2 kcal100回咳をすると約200kcal消費する計算になる
くしゃみ約4 kcal咳よりもさらに多くの筋肉を動員する
ウォーキング(10分)約30 kcal持続的な咳は、軽い運動に匹敵する負担となる

ただの筋肉痛?危険な痛みのセルフチェック

咳に伴う胸の痛みは筋肉痛で済む場合もあれば、注意すべき病気のサインである場合もあります。

痛みの性質や場所、他の症状から危険度をセルフチェックしてみましょう。

痛みの種類でチェック

筋肉痛の場合は体をひねったり、深呼吸したり、痛い場所を押したりすると痛む「圧痛」が特徴です。

一方、何もしなくてもズキズキと痛む、息を吸うと胸の奥に鋭い痛みが走るといった場合は他の病気を疑います。

痛む場所でチェック

痛みが肋骨に沿っている、脇腹が痛むといった場合は筋肉や骨のトラブルの可能性が高いです。

胸の真ん中や背中、肩にかけて痛みが広がる場合は、肺や心臓の病気も視野に入れる必要があります。

筋肉痛と危険な痛みの見分け方

チェック項目筋肉痛の可能性が高い痛み注意が必要な危険な痛み
痛みの性質押すと痛い、動かすと痛い安静時でも痛い、鋭い差し込むような痛み
痛みの場所肋骨に沿った部分、脇腹胸の中央、背中や肩への放散痛
他の症状特になし息苦しさ、発熱、冷や汗、血痰

咳以外の症状でチェック

痛みに加えて息苦しさや発熱、冷や汗、血痰(血の混じった痰)などの症状がある場合は危険なサインです。

これらの症状は単なる筋肉痛では説明がつかず、速やかに医療機関を受診する必要があります。

咳で「肋骨」が痛いときに考えられる病気

咳の衝撃が胸郭を構成する骨や軟骨にダメージを与え、痛みを引き起こすことがあります。

肋骨の疲労骨折

激しい咳が長期間続くことで肋骨に繰り返し負荷がかかり、金属疲労のように骨にひびが入ったり、折れたりすることがあります。

特に骨がもろくなっている高齢者や咳喘息などで慢性的に咳をしている人に見られます。深呼吸や寝返りでも激痛が走ることが特徴です。

肋軟骨損傷・肋軟骨炎

胸の中央(胸骨)と肋骨をつなぐクッションの役割をしている肋軟骨が咳の衝撃で傷ついたり、炎症を起こしたりする病気です。

胸の前の特定の場所を押すと、強い痛みを感じます(圧痛)。

帯状疱疹(たいじょうほうしん)

体の片側の神経に沿ってピリピリ、チクチクとした痛みが現れ、その数日後に赤い発疹や水ぶくれができる病気です。

咳とは直接関係ありませんが、肋骨に沿って痛みが出ることが多いため、初期段階では筋肉痛や肋間神経痛と間違われることがあります。

肋骨周辺の痛みの原因疾患

疾患名痛みの特徴その他の特徴
肋骨疲労骨折深呼吸や体動時の激痛咳が長引いている人に多い
肋軟骨炎胸の前のピンポイントな圧痛比較的若い女性にも見られる
帯状疱疹ピリピリ、チクチクする皮膚の痛み数日後に発疹が出現する

咳で「肺や胸の中心」が痛いときに考えられる病気

痛みが胸の奥深くや中心部で感じられる場合、肺やその周りの膜、心臓などの病気を考える必要があります。

胸膜炎(きょうまくえん)

肺を覆っている「胸膜」という薄い膜に炎症が起きる病気です。肺炎や肺がん、膠原病などが原因となります。

深呼吸や咳をしたときに、胸の奥でチクっとした鋭い痛みを感じるのが特徴です。

気胸(ききょう)

肺に穴が開き、空気が漏れて肺がしぼんでしまう状態です。突然の胸の痛みと息苦しさで発症します。

咳がきっかけで発症することもあり、特に痩せ型の若い男性に多い傾向があります。

胸の奥の痛みを伴う主な呼吸器疾患

疾患名痛みの特徴伴う主な症状
胸膜炎深呼吸や咳で悪化する鋭い痛み発熱、原因疾患の症状
気胸突然の胸痛息苦しさ、呼吸困難
肺炎持続的な鈍い痛み高熱、色のついた痰

肺炎・気管支炎

肺や気管支の感染症でも、胸の痛みを感じることがあります。特に炎症が胸膜の近くまで及ぶと持続的な鈍い痛みとして感じられます。

高熱や色のついた痰を伴うことが多いです。

心臓の病気(心筋梗塞・狭心症など)

胸の痛みの原因として最も注意が必要なのが、心臓の病気です。特に心筋梗塞や狭心症では胸が締め付けられるような、あるいは圧迫されるような激しい痛みが特徴です。

痛みは左肩や腕、顎に広がることがあり、冷や汗を伴います。咳とは直接関係なく発症しますが、見逃してはならない病気です。

痛みの根本原因「しつこい咳」を治すことが重要

胸の痛みを根本的に解決するためには、痛みの原因となっている「しつこい咳」そのものを治療することが最も重要です。

咳が長引く主な原因

2〜3週間以上続く咳の原因は単なる風邪ではありません。感染後咳嗽、咳喘息、気管支喘息、胃食道逆流症(GERD)、副鼻腔炎(蓄膿症)など様々な病気が考えられます。

これらの病気は市販の咳止めでは治りません。

長引く咳の主な原因疾患

疾患名特徴
感染後咳嗽風邪の後に咳だけが残る
咳喘息乾いた咳が発作的に出る、夜間に悪化
胃食道逆流症食後や横になると咳が出やすい、胸やけ

なぜ専門的な治療が必要なのか

長引く咳の原因を正確に診断し、それぞれに合った治療を行う必要があります。例えば、咳喘息であれば気道の炎症を抑える吸入薬、胃食道逆流症であれば胃酸を抑える薬が有効です。

原因に合わない治療を続けても咳は改善せず、胸の痛みも続くだけでなく、根本の病気が悪化してしまう可能性があります。

呼吸器内科での診断

呼吸器内科では問診や診察に加え、胸部X線検査、呼吸機能検査、呼気NO検査などを行い、咳の原因を専門的に診断します。

原因を特定することで、咳とそれに伴う胸の痛みを根本から治療することが可能になります。

咳と胸の痛みを和らげる対処法

医療機関を受診するまでの間、つらい症状を少しでも和らげるためのセルフケアを紹介します。

安静と楽な姿勢

咳や痛みがあるときは無理をせず体を休めることが第一です。

クッションや枕で上半身を少し高くして寝ると呼吸が楽になり、咳が出にくくなることがあります。

痛みを緩和する方法

筋肉痛が原因の場合は蒸しタオルなどで温めると血行が良くなり、痛みが和らぐことがあります。

ただし、骨折が疑われるような激しい痛みがある場合は温めると逆効果になることもあるため、冷たいタオルなどで冷やす方が良いでしょう。

痛みが強い場合は市販の鎮痛薬を使用することも一つの方法ですが、あくまで一時的な対処です。

痛みのセルフケア

痛みの種類対処法
筋肉痛のような鈍い痛み温める、安静にする
打撲のような鋭い痛み冷やす、鎮痛薬の使用を検討

咳を悪化させないための工夫

部屋の加湿、こまめな水分補給、禁煙、刺激物(香辛料など)を避けるといった工夫は喉や気道への刺激を減らし、咳を誘発しにくくします。

医療機関を受診するべき危険なサイン

咳に伴う胸の痛みの中には緊急性の高いものが含まれます。ためらわずに医療機関を受診してください。

すぐに病院へ行くべき症状

以下の症状が一つでも当てはまる場合は、夜間や休日であっても救急外来を受診するか、救急車を呼ぶことを検討してください。

  • 突然の激しい胸痛、締め付けられるような痛み
  • じっとしていても息が苦しい、呼吸が速い
  • 意識が朦朧とする、顔色が悪い、冷や汗が出る
  • 血痰が出る

何科を受診すればよいか

咳と胸の痛みが主症状の場合、まずは呼吸器内科の受診が適しています。

ただし、痛みの性質から心臓の病気が疑われる場合や帯状疱疹のように皮膚に症状がある場合は、それぞれ循環器内科や皮膚科が専門となります。

どこに行けばよいか迷う場合は、まずはかかりつけの内科に相談し、適切な専門科を紹介してもらうのも良い方法です。

医師に伝えるべきこと

診察の際には、いつから、どこが、どのように痛むのか、咳以外の症状はあるかといった情報をできるだけ具体的に伝えましょう。

これらの情報が正確な診断への近道となります。

よくある質問

最後に、咳による胸の痛みに関するよくある質問にお答えします。

Q
咳のしすぎで肋骨にひびが入ることはありますか?
A

はい、あります。「肋骨疲労骨折」といい、特に咳が長く続いている方や骨粗しょう症などで骨が弱くなっている方では珍しくありません。

深呼吸や体をひねるだけで激痛が走る場合は、この可能性を考えます。

診断にはX線検査が必要ですので、整形外科や呼吸器内科を受診してください。

Q
 痛いところに湿布を貼っても良いですか?
A

痛みの原因が筋肉痛であれば、湿布で症状が和らぐことがあります。

しかし、帯状疱疹などの皮膚疾患や骨折、内臓の病気が原因の場合、湿布は効果がないか、かえって皮膚のかぶれなどを引き起こす可能性があります。

原因がはっきりしないうちは、安易な使用は避けた方が賢明です。

Q
咳のしすぎで肺に穴が開くことはありますか?
A

はい、その可能性があります。「気胸」という病気で、咳の衝撃がきっかけで肺の表面に穴が開き、空気が漏れてしまうことがあります。

突然の胸痛と息苦しさが特徴で、緊急の処置が必要になることもあります。

このような症状が現れたら、すぐに医療機関を受診してください。

Q
痛みを和らげるために、咳を我慢したほうが良いですか?
A

咳を無理に我慢するのは困難ですし、痰が絡む咳の場合は痰を排出できないことでかえって病状が悪化する可能性があります。

痛みの原因となっている「咳」そのものを治療することが根本的な解決策です。

咳止めを自己判断で使うのではなく、まずは咳の原因を診断してもらうことが大切です。

以上

参考にした論文

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