喘息の症状をお持ちの方にとって、マスクの着用は感染症やアレルゲンから身を守るために重要です。しかし、その一方で「マスクを着けると息苦しい」「呼吸がしづらくて辛い」と感じる方は少なくありません。
この息苦しさは単なる不快感だけでなく、喘息のコントロールに影響を与える可能性もあります。
この記事では、喘息の方がマスクで息苦しさを感じる原因を解説し、呼吸がしやすいマスクの具体的な選び方から、着用時の息苦しさを和らげる工夫まで専門的な観点から詳しく紹介します。
ご自身に合った対策を見つけ、少しでも快適なマスク生活を送るための一助となれば幸いです。
なぜ喘息患者はマスクで息苦しさを感じるのか
喘息の方がマスクを着用すると、特に息苦しさを感じやすいのにはいくつかの理由があります。
もともと気道が過敏になっている状態に、マスクによる物理的な影響が加わることで、呼吸のしづらさにつながります。
気道の過敏性と炎症
喘息の基本的な病態は、気道の慢性的な炎症です。炎症によって気道が狭くなり、さまざまな刺激に対して非常に過敏になっています。
健康な人なら何でもないようなわずかな刺激でも、気道がさらに狭くなり、息苦しさや咳などの症状が現れやすくなります。
この気道の過敏性が、マスク着用時の不快感を増幅させる一因です。
マスクによる呼吸抵抗の増加
マスクを着用するとフィルター部分が物理的な壁となり、空気が通り抜ける際に抵抗が生まれます。これを「呼吸抵抗」と呼びます。
喘息の方は、もともと気道が狭くなっているため、少しの呼吸抵抗の増加でも、より大きな努力をしないと十分な空気を吸い込むことができません。
このことが「息が吸いにくい」「苦しい」という感覚につながります。
呼吸抵抗に影響する要素
要素 | 内容 | 息苦しさへの影響 |
---|---|---|
フィルター性能 | 性能が高いほど抵抗も増す傾向がある | 大 |
マスクの密着度 | 顔に密着しすぎると空気の通り道が狭まる | 中 |
素材の通気性 | 通気性が低い素材は抵抗が大きい | 大 |
呼気に含まれる二酸化炭素と湿度の影響
マスク内部では、自分自身が吐き出した息(呼気)がこもりやすくなります。
呼気には二酸化炭素が多く含まれており、マスク内に溜まったその空気を再び吸い込むことで、息苦しさを感じることがあります。
また、呼気中の水分によってマスク内の湿度が上昇し、息苦しさや不快感を助長する一因にもなります。
喘息患者がマスクを着用する重要性
息苦しさを感じることがあっても、喘息患者様にとってマスクの着用はご自身の体を守る上で多くの利点があります。
喘息発作の引き金となるさまざまな外的要因から気道を保護する効果が期待できます。
感染症の予防効果
風邪やインフルエンザなどの呼吸器感染症は、喘息の症状を悪化させる最も一般的な原因の一つです。ウイルスや細菌が気道に感染すると炎症が強まり、激しい発作を引き起こすことがあります。
マスクは飛沫を介したこれらの病原体の侵入を防ぎ、感染リスクを大幅に低下させます。このことは、喘息の安定したコントロールを維持するために非常に重要です。
花粉やハウスダストなどアレルゲンの吸入防止
アレルギーが関与するタイプの喘息の方にとって、原因となるアレルゲンを吸い込まないようにすることは発作予防の基本です。
マスクは空気中に浮遊するアレルゲンが鼻や口から体内に入るのを物理的に防ぐ有効な手段です。
マスクで吸入を減らせる主なアレルゲン
- スギやヒノキなどの植物の花粉
- ダニのフンや死骸などのハウスダスト
- 犬や猫などのペットのフケ
- カビの胞子
冷たく乾燥した空気からの気道保護
冷たく乾いた空気を吸い込むと、気道が刺激されて収縮し、喘息発作が誘発されやすくなります。特に冬場の屋外などでは注意が必要です。
マスクを着用すると、自分の呼気に含まれる水分と熱がマスク内に保たれるため、吸い込む空気が加温・加湿されます。
この加温・加湿の効果により、気道への刺激が和らぎ、発作の予防につながります。
マスクによる空気の変化
項目 | マスクなし | マスクあり |
---|---|---|
吸気の温度 | 外気温とほぼ同じ | 体温に近くなる |
吸気の湿度 | 外気の湿度と同じ | 高くなる |
気道への刺激 | 大きい | 小さい |
呼吸がしやすいマスクの選び方【素材・形状編】
息苦しさを軽減するためには、マスクの「素材」と「形状」が重要な鍵を握ります。それぞれの特徴を理解し、ご自身の感覚に合ったものを選びましょう。
通気性の良い素材を選ぶ
マスクの素材によって、空気の通りやすさは大きく異なります。一般的に、ウレタンや一部の布製マスクは通気性が高い傾向にあります。
ただし、通気性が良いものはフィルター性能が低い場合もあるため、使用する場面に応じてバランスを考えることが大切です。
主なマスク素材の特徴
素材 | 通気性 | 特徴 |
---|---|---|
不織布 | 製品による | フィルター性能が高く、衛生的。硬めの素材は肌への刺激になることも。 |
布(綿・シルクなど) | 比較的良い | 肌触りが優しく、保湿性も高い。繰り返し洗って使用できる。 |
ウレタン | 非常に良い | 軽くて伸縮性がありフィットしやすい。フィルター性能は低い傾向。 |
口元の空間を確保できる形状を選ぶ
マスクが唇や鼻に密着すると、呼吸のたびに張り付いて息苦しさの原因になります。
口元に空間ができる立体的な形状のマスクを選ぶことで、この不快感を大幅に軽減できます。
マスクの形状別メリット・デメリット
形状 | メリット | デメリット |
---|---|---|
プリーツ型 | 顔のサイズに合わせやすい。製品の種類が豊富。 | 口元に密着しやすく、会話時にずれやすいことがある。 |
立体型 | 口元に空間ができ、呼吸や会話がしやすい。 | 顔の形に合わないと隙間ができやすい。 |
ダイヤモンド型 | 口元の空間が広く、リップなども付きにくい。 | 構造が複雑なため、他の形状より価格が高い傾向がある。 |
顔にフィットするサイズを選ぶ
マスクが大きすぎると、隙間からアレルゲンなどが侵入してマスク本来の効果が薄れてしまいます。逆に小さすぎると、顔を圧迫して息苦しさや耳の痛みの原因になります。
自分の顔のサイズを測定し、適切な大きさのマスクを選ぶことが快適な着用の第一歩です。
喘息患者向けマスク選びのポイント【機能・性能編】
素材や形状に加え、マスクが持つ機能性にも注目することで、より快適で安全な選択が可能になります。
特にフィルター性能とその他の付加機能は、喘息の管理において重要な要素です。
フィルター性能と通気性のバランス
マスクのパッケージには、PFE、BFE、VFEといったフィルター性能を示す指標が記載されていることがあります。
これらの数値が高いほど微粒子などを捕集する能力は高くなりますが、その分、通気性が犠牲になり、呼吸抵抗が増す可能性があります。
人混みを避ける屋外での散歩などでは通気性を優先し、医療機関の受診や混雑した公共交通機関の利用時にはフィルター性能を重視するなど、状況に応じた使い分けが賢明です。
フィルター性能の指標
- PFE (Particle Filtration Efficiency) 微粒子ろ過効率
- BFE (Bacterial Filtration Efficiency) バクテリア飛まつろ過効率
- VFE (Viral Filtration Efficiency) ウイルス飛まつろ過効率
肌への優しさと保湿性
喘息の方はアトピー性皮膚炎など他のアレルギー疾患を合併していることも多く、肌が敏感な場合があります。マスクの素材が肌に合わないと、かゆみや摩擦による肌荒れを引き起こすことがあります。
綿やシルクなどの天然素材や、肌に優しい加工が施された不織布マスクを選ぶと良いでしょう。
また、保湿性の高いマスクは喉の乾燥を防ぎ、気道への刺激を和らげる効果も期待できます。
衛生面を考慮した抗菌・防臭機能
マスク内は呼気によって湿度が高くなり、雑菌が繁殖しやすい環境です。長時間着用する場合は、抗菌機能を持つマスクを選ぶと衛生的に使用できます。
また、マスク内のにおいが気になる方は、防臭機能付きの製品を試してみるのも一つの方法です。
ただし、これらの機能に使われている化学物質が刺激にならないか注意することも大切です。
マスク着用時の息苦しさを和らげる工夫
適切なマスクを選んだ上で、着用方法や日中の過ごし方を少し工夫するだけで、息苦しさはかなり軽減できます。ここでは、すぐに実践できる簡単な方法を紹介します。
人がいない場所で適度に休憩を取る
長時間マスクを着用し続ける必要がある場合でも、意識的にマスクを外して深呼吸する時間を作りましょう。
周囲に人がいない屋外や換気がされている個室などで、数分間マスクを外して新鮮な空気を吸うだけで、息苦しさや頭の重さがすっきりとします。
息苦しいを感じたら無理をせず、こまめに休憩を挟むことが重要です。
マスクインナーフレームの活用
マスクの内側に取り付けて、口元とマスクの間に物理的な空間を作り出す「インナーフレーム」や「インナーマスク」と呼ばれる製品があります。
これらを利用すると、マスクが呼吸のたびに口に張り付くのを防ぎ、空気の通り道を確保しやすくなります。
さまざまな形状や素材のものがあるので、お使いのマスクに合うものを探してみてください。
インナーフレーム利用のポイント
項目 | 説明 |
---|---|
素材の選択 | シリコン製は柔らかく、プラスチック製は軽いなど特徴がある |
衛生管理 | 直接肌や口に触れるため、こまめに洗浄して清潔に保つ |
装着感 | 自分の顔やマスクの形状に合わないと、かえって不快になることも |
会話や運動時の呼吸法を意識する
マスクを着けている時は普段よりもゆっくりと、落ち着いて呼吸することを心がけましょう。
特に会話中や歩行中など無意識に呼吸が速くなりがちな場面では、意識的に腹式呼吸を取り入れると、少ない力で効率的に酸素を取り込めます。
鼻からゆっくり息を吸い込み、口からゆっくりと吐き出すのが基本です。
マスク以外の喘息発作を予防する日常生活の注意点
マスクによる対策と並行して、日々の生活習慣を見直すことも喘息のコントロールには欠かせません。
発作の引き金となる要因を日常生活から減らしていく努力が、結果的にマスク着用時の息苦しさの軽減にもつながります。
室内のアレルゲン対策と適切な換気
喘息の大きな要因であるハウスダストを減らすため、こまめな掃除が重要です。特に寝具やカーペット、布製のソファなどはダニが繁殖しやすいため、定期的に清掃や洗濯を行いましょう。
また、1日に数回窓を開けて空気を入れ替え、室内の汚れた空気を外に出すことも大切です。空気清浄機の使用もアレルゲンの除去に役立ちます。
掃除のポイント
- 掃除機はゆっくりとかけ、排気でホコリを舞い上げないように注意する
- 拭き掃除は濡れた布で行い、ホコリをしっかり絡めとる
- 寝具は週に1回以上洗濯するか、布団乾燥機を使用する
湿度と温度の管理
気道への刺激を避けるため、室内環境を適切に保つことが望まれます。湿度は50%前後、温度は夏場は25〜28℃、冬場は20〜25℃程度が目安です。
加湿器や除湿機、エアコンなどをうまく活用して、急激な温度・湿度の変化がないように調整しましょう。
季節ごとの室内環境管理
季節 | 注意点 | 対策 |
---|---|---|
春・秋 | 花粉の侵入 | 窓を大きく開ける換気は短時間にし、空気清浄機を併用する |
夏(梅雨) | 高温多湿によるカビ・ダニの発生 | 除湿機やエアコンのドライ機能を活用し、湿度を60%以下に保つ |
冬 | 低温・乾燥 | 加湿器を使用し、湿度40%以下にならないよう注意する |
心身のストレス管理
過労や精神的なストレスは自律神経や免疫のバランスを乱し、喘息を悪化させる要因となります。
十分な睡眠時間を確保し、趣味やリラックスできる時間を持つなど、自分なりのストレス解消法を見つけることが大切です。
規則正しい生活リズムを整えることも、心身の安定につながります。
息苦しさが改善しない場合は呼吸器内科へ相談を
さまざまな工夫を試してもマスク着用時の息苦しさが続く場合、あるいは日常生活の中で息切れや咳が増えている場合は、喘息のコントロールがうまくいっていない可能性があります。
自己判断で対処せず、専門医に相談することが重要です。
喘息のコントロール状態の評価
呼吸器内科では問診や呼吸機能検査などを通じて、現在の喘息の状態を客観的に評価します。
息苦しさの原因が単なるマスクによるものなのか、それとも気道の炎症が悪化しているためなのかを正確に診断します。
この診断に基づいて、適切な治療方針を決定します。
受診の目安となる症状
症状 | 詳細 |
---|---|
夜間や早朝の咳・息苦しさ | 就寝中や起床時に症状で目が覚めることがある |
発作治療薬(リリーバー)の使用頻度増加 | 週に何度も頓服の吸入薬を使用している |
日常生活への支障 | 以前は問題なかった階段の上り下りなどで息切れがする |
治療薬の見直しと調整
喘息の治療の基本は、気道の炎症を抑える長期管理薬(コントローラー)の定期的な使用です。現在の症状や検査結果に応じて、医師は薬の種類や量を調整します。
例えば、吸入ステロイド薬の増量や長時間作用性β2刺激薬、ロイコトリエン受容体拮抗薬などの追加・変更を検討します。
正しい吸入方法の指導も改めて行い、薬の効果を最大限に引き出せるようにします。
合併しているアレルギー性鼻炎などの治療
喘息患者様は、アレルギー性鼻炎(花粉症を含む)を合併していることが多くあります。鼻づまりがあると口呼吸になりやすく、マスク着用時の息苦しさをさらに悪化させます。
鼻炎の治療を適切に行い、鼻呼吸を楽にすることで、マスクによる呼吸の負担が軽減されることも少なくありません。
喘息と合わせて鼻の症状についても医師に相談しましょう。
喘息とマスクに関するよくある質問
最後に、患者様からよく寄せられる喘息とマスクに関する質問とその回答をまとめました。
- Q運動するときもマスクは着けるべきですか?
- A
運動の種類や強度、環境によります。
軽いウォーキング程度であれば、通気性の良いマスクを着用することで、冷たい空気やアレルゲンからの保護が期待できます。
しかし、ランニングなど呼吸が激しくなる運動ではマスクを着用することで心肺への負担を増大させ、発作を誘発する危険性もあります。
運動前には必ず発作治療薬(リリーバー)を携帯し、無理のない範囲で行うことが大原則です。基本的には、人と十分な距離が保てる場所でマスクを外して運動することをお勧めします。
- Q感染対策として二重マスクは有効ですか?息苦しくなりませんか?
- A
不織布マスクの上に布マスクを重ねる二重マスクは顔へのフィット感を高め、フィルター効果を向上させると報告されています。
しかし、この方法は呼吸抵抗が大幅に増加するため、喘息の方には息苦しさが強く出る可能性があり、一般的には推奨しません。
重要なのは、性能の良いマスクを1枚、隙間なく正しく着用することです。息苦しさを我慢して二重マスクをするよりも、適切なマスクの選択と着用を優先してください。
- Q子供の喘息とマスクについて注意点はありますか?
- A
小さなお子さんは自分で息苦しさをうまく伝えられないことがあります。保護者の方が表情や呼吸の様子を注意深く観察し、苦しそうであれば無理に着用させないでください。
特に2歳未満のお子さんは、窒息のリスクがあるためマスクの着用は推奨されません。
子供用のマスクを選ぶ際は、サイズが合っていることはもちろん、本人が嫌がらないデザインや素材を選ぶことも大切です。
子供のマスク選びで考慮すべきこと
ポイント 内容 サイズ感 大きすぎず小さすぎず、顔にフィットするものを選ぶ 安全性 耳ひもの調節機能など、安全に配慮された設計か確認する 子供の意思 本人が気に入る色や柄を選び、マスクへの抵抗感を減らす
以上
参考にした論文
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