在宅酸素療法(HOT)は慢性的な呼吸器の病気などにより、体に必要な酸素を十分に取り込めない患者さんのための治療法です。

この治療では医師が指示した「酸素流量」を守ることが極めて重要になります。

この記事ではなぜ適切な酸素の投与量や吸入量が大切なのか、どのような要因で流量が決まるのか、そして日常生活で注意すべき点について解説します。

ご自身の症状に合わせた正しい酸素吸入 濃度と流量の管理について理解を深めましょう。

なぜ酸素流量の管理が重要なのか

在宅酸素療法を行う上で医師が定めた酸素流量を守ることは、治療効果を得て安全な生活を送るために基本となります。

酸素は体に必要なものですが、多すぎても少なすぎても体に悪影響を及ぼす可能性があります。

体への酸素供給の基本

私たちの体は呼吸によって空気中から酸素を取り込み、血液中のヘモグロビンと結合させて全身の細胞へ運びます。細胞はこの酸素を使ってエネルギーを作り出し、生命活動を維持しています。

しかし、呼吸器や心臓の病気があると、この酸素を取り込む能力や運搬する能力が低下し、体が必要とする量の酸素を確保できなくなることがあります。

在宅酸素療法はこの不足分を補うための治療です。

酸素飽和度と必要酸素量の関係

状態一般的な目標酸素飽和度(SpO2)解説
安静時90%以上体を動かしていない状態での目標値です。
労作時85%~90%以上歩行などの軽い動作中でも維持したい値です。
睡眠時90%以上睡眠中も安定した酸素供給が必要です。

※上記は一般的な目安であり、個々の患者さんの状態によって目標値は異なります。必ず医師の指示に従ってください。

低酸素状態のリスク

酸素流量が不足すると血液中の酸素濃度(酸素飽和度)が低下し、体は「低酸素状態」になります。

低酸素状態が続くと息切れや疲労感といった自覚症状だけでなく、心臓や肺への負担が増加します。長期的には肺高血圧症や心不全などの深刻な合併症を引き起こすリスクが高まります。

適切な酸素吸入 量を維持することでこれらのリスクを軽減できます。

過剰な酸素投与のリスク

逆に、必要以上の酸素を吸入することも問題を引き起こす可能性があります。

特に慢性閉塞性肺疾患(COPD)の一部の患者さんでは高濃度の酸素投与が呼吸を抑制し、体内に二酸化炭素が溜まってしまう「CO2ナルコーシス」という危険な状態を招くことがあります。

自己判断で酸素流量を増やすことは絶対に避けるべきです。指示された酸素 流量を守ることが安全な治療につながります。

酸素流量を決定する要因

在宅酸素療法における酸素流量は患者さん一人ひとりの体の状態に合わせて医師が慎重に決定します。

いくつかの要因を総合的に評価して最適な酸素 投与 量を判断します。

病状と重症度

酸素流量を決定する最も重要な要因は基礎となる病気の種類とその重症度です。例えばCOPD、間質性肺炎、肺線維症、心不全など、原因となる病気によって必要な酸素量は異なります。

病状が進行している場合や急性増悪(病状が急に悪化すること)を起こしている場合は、より多くの酸素が必要になることがあります。

動脈血ガス分析の結果

医師は、動脈から採取した血液中の酸素量(動脈血酸素分圧 PaO2)や二酸化炭素量(動脈血酸化炭素分圧 PaCO2)を測定する「動脈血ガス分析」を行います。

この検査結果は体がどれだけ酸素を取り込めているか、二酸化炭素を排出できているかを客観的に評価するための重要な指標となり、酸素流量設定の根拠となります。

動脈血ガス分析の主な評価項目

測定項目一般的な基準値の目安意味
PaO2 (動脈血酸素分圧)80 Torr以上血液中に溶けている酸素の量を示します。
PaCO2 (動脈血二酸化炭素分圧)35~45 Torr血液中に溶けている二酸化炭素の量を示します。
SaO2/SpO2 (酸素飽和度)95%以上赤血球のヘモグロビンと結合している酸素の割合を示します。

※基準値は施設や測定条件により多少異なります。また、HOT導入の基準はPaO2が60 Torr以下などの条件があります。

身体活動レベル(安静時・労作時・睡眠時)

必要な酸素量は体の活動状況によって変化します。じっとしている安静時、歩いたり家事をしたりする労作時、そして睡眠時では、それぞれ酸素消費量が異なります。

そのため、医師はこれらの状況ごとに適切な酸素流量を設定します。

例えば労作時には安静時よりも多くの酸素が必要になるため、流量を増やす指示が出ることが一般的です。

活動レベルに応じた酸素必要量の変化

活動レベル酸素消費量一般的な流量調整の考え方
安静時少ない基本的な流量(例 1L/分)
労作時(歩行など)多い流量を増やす(例 2L/分)
睡眠時変動あり医師の指示に従う(安静時と同じか、調整が必要な場合も)

※具体的な流量は個々の患者さんで異なります。必ず医師の指示に従ってください。

医師による酸素流量の指示

在宅酸素療法の開始にあたり、医師は患者さんの状態を詳しく評価し、必要な酸素流量を「処方」します。

この処方箋には安静時、労作時、睡眠時それぞれの酸素流量が具体的に記載されます。

酸素処方箋の内容

酸素処方箋は安全かつ効果的に在宅酸素療法を行うための指示書です。通常、以下の情報が含まれます。

  • 患者氏名
  • 診断名
  • 安静時、労作時、睡眠時それぞれの酸素流量(L/分)
  • 使用する酸素供給装置の種類(酸素濃縮器、液体酸素、酸素ボンベ)
  • 1日の吸入時間

この処方箋に基づいて医療機器業者が適切な機器を設置し、使用方法の説明を行います。

指示された流量を守る重要性

医師が指示した酸素流量は検査結果や患者さんの状態に基づいて慎重に決定されたものです。

自己判断で流量を変更すると低酸素状態やCO2ナルコーシスといった危険な状態を招く可能性があります。

息苦しさを感じたとしても、まずは立ち止まって安静にし、それでも改善しない場合は処方された労作時の流量設定を確認するか、医師や医療スタッフに相談することが重要です。

定期的な受診と流量の見直し

病状は時間とともに変化することがあります。そのため、定期的に医療機関を受診し、体の状態や酸素飽和度などをチェックしてもらうことが大切です。

医師は診察や検査の結果に基づき、必要に応じて酸素流量の見直しを行います。

体調の変化を感じた場合は次の受診日を待たずに早めに相談しましょう。

定期受診時のチェック項目

チェック項目目的
問診(自覚症状の確認)息切れ、咳、痰、体調の変化などを把握します。
身体診察聴診、浮腫の有無などを確認します。
パルスオキシメーター測定酸素飽和度(SpO2)を簡易的に測定します。
血液ガス分析(必要時)詳細な酸素・二酸化炭素レベルを確認します。
呼吸機能検査(必要時)肺の機能を評価します。

日常生活での酸素流量の考え方

在宅酸素療法を行いながら日常生活を送る上で酸素流量について正しく理解し、適切に対応することが求められます。

特に活動量が増える場面では注意が必要です。

安静時と労作時の流量切り替え

多くの患者さんでは安静時と労作時で指示される酸素流量が異なります。

通常、体を動かす労作時にはより多くの酸素が必要となるため、流量を増やす指示が出ます。外出時や入浴時、軽い家事を行う際なども労作にあたることが多いです。

医師から労作時の流量指示がある場合は活動を始める前に忘れずに流量を切り替える習慣をつけましょう。

切り替えを忘れると、労作中に息切れを起こしやすくなります。

携帯用酸素ボンベや携帯用濃縮器の使用

外出時には携帯用酸素ボンベや携帯用(ポータブル)酸素濃縮器を使用します。これらの機器を使用する際も、医師の指示に従った流量設定が必要です。

特に携帯用酸素ボンベは残量に限りがあるため、外出時間や活動内容を考慮して十分な量の酸素が供給できるか事前に確認することが大切です。

流量設定によってボンベの使用可能時間が変わることを理解しておきましょう。

携帯用酸素ボンベの流量と使用可能時間の目安

流量 (L/分)一般的な小型ボンベでの使用可能時間(目安)
1約3~4時間
2約1.5~2時間
3約1時間~1時間強

※ボンベのサイズや充填圧によって異なります。必ずご自身のボンベの説明書や業者からの指示を確認してください。

旅行や特別な活動時の相談

旅行(特に飛行機利用)や、普段行わないような活動(軽い運動など)を計画する場合は事前に必ず医師に相談してください。状況によっては一時的に酸素流量の調整が必要になる場合があります。

また、飛行機への酸素機器の持ち込みには航空会社の規定があり、事前の手続きが必要です。早めに医師や医療機器業者、航空会社に確認しましょう。

酸素流量が不適切な場合のサイン

指示通りに酸素を使用していても、体調の変化などによって酸素流量が一時的に不適切になることがあります。

体に現れるサインに早めに気づき、適切に対応することが重要です。

酸素不足(低酸素)のサイン

酸素が足りていない場合、以下のような症状が現れることがあります。

これらのサインが見られたらまずは安静にし、それでも改善しない場合は医師の指示(労作時流量への変更など)を確認するか、医療機関に連絡してください。

  • 息切れ、呼吸困難感の増強
  • 脈拍が速くなる
  • 唇や爪の色が紫色っぽくなる(チアノーゼ)
  • 頭痛、めまい、集中力の低下
  • 強い疲労感、眠気

酸素過剰の可能性のあるサイン

特にCOPDの患者さんで必要以上の酸素を吸入した場合、CO2ナルコーシスの初期症状として以下のようなサインが現れることがあります。

ただし、これらの症状は他の原因でも起こりうるため、自己判断は禁物です。

普段と違う強い眠気や意識がはっきりしない状態が見られたら、すぐに医療機関に連絡してください。

  • 原因不明の強い眠気、傾眠傾向
  • 頭痛(特に朝方)
  • 手の震え(羽ばたき振戦)
  • 受け答えがおかしい、意識レベルの低下

パルスオキシメーターでのセルフチェック

パルスオキシメーターは指先などで手軽に酸素飽和度(SpO2)と脈拍数を測定できる機器です。日々の体調管理の目安として活用できます。

ただし、測定値は体の状態や測定条件によって変動するため、数値だけに一喜一憂せず、体調の変化と合わせて判断することが大切です。

測定値が普段より低い場合や、体調が悪いと感じる場合は医師に相談しましょう。

パルスオキシメーター使用時の注意点

注意点理由
指先が冷たい時は温める血流が悪いと正確に測定できないことがあります。
マニキュアは落とす光の透過を妨げ、測定値に影響することがあります。
測定中は体を動かさない体動があると数値が不安定になります。
機器の推奨する指で測定する機器によって測定に適した指があります。

酸素供給装置と流量の関係

在宅酸素療法で用いる酸素供給装置にはいくつかの種類があり、それぞれ特徴や流量設定の方法が異なります。ご自身が使用する装置について正しく理解しておくことが大切です。

酸素濃縮器

現在、最も広く利用されている装置です。室内の空気を取り込み、窒素などを除去して高濃度の酸素ガスを作り出します。電気で作動するため、停電時の対策(予備の酸素ボンベなど)が必要です。

流量は装置についている流量計のダイヤルで医師の指示に合わせて設定します。

酸素濃縮器の主な種類と特徴

種類特徴一般的な最大流量
据え置き型自宅での連続使用が主。安定した酸素供給が可能。5L/分程度(高流量タイプもあり)
携帯型(ポータブル)バッテリーで作動し、外出時に使用。同調式(吸気時のみ供給)が多い。設定による(例:1~5段階)

液体酸素

液体状の酸素を専用の容器(親器)に貯蔵し、気化させて使用します。電気を使わないため停電時も使用できますが、液体酸素は自然に蒸発するため定期的な補充が必要です。

携帯用の子器に充填して外出することも可能です。流量設定は親器や子器の流量計で行います。

酸素ボンベ

高圧の酸素ガスを充填したボンベです。主に酸素濃縮器のバックアップ用(停電時など)や、短時間の外出用として使用します。

残量を確認しながら使用する必要があり、残量が少なくなったら交換します。流量はボンベに取り付けられた流量調整器で設定します。

流量設定の確認方法

どの装置を使用する場合でも流量計の目盛り(浮き玉の中心や上端など、機種による)が、医師に指示された流量を正しく示しているか定期的に確認する習慣をつけましょう。

特に労作時と安静時で流量を変更した後は設定が正しいか必ず確認してください。不明な点があれば医療機器業者に問い合わせましょう。

よくある質問(FAQ)

在宅酸素療法の酸素流量に関して患者さんからよく寄せられる質問とその回答をまとめました。

Q1 息苦しいときは、自分で酸素流量を上げても良いですか?

自己判断で酸素流量を変更することは絶対に避けてください。息苦しさの原因は酸素不足だけとは限りません。まずは安静にし、深呼吸を試みてください。

医師から労作時の流量指示がある場合は、その流量になっているか確認してください。

それでも改善しない場合や普段と違う強い息苦しさを感じる場合は速やかに医療機関に連絡してください。

COPDなど一部の病気では酸素流量を上げすぎるとかえって危険な状態(CO2ナルコーシス)になる可能性があります。

Q2 パルスオキシメーターの数値が低いときはどうすれば良いですか?

まずは落ち着いて測定方法が正しかったか確認してください(指先が冷えていないか、マニキュアは塗っていないか、測定中に動いていないかなど)。

再度測定しても普段より低い数値が出る場合や、息苦しさなどの自覚症状がある場合は、医師または医療スタッフに相談してください。

一時的なものか、治療方針の見直しが必要かなどを判断します。

Q3 外出時に必要な酸素ボンベの量はどうやって計算しますか?

必要なボンベの量は「外出時間 × 労作時の指示流量」で大まかな必要酸素量を計算し、それに見合った容量のボンベ、または本数を用意します。

ただし、ボンベの圧力や流量調整器の種類によって供給可能時間は異なります。

安全のため必ず事前に医療機器業者に使用可能時間を確認し、余裕を持った準備を心がけてください。

外出時の酸素ボンベ準備の考え方

項目確認・準備すること
外出時間移動時間も含めて、どれくらいの時間外出するか。
活動内容安静にしている時間、歩行など活動する時間。
指示流量労作時の指示流量(L/分)を確認。
ボンベ残量と可能時間業者に確認し、余裕をもって準備する。

Q4 酸素吸入を続けていると、酸素なしでは生きられなくなりますか?

在宅酸素療法は不足している酸素を補うための治療であり、酸素に依存してしまう(ないと生きていけなくなる)というものではありません。

むしろ適切に酸素を吸入することで体の負担が軽減され、活動範囲が広がり、生活の質(QOL)の向上が期待できます。

病状が改善すれば医師の判断により酸素療法が不要になる場合もあります。

以上

参考にした論文

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