在宅酸素療法で鼻カニューレ(鼻のチューブ)を使っている方から、「口呼吸になっても酸素の効果はあるの?」という質問をよく受けます。無意識の口呼吸で治療効果が落ちていないか不安になりますよね。

この記事では鼻カニューレ使用時の口呼吸の効果への影響、効果が半減してしまうNG状態、そして今日からできる正しい対策について詳しく解説します。

鼻カニューレと口呼吸の基本

在宅酸素療法(HOT)で最も一般的に使われるのが鼻カニューレです。この装置の仕組みと、なぜ口呼吸になってしまうのかを理解することが不安解消の第一歩です。

鼻カニューレの仕組み

鼻カニューレは酸素濃縮器などから送られてくる酸素を2本の短い突起(プロング)を通して鼻の中に直接送り込むための医療機器です。

装着が簡単で食事や会話がしやすいという利点があります。基本的には鼻から息を吸う「鼻呼吸」を前提として設計されています。

なぜ口呼吸になってしまうのか

意識していても、特に睡眠中などに無意識に口呼吸になってしまう方は少なくありません。

その原因はさまざまですが、主に鼻の通りが悪くなることや、長年の癖が関係しています。

口呼吸の主な原因

原因の分類具体的な例簡単な説明
鼻の疾患アレルギー性鼻炎、副鼻腔炎(蓄膿症)鼻の粘膜が腫れたり、鼻水で鼻の通りが悪くなる状態
構造的な問題鼻中隔弯曲症鼻の左右を仕切る壁が曲がり、鼻の通りが狭くなる状態
習慣幼少期からの癖無意識のうちに口で呼吸する習慣が身についている状態

口呼吸が治療効果に与える影響

鼻カニューレは鼻呼吸を前提としているため、口呼吸になると吸入する酸素の濃度が薄まる可能性があります。

ただし、口呼吸だからといって効果が全くゼロになるわけではありません。その理由を次に詳しく見ていきましょう。

口呼吸でも酸素の効果は「ある」と言える理由

「口呼吸だと効果がないのでは?」と心配する方が多いですが、結論から言うと多くの場合で一定の効果は期待できます。

その背景には鼻から口にかけての構造が関係しています。

鼻咽頭での酸素溜まり(リザーバー効果)

鼻カニューレから供給された酸素はすぐに肺に届くわけではありません。

まず鼻の奥から喉の上部にかけての空間(鼻咽頭)に一時的に溜まります。この空間が酸素の「リザーバー(貯蔵庫)」の役割を果たします。

口呼吸で息を吸う際にも、このリザーバーに溜まった濃度の高い酸素が空気と一緒に吸い込まれるため、一定の効果が得られます。

吸気の初期段階での酸素吸入

人が息を吸う時、吸い始めの空気は主に鼻から入ってきます。口呼吸をしていても吸気の初期には鼻からも空気が流れ込みます。

この時に鼻咽頭の濃い酸素が吸い込まれるため、体内に酸素を届けることができます。

口呼吸の程度による効果の違い

口を少し開けている程度の口呼吸であれば、リザーバー効果などにより十分な効果が期待できます。

しかし口を大きく開けて、ほとんどの呼吸を口だけで行っているような状態では吸入する酸素濃度が薄まり、治療効果が低下する可能性があります。

呼吸パターンと酸素摂取のイメージ

呼吸パターン酸素の取り込み期待される効果
完全な鼻呼吸指示通りの濃度の酸素を吸入十分な効果
軽い口呼吸リザーバー効果で酸素を吸入多くの場合は十分な効果
重度の口呼吸外気で酸素が薄まりやすい効果が低下する可能性

酸素療法の効果が半減するNG状態

口呼吸そのものだけでなく、他の要因が重なると治療効果が大きく損なわれることがあります。ご自身の状況が当てはまっていないかチェックしてみましょう。

カニューレの不適切な装着

最も基本的なことですが、カニューレが正しく装着されていないと酸素が鼻に届きません。

プロングが鼻の穴から外れていたり、上下逆さまになっていたりすると効果は得られません。

  • プロングが鼻孔から外れている
  • チューブがねじれている
  • カニューレが上下逆さまになっている

重度の鼻づまり

風邪やアレルギーで鼻が完全に詰まっている状態では鼻カニューレから送られた酸素が鼻咽頭まで届きにくくなります。

この状態での口呼吸は治療効果を大きく低下させる原因となります。

自己判断による流量変更

「息苦しいから」「口呼吸だから」といって医師の指示なく酸素の流量を勝手に変更することは絶対にやめてください。必要以上の酸素は体に害を及ぼす可能性があり、逆に流量を下げれば効果が得られません。

流量の変更は、必ず医師の診察と指示に基づいて行います。

口を大きく開けたままの睡眠

睡眠中に口が大きく開いてしまう「開口呼吸」の状態が続くと鼻咽頭のリザーバー効果が薄れ、治療効果が低下しやすくなります。

いびきがひどい方や朝起きた時に喉がカラカラになっている方は注意が必要です。

口呼吸のサインとセルフチェック

特に睡眠中は無意識のため、自分が口呼吸をしているかどうかわかりにくいものです。いくつかのサインからご自身の状態を推測することができます。

朝起きた時の口や喉の渇き

朝目覚めた時に口の中がネバネバしたり、喉がカラカラに乾いていたりするのは睡眠中に口呼吸をしていた代表的なサインです。

口を開けて寝ていると唾液が蒸発して乾燥しやすくなります。

いびきや睡眠中の呼吸の乱れ

いびきは空気が狭くなった気道を通過する時に出る音です。多くの場合、口呼吸が原因で起こります。

ご家族からいびきを指摘されたり、睡眠中に呼吸が止まっていると言われたりした場合は注意が必要です。

日中の眠気や倦怠感

夜間に口呼吸が続き、酸素療法が十分な効果を発揮できていないと、体は慢性的な酸素不足になります。

このことにより日中に強い眠気を感じたり、なんとなく体がだるいといった症状が現れたりすることがあります。

口呼吸のセルフチェックリスト

チェック項目該当する場合
朝、口や喉が乾いていることが多い口呼吸の可能性が高い
唇が荒れやすい、カサカサしている口呼吸のサインの一つ
ご家族からいびきを指摘される睡眠中の口呼吸が疑われる

口呼吸への正しい対策と工夫

口呼吸に気づいたら、それを改善するための対策を取りましょう。原因に合わせたケアや簡単な工夫で、鼻呼吸を促し、酸素療法の効果を高めることができます。

鼻づまりの治療とケア

口呼吸の最大の原因である鼻づまりを解消することが最も効果的な対策です。

アレルギー性鼻炎など原因となる病気がある場合は耳鼻咽喉科で適切な治療を受けましょう。また、ご自宅でできるセルフケアも有効です。

鼻づまりを和らげるセルフケア

対策具体的な方法ポイント
加湿加湿器などで室内の湿度を40-60%に保つ鼻の粘膜の乾燥を防ぐ
温める蒸しタオルで鼻を温める鼻の血行を良くし、通りを改善する
鼻洗浄(鼻うがい)体温程度の食塩水で鼻の中を洗浄する医師に相談の上、正しく行う

口を閉じるための簡単な工夫

意識がある時はできるだけ口を閉じて鼻で呼吸することを心がけましょう。

睡眠中の無意識な開口を防ぐためには市販の口閉じテープなどを使用する方法もありますが、使用前には必ず主治医に相談してください。

睡眠時の姿勢の見直し

仰向けで寝ると舌が喉の奥に落ち込み、気道が狭くなって口呼吸になりやすいことがあります。

抱き枕を利用するなどして横向きで寝る姿勢を試してみると改善することがあります。また、枕の高さを調整することも有効です。

状況に応じたデバイスの選択

さまざまな対策を試しても口呼吸が改善しない場合や、常に口呼吸が優位な状態の方には鼻カニューレ以外のデバイスが適していることもあります。自己判断せず、医師に相談しましょう。

酸素マスクへの変更を検討するケース

常に口呼吸の方や鼻が完全に詰まっている時、あるいは肺炎などで一時的に多くの酸素が必要な場合には、鼻と口の両方を覆う酸素マスクを使用します。

マスクは口呼吸でも確実に酸素を吸入できる利点がありますが、食事や会話がしにくいという欠点もあります。

鼻カニューレと酸素マスクの比較

項目鼻カニューレ酸素マスク
メリット会話や食事がしやすい、圧迫感が少ない口呼吸でも確実に酸素を供給できる
デメリット重度の口呼吸では効果が落ちる可能性会話や食事がしにくい、顔に跡がつく

口・鼻マスク(ハイブリッドマスク)の選択肢

最近では鼻と口の両方を覆うタイプのマスクや鼻の下と口を同時に覆うようなハイブリッド型のマスクも出てきています。

患者さんの状態や希望に合わせて最適なデバイスを選びます。

医師や業者との相談

「口呼吸がひどくて酸素が効いているか心配」と感じたら、まずはかかりつけの医師や酸素濃縮器の業者、訪問看護師に相談してください。

血中の酸素飽和度(SpO2)を測定してもらうことで治療効果を客観的に評価し、あなたに合った対策を一緒に考えてくれます。

よくある質問(Q&A)

鼻カニューレと口呼吸に関して、患者さんからよく寄せられる質問にお答えします。

Q
口呼吸防止のために市販のテープを使っても良いですか?
A

市販の口閉じテープは安易に使うと危険を伴う場合があります。

例えば睡眠中に気分が悪くなって吐いてしまった際にテープで口が塞がれていると窒息のリスクがあります。また、皮膚がかぶれることもあります。

使用を希望する場合は自己判断せず、必ず事前に主治医に相談し、許可を得てからにしてください。

Q
睡眠時無呼吸症候群も関係ありますか?
A

はい、大いに関係します。

睡眠時無呼吸症候群(SAS)は睡眠中に何度も呼吸が止まったり浅くなったりする病気で、多くの場合、いびきや口呼吸を伴います。

在宅酸素療法と並行して、CPAP(シーパップ)療法などSASの専門的な治療が必要になることもあります。

気になる症状があれば専門医の診察を受けることをお勧めします。

Q
鼻うがいは効果がありますか?
A

鼻うがいは鼻の中のホコリやアレルゲン、鼻水を洗い流し、鼻の通りを良くするのに有効な方法です。

しかし、やり方を間違えると中耳炎などを起こすリスクもあります。始める前には医師や看護師に相談し、専用の器具と体液に近い濃度の食塩水を使って正しく行いましょう。

Q
酸素マスクに変えると費用は変わりますか?
A

在宅酸素療法の費用は月々の包括的な指導管理料として定められており、医療保険が適用されます。そのため鼻カニューレから酸素マスクに変更したからといって、月々の自己負担額が大きく変わることは基本的にありません。

費用について心配な点があれば、クリニックの窓口でご相談ください。

以上

参考にした論文

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