在宅酸素療法(HOT)を利用しながら、特別養護老人ホーム(特養)や介護老人保健施設(老健)への入所を検討する方が増えています。

しかし、「酸素を使っていると入所を断られるのでは?」と不安に思うご本人やご家族は少なくありません。

この記事では在宅酸素療法利用者の介護施設への入所について、施設の受け入れ基準や事前に確認すべき重要なポイントを詳しく解説します。

在宅酸素療法(HOT)の基本

介護施設への入所を考える前に、まずは在宅酸素療法(HOT)そのものについて正しく理解しておくことが大切です。

HOTは病気によって体内に十分な酸素を取り込めなくなった患者さんが、ご自宅で酸素を吸入する治療法です。生活の質の維持や向上を目的とします。

HOTの目的と対象となる主な病気

HOTの主な目的は慢性的な酸素不足(慢性呼吸不全)を改善し、息切れなどの症状を和らげることです。これにより日常生活の活動範囲を広げ、生命予後を改善する効果が期待できます。

HOTの対象となる病気は多岐にわたります。

HOTの対象疾患の例

分類主な疾患名簡単な説明
肺の病気慢性閉塞性肺疾患(COPD)タバコ煙などを原因とする肺の炎症性疾患
肺の病気肺結核後遺症過去の肺結核により肺機能が低下した状態
心臓の病気慢性心不全心臓のポンプ機能が低下し、全身に十分な血液を送れない状態

使用する医療機器の種類

HOTでは主に「酸素濃縮器」と「携帯用酸素ボンベ」という2種類の機器を使用します。

それぞれの機器の特性を理解することは施設選びにおいても重要です。

  • 酸素濃縮器
  • 液体酸素装置
  • 携帯用酸素ボンベ

酸素濃縮器は室内の空気から窒素を取り除き、高濃度の酸素を生成する装置です。

コンセントからの電力で稼働するため、主に室内での使用が中心です。一方、携帯用酸素ボンベは外出時や移動時に使用します。

これらの機器の管理や操作方法を本人や家族が理解していることが、施設での生活の前提となります。

日常生活における管理と注意点

HOTを安全に続けるためにはいくつかの注意点を守る必要があります。特に重要なのが火気の管理です。

酸素は燃焼を助ける性質があるため、酸素吸入中はストーブやタバコなどの火気を2メートル以内に近づけてはいけません。

また、機器の定期的なメンテナンスや、チューブの管理なども日常的に行う必要があります。

特養や老健はHOT利用者をどう見ているか

「在宅酸素療法を利用している」という理由だけで、特養や老健への入所を一律に断ることは少なくなってきました。

しかし、すべての施設が積極的に受け入れているわけではないのが現状です。施設の受け入れ判断は、その施設の方針や体制に大きく左右されます。

受け入れ状況の現状と背景

高齢化の進展に伴い、医療的ケアを必要とする高齢者は増加傾向にあります。この状況を受け、国も介護施設での医療ケア提供を推進しており、在宅酸素療法利用者を受け入れる施設は年々増えています。

しかし施設側には看護師の配置や緊急時対応などクリアすべき課題も多くあります。このため、施設によって受け入れに対する温度差が生まれています。

施設によって受け入れ判断が異なる理由

受け入れ判断が分かれる最大の理由は施設の医療提供体制の違いです。特に24時間看護師が常駐しているかどうかは大きなポイントです。

また、酸素ボンベの管理や緊急時の対応に関するノウハウ、協力医療機関との連携体制なども受け入れ可否を判断する重要な要素となります。

受け入れ判断に影響する施設の要素

要素受け入れ可能施設の特徴受け入れ困難施設の特徴
看護師の配置24時間常駐している日中のみ、または不在
協力医療機関呼吸器内科医と密に連携連携が限定的
スタッフの経験HOT利用者のケア経験が豊富経験が少ない、または無い

受け入れが難しいケースとは

施設の体制に加えて、ご本人の状態によっても受け入れが難しくなる場合があります。

例えば酸素流量が非常に多い、認知症があり自己管理が難しい、頻繁な吸引が必要など専門的な医療ケアの必要性が高いケースです。

これらの場合、より医療体制の整った施設を探す必要があります。

施設の受け入れ基準となる重要ポイント

介護施設が在宅酸素療法利用者の受け入れを検討する際、いくつかの基準に基づいて総合的に判断します。

入所を希望する側も、これらのポイントを理解しておくことで施設探しをスムーズに進めることができます。

医療体制の充実度

最も重要なのが施設の医療体制です。特に看護師の配置時間は受け入れの可否を大きく左右します。

夜間や早朝に体調が変化する可能性も考慮すると、24時間看護師が常駐している施設は安心感が高いでしょう。

また、定期的に診察を行う協力医療機関に呼吸器専門の医師がいるかも確認したい点です。

利用者の心身の状態

ご本人の心身の状態も重要な判断材料です。自分でどの程度身の回りのことができるか(ADL)、酸素機器の管理を理解し、ある程度操作できるか、といった点が評価されます。

認知症がある場合はその程度や症状によって、スタッフによる見守りや管理の負担が変わるため、より慎重な判断がなされます。

施設が確認する利用者の状態

確認項目評価のポイント施設側の懸念
ADL(日常生活動作)自立度が高いか、介助がどの程度必要か介助量が多い場合のマンパワー
認知機能機器の自己管理能力、危険行動の有無チューブを外す、火気を扱うなどのリスク
酸素流量・使用時間流量が多いか、24時間持続的に必要か酸素供給の安定性、緊急時の対応

酸素供給業者との連携

施設で使用する酸素濃縮器や酸素ボンベは専門の業者が設置・管理を行います。施設が現在利用している業者や地域の主要な業者とスムーズに連携できるかどうかも確認事項です。

業者による定期的なメンテナンスや、緊急時の酸素ボンベ配送などが円滑に行える体制が整っていることが大切です。

【施設種別】受け入れ基準と特徴の違い

介護施設と一言でいっても、その種類はさまざまです。

ここでは特養、老健、介護付き有料老人ホームを中心に、在宅酸素療法利用者の受け入れに関する特徴や基準の違いを解説します。

特別養護老人ホーム(特養)の場合

特養は「生活の場」としての性格が強く、看取りまで対応する施設も多いです。そのため在宅酸素療法のような医療的ケアへの対応も進んできています。

ただし、看護師の配置基準は施設によって異なり、24時間常駐していない施設も少なくありません。

「特養での在宅酸素受け入れ」を検討する際は、個別の施設に看護体制を詳しく確認することが重要です。

介護老人保健施設(老健)の場合

老健は、病院から退院した後のリハビリテーションを目的とし、在宅復帰を目指す施設です。医師が常駐し、医療ケア体制が比較的整っているため、在宅酸素療法利用者の受け入れにも積極的な傾向があります。「老健での在宅酸素受け入れ」は比較的スムーズに進む可能性がありますが、原則として終身利用はできません。

介護付き有料老人ホームの場合

介護付き有料老人ホームは施設によってサービス内容や費用が大きく異なります。看護師が24時間常駐し、手厚い医療ケアを強みとする施設もあれば、そうでない施設もあります。

選択肢が広い分、施設の特色をよく見極める必要があります。一般的に医療ケアが充実している施設は費用も高くなる傾向があります。

施設種別ごとの受け入れ傾向

施設種別主な目的HOT受け入れ傾向
特別養護老人ホーム(特養)長期的な生活の場施設による(看護体制の確認が必要)
介護老人保健施設(老健)在宅復帰のためのリハビリ積極的な施設が多い(期間限定の入所)
介護付き有料老人ホーム多様なニーズに対応施設による(医療強化型は積極的)

入所検討時に事前にすべきこと

実際に施設を探し始める前にいくつか準備しておくべきことがあります。事前の準備をしっかり行うことで、その後の施設とのやり取りが格段にスムーズになります。

主治医への相談と情報提供書の準備

まずは、現在の治療を担当している主治医に介護施設への入所を検討していることを相談しましょう。

施設側は、ご本人の病状や必要な医療ケアを正確に把握するために「診療情報提供書」を求めます。この書類には病名、現在の状態、必要な酸素流量、緊急時の対応方針などを記載してもらいます。

ケアマネジャーとの情報共有

担当のケアマネジャーは介護の専門家であり、地域の介護施設情報にも精通しています。在宅酸素療法利用者の受け入れ実績がある施設や医療体制の整った施設の情報を提供してくれるでしょう。

ケアマネジャーと密に連携し、希望条件を伝えながら候補となる施設をリストアップしていくのが効率的です。

希望する施設への直接の問い合わせ

候補となる施設が見つかったら、直接電話などで問い合わせを行います。

その際、「在宅酸素療法を利用している」ことを明確に伝え、受け入れが可能かどうか、また見学が可能かどうかを確認します。

この最初のコンタクトで、施設の対応の丁寧さや誠実さもある程度感じ取ることができます。

問い合わせ時の確認ポイント

確認事項質問の例
受け入れ実績「在宅酸素療法を利用している方の受け入れ実績はありますか?」
看護師の体制「看護師さんは24時間いらっしゃいますか?」
見学の可否「詳しいお話を伺いたいのですが、施設の見学は可能でしょうか?」

施設探しと見学時のチェックリスト

書類上や電話での確認だけでなく、実際に施設を見学して自分の目で確かめることは非常に重要です。

見学時にはパンフレットだけでは分からない施設の雰囲気や、スタッフの働きぶりなどをしっかり観察しましょう。

医療ケアに関する確認事項

見学時には担当者から医療ケアに関する具体的な説明を受けます。特に夜間の対応体制や緊急時の連絡方法、協力医療機関との連携については詳しく確認しましょう。

また、酸素ボンベの保管場所や管理方法についても質問しておくと安心です。

  • 夜間の急変時対応フロー
  • 協力医療機関の専門分野
  • 痰の吸引など他の医療ケアの可否

設備・環境に関する確認事項

酸素濃縮器は電源が必要なため、居室のコンセントの位置や数を確認します。また、停電時に備えて、施設に非常用電源があるかどうかも重要なチェックポイントです。車椅子での移動や、携帯用酸素ボンベを持っての移動がしやすいように、廊下や共用スペースの広さ、段差の有無なども確認します。

設備・環境のチェックポイント

チェック項目確認する理由
居室のコンセント酸素濃縮器の設置場所と電源確保のため
非常用電源の有無停電時の酸素供給と生命維持のため
廊下・共用部の広さ酸素ボンベを載せた車椅子での移動のしやすさ

スタッフの対応と施設の雰囲気

最も大切なのは、その施設で安心して生活できそうか、という点です。

すれ違うスタッフが明るく挨拶してくれるか、入居者の方々の表情は穏やかか、施設全体が清潔に保たれているかなど、五感を使って施設の雰囲気を感じ取ってください。

質問に対して担当者が丁寧かつ誠実に答えてくれるかも、信頼できる施設かどうかを見極めるポイントです。

よくある質問(Q&A)

ここでは在宅酸素療法利用者の施設入所に関して、ご家族などからよく寄せられる質問とその回答をまとめました。

Q
介護施設での酸素ボンベの管理は誰が行いますか?
A

施設によって異なりますが、多くの場合、看護師や介護職員が残量の確認や交換の管理を行います。ただし、ご本人の状態によっては自己管理をお願いする場合もあります。

酸素供給業者との連携方法も含め、入所前に施設の管理ルールを必ず確認してください。

酸素ボンベ管理の主体

管理主体メリット注意点
施設スタッフ本人・家族の負担が少ない施設側の管理体制の確認が必要
本人・家族使い慣れた方法で管理できる認知機能や身体機能の低下に対応が必要
Q
停電が起きた場合の対応はどうなりますか?
A

 酸素濃縮器は電力が必要なため、停電は重大な問題です。多くの施設では非常用電源(自家発電設備)を備えていますが、その容量や使用範囲は施設ごとに異なります。

非常用電源がない場合は携帯用酸素ボンベに切り替えて対応します。停電時の対応マニュアルが整備されているか、事前に確認することが重要です。

Q
介護保険の費用以外に追加で費用はかかりますか?
A

はい、かかる場合がほとんどです。

在宅酸素療法にかかる医療費(月々の自己負担額)は、施設入所後も継続して必要です。

また、施設によっては酸素を使用することに対する管理費や、電気代などを別途請求する場合があります。

費用に関する詳細は契約前に必ず書面で確認しましょう。

Q
入所を断られた場合はどうすれば良いですか?
A

一つの施設に断られたからといって諦める必要はありません。前述の通り、施設の受け入れ基準はさまざまです。

まずは担当のケアマネジャーや地域の相談窓口(地域包括支援センターなど)に相談してください。

受け入れ可能な他の施設を探したり、在宅でのサービスを充実させる方向で検討したりと、さまざまな選択肢を一緒に考えてくれます。

以上

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