喘息治療の主役は吸入薬ですが、病院で処方される薬にはICSやLABA、LAMAといった専門用語が多く、その違いに戸惑う方は少なくありません。

なぜ飲み薬ではなく吸入薬を使う必要があるのか、それぞれの成分が気管支に対してどのような働きかけをするのか、疑問に思うときもあるでしょう。

医師がどのような意図で薬を選び、配合剤へと切り替えるのかを知ることは、治療への納得感を高め、発作のコントロールを良好に保つことにつながります。

この記事では、各吸入薬の特徴と使い分けの基準、そして安心して治療を続けるために必要な知識を詳しく解説します。

飲み薬よりも吸入薬のほうが全身への負担が少ない

喘息の治療において、なぜ錠剤やシロップなどの飲み薬よりも吸入薬が優先して使われるのでしょうか。

その最大の理由は、薬の成分を「必要な場所」に「必要な量」だけ届けられるという点にあります。

喘息の本質は気道の炎症であり、空気の通り道である気管支が腫れて狭くなっている状態です。

飲み薬の場合、一度体内に吸収されて血液に乗り、全身を巡ってから気管支に到達します。そのため、患部に届く量はごくわずかになりがちで、全身への副作用のリスクも考慮しなければなりません。

一方で吸入薬は、口から吸い込むことで直接気管支や肺に薬剤を届けられます。

全身への副作用を最小限に抑える工夫

吸入薬は患部に直接作用するため、飲み薬に比べて極めて少ない量で効果を発揮します。使用する薬剤の量が少なくて済むということは、それだけ全身への影響を減らせるということです。

特にステロイド薬においては、長期間にわたって飲み薬を服用すると、糖尿病や骨粗鬆症、免疫力の低下といった全身性の副作用が懸念されます。

しかし、吸入ステロイド(ICS)であれば、全身への移行は限定的であり、長期間使用してもこうした重篤な副作用のリスクは格段に低くなります。

安全に長く治療を続けるために、吸入という投与経路は理にかなっているのです。

即効性と持続性のバランスを考える

吸入薬には、発作が起きた瞬間に気管支を広げるための薬と、発作が起きないように毎日使い続ける薬の二種類があります。

発作時に使う吸入薬は、吸い込んでから数分で効果が現れるような設計になっています。これは飲み薬が消化管を通って吸収される時間を待つよりもはるかに迅速です。

また、毎日使うコントローラーと呼ばれる長期管理薬は、一日一回または二回の吸入で効果が長く続くように作られています。

このように、吸入薬は目的に応じて薬が効くまでの時間や持続時間をコントロールしやすいという利点も持っています。

炎症を鎮めるICSは喘息治療の土台となります

ICS(Inhaled Corticosteroids:吸入ステロイド薬)は、現代の喘息治療において最も基本となる薬です。

「ステロイド」と聞くと怖いイメージを持つ方もいるかもしれませんが、喘息治療におけるICSの役割は、火事で例えるなら「種火を消す」作業に似ています。

喘息の方の気道は、症状がない時でも常に軽い炎症を起こしており、少しの刺激で発作が起きやすい過敏な状態になっています。この根本的な原因である炎症を鎮静化させられる唯一の薬剤がICSです。

気道の「やけど」を治すイメージ

喘息の気道は、皮膚で言えば常に軽くやけどをしてただれているような状態です。このただれた粘膜を修復し、健康な状態に近づけるのがICSの働きです。

炎症が続くと気道の壁が厚くなり、硬くなって元に戻らなくなる「リモデリング」という現象が起きてしまいます。こうなると治療はいっそう難しくなります。

ICSを毎日継続して使用することは、現在の発作を防ぐだけでなく、将来的に肺の機能が低下してしまうことを防ぐためにも非常に大切です。

効果を実感するまでにかかる時間

ICSを使用し始めても、すぐに効果が実感できない場合があります。これはICSが即効性のある痛み止めのような薬ではなく、じわじわと炎症を抑えていく体質改善に近い薬だからです。

使い始めてから数日から数週間かけて徐々に気道の腫れが引いていき、咳や痰が減り、息苦しさが改善していきます。

効果がないと自己判断して中断してしまうのは避けなければなりません。粘り強く続けると、確実な効果を発揮するのがICSの特徴です。

薬剤の種類主な作用使用のタイミング
ICS(吸入ステロイド)気道の炎症を鎮める毎日(長期管理)
LABA(長時間作用性β2刺激薬)気管支を広げる毎日(長期管理)
SABA(短時間作用性β2刺激薬)気管支を急速に広げる発作時(リリーバー)

子供や妊婦さんへの安全性について

ICSは局所的に作用するため、全身への影響が少ないことから、小児や妊婦さんの喘息治療でも第一選択薬として使われています。

お腹の赤ちゃんへの影響を心配して薬を止めてしまう方がいますが、これは非常に危険です。

喘息発作が起きてお母さんが低酸素状態になると、赤ちゃんに十分な酸素が届かず、最悪の場合は命に関わります。

専門医の指導のもとでICSを継続し、発作を起こさない状態を保つことこそが、母子ともに安全な出産を迎えるための近道です。

気管支を広げるLABAは必ずICSと一緒に使います

LABA(Long-Acting Beta Agonists:長時間作用性β2刺激薬)は、気管支にあるβ2受容体を刺激して筋肉を緩め、空気の通り道を広げる薬です。

効果が長時間続くため、朝や夜の決まった時間に吸入すると、一日を通して呼吸を楽に保てます。

しかし、喘息治療においてLABAを単独で使うことは推奨されていません。これには深い理由があります。

LABA単独使用が招くリスク

LABAは強力に気管支を広げるため、一時的に症状が良くなったように感じます。しかし、LABA自体には炎症を抑える作用はありません。

つまり、気道の火事(炎症)は燃え続けているのに、無理やり空気の通り道だけを広げている状態になります。

これでは炎症が悪化していることに気づかず、ある日突然、大発作を起こして命に関わる事態になりかねません。

過去には、短時間作用型の発作止め(SABA)を頻繁に使いすぎた患者さんで死亡率が高まったというデータもあります。

こうしたリスクを防ぐために、LABAは必ず炎症を抑えるICSと一緒に使う必要があります。

ICSとLABAの相乗効果

ICSとLABAを併用すると、それぞれを単独で使う以上の効果が得られることがわかっています。

LABAが気管支を広げてICSを肺の奥まで届きやすくし、ICSが炎症を抑えることでLABAの効き目を良くするという、互いに助け合う関係にあります。

この組み合わせは、現在の中等症から重症の喘息治療におけるスタンダードとなっており、多くの患者さんがこの恩恵を受けています。

さらに、一部のLABA製剤は効果の発現が早いため、発作時のリリーバーとしても使える「SMART療法」という新しい治療戦略にも応用されています。

LAMAを追加すると呼吸機能の改善が期待できます

LAMA(Long-Acting Muscarinic Antagonists:長時間作用性抗コリン薬)は、元々はCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の治療薬として広く使われてきました。

しかし近年、喘息治療においてもその有効性が認められ、重症喘息の治療選択肢として定着してきています。

LAMAは、気管支を収縮させるアセチルコリンという神経伝達物質の働きをブロックして、気管支を広げます。

LABAとは異なる経路で気管支に働きかけるため、LABAだけでは十分に気道が広がらない人にとって新たな切り札となります。

気道の過敏性を抑える働き

LAMAには気管支を広げるだけでなく、気道の過敏性を抑える効果や、痰の分泌を減らす効果も期待されています。

特に、冷たい空気や湯気などのちょっとした刺激で咳き込んでしまうタイプの人や、痰が多くて苦しい人には、LAMAを追加することで症状が改善するケースが多く見られます。

LABAが交感神経系に作用するのに対し、LAMAは副交感神経系に作用するため、自律神経のバランスという観点からも理にかなった治療法と言えます。

  • 気管支平滑筋に作用して気道を広げる
  • 効果が12時間から24時間持続する
  • 単独使用は禁止されており、必ずICSと併用する
  • 痰の多いタイプや高齢者の喘息に特に有効な場合がある

ICS/LABAでも症状が残る場合の選択肢

標準的な治療であるICSとLABAの併用を行っても、夜間の咳が残ったり、日中の息切れが解消しなかったりする場合があります。

このような時に、ステロイドの量を際限なく増やすのではなく、異なる作用機序を持つLAMAを追加するという選択が取られます。

また、喫煙歴があるなどCOPDの要素を併せ持っている「喘息COPDオーバーラップ(ACO)」の患者さんにとっても、LAMAは非常に重要な薬剤となります。

ステロイドの総量を抑えつつ、より強力な気管支拡張効果を得ることが可能になります。

配合剤を使うと吸入の手間が減り治療を続けやすくなります

配合剤とは、これまで別々の吸入器で吸っていた複数の薬剤を、一つの吸入器にまとめたものです。

現在では、ICSとLABAを合わせた配合剤や、さらにLAMAを加えた3成分の配合剤(トリプル製剤)が主流になりつつあります。

配合剤への切り替えは、患者さんの生活や治療効果にどのような変化をもたらすのでしょうか。

吸入の手間が減り、吸い忘れが減る

配合剤の最大のメリットは、利便性の向上です。朝晩に2種類の吸入器を順番に操作するのは手間がかかりますし、どちらか片方を吸い忘れてしまうリスクもあります。

特に忙しい朝や疲れている夜には、1回のアクションで済むことは大きな助けになります。

薬を一つにまとめると、「面倒くさい」という感情が減り、結果として毎日きちんと薬を吸えるようになります。

この「アドヒアランス(治療継続率)」の向上が、喘息コントロールを安定させる大きな要因となります。

ICS単独使用の防止になる

先述した通り、LABAは単独で使ってはいけませんが、別々の吸入器を持っていると、誤った使い方をしてしまうリスクがあります。

例えば、「発作止めのように効くLABAだけ吸って、効果の実感が薄いICSはサボる」という自己判断です。

配合剤になっていれば、LABAを吸う時には必ずICSも一緒に体内に入ることになるため、安全性が担保されます。これは医師にとっても安心して処方できる理由の一つです。

配合剤にはいくつかのパターンがあり、患者さんの症状レベルに合わせて選択されます。

配合タイプ含まれる成分対象となる患者層
ICS/LABAステロイド + β2刺激薬軽症から中等症の喘息
ICS/LABA/LAMAステロイド + β2刺激薬 + 抗コリン薬中等症から重症の難治性喘息

経済的なメリットと通院負担の軽減

複数の吸入器を別々に処方されるよりも、配合剤一本にまとめた方が、薬局で支払う薬剤費が安くなるケースが多くあります。

長期的な治療が必要な喘息において、毎月の医療費を抑えられるのは大きなメリットです。

また、症状が安定してくれば、一度の処方で長期間の薬を受け取れるようになり、通院回数を減らせる可能性もあります。

自分の生活スタイルや吸う力に合わせてデバイスを選びます

吸入薬の効果を最大限に引き出すためには、薬の成分だけでなく、吸入器(デバイス)の種類も非常に大切です。どれほど優れた薬であっても、正しく吸入できなければ肺の奥まで届きません。

現在、吸入器は大きく分けて「ドライパウダー(DPI)」「エアゾール(pMDI)」「ソフトミスト(SMI)」の3種類があります。

それぞれの特徴を知り、自分の吸う力や生活スタイルに合ったものを選ぶことが、治療成功の鍵を握ります。

自分の吸う力で粉を飛ばすドライパウダー(DPI)

DPIは、微細な粉末状の薬を自分の吸い込む勢いで気管支まで飛ばすタイプです。ボンベを使わないため、吸うタイミングを合わせる必要がなく、「吸った」という実感が湧きやすいのが特徴です。

しかし、ある程度の勢いで吸い込む力(吸気流速)が必要です。

ご高齢の方や肺機能が極端に低下している方の場合、吸う力が弱くて薬が肺まで届かず、喉に張り付いて終わってしまうときがあります。

また、湿気に弱いため、お風呂場などの湿度の高い場所に保管しないよう注意が必要です。

ガスと一緒に噴霧されるエアゾール(pMDI)

pMDIは、ボンベを押すとガスと共に薬がシュッと噴霧されるタイプです。吸う力が弱い人でも薬を肺に届けられます。

ただし、ボンベを押すタイミングと息を吸い込むタイミングを完全に一致させる「同調」という技術が必要です。このタイミングがずれると、薬の大半が口の中に残ってしまいます。

この欠点を補うために、「スペーサー」という筒状の補助器具を使って吸入するケースもあります。

スペーサー内に一度薬を充満させてからゆっくり吸えるため、子供や高齢者でも確実に吸入できます。

ゆっくり吸えるソフトミスト(SMI)

比較的新しいタイプであるSMIは、霧吹きのようにゆっくりと薬が噴霧されます。

pMDIよりも噴霧速度が遅く、持続時間が長いため、吸い込むタイミングを合わせやすいのが利点です。また、微細なミスト状になるため、肺の奥深くまで到達しやすいと言われています。

DPIとpMDIの良いとこ取りをしたようなデバイスですが、採用している薬剤の種類はまだ限られています。

デバイス選びのチェックポイント

  • 思い切り深く吸い込む力があるか(DPI向き)
  • 手と呼吸のタイミングを合わせられるか(pMDI向き)
  • 持ち運びのしやすさや操作の簡便さ
  • 残りの回数が目に見えてわかるか(カウンターの有無)

副作用の不安は正しいうがいと知識で解消できます

吸入薬は全身への副作用が少ないとはいえ、局所的な副作用が出る場合があります。

特にICSを含む吸入薬を使用した後に現れやすいのが、声が枯れる(嗄声)、口の中が白くなる(口腔カンジダ症)、喉がイガイガするといった症状です。

これらの副作用は不快であり、薬を続けるモチベーションを下げる原因になりますが、正しいケアを行うと大部分は予防可能です。

うがいは単なる習慣ではなく治療の一部

副作用を防ぐ最も効果的で簡単な方法は、吸入直後の「うがい」です。

吸入した薬の一部はどうしても口の中や喉の奥に残ってしまいます。これが粘膜に付着したままだと、声枯れやカビ(カンジダ)の繁殖を招きます。

吸入したらすぐに、ガラガラうがいとブクブクうがいを組み合わせて、口の中に残った薬を洗い流しましょう。

もし外出先などでうがいができない場合は、水を飲むだけでも一定の効果があります。

また、食前に吸入を行うようにすれば、その後の食事と飲み物で自然と薬が洗い流されるため、習慣化しやすいというメリットがあります。

震えや動悸が起きた時の対応

LABAを使用していると、稀に手が震えたり、心臓がドキドキする(動悸)場合があります。これはβ2刺激薬が心臓や筋肉にもわずかに作用してしまうために起こります。

多くの場合、使い続けているうちに体が慣れて症状は治まりますが、生活に支障が出るほど震えがひどい場合や、動悸が激しい場合は医師に相談してください。

薬の種類を変更したり、量を調整したりすると解決できるケースがほとんどです。

副作用を我慢しすぎず、かといって自己判断で中止せず、医療機関と連携を取りながら調整していきましょう。

よくある質問

Q
吸入ステロイドとLABAの配合剤の副作用で声が枯れることはありますか?
A

吸入ステロイドとLABAの配合剤を使用すると、成分が喉に残ることで声が枯れる副作用が出る場合があります。

これは主にステロイド成分が声帯に付着して筋肉を萎縮させたり、カビが増殖したりするために起こります。

予防には吸入直後のうがいが非常に有効です。もし症状が続くときは、うがいの方法を見直したり、吸入器の種類を変更したりすると改善する場合が多いので医師に相談してください。

Q
LAMAの吸入薬は喘息治療にどのような効果がありますか?
A

LAMAの吸入薬は、気管支を収縮させるアセチルコリンの働きを阻害し、気道を広げる効果があります。

喘息治療においては、吸入ステロイドとLABAを使っても症状が安定しない場合に追加で使用されるのが一般的です。

特に気流の閉塞が強い方や、痰が多い方、COPDを合併している喘息の方に対して、呼吸機能を改善し発作のリスクを減らす効果が期待できます。

Q
ICS配合剤によるうがいはなぜ必要なのですか?
A

ICS配合剤によるうがいが必要な理由は、口の中や喉に残ったステロイド成分を洗い流し、副作用を防ぐためです。

ステロイドが口腔内に残ると、カンジダというカビが増殖して口の中が白くなったり痛くなったりする口腔カンジダ症や、声がれの原因になります。

ガラガラうがいとブクブクうがいを組み合わせ、可能であれば喉の奥までしっかり洗浄すると、これらのトラブルを未然に防ぎ安全に治療を継続できます。

Q
喘息症状が治まっても吸入薬を続けても良いですか?
A

喘息症状が治まっても吸入薬は医師の指示があるまで続けてください。

喘息は症状がない時でも気道の奥で炎症がくすぶっている慢性的な病気です。症状が消えたからといって自己判断で薬を中断すると、風邪や天候の変化などをきっかけに炎症が再燃し、大きな発作を引き起こす可能性があります。

減量や中止は気道の状態を見極めた上で行う必要があるため、必ず主治医と相談して決定してください。

参考にした文献