在宅酸素療法(HOT)を受けている方、特にCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の患者様にとって、食事は息切れや体調を管理する上で非常に重要です。

呼吸をするだけでも多くのエネルギーを消費するため、気づかないうちに栄養不足や体重減少に陥ることがあります。栄養状態が悪化すると筋力や体力が低下し、さらに息切れしやすいという悪循環を招きます。

しかし、食事の内容や食べ方を少し工夫するだけで息苦しさを和らげ、体力を維持することが可能です。

この記事では呼吸を楽にするための栄養の摂り方や、具体的な食事療法のポイントを分かりやすく解説します。

なぜ在宅酸素療法中に食事が重要なのか

呼吸器の病気を持つ方にとって、栄養管理は治療の一環ともいえるほど大切です。なぜなら呼吸という生命活動そのものに、健康な人よりも多くのエネルギーを必要とするからです。

呼吸に多くのエネルギーを消費する

COPDなどの呼吸器疾患があると肺の機能が低下しているため、呼吸筋(呼吸に使われる筋肉)が一生懸命働かなければなりません。

このため、安静にしている時でさえ健康な人の約10倍ものエネルギーを呼吸だけで消費しているといわれています。

食事から十分なエネルギーを補給しないと体は筋肉を分解してエネルギー源として使い始め、体重減少や筋力低下につながります。

栄養不足が引き起こす悪循環

栄養不足や体重減少は全身の筋力低下を招きます。特に呼吸筋や手足の筋肉が弱くなると、少し動いただけでも息切れがひどくなります。

息切れが強くなると食事の準備や食べること自体が大変になり、食欲不振に陥りやすくなります。

この「栄養不足→筋力低下→息切れ悪化→食欲不振」という悪循環を断ち切ることが、食事療法の大きな目的です。

栄養状態と身体機能の関連

栄養状態体の状態日常生活への影響
良好体重・筋力が維持されている息切れが比較的安定し、活動しやすい
やや不良体重が少し減り、筋力が低下以前より息切れしやすく、疲れやすい
不良体重減少が著しく、筋力が低下食事や着替えなどでも息切れが強い

食事と二酸化炭素の関係

私たちが食事から摂る栄養素は体内でエネルギーに変わる際に二酸化炭素を発生させます。

肺機能が低下しているCOPDの患者様は、この二酸化炭素をうまく排出できずに体内に溜まりやすくなることがあります。

二酸化炭素が溜まると息苦しさの原因になります。栄養素の中でも特に炭水化物(糖質)は二酸化炭素の発生量が多いのが特徴です。そのため、栄養バランスを考えることが重要になります。

呼吸を楽にするための基本的な栄養バランス

息切れを管理し、体力を維持するためには特定の栄養素に偏るのではなく、バランスの取れた食事を心がけることが基本です。

特に意識したい3つの栄養素について解説します。

高タンパク質で筋肉を維持する

タンパク質は呼吸筋をはじめとする全身の筋肉を作るための重要な材料です。肉、魚、卵、大豆製品、乳製品などに豊富に含まれています。

体重が減少しがちな方は特に意識して毎食の食事に取り入れましょう。筋肉が維持されると体力がつき、息切れの軽減につながります。

高脂質で効率よくエネルギーを補給する

脂質は少量でも多くのエネルギーを得られる効率の良い栄養素です。また、エネルギーに変わる際に発生する二酸化炭素の量が、炭水化物に比べて少ないという利点もあります。

良質な油(オリーブオイル、ごま油など)や、青魚に含まれる油、ナッツ類などを上手に活用しましょう。

ただし、摂りすぎは肥満につながるため、適量を心がけることが大切です。

主な栄養素とエネルギー・二酸化炭素

栄養素1gあたりのエネルギー二酸化炭素発生量
タンパク質4 kcal中程度
脂質9 kcal少ない
炭水化物4 kcal多い

ビタミン・ミネラルで体の調子を整える

ビタミンやミネラルはエネルギーを作り出す手助けをしたり、体の抵抗力を高めたりする働きがあります。特にビタミンA、C、Eには肺の健康を保つ効果が期待されています。

緑黄色野菜や果物、きのこ、海藻類などを食事に加えることで、これらの栄養素をバランス良く摂取できます。

COPD患者さんのための具体的な食事療法のポイント

日々の食事で少し工夫するだけで息苦しさを感じにくく、栄養をしっかり摂ることができます。具体的な方法を見ていきましょう。

食事の回数を分けて一度の食事量を減らす

一度にたくさん食べると胃が膨らんで横隔膜を圧迫し、呼吸が苦しくなることがあります。食事を1日3回から、1日5〜6回に分けて、一度に食べる量を少なくする「分食」が効果的です。

間食として、おにぎりやサンドイッチ、栄養補助食品などを取り入れるのも良い方法です。

分食のスケジュール例

時間食事の内容
7:00朝食(軽め)
10:00間食
12:00昼食
15:00間食
18:00夕食

調理方法を工夫して食べやすくする

硬いものやパサパサしたものは、よく噛む必要があり、息切れの原因になります。

食材を柔らかく煮込んだり、細かく刻んだり、あんかけにしたりするなど調理方法を工夫することで楽に飲み込めるようになります。

  • 煮る、蒸す、炒めるなどの調理法を選ぶ
  • とろみをつけて、喉ごしを良くする
  • ミキサーにかけてポタージュにする

これらの工夫で食事中の負担を軽減できます。

炭水化物の摂りすぎに注意する

前述の通り、炭水化物は二酸化炭素の発生量が多い栄養素です。ご飯やパン、麺類などの主食を食べすぎると、息苦しさが強まることがあります。

主食の量を少し減らし、その分、タンパク質や脂質を含むおかずを増やすように意識すると栄養バランスが整い、呼吸も楽になります。

水分補給で痰を出しやすくする

水分が不足すると痰が粘り気を増し、切れにくくなります。食事中はもちろん、食間にもこまめに水分を摂るようにしましょう。

ただし、心臓に負担がかかっている場合は水分制限が必要なこともあるため、主治医に適切な水分量を確認してください。

体重管理の重要性「痩せ」も「肥満」も要注意

COPD患者様の場合、体重は痩せすぎても太りすぎても呼吸状態に悪影響を及ぼします。ご自身の適正体重を知り、それを維持することが大切です。

痩せ(低栄養)のリスクと対策

痩せている方は感染症に対する抵抗力が弱まったり、骨がもろくなる骨粗しょう症のリスクが高まったりします。

体重を増やすためには消費するエネルギーよりも多くのエネルギーを摂取する必要があります。食事だけで十分な量を摂るのが難しい場合は栄養補助食品を上手に利用しましょう。

体重を増やすための食品選び

食品カテゴリおすすめの食品取り入れ方の例
乳製品チーズ、ヨーグルト、生クリーム料理に加える、間食にする
油脂類マヨネーズ、バター、ナッツ類和え物やトッピングに使う
その他栄養補助食品(ドリンク、ゼリー)食欲がない時や間食に利用する

肥満のリスクと対策

一方、肥満、特に内臓脂肪が増えるとお腹が横隔膜を押し上げて肺の動きを妨げ、息苦しさの原因となります。また、心臓にも負担がかかります。

肥満気味の方は摂取エネルギーが消費エネルギーを上回らないように食事内容を見直すことが必要です。バランスの良い食事を基本とし、揚げ物や甘いものを控えめにしましょう。

BMIで自分の体格を知る

自分の体格が痩せているのか、太っているのかを客観的に知るための指標としてBMI(Body Mass Index)があります。

BMIは以下の計算式で算出できます。COPD患者様の場合、BMIが21以上を保つことが一つの目安とされています。

BMIの計算方法と判定基準

計算式判定
体重(kg) ÷ 身長(m) ÷ 身長(m)18.5未満:低体重(痩せ)
18.5以上25未満:普通体重
25以上:肥満

息苦しい時の食事の工夫と環境づくり

息切れが強い時は食べること自体が一苦労です。少しでも楽に食事ができるよう、環境や姿勢を整えましょう。

食事前の準備と休息

食事の直前に動くと息が上がってしまい食事が摂りにくくなります。食事の15〜30分前には椅子に座るなどして楽な姿勢で休み、呼吸を整えましょう。

また、食事中に痰が絡むと苦しくなるため、食前に痰を出しておくことも有効です。主治医から処方されている場合は食前に気管支拡張薬を吸入するのも良い方法です。

楽に食べられる姿勢

食事の際は前かがみの姿勢にならないように注意しましょう。背筋を伸ばし、少し前傾するくらいの姿勢が胃の圧迫を防ぎ、呼吸をしやすくします。

椅子に深く腰掛け、足の裏が床にしっかりとつく高さに調整してください。テーブルに肘をついて体を支えると呼吸筋の負担が減り、さらに楽になります。

食事を楽しむ環境づくり

食欲は精神的な状態にも大きく左右されます。家族や友人と会話を楽しみながら食事をしたり、好きな音楽を聴いたりするなど、リラックスできる環境を作ることも大切です。

ただし、おしゃべりに夢中になると呼吸のリズムが乱れて息苦しくなることもあるため、ゆっくり話すことを心がけましょう。

在宅酸素療法中の食事に関するよくある質問

ここでは、食事に関して患者様からよく寄せられる質問にお答えします。

Q
食欲がない時はどうすればいいですか?
A

無理にたくさん食べようとする必要はありません。まずは、食べられるものを少しでも口にすることが大切です。

口当たりが良く、喉ごしの良いもの(ゼリー、プリン、アイスクリーム、茶碗蒸しなど)から試してみましょう。

少量でも栄養価の高い栄養補助食品を活用するのも非常に有効です。栄養士に相談し、ご自身に合った製品を紹介してもらうこともできます。

Q
栄養補助食品だけで食事を済ませてもいいですか?
A

栄養補助食品は、あくまで食事を補うためのものです。基本的には通常の食事から栄養を摂ることを目指しましょう。

口から食べること(経口摂取)は口や喉の機能を維持し、食べる楽しみを感じる上でも重要です。

ただし、体調が悪く、どうしても食事が摂れない時には、一時的に栄養補助食品に頼ることもやむを得ません。そのような状況が続く場合は主治医や栄養士に相談してください。

Q
塩分は控えた方がいいですか?
A

はい、塩分の摂りすぎには注意が必要です。

塩分を多く摂ると体内に水分が溜まりやすくなり、むくみや心臓への負担増加につながることがあります。この状態は息切れの悪化を招く可能性があります。

薄味を基本とし、香辛料や香味野菜(しょうが、しそなど)、酸味(酢、レモン汁など)を上手に利用して、味に変化をつける工夫をしましょう。

以上

参考にした論文

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