咳と共に「痰」が絡む症状、多くの方が経験したことがあるでしょう。しかし、その痰を「汚いもの」として、あまり気にせずに出してしまっていませんか。
実は痰の色や粘り気は、あなたの気道で何が起きているかを教えてくれる重要な「体からのお便り」です。
この記事では咳と痰がなぜ出るのかという基本的な話から痰の色で病気の状態をセルフチェックする方法、そして注意すべき危険なサインについて、呼吸器内科の専門医が詳しく解説します。
しつこい咳と痰に悩む方はぜひご自身の状態を確かめてみてください。
そもそも咳と痰はなぜ出るのか?
咳と痰は体を守るための大切な防御反応です。それぞれの役割と、なぜ症状が続くのかを理解しましょう。
咳は気道の異物を追い出す防御反応
咳はウイルスや細菌、ホコリ、煙などの異物が気道に入り込んだ際に、それを勢いよく外に排出しようとする体の反射活動です。
気道にあるセンサーが異物を感知すると脳の咳中枢に信号が送られ、横隔膜や肋間筋といった呼吸筋を収縮させて爆発的な呼気を生み出します。
これは、気道をきれいに保つための重要な働きです。
痰の正体は気道の「お掃除役」
痰は気管や気管支の粘膜から分泌される粘液です。
この粘液は気道に侵入した異物やウイルス、細菌、そして炎症によって生じた細胞の死骸などを絡め取り、気道の表面にある線毛という細かい毛の働きによって喉の方向へと運び出されます。
つまり、痰は気道を浄化する「お掃除役」であり、その排出物なのです。
咳と痰が続くことの意味
咳と痰が続くということは気道で持続的な炎症が起きていたり、異物や分泌物が過剰に作られたりしているサインです。
風邪などの一時的な感染であれば数日で治まりますが、症状が長引く場合は、その背景に何らかの病気が隠れている可能性を考える必要があります。
痰の「色」と「状態」でわかるセルフチェック
痰はあなたの呼吸器の健康状態を映す鏡です。色や粘り気を観察することで、ある程度の状態を推測できます。
透明・白色の痰
無色透明、または白色のサラサラした痰は気道の分泌物が正常、あるいは軽度の炎症状態であることを示します。
気管支喘息やCOPD、非細菌性の気管支炎などで見られます。タバコの煙などの慢性的な刺激でも、このような痰が出ることがあります。
黄色・緑色の痰
黄色や緑色の痰は細菌と戦った白血球の死骸が含まれているサインです。白血球に含まれる酵素の色が反映されるため、一般的に細菌感染症を疑います。
風邪をこじらせた場合や、肺炎、副鼻腔炎(蓄膿症)などでよく見られます。粘り気が強く、出しにくいことが多いです。
痰の色から推測される主な状態
痰の色 | 考えられる状態 | 主な関連疾患 |
---|---|---|
透明・白色 | 非感染性、軽度の炎症 | 気管支喘息、COPD、かぜ症候群初期 |
黄色・緑色 | 細菌感染 | 肺炎、急性気管支炎、副鼻腔炎 |
赤色・ピンク色 | 出血(新鮮な血) | 肺がん、肺結核、気管支拡張症 |
泡状の痰
ピンク色で泡立つような痰は心臓の機能が低下する心不全で、肺に水が溜まった状態(肺水腫)の時に見られる特徴的なサインです。
呼吸困難を伴うことが多く、緊急性の高い状態です。
【色別】透明・白色の痰が出る主な病気
色が薄いからといって安心できるとは限りません。慢性的な病気が隠れている可能性があります。
気管支喘息・咳喘息
アレルギー性の炎症によって気道が過敏になる病気です。発作的に咳き込み、ゼーゼー・ヒューヒューという喘鳴を伴うことがあります。
痰は透明で粘り気が強いことが多く、なかなか切れずに苦しい思いをします。
COPD(慢性閉塞性肺疾患)
主に長年の喫煙が原因で肺が壊れていく病気です。慢性の咳と共に白色の痰が日常的に出ます。
風邪などをひくと痰の色が黄色や緑色に変化し、量も増える「急性増悪」という状態を起こします。
喘息とCOPDの痰の違い
疾患名 | 痰の特徴 | その他の症状 |
---|---|---|
気管支喘息 | 透明で粘り気が強い | 発作性の咳、喘鳴、夜間の悪化 |
COPD | 白色で慢性的、感染で色が変わる | 労作時の息切れ、慢性の咳 |
アレルギー性鼻炎・後鼻漏
アレルギー性鼻炎によって作られた鼻水が喉に流れ落ちる「後鼻漏」も、痰のように感じられます。
サラサラした透明な鼻水が原因であることが多く、頻繁な咳払いを伴います。
【色別】黄色・緑色の痰が出る主な病気
色のついた痰は体内で細菌との戦いが起きている証拠です。適切な治療が必要になります。
急性気管支炎・肺炎
風邪のウイルス感染に続いて、気管支や肺で細菌が増殖すると黄色や緑色の膿のような痰が出ます。
高熱や胸の痛み、強い倦怠感を伴う場合は肺炎の可能性が高く、早期の抗菌薬治療が重要です。
副鼻腔炎(蓄膿症)
鼻の奥にある副鼻腔という空洞に膿がたまる病気です。
膿を含んだ粘り気の強い鼻水が喉に流れ落ちる(後鼻漏)ことで、色のついた痰として認識されます。頭痛や顔面の痛み、鼻づまりを伴います。
気管支拡張症
気管支の一部が袋のように広がってしまい、そこに細菌が住み着きやすくなる病気です。
慢性的に大量の膿性の痰が出ることが特徴で、時に血痰を伴うこともあります。
色のついた痰が出る主な疾患
疾患名 | 痰以外の主な症状 |
---|---|
肺炎 | 高熱、胸痛、呼吸困難 |
副鼻腔炎 | 鼻づまり、色のついた鼻水、頭痛 |
気管支拡張症 | 慢性の多量の痰、血痰 |
【色別】特に注意すべき危険な色の痰
痰に血が混じる場合は重篤な病気が隠れている可能性があり、特に注意が必要です。
赤色・ピンク色の血痰
痰に混じる鮮やかな赤色の血は気道からの新しい出血を示唆します。考えられる病気には、肺がん、肺結核、気管支拡張症、肺塞栓症(エコノミークラス症候群)など命に関わるものが含まれます。
たとえ少量でも、血痰が出た場合は必ず医療機関を受診してください。
錆び色・茶褐色の痰
古い血液が混じった場合に、錆びた鉄のような色や茶褐色の痰が出ることがあります。
肺炎球菌による肺炎では特徴的な錆び色の痰が見られます。
危険な痰の色と疑われる病気
痰の色 | 疑われる重篤な病気 | 取るべき行動 |
---|---|---|
鮮やかな赤色 | 肺がん、肺結核、気管支拡張症 | 速やかに呼吸器内科を受診 |
ピンクで泡状 | 心不全(肺水腫) | 救急要請も視野に入れる |
錆び色 | 肺炎球菌性肺炎 | 速やかに内科・呼吸器内科を受診 |
危険な痰が出た場合の対処法
血痰など危険なサインを示す痰が出た場合は、自己判断で様子を見ることは絶対にやめてください。
痰そのものをティッシュなどに取り、乾燥しないようにラップなどで包んで持参すると、診断の助けになることがあります。
いつから、どのくらいの量の血痰が出たのかを正確に医師に伝えることが重要です。
咳と痰が続くときの正しい対処法
つらい咳と痰の症状を和らげ、悪化を防ぐための基本的な対処法を知っておきましょう。
安静・水分補給・加湿
咳や痰は体力を消耗します。まずは体を休めることが大切です。また、水分を十分に摂ることで痰が柔らかくなり、排出しやすくなります。
空気が乾燥すると気道粘膜が傷つきやすくなるため、加湿器などで室内の湿度を50〜60%に保つことも有効です。
市販薬を使う際の注意点
市販薬は、あくまで一時的な症状緩和のためのものです。咳を無理に止めると痰の排出が妨げられてかえって症状が悪化することもあります。
痰が絡む咳の場合は、咳止めよりも痰を出しやすくする去痰薬を選ぶのが基本です。2〜3日使用しても改善しない場合は、医療機関を受診しましょう。
医療機関を受診するタイミング
以下のような場合は、早めに内科や呼吸器内科を受診してください。
- 色のついた痰が数日以上続く
- 息苦しさや胸の痛みがある
- 高熱が続く
- 血痰が出た(この場合は直ちに受診)
呼吸器内科で行う専門的な検査と治療
長引く咳と痰の原因を正確に突き止め、根本的な治療を行うのが呼吸器内科の役割です。
原因を特定するための各種検査
問診や聴診に加え、胸部X線検査や血液検査、呼吸機能検査などを行い、総合的に診断します。
必要に応じて喀痰検査で痰の中の細菌や細胞を詳しく調べたり、CT検査で肺をより詳細に観察したりします。
呼吸器内科の主な検査
検査名 | 目的 |
---|---|
喀痰検査 | 痰の中の細菌やがん細胞の有無を調べる |
胸部CT検査 | X線では分かりにくい肺の細かい病変を描出する |
呼吸機能検査 | 喘息やCOPDなど、気道の狭さや肺の機能を評価する |
原因に応じた根本的な治療
診断結果に基づき、原因疾患に対する治療を行います。
細菌感染には抗菌薬、喘息には気道の炎症を抑える吸入ステロイド薬、COPDには気管支拡張薬など、それぞれの病態に合わせた薬物療法が中心となります。
よくある質問
最後に、咳と痰に関するよくある質問にお答えします。
- Q痰だけ出て咳はあまり出ないのですが、大丈夫ですか?
- A
咳を伴わずに痰だけが出る場合、副鼻腔炎による後鼻漏や、気管支拡張症などの可能性があります。
特に色のついた痰が続く場合は、気道で慢性的な感染が起きているサインかもしれません。
一度、耳鼻咽喉科や呼吸器内科で相談することをおすすめします。
- Q痰を飲み込んでも害はありませんか?
- A
痰を飲み込んでも、その中の細菌やウイルスは胃酸でほとんど死滅するため、通常は大きな害はありません。
しかし、結核菌など一部の病原体は胃酸に強いものもあります。
基本的には痰はティッシュなどに出す方が衛生的であり、またご自身の痰の色や状態を確認する上でも望ましいです。
- Q禁煙すると一時的に痰が増えるのはなぜですか?
- A
喫煙によって機能が低下していた気道の線毛運動が、禁煙することで回復し始めるためです。
線毛が活発に動き出し、これまで溜まっていた有害物質や分泌物を排出しようとするため、一時的に痰が増えることがあります。
これは気道がきれいになっている良い兆候であり、通常は数週間から数ヶ月で治まります。
- Q痰を出しやすくするコツはありますか?
- A
水分をこまめに摂ること、部屋を加湿することが基本です。
また、体を少し前に傾けて、ゆっくりと深い呼吸をした後、「ハッ、ハッ」と短く強く息を吐き出す「ハッフィング」という呼吸法も、痰の排出を助けるのに有効です。
以上
参考にした論文
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